5月1日 宮廷女中の仕事説明会 

 いますぐ故郷に帰りたい。

 

 ユービリア城が、他国の襲撃に遭ってくれたら強制帰還できるんじゃないかなって、不穏なこと考えちゃうくらい、初日から追いつめられてる。

 

 以下、今日の一連の出来事。時系列順に。


〈朝〉

 同室人のベルシーにいきなり「あなた、その髪の毛はどうしたの?」って指摘された。どうもした覚えはない。ただ、ちょっと他の子より、寝癖がひどいだけ。


 衝撃は続いた。ベルシーはいきなりわたしの顔をじっとのぞきこんできて、首からぶらさげていた水晶のペンダントをなでながら、「あなた、悪相が出てる。今年降りかかる災難は前年の比じゃないわよ」とか言い出した。何。なに。いったい何なの、この子。


 意外とすぐ判明した。


 同室人のベルシーは、魔女崇拝の“オカルト主義”だったの!

(※ちょっと待って、なんでこーなるの!?オリエントはたしかに“オカルト主義”の人が多いって聞くけど、まさか、同室の子が、そんな、ありえないでしょーよ!オカルト系はもうたくさん!)


 とにかく、はっとして部屋の中を見回すと、怪しげな呪具で部屋がいっぱいになってた。板張りの床に魔法陣が描かれた紫色の絨毯は広げられてるわ、カーテンの色は黒に変えられてるわ、書き物机の上にヘビの抜け殻と緑色のねっとりした液体が入った魔法瓶がのってるわ、窓際に人間の頭蓋骨らしきものが飾られてるわ。


 朝から体温がひゅんって下がった。予想外の事態に遭遇すると、なぜだか体温調整機能が狂うようになってる。手先と足先が一瞬で冷たくなると、わたしは呆然とするか、逃げ出そうとするか、予想外の行動に走る。


 今朝は逃げ出した。心の支えで運命の同室の子に、勇気を出して一緒に食堂へ行こうと誘ってみようと決心してたけど、逃げ出すように部屋を出てしまった。けどこの気持ち、察してほしい。


 ユービリア城の使用人用の食堂は、城の左翼に位置する。とても広い。城勤めの兵士たちも利用するからだ。好きなテーブルで食事をとっていいことになっている。


 ただし初日だけは、新人宮廷女中三十人の座る場所が決められていた。ありがたい。席が決まっていれば、田舎者の丸鼻だからって他の子に故意にはじかれることがないんだもの。


 けど、朝食を終えたあとは地獄だった。

 新人宮廷女中の対面式のときに現れたふっくらした中年の女中頭は優しそうな雰囲気だったけど、もう一人のしゅっと縦に伸びた女中頭補佐は、目尻がやや上がり気味で、あごが尖っていて、他人にも自分にも厳しそうな家庭教師みたいだった。ああいう人だけは、姑にしたくない……。きっと、自分が気に入らなかったことは百年先まで覚えていて、いつまでもねちねち言ってくるんだろうな。


 朝食が終わるとすぐに、ざっと仕事内容が説明された。ぶっちゃっけ、早すぎてよく分からなかった。かろうじて聞き取れたことといえば……。


・朝食、夕食の準備手伝い

・ジャガイモの皮むき

・水汲み

・洗濯場で洗濯

・偉い人にお尻を向けない?


 うっ。全然思い出せない。もっとたくさんあったのに(けど明日には新人女中用の早番、遅番が決定して日程表が配られるみたいだから、それを読めばたぶん大丈夫だと思う)。


 それと緊急時の避難経路を各自で確認しておくこととか言われたけど、どうやって確認するわけ?警備の関係で城内の地図は非公開だし、用もなくうろうろしていれば兵士に連行される。


 ていうか、緊急時って!?わたしたちはつねに賊の襲撃や火事を心配しながら働かなくちゃならないってこと?うう……悪いことを想像し始めると、最近は必ずあの黒フードのおばあさんを思い出す。ダメよ。忘れるのよ、コレット。じゃなきゃ、今夜眠れなくなる……。

 

 とにかく、まずは宮廷女中用の服が一人あたり二着ずつ配られた。ワンピースタイプで、落ち着いた藍色。流れるようなスカートの丈は膝下、上品なフリルのついた前掛けは白。長袖の袖口にカフスがついていてなかなかお洒落で好印象。


 ただ、袖を通してみると腕周りはともかく、ウエストが若干キツかったの。働いている間でも、立ち姿を美しく見せるためか、胸から腰辺りまで、少し柔らかめのコルセットが内縫いされてて、腰周りがキュッとなる仕様で、屈むと「ぐぇっ」ってなる。もう一回り大きいサイズに変えてもらおうと思ったけど、担当の先輩女中に声をかけるスキがなくて、断念。

 

 それにしょっぱなから目立ちたくなかった。服とりかえてもらった子なんていなかったし。食事の量を減らせばいいだけの話。


 その後はいきなり初仕事だった。五人グループに分かれて、水汲みの開始。城の厨房から歩いて十分ほどかかる城の裏手に掘られている井戸から汲み上げて、桶に入れた水を厨房に運ぶのだけど、水は入れた桶ってめちゃくちゃ重いし、いきなり三十三往復はキツイ!もう一箇所にある中庭の井戸が使えたら、大幅な距離短縮になるのに。なんで宮廷女中は使っちゃダメなのかさっぱり分からない。

 

 そしてわたしには分からないことを質問する勇気がない。


 しかも。一緒のグループになった子たちに、「その髪の毛、どうしたの」って尋ねられた。偶然にも同じグループだったベルシーが「生まれつきらしいの」とさらっと答えてくれた。


 すべて髪の毛のせいにするつもりはないけど、この髪がいつも私が誰かと友好関係を築こうとするのを邪魔しているような気がする。髪の話題で会話がはずむわけもなし、「ああ、そうなんだ」でその子たちは納得。みんな黙々と仕事再開。


 わたしの髪の毛って、そんなに目につく?それとも、悪意があってなにか笑える特徴を指摘しようって魂胆なわけ?


〈あっという間に、昼〉

 かけこみ昼食の後、年上のベテラン宮廷女中さんと一緒に、ユービリア城右翼の装飾品室前の大理石の床磨きを担当した。


 お城の床というものは、場所によって材質が違うってことを初めて知った。例えば、書斎の前は板張りだし、閣議室の中は板張りの床に金糸で縁取りされた紅の高級絨毯が敷かれてたし、装飾品室前は大理石のタイルだし。掃除道具も、ブラシとか、ほうきとか、場所によってかえなきゃならない。


 装飾品室前では柔らかい雑巾を使用した。磨いて磨いて輝かせろって命じられたから。


 わたしの髪の毛を指摘しなかった、とても気の良いベテラン女中さんが、仕入れたカーテンのことで他の女中さんに呼ばれたあとは一人で掃除してたの。


 そしたらなんと、いきなり問題が発生。


 雑巾を桶の水にもう一度浸そうと屈んだとき、ブチって嫌な音がしたの。ウエスト部分のコルセットのひもが切れたのよ!脇腹の部分に大きな裂け目が出来て、肌着がのぞいてた。


 体温がひゅんって下がった。


 めちゃくちゃ焦った。だって、都合よく裁縫道具なんか持ってなかったし。けどそんなはしたない格好で掃除を続行するワケにも行かないし、かと行って城から逃げ出そうとしたら罪に問われるし。


 けっきょく、雑巾を放ったらかしにしたまま、解決策はないけど一時的に身を隠すために近くの手洗い場にかけこもうとした。すると、ちょうどようすを見に来た女中頭補佐とぶつかったりするところが、いかにも間が悪いというか。

 

 わたしは脇腹を隠しながら「申しわけありません」って謝って、わたしに弾き飛ばされてを廊下に座りこむはめになった女中補佐に手をさしのべた。もちろんその手は無視された。


 彼女は一人ですくっと立ち上がって、スカートの裾を優雅にはらった。


「話を聞いていなかったのですか?城内は、とくに装飾品室前は走ってはなりません。子女なのだから、そこの〈駆け足禁止〉の文字板くらい読めるでしょう。……何です、そのはしたないかっこうは」

 

 亀裂の入った脇腹部分を女中頭補佐から見えないように庇ってたのに、速攻でバレて、きびきび怒られた。


 サイズが合わないのなら、あのときにそう言えば良かったのです。持ち場を離れるときは、掃除道具をそのまま置いておかないようにと言ったでしょう?城の廊下は、国王陛下や大臣だけでなく、他国からの賓客が歩く道なのですよ?常識がないのですか、あなたは。


「名前は?」


 察して。こういう状況で名前を尋ねられるのって、かなり良くない。この時点でわたしが槍玉に上げられる確率がぐんとあがった。


「……コレットです。コレット=マリー」

「ではコレット、まずは着替えてきなさい。そんなかっこうで城を歩き回られるのは、雑巾を置き去りにされるのと同じくらい不快です」

 

 初日にして“不快評価”をくだされた。うう。さい先悪すぎ。

 

 女中頭補佐が去った後、あのベテラン女中さんが戻ってきて、「まあまあ」って言いながら、女中服の替えを用意してくれた。備品室でそれに着替えて、掃除に戻ったけど、気分は沈みっぱなし。


〈夜〉

 いま現在。クッタクタ。

 昼の掃除の後は夕食準備と、まぁぁぁた水汲みだった!ホント、お城ってどんだけ水使うか分かったもんじゃない。でも汗を流すために大浴場に水を供給しなきゃだし、城の使用人と兵士たち、お偉いさん方の飲み水とか煮焚きようの水も必要で、水って必要不可欠。

 

 夕食は今朝と同じ使用人の食堂でとった。ユービリア城には使用人が百人、城内勤務の兵士たちが二百人もいるから、食事の時間が厳しく定められている理由が分かった気がする。一度に何人も食堂に入れるわけじゃないから、もたもたしてると後がつまっちゃうのね。


 というか……あんなにたくさん人間が集まっていたのに、友人作りのなんて難しいこと。でも、夕食時は、なんとか新人女中たちが集まってる席にさりげなくお邪魔することができた。みんな例外なく疲れてて、口数が少なくて、会話なんてちっとも弾まなかったけど。


 そういえば、おかわり自由のカボチャのスープとガーリックパンには心がなぐさめられた。泣きそうになるほど美味しかったの。料理人は天才かもしれない。

とにかく、ユービリア城に来てはじめてものすごく元気が出た瞬間だった。明日、朝食準備の手伝いをするから、料理人に勇気を出してお礼を伝えようと思う。


〈今日発見したこと〉

 ベルシー=アリストンが魔女崇拝者。女中頭補佐が超怖い。

〈今日の反省〉

 服装に違和感を覚えてもこれといった行動を起こさなかったこと。自分から新人女中たちに話しかけなかったこと。

〈明日の目標〉

 料理人にありがとうと言う。もっと積極的になる。親友を作る。赤毛を指摘されても怯まない。掃除中でもぼーっとしない。女中頭補佐に不快評価を下されるような失敗をしない。

〈特記すべき事柄〉

 明日は早番。流れは今日とだいたい同じ。井戸水を汲む桶をつないでいるロープがちゃんと車輪にかかってるかどうか確認する。

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