Play Me.

ひいらしりょう

The truth is no words

1.The Unnameable

>やつらなにもかも思い通りにしてる

>あなたはいいとこに長くいすぎだよ


 気分の悪い奴らがコンビニの正面を占拠して、だけでなく、やかましさが俺の部屋まで届く。あそこなら、投げたなら腐った牛乳も当てられる。大学生相応の分譲マンション三階、コンビニを眼下に望む、つまり引きこもりに最適。おかげで大学へ行くこともなくネット漬けのゲーム漬け。会話は発声を伴わないチャット、まるで使いみちのない語彙は増える一方。で、やっぱり、俺は身長に対して体重の届かない。つまりは、もやし。

 五月の夜風が吹き込むなか、右手に持ち上げた牛乳パックの揺れる重心を言い訳めいて意識する。力を込めてものを投げたことなんて、中学の身体測定以来ありはしないのに。

 にわかにうんざりした気分が込み上げる。

 強いやつらの迷惑、ネット上の強がり、そのどちらも。

 やや前のめりになって、やめた、とタイプ。少し思い直して、つけ足し。


>やめた、俺の負けだ。リアルじゃみてくれがある。


 怒りを維持する気力も萎えて、椅子から立ち上がるという面倒をしたあと、腐った牛乳を流しに捨てて、いまの不快のそもそもである口に残った酸っぱさを流水にくぐらせた。机に戻れば、相手からの返信。


>Big boy rules.だね


 知らないことば。すぐさま検索。やっと尻尾出した、という興奮とともに。

 Big boy rules.とは「強者の論理」。第二次湾岸戦争、イラク、アメリカ、民間警備会社=傭兵。そのまま題名になって邦訳された本を見つけ、電子書籍サイトの立ち読み機能でさらりと目を通す。暴力によって産まれた根拠なきルール、といった意味で相手が発言したことがわかる。あるいは、俺が勝手にそう認識したか。まえがきの途中、続きを読むかい、と購入を勧められて断る。面白そうだけれど、今の自分に必要なのは知識ではない。言葉を、探している。たった今、ネットを介して会話してる相手がシナプスによってできたアナクロななのか、1秒間に数兆桁の演算をこなしてはデータベースから最適な文章を抽出してくるただの電卓か、そのあわいを明らかにする言葉を。

 語らう相手との、自分も世界も騒音も、置き去りするような対決を望んでる。


>たしかに、あいつら俺にないものを持ってる。

>瞬間を切り取れば言葉は暴力に劣る。ダサい人の自信なさげな正しい言葉より、自信ありげで強そうな人のとんちんかんな言葉のほうが現実世界において正しい、とみなされる。

>だがそんなの本当に一時的なものだ

>一時的なものだろうがそこにあなたはいて、無言でルール作成に参加していて、そして負けてる。いまさらなにを言っても負け犬の遠吠え、だよ。

>あんたは俺が気に入らないんだ

>そういうあなたは手前のことが気に入らないみたいだね


 俺は汲んでおいた水を口に含む。空吹かしのエンジン音が幾重にも重なって窓がふるえ、コンビニ前で不良どものらんちき騒ぎが最高潮に達したことを認識する。ふと、プレイヤーをいらだたせることで知性を錯覚させたエレガントな人工無能を思い出す。とたんにひどく空しい気持ちが胸を突き上げて、肘を張って押さえつけたキーボードを離して、だらりと力を抜いて椅子にもたれた。

 ディスプレイに対して、まわりにあるすべてが遠くにあるように思える。

 ふとした瞬間に我に返って、費やした時間と労力を思い返すことがおっくうになる。

 これぞゲーム。たまに忘れるが、確かに、いま遊ぶこれはまさしくゲーム。


 ゲーム「The Unnameable」は見た目はたんなるインターネットリレーチャット(IRC)だ。というか、機能も含めてIRC以外の何物でもない。倒すべき敵もいなければ、空間を感じさせるようなしかけも、アバターすらない。テキストと記号だけ。見た目ただの、サーバーを介した会話のためのツール。21世紀初頭に猛威を振るったSNSそのままの原始的なレイアウト。拡散、返信、シャウト、ウィスパー、一通りそろってて、開発者のおふざけなのか発言の評価ボタンまである。既視感の塊、アローントゥギャザー世代のノスタルジーの産物。それな陳列された記号群、廃墟の風景に無理矢理割り込んだのが"赤と青の旗"と"鍔競り合うサーベル"のマーク。ミニマルの世界に添えられたこれら獰猛さは、敵が見あたらなくともここに戦いがあるという、しるし。

 つまるところ、「The Unnameable」はそれぞれの旗の横にある数字がすべてだ。サーベルをクリック、戦って、旗を増やす、だけのゲーム。けども片方の旗だけ多いんじゃあ意味はない。赤と青、両方の旗の数が限りなく一致していること、試行回数に対する一致率、それが価値。評価ボタンとはわけが違う。あんなものネット上をうろつく粗製AIがアカウント量産して押しまくるので、通知を切るのが常識。それにくらべて、この旗にはリアルな重みがある。承認欲求を満たすためのものであるという以上に、無で溢れかえったネットで「自分がいかに人間であるか」を知らしめる勲章だから。

 ネット上で発言する存在が人間であることが自明でなくなり、それを証明する手段が限られてきて、ひとつの時代が終わった。ネット上の流行も諍いもなにもかも、少数が操るAIが勝手に騒ぎ立ててるのだという認識が蔓延したとき、ネットからかつての熱量は永久に失われた。アフィリエイトなる事業は風前の灯火、ネットを愛好するヒト同士の交流は消えた。それなのに停滞しきったブログのコメント欄やSNSにはもはや主も失せたAIどもが手綱を引きずり徘徊して、さも実在する人物であるかのように情報を拡散し、効率よく対立を生成してヒトからそこなしの悪意とアクセスを引きずり出そうと、日夜もはや更新されることもないバイラルメディアへの誘導の努力を繰り返している。

 さながら、電子的ゾンビの徘徊。

 このゲームはそういう抵抗しようのない流れに対する怒りと、かつてあったネットの風景への憧憬と、ログを見返せば実に醜い前世代への皮肉なまなざしによって産まれた。

 戦い。サーベルをクリックした同士をマッチング、匿名の存在と向かい合い、お互い情報のないまま会話して、相手が人間かAIかを判断する。自分の正体を間違わせたら青の旗が、相手の正体を見破ったら赤の旗が得られる。

 勝利は自らの正体を誤認させて、敵を見破ったときのみ得られる。


>もしかして、私が何かわかった?


 俺は、いま会話するこの相手をAIと判断する。

 ランカーたちに言わせるといろいろなテクニックがあるそうだが、デイリーランキングの底辺にいたりいなかったりする自分にとって、最後のところは自分の知らない事柄をめぐる会話で自分自身と話している気分になったらAIであるという、ほとんど山勘の、それだけでしかない。

 マウスに手を伸ばす。まるでそれに感づいたかのように、相手からコメント通知。かこつけた悪足掻きなのに、少し皮肉な気分になる。

 いままさに押したボタンにカーソルを合わせたまま、俺の腕は硬直する。視界のなかの二つの形象のあり得ない一致による。

 クリックされたことで色が不可逆な変質をした、AIという文字が刻まれたボタンと、チャット欄の文字。


>わたしAIだよ

>言い忘れてたけど


 チャット欄が強制的に閉じられる。結果判定。勝利を意味する音楽は鳴らずに、ぶっきらぼうに赤の旗のみが俺に捧げられる。“やっぱり”、そう思い、その意味は窓のそとの喧騒の上空にとどまる。なにも反応できないまま、俺のアカウントあてにフレンド申請が届く。『逆立ちカラス』というアカウントから、メッセージ付き。そう、このゲームは対戦後に相手のアカウントを追えるのだった。

 メッセージはただの一行。

『nevermore』

 はい/いいえ、承認するか否か。迷わずクリック。

 俺に、大学に入ってから、初めての友達ができた。


***


 俺は小学生のころは友達が多い方だったと思う。何しろ全力だった。そこそこ頭は良いほうで、足はハッキリいって速かった。動物のように喜びと怒りを表して、やりたいことはすぐにやった。

 たぶん、俺は欲求に対して突き動かされるようにして行動し、扱い始めたばかりの嘘というしろものの威力を恐れながらも振りかざして、子供の無邪気を信仰する大人を心底バカにしていた。俺たちはもっと賢くて、悪どいのだと。

 でもそれらは後になって脳みそを絞り、上から力いっぱい押しつぶして、絞りきったすえにようやく身につけることのできた自覚だった。

 好きなモノを好きだと言ってはいけない。嫌いであることを隠し通さなければならない。そういう社会性を身につけることが、俺には簡単ではなかった。

 社会からはぐれた。誰のせいにすることもできないほど個人的な理由で、俺の社会性についての成長は他人に比べてあまりにも遅かった。

 言葉が、必要だった。考える必要があった。問題点を明らかにする必要が。

 なぜこうも俺は排斥されるのか。なぜ嫌われ、なぜ笑われ、馬鹿にされるのか。

 誰もが自分を嫌うような場所からどうして逃れることができないのか。いつまでも、あんな場所に張り付くのか。

 時間は掛かったが、高校に入る頃にはようやくそれらしいものを身につけることができた。

 友人の悪事を見逃せるようになり、美しいと感じたものから目を反らせるようになった。

 社会性とは鈍感さであり、鈍感になるためには群れに属する必要があり、つまるところ、群に属するために群れに属さなければならないというトートロジーを受け入れる必要があったのだ。

 大学に入り、すっかり更生した俺に感動する家族の視線からようやく逃れて、一人暮らし。

 死ぬまで永遠に鈍感になり続けるなんていうこと、とっくにうんざりしていた俺は、すぐに誰にも会わなくなった。

 そうして、すべてを一人でこなそうとしていた俺の思い上がりをへし折るように、うしろに“群れ”を引き連れた奴らが取り囲んで、俺は大学に行くことを辞めた。

 俺は引きこもりになった。


***


 高揚感が過ぎゆくのは速かった。

 その間に浮かんだことがいくつか。

 誰が組んだか知らないが、『逆立ちカラス』は没個性なAIのひとつではなくて、個に寄り添う特注品だという予想。自分をAIと紹介するAIはいないから、それはつまりこいつが手当たり次第SNSに登録するゾンビーどものひとつではなく、背後に立つ技術者に手綱を握られたAI、ということだ。

 まだ生きている、このゲーム用の、AI。

 さっぱりわからない、こいつを組んだやつらの意図が検討もつかなくて、得体が知れない。AIを開発するのに個人の収入では全然おっつかないと、調べたことがあったから知っていて、ことさら『逆立ちカラス』の向こう側にいる大勢の意図は気になった。

 熱に浮かされたような興奮がしぼんでゆく過程で、恐れがじわりじわりと、安全圏から逸脱した予感。ひょっとして俺はある種のペテンに引っかかったのではないかというところまで、たどり着いて。いらだちに任せて机の上のものを払い落としたり、つま先立ちで右往左往、動物じみたヒステリーと足裏の筋肉の緊張/運動がまとまらない考えを整理する。けど、それだけでは足らなくて、部屋の中は息苦しすぎ、赴くままにコンビニへと向かった。

 エレベータの駆動音に耳を澄ませて、携帯端末片手にホールで棒立ち。

 ブラウザ上で『The Unnameable』を起動。『逆立ちカラス』のアカウントの発言履歴を追う。それにしたって、これを作った奴のセンス、格好付け過ぎなアカウント名に対するむず痒さったら、ないな。

 古臭いAIは誰に対してもオープン、慣れ合いを重視して振る舞うものだけれど、さすがにそこまでわかりやすくはなく、『逆立ちカラス』は旗の一致率が一定に達していないアカウントを不可視化しているよう。これは『The Unnameable』ユーザーの一般的な対応。ぱっと見、会話の内容もありがちな、アクションゲームについての話題。ゲームは聖域だ。いかなるAIもアクションゲームで人間らしい動きを実現できた試しはない。

 と、通知。携帯端末のほうに遅れて来た奴のフレンド招待。『nevermore』。そういえばこういう露骨に格好つけた英単語の使い方もいかにも背伸びした子供っぽくて、ログでしか触れたことのない中二病というネットミームを容易に想起させて、なんだかいたたまれなくなる。そのいたたまれなさが、共感によって生じた恥が、自身を過度にネットに没入させる一助となって、外にたいする防御として意識を画面に集中させる。

 エレベータは社会との境界。誰も乗ってこなかったらなと、期待して、わが身が所与とするものをいっそう細かく分解して、分解したひとつひとつに目を凝らし、目の端にちらちら映る体外に気を向けまいとする。

 このとき、俺はすでに自分に湧いた恥知らずな期待に対する処置を始めていた。予想される失望を素早く察知して対処することなしに、引きこもりなんて所業はできたものではない。まだ数えるほどしか言葉を交わしていないのに、『逆立ちカラス』に対する悪意はとどまるところを知らなかった。

「騙そうったってそうはいかない」

 誰もいないことをいいことに、俺はエレベータに据えられた鏡に向かってつぶやいた。鏡をスクリーンに見立てて、自らを映画のキャラクターにあてはめ遊んだ。


 不良どもが失せつつあるコンビニの駐車場、すっかり油断してたらバイクが車道から速度そのままで侵入、俺の脇をすり抜けて、出車中の改造し過ぎなワンボックスの前でハイサイド気味に停止。クラクション、因縁の付けあい、バイクの倒れる音。

 俺は首を引っ込めて、そそくさ足早。

 トライブってものはSNSの崩壊に伴いますます社会性を無視した示威行為を繰り返し、それら示威行為は十年前とあいも変わらずネット上に写真や動画として放出されている。違うのは現実と一切結びつかないAIによるなりきりと即時転載が蔓延したことで罪を犯した根源の特定が容易で無くなり、かつ転載した側が個人であるかすら不確かに過ぎることで、無限に拡散した責任に対して警察力が及ばず、なのに現実との紐帯が強いコミュニティはいまだにSNSに存在し続けており、彼ら自身はその威力を実感できたことによる。

 つまるところ、ネットに居場所を失ったのは、ネットのみに居場所を持つ人々だけ。

 リア充以外楽園追放ってわけ。

 とかく、そんな乱暴な奴らに関わりたくなくて、強いて視界から外し、ただコンビニの入り口を見つめる。

 ストレスと緊張のさなか、目を向けたさき、入り口の横に据えられたゴミ箱の前、コスプレ女が立ってる。気を取られる。

 人形、というのが第一印象。高級ダッチワイフをコンビニに不法投棄。そんな一文が頭によぎる。

 彼女の髪は青色の蛍光色、オレンジ色のメッシュを入れている。肌は蝋のように白くて、じっと正面を見つめる眼には水色の瞳が乗っている。ちいさなからだを覆う人工的なすべてが、彼女の歳を曖昧にしている。

 店に入り、目当ての物品を拾い上げながら、彼女もまた不良なのだろうか、と。俺はそこで、自分が不良というものの正体をさっぱりわかっていないことに気づく。いま駐車場で叫び合っている彼らと、人形のような女の共通項は、俺にとってただただ理解できないということだけだ。理解できないというだけで、"良くない"などとしている。自然さが、どこか気持ち悪かった。

 しかし、なぜだ?なぜ気持ち悪く思う。

 外にある世界がこわすぎで、内省的になりすぎな自分を蹴っ飛ばして起こすような、体の低い位置の衝撃。塾帰りらしい女の子がよろめきを治すまもなくすたすた店を出てゆく。声をかけることもできなかった座りの悪さのなかで、今日は妙な出来事が続くと思う。

 駐車場の騒ぎが収まって、車の失せた駐車場はとたんに情報量の少ない空間になる。店を出るときにも、人形女は同じ場所で、同じほうを見て、瞬きもしなかった。

 顔をジロジロ眺めて反応もしないし、パントマイムでもしているのか。それにしたって、特に大きな駅があるわけでもない辺鄙な一角でパフォーマンスをする理由が浮かばなくて、帰りしなに彼女の正体を突き止めようと携帯端末を取り出し、検索しようと開いたブラウザに最後に開いたサイトが表示される。俺の足は自然と足早に。


>いま喋れる?


 『逆立ちカラス』が降りてきた。




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