すりかえる 六

 シズさんがあの祭壇の間の布幕の裏で掃除らしきことをしている音を聞きながら、私とコハクマルは、二つの祭壇それぞれの前に座っていた。

 両祭壇とも、作りは同じである。四つの脚で支えられた木の台の上に、いろんな模様が描かれた木の小皿が三つ置かれていて、そこに何ともつかない青黒い粉がまぶされている。きっとこの神社の中に満ちている甘い匂いの元はこれなのだろう。近づいた時に、クラクラするくらいに濃い匂いがただよったのを感じた。台の中心には派手な動物の角が片方ずつ、中心の幕とは反対方向に先っぽが曲がるように、縦に据え付けられている。この前で正座したまま、一言も漏らすことなく、そしてまばたきをしないでじっと座ったまま祈ることが、この神社での作法だという。そして、瞬きしないでいられた時間が長ければ長いほど、願いは聞き届けられやすいのだという。なんともおかしな習わしである。

 結局シズさんに言われるがままに、私とコハクマルはこの場で願いをかけることになった。さっきまで村の人たちのことをあんなに疑っていたというのに、いざシズさんを目の前にすると、どうもいつも通りの対応になってしまう。だって、無理もない……これまで、シズさんには本当にお世話になりっぱなしなのだから。今更態度を変えるのはなんだか気恥ずかしいし、滑稽にさえ思える。でも、この神社に入ってきた時の彼女の雰囲気は、どこかいつもと違っていたのも、事実だ。全身から、刺すような威圧感が漂っていた。ただ単に、シズさんも階段上って疲れていただけかもしれないけど……。

 もし、おばあさんやシズさん、マキさんが悪い人だったとしたら……きっと私は立ち直れないくらいに傷つくだろう。この村での思い出が全て真っ黒に染められて、バラバラに崩れていく、そんな嫌な想像が頭を巡った。

 ……やっぱり、私が考えすぎているのだろうか。心配しすぎなのだろうか。

 と、またも弱気がぐぐぐっと顔を出し始めていた私は、この祭壇に、とにかく平和を願うことにした。記憶の復活も待ち遠しいが、今はそれよりも、人を疑いたくない気持ちの方が優先に思えた。シズさんには、実質一番お世話になっているのだから……シズさんのやせ細った体に気が付くたびに、心の奥から同情と感謝の念が沸き起こってくるのを止められないのだから……。

 私は、村に行くのは怖い。だけど、おばあさんたちは好きだ。

 だから、どうか……。

 と、願いが定まったのはいいのだが、肝心の目を開けたままにする儀式が、私には全く耐えられなかった。目を開けているのなんてそんなに難しくないと思っていたのけれど、少しもたたないうちになぜか耳からおかしな音がしてきて、ゴーっと視界が暗くなっていくうちに涙がボロボロ溢れてきたかと思うと、ほとんど反射に近い速度で私は目をこすってしまった。これ、すごく難しいなぁ。あぁ、こんなんじゃあ平和は遠いな……って考えたら、だけど、逆に冗談を言っているみたいな気分になって心がほぐれ、気持ちが軽くなった。願いを叶えてくれたのかしら。本当なら足の復活もお願いしたかったけれど、もう、目を開けたままにするのはうんざりだった。もしかしてこの村の人たちの目つきが悪いのって、ここで祈りすぎてるせいなんじゃないかな。

 なんてほのぼのしたことを考えながら、チラリとコハクマルを横目で見た私は、色々な深刻さを今度こそ完全に忘れて、思わず吹き出しそうになった。

 だって、すんごい頑張っているんだもの……見える明かりが赤っぽいから、目が赤くなっているかどうかはわからなかったけれど、少なくとも、涙の量は尋常ではない。ボロボロと、リンかゼンタかのように大粒の涙を頬に伝わせて、彼は熱心に祭壇を見つめ続けているのである。こんなの、笑うなという方が無理というもの。シズさんが近くにいなければ、私は大声で笑っていたかもしれない。そこまでして、一体何を願っているんだろうか。

 そのままややしばらくして、ついにコハクマルはグッと下を向いて、涙をゴシゴシ拭い去った。そしてちらっと横を見て、私が鼻を膨らませて笑いをこらえているのに気がついた途端、この中でもはっきりとわかるくらいに彼の顔はパンパンに紅潮した。

 歯をイーっとばかりに食いしばり、コハクマルは私を睨む。「お、おぬし……!」

「ごめん……だって、すんごい泣いてる……」と、笑いを必死で噛み殺しながら、ささやき声で私は謝る。この距離じゃ、どうしたってシズさんには聞こえていると思うけど。

「そ、そういう作法だろう!? 拙者はしっかり耐えたのだ!」

「うん、わかってるよ……わかってるけど……」クスクス、私は肩を震わす。「だって、だって……子どもみたいで……」

「こ、子どもはおぬしだ! こんなもので笑いおって……」

 ひとしきり笑ってから、私は目をこすりつつコハクマルに向き直った。「ねえ、何を願ったの?」

「……教えん」

「えー、ケチ。教えてよ」

「聞くなら、おぬしから言え」コハクマルは、ご機嫌斜めだ。

「私は記憶が戻りますようにって」自然な流れで嘘をつく。「コハクマルは?」

「……やはり、教えん」

「えー、なんでなんで……」

 と、思わず声が大きくなりかけたところでシズさんが、スッと、幕の裏から幽霊のように音もなく現れた。

 思わず、私とコハクマル、二人して黙り込む。

 シズさんは、手をお腹の下あたりで合わせるいつもの姿勢で、私たちを半目で見流したあと、一瞬だけ子どもたちの人形へ目を向けてから、コホッと一つ咳をした。

「……それでは、私は村に戻りますが、お二人はどうなさいますか?」

「あ、じゃあ私たちも……」と、ヘラヘラ答えると同時に、私はハッとした。

 村に戻る?

 あ、そっか、そうだよ、だってこの神社への階段は村から続いているんだもの。

 うわー……私、また後先考えていなかったなぁ……帰りを考えないクセ、いったいいつになったら治るんだろうか。でも、まあ、仕方がないか。この状況で、ほかに帰る道もない。そろそろ村に顔を出すくらいなら大丈夫だろう……多分。

 またコハクマルに支えられながら、私たちは神社を出る。背中に、人形たちの視線を感じた気がして軽く身震い。

 拝殿の中があまりにも暗いからか、外に出ると、薄暗いはずの森の中まで明るく感じてしまう。より一層うるさくなったような気がする蛙の狂乱に耳をふさぎたくなりながら、神社から出る三段だけの階段をコハクマルの手を借りて下りてみたのだが、それがあまりにもキツかったのには参った。下に行くためには、コハクマルが先に下の段に行って、杖の先を慎重にそこに置いてから、片足で落ちるように降りていくしかないのだが、一回一回の作業が面倒くさいことこの上ない。濡れた石の階段なら、転ぶ危険性も高いだろう。ホント、私ってどうして帰り道を考えられないのだろうか……あの階段、一体何段あるのかしら。

 シズさんはあれから特に何も話すことなく、ゆっくりとした歩調で歩いている。彼女の場合、私を気遣わなくても、そもそも歩くのが遅いんだ。シズさんこそ本当に、よくぞこの神社まで上ってきたなという話である。

 円の字の入口から、長い階段を見下ろす。上から見ると、一つ目の曲がり目までさえすっごい高く感じられた。これを一歩一歩あの下り方していかなきゃいけないって、うんざりする。

 というか、危ないよね、きっと……。

 しょうがないか。

「ねえ、コハクマル……おぶってくれない?」私は提案する。

「……は?」

「大変だとは思うけどさ……でも、このまま行くよりはマシでしょ?」

 結局いくらか口論を交わしたけれど、シズさんがいることも関係したか、コハクマルは渋々に了承して、背中に私を乗せてくれる。杖は、シズさんが持ってくれた。

「あ、そこ痛いって!」膝裏にかかった彼の腕を叩く。

「ぬ、こ、こうか?」と、怯えるように、コハクマルの腕はお尻の近くにまでソロソロと上がってくる。慎重なのはありがたいけど、ちょっとこそばゆい。

「そうそう、いい感じ」

「……もうちっと、離れてくれんか?」

「え、どうやって?」

「いや……こう、背中にぴたりとつかんでも……」

「でも、こうしないと危ないよ?」

「……まあ、そうなのか」

 と、こんな感じで私たちは歩き出した。振動が、彼が一歩一歩進むごとに節々ふしぶしを震わせて、正直痛い。だけど贅沢は言えないだろう。自分と背がそこまで変わらない相手を背負って階段を下るコハクマルは、きっと死ぬほど体力を使っているだろうから。

 でも彼は、そういう疲れに対しては文句を言わないようだ。

 わがままな私も、いい加減に彼に対しては罪悪感がたまっていた。村の人に世話になるのは、なんだか大人と子どもの関係で自然に感じたけれど、コハクマルは私と同じような年の子どもで、なおかつ部外者なのだ。しかも昨日まで夜通し山を歩き回ってたというのに……ほんと、彼の精力は底なしである。少しうらやましいな。

 ギュッと抱きつくと、しっかりした体の硬さが伝わってくる。もちろん、ギンジさんほどじゃあないけれど、彼は体が小さい分、しっかりと抱きしめている感じがして、これはこれで悪くない。髪の毛から汗っぽい匂いが漂ってくるけど、温泉が効いてるのか、別に臭いとも思わないし。

 胸に、暖かいものを感じる。

 それは感謝だった。

 ……私、お礼ができるもの、何も持ってないんだよな……。

 それってなんだか、恥ずかしいな。

 と、しばらく私は、村に子どもがいないという問題からまたも頭が離れて、平和でほのぼのとした思考にひたっていた。

 ……否、逃げていた。本当のことを言うと、何度深刻なことを考えようとしても、まるで頭が回らなかったのだ。神社の人形のことを、考えるのが怖かったのだ。あの、たくさんの札の貼られた人形の中に、自分のそれが紛れている気がしてしまい、頭の奥がチリチリしていた。

 ふわっと、一瞬だけ日の光が差して、またかげる。空は、相変わらず今にも雨が落ちそうな暗い色。

 まだ昨日の雨が乾ききらない階段は、石が黒くヌメっている。考えてみれば、私はこの階段、未だに自分の足で下ってないんだな。前は、確か気を失ったままのところをギンジさんに運んでもらっていたのだった。その時は、確か下には村の人達が集まっていて、その中の一人に、あのタツミさんがいた。みんな私を見てびっくりしていたけれど、クダンさんとマキさんは優しかった。そうだ、クダンさんになら会ってもいいな。杖のお礼も言ってないし。

 気の遠くなるような時間をかけて、私たちはなんとか階段を下りきって、広場に出た。流石にコハクマルも疲れたと見えて、私を下ろしてからブワーっと大きく息を吐いて、その場にしゃがみこんだ。

「ありがとね、大丈夫?」私はシズさんから受け取った杖で体を支えながら、彼の肩に手をかけた。「疲れたでしょ? ほんとに……ごめんね」

「なんのぉ、これしきぃ……」と、彼は肩で息をしながらもまた意地を張る。体の強さにはどうやら相当の自負を持っているらしい。

 その姿を見ていると、なんだか色々とこみ上げてくるものがあった。

 なんて声をかければいいかわからないまま、黙ってコハクマルを見下ろしていたら、「シズ、大丈夫かい?」と、聞いたことのない、ハッキリとした声がしたので、びっくりして顔を上げる。

 そこにいたのは、シズさんよりはいくらか若そうな、それでも年長な女の人だった。目尻のしわから年齢を感じるけれど、体力はシズさんよりもありそうだ。なんとなく見たことのある気がする顔だけど……タツミさんを初めて見た時に、この人もいたのだろうか。

「シズ、もうあなた、神社まで行くのやめたほうがいいわよ」ハキハキとした声で、彼女はシズさんの背中を撫でる。「そんなんじゃあ、いつ上で倒れてるか……」

「いいのよ……これが、私の仕事だから……」

 そう言って顔を上げたシズさんの顔に、わずかな笑みが見えた。敬語じゃない話し方、初めて聞いた気がする。

 納得しかねると言いたげな表情で、その人は目を細めてシズさんを見ていたが、途中でふうっと諦めたように、今度は私を見た。

「……えっと、この子が……スミレ、だよね?」

「あ、はい、スミレです。その、初めまして……ですか?」

「まあ……初めまして、かね」と、その人は笑った。どうやら嫌な人じゃあなさそうだ。「……私は、タエって名前だよ。おとなりさんは?」

 そう言って指さされたコハクマルが、ハッとしてシャキっと立ち上がる。

「あ、拙者、コハクマルと申すものです!」

「ははは、元気な子ですね。まるで……」と、何か言いかけたタエさんは、しかしパッと口をつぐんで、また私を見た。「……まだ、何も思い出さないのかい?」

「あ……はい、何も……」

 タエさんはしばらく私を睨んでから、鼻をならす。「ふーん……そうかい。それじゃあ、私はもう行くよ。あまり無理はいけないよ、シズ」

「ええ……ありがとう」シズさんは、いつものように冷たい声で頷いた。

 タエさんは、村の方へと戻っていく。彼女はシズさんを心配して、ここまで来ただけらしい。いい人なのかな。

 そのシズさんが、私を振り向いた。「では……スミレさんと……コハクマルさんも、もう屋敷に戻られますか?」

「あ……じゃあ、戻ります」と、小さな出会いを振り返りながら、私はコハクマルの肩に寄りかかった。「あの、よろしくね?」

「なんだ、改まって、らしくもない」コハクマルは、私の腕を脇で支えながら、鼻で笑う。「そうか、この階段はこうつながっておるのか……おぬし、よく道がわかったのう」

「わかるよそれくらい」そう答えながら、シズさんに従って私たちは、雑草がえ放題な木に囲まれた小道に向かって歩き出した。ここから直接、おばあさんの屋敷への階段へと抜けられるようだ。

 その途中で、私はコハクマルに話しかける。

「コハクマルさぁ……この村に来てくれて、ありがとうね」

「ん?」

「来たかったわけじゃないのわかってるけど、私はすごく助かってるよ。ありがとう」

「……むむ?」

「本当に、疲れさせて、ごめんなさい……私も、がんばって足治すからさ……」

 と、うつむく私を心配したか、コハクマルは慌てたように頬をかく。「ど、どうした、急に? 変なものでも食ったか……」

「ごめんね……私、何もできることないから……コハクマルだって、この村に来たばっかりで、大変なのにね……」

「あ……いや、その……」

「本当に、ありがとう。ねえ、コハクマル?」

「な、なんだ?」

「いつまで、ここにいてくれる?」

 まっすぐに、目と目がぶつかる。

 肩を支えられているから、お互いの息がかかるほど近くに、顔がある。

「そ、それは……まだわからぬが……」

「じゃあ、しばらくは村にいてくれるの?」

「そういうことになる……だろうな」

「あぁ、よかった!」と、私は胸をなでおろした。「ありがとう、大好きよ」

 ぴたっと、コハクマルの足が止まって、私は危うく転びかける。「わっとっと……どうしたの?」

「……い、いや、その……」と、顔が真っ赤なコハクマルは、私から顔を逸らして、プルプルしている。「あ、い、今、す、すす、好きと言ったか……!?」

「え? うん、大好きって言ったよ」

「な……おぬし、それはその……」

 と、しどろもどろに目を回すコハクマルの顔が、面白かった。「その……なに?」

 シズさんも、立ち止まって振り向いている。

 コハクマルの体温が、ムワッと上がった感じがした。顔も真っ赤で、呼吸さえ止まっているようである。

 あれ、照れてるのかな? 好きって言っただけなのに……それも、別に大した意味なんてこめていない、普通の好きである。ありがとうだけじゃ足りない気がしたから、大好きって言葉を足してみただけだ。

 必死の声が、コハクマルの口から絞り出された。「せ……拙者が……好きだと、言ったのか?」

「うん。照れてるの?」

「なっ!?」クワっと、コハクマルの顔が私を向いた。「お、おぬし……ほ、本当になんなのだ!? 裸を見せてきたり、あっさり、す、好きなどと……」

 ……変なの。

 なんだか急に、からかいたくなってきた。

 わざと上目遣いになって、聞いてみる。「コハクマルは、私のこと……好き?」

 ぶっと、顔につばが飛んできた。

「うわ、汚っっ!?」と、顔を拭う。おかげで、一番面白かったであろう時の顔を見逃してしまった。「何するのよーっっ!」

「ば、ばかもーーーん!!!」耳元で、コハクマルは叫ぶ。「お、おぬしは……っ!? な、なんでそんな……」

「え、じゃあ、嫌いなの?」

「そ、そういうわけではないが……」また彼は、しどろもどろ。「えぇい、もう、勘弁してくれぇ……」

 目をそらす彼の態度は、どこか、イチロウやソウヘイを思い出させた。彼らが、イナミ相手に手玉に取られているときのような……。

 ……ん?

 ふと、鏡で見た私の顔を、思い出す。

 そういえば、私って可愛かったっけ。

 ……あれ?

 なんだかおかしな気分になった。相も変わらず私は、まだ自分というものと自分の顔が一致していないままである。自分の顔がどうとかという、見栄や自意識みたいなものがほとんどないのだ。少し前まで、顔もあちこち腫れていたのも理由の一つかもしれない。そのせいで、自分の顔は醜いと考えっぱなしで、鏡を見ることもやめてしまっていた。だけど、今はもう顔はほとんど綺麗になっているし、それに、最初見たときよりも、いくらか痩せすぎも治っているだろう。

 そんなを、想像する。

 あれ、もしかして今の私、すごく可愛くないか?

 ……だからコハクマルは照れてるのかな?

 って、ほんと、こんなの自分で思うようなことかなぁ……だけど私にとってこの顔は、まだ私の顔って気がしていないので、鼻にかけるような気にもなれない。お面でもかぶっているみたいな気分だ。自分に「顔がある」という意識を持ったのさえ数日ぶりのことなんじゃないかな。顔というのは、自分に一番近いのに、自分じゃ見る機会が全然ない不思議な部分だ。

 だけど……なんだろう。

 コハクマルが私の見た目に何か、「照れ」みたいなものを感じているのかも……って、そんな風に意識した途端、急に私までドキッとしてしまった。なぜかはわからないけれども、胸が苦しくなった。思わず顔を伏せて、左手で自分の頬に触れてみた。

 ほんのりと暖かい。

 顔、赤くなってる……。

 うわ、なんだろう、急にすごい恥ずかしくなってきた……うわぁ~……。

 私のこと、好き? なんて……あー……う、うわぁ~……。

 コハクマル、今私のこと、見てないよね?

「か、顔、耳まで真っ赤だよ?」と、自分のことをごまかすように、コハクマルを突っついた。

「う、うるさいわ! さっさと行くぞ!」半分叫ぶようにして、コハクマルは歩き出す。

「あ、ちょ、ちょっと早いって」不器用に笑いながら、私は一生懸命に足と杖でコハクマルについていく。

 私たちが歩きだしたのを確認してから、またシズさんは先を進み始めた。その背中が少し笑っているような気がして、恥ずかしかった。

 あぁもう、嫌になるなぁ。

「すごいのう……ここの神様」

 ボソッと、コハクマルがつぶやいた。

「え、なに?」

「い、いや、なんでもない! なんでもないぞっ!」

 神さま?

 あ、そういえば……。

「そうだコハクマル、あの時何を願って……」と、私が話題を変えようとした時である。

 バリバリっと不審な音が、右手の森から響いてきた。

 反射的に、そちらを見る。コハクマルもシズさんも同じように立ち止まって、何事かと首を回していた。

 また、今度はガサリと大きな音がする。

 音がしているのは、右手の神社がある側の森の方向だ。そちらは木々と茂みが、山の地形に合わせて急傾斜に生い茂っているため、見通しはまるで効かない。不審な音ももちろん上の方から聞こえてくるわけだから、その実態が見えるわけもなかった。だけど、それでも私たちは自然とみんな立ち止まって、漠然と上を見上げていた。

 ガサ……バリバリッ。

 不審な音は止まらないまま、変な緊張感ばかりが高まり続ける。私とコハクマルはもちろん、シズさんも、眉をひそめて私たちを振り返っていた。

 ……なにかしら?

 やがて音はドンドン大きくなり、いよいよ私たちから見えないギリギリのところまで迫ってくるのがハッキリとわかる。きっと、何かの動物がたてている音なのだろう。でも、だとしたら、この生き物……人間より、大きくないかな?

 と、私が思い至った瞬間である。

 その存在が、私たちの前に姿を現した。

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