決着

 それは突然だった。

 悲鳴にも似た叫びと共にフィアの魔力が暴れ出す。


「ハァァァァァァ!」


 フィアは握りしめていた《ガラティーン》を無造作に振り下ろした。

 そこに技術はない。単純な、素人剣術以下の踏み込みと打ち下ろしだ。だが、そこに込められている魔力は規格外。固有武装ギアを通していた魔力を、振り抜いた勢いにそって放つ。

 剣先から放たれた魔力の塊が春市と宗一郎の間を強引に割り込む。

 結果は、予想以上のものだった。

 まさしく力技によって、今まさに春市にトドメをさそうとしていた宗一郎に命中し、トラックと激突したような勢いで吹き飛んだ。


「なっ……」


 春市は呆然と目を見張って、そのありえない光景を眺めた。

 戦闘と呼んでいいのかも怪しい、力任せなフィアの攻撃に言葉をなくす。それは会場に居た者全員の総意でもあった。

 内に在る魔力をひたすら、ありったけ放出して打つけるなんて、デタラメもいいとこである。だがフィアは繊細な魔力コントロールどころか、そもそも魔力や特異能力に関してまったくの無知に近い。彼女には他に有効な攻撃方法がなかったのだ。

 リーダー格である久瀬宗一郎が突然吹き飛んだことに、宗一郎のチームメイトたちは呆然と立ち尽くす。その隙を突くように、フィアは《ガラティーン》に魔力を走らせる。


「ひっ……!」


 相手生徒の一人が悲鳴を漏らす。

 フィアは空気を軋ませ、ぐるりと大剣を振り回した。

 素人丸出しの一線は、当然のように当たらない。たが、剣先に込められた魔力が再度爆発する。力任せに、乱暴に、三人が魔力の渦に飲み込まれて弾き飛んだ。

 春市の前に立って、フィアは辺り周辺を警戒した。吹き飛んだ三人の敵チームのメンバーが立ち上がる気配はない。指先一つ動かずに倒れ伏している。どうやら気絶したようだ。


「ハーネット……」


 春市が驚いた顔をしている。最悪の結末を回避できたことに、フィアは心底安堵した。よかった間に合った、と思う。フィアが心配するように、無事ですかと訊こうとした直後。

 ズン、と鈍い振動が、第五アリーナを揺るがした。一瞬遅れて、瓦礫が宙を舞う。


「つっ――! ハーネット!」


 一番に気づいた春市が、異様な気配に反応して叫んだ。

 魔力の波動が常人にも感知できるレベルまで伝わってくる。春市とフィアは発生源である場所――久瀬宗一郎が吹き飛んだ場所を見た。


「図に乗るなよクソガキがぁ!!」


 瓦礫の中からぼろぼろになりながら、宗一郎が叫ぶ。

 直撃した左腕は不自然な方向に折れ曲り、呼吸も荒く、出血も酷かった。

 しかし、それ以上に宗一郎から放たれる殺気が強い。

 射殺さんとする形相でフィアを睨み、歯を噛む宗一郎を取り囲むように、魔力が本人の制御を離れて暴れている。


「一年風情がふざけやがって……! いいだろう……だったら、こっちも其れ相応の力でやってやるよ……!」


 圧倒的な殺意。それを肌で感じてしまうほどの気迫を発する宗一郎に、春市は身構え――次の瞬間に、身体中を戦慄が走った。


「打っ壊せ!――《灼牙》!」


 宗一郎が絶叫し、自らの固有武装ギアを天に掲げた瞬間、バルディッシュに宿る炎がその熱量を一層猛らせた。

 それはさながら鮮血にも似た、歪な血のようにどす黒い炎の塊だ。

 先ほどのバスケットボール程度のサイズの火球とは比較にするのもバカらしいほど巨大な火球。

 制御を離れて暴れていた魔力すらもさらなる魔力によって力づくで抑え付けて、発生している火球に取り込んでいる。


「……な……なんだ、あれ……」


 巨大な、あまりにも巨大に膨れ上がった火炎の塊を見た春市が焦るような声色で言った。

 ありとあらゆるモノの存在を否定する業火の顕現。

 およそ学生の特異能力者に許された領域を超えている。

 もはや宗一郎は春市やフィアと真面な戦いをするつもりは微塵もない。

 圧倒的な敗北や屈辱を与える。そんな執念にも似た感情と力で、戦場全てを焼き払うことを選択した。宗一郎の表情は怒りに染まり、逆流する魔力に酔っているようにも見える。

 火炎は周囲全てを薙ぎ払い、大気を燃やす。その熱量は、十分な距離を取って離れているにも関わらず、二人の肌を焼く。


「……これで、おまえらの悪あがきも終わりだ」


 息を荒く、宗一郎が言う。


「この《牙炎昇華がえんしょうか》は摂氏三千度を超える魔力の塊だ。触れただけで、掠めただけで一瞬で消し炭になる」


 それが意味するのは、明確な死。

 それを今からこの男は一人の女の子に向けて放つ。


「塵一つ残さずに消してやる! 一族の繁栄も、再建も任されない! ただのうのうと生きているおまえらごときが、俺の邪魔をした罪! その身で受けろ!」


 アリーナを焼き切りながらバルディッシュが振り下ろされ、火炎の塊が春市とフィアへと遂に放たれる。

 だが、その圧倒的熱量をもって迫る死を前に、

 ……あろうことか、フィア・ハーネットは恐怖を微塵も感じていなかった。


「《ガラティーン》!」


 右手に握る固有武装ギアをフィアは勢いよくアリーナの地面に突き刺す。

 瞬間、フィアを中心に暴風が巻き起こる。

 翡翠色の魔力色が混ざった暴風が、やがて巨大な盾となった。

 その盾に春市は見覚えがある。かつて、フィアが春市と行った最初の模擬戦で無意識にやった魔力による障壁。

 それをフィアは今度は自らの意思で作り出したのだ。

 フッ、とフィアの唇から、この場に似つかわしくない静かな呼気が溢れる。

 眼前へと迫る死の化身と、暴風の盾が衝突。

 直後、鼓膜を破るような爆発音が第五アリーナの全域を揺らした。

 互いのぶつかり合う魔力の余波が観客席まで届き、瓦礫を薙ぎ払い、衝撃波が周囲を荒らす。

 まるでミサイルが直撃したような有様だ。

 フィアと宗一郎を挟むように、アリーナの中心部に巨大なクレーターが出来上がる。

 時間にして二十秒ほどが経ち、視界が広がっていく。


「な……⁉︎」


 先に声を発したのは、宗一郎だった。

 ありえないものを見るように、眼孔が開き、口元がわなわなと震える。


「う……嘘だ! ありえない!」


 怯えたように宗一郎が後ずさる。

 たしかに最大の魔力を込めたはずだ。

 手心なんてもちろんしていない。

 なのに、何故――

 思考が処理を拒絶する。

 ――そこには、で立つフィア・ハーネットの姿があった。


「嘘だ……嘘だ……嘘だぁぁ!」


 叫び、宗一郎は《灼牙》を握り締めてフィアへと突進する。魔力は先の一撃で枯れ果てたのか、或いは受け入れ難い現実に我を忘れたのか、醜く愚直な突進だった。


「――終わりだ、先輩!」


 割り込むように春市が叫ぶ。

 予想外の妨害に、宗一郎の反応が遅れる。


「……ちっ、邪魔だあぁぁぁ!」


 宗一郎が吼えた。怒り、憎しみ、そんな感情に身を任せてバルディッシュを振るう。

 大振りで隙だらけな一撃は虚しく空振り、春市は宗一郎の懐に潜り込む。

 そして、拳を唸らせ、春市は宗一郎の顔面を力一杯殴りつけた。

 魔力も武術もない。力任せな強引な一撃が頬を軋ませ、宗一郎の身体が宙を舞う。

 数回のバウンドを繰り返し、ようやく止まった頃には宗一郎の意識は完全に切れていた。

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