学生寮とルームメイト

 風花学院は全寮制の学校だ。

 部屋割りは二人一組を原則とし、例外が無い限りは卒業まで部屋のルームメイトが変わることもない。

 トイレ別のバスルームに加えて、簡易ダイニングと乾燥機搭載の洗濯機付きと、下手なホテルよりも設備が整えられた学生寮ではあるが、生徒数の多さからか設備の充実さに反比例して少々狭い造りとなっている。


「悪い、遅くなった。次いいぞ!」


 首元にタオルをかけながら春市はバスルームから声を張り上げた。壁に取り付けられた時計を見れば、夜の九時を過ぎようとしている。

 夕食後、無理を言って先にシャワーを譲ってもらったのだが、昼に汗をかいたせいでつい長風呂になってしまった。


一成いっせいー?」


 返事がない。バスルームに行く前は確かにいたはずなのに。首を傾げ、扉を開けてバスルームを出た先。そこには二段ベッドと折りたたみ式簡易テーブルが置かれた部屋で一人静かに本を熟読するルームメイトの姿があった。


「一成」


 再度の呼びかけでようやくこちらの存在に気づいたらしく、ルームメイトの火野ひの一成は顔を上げた。


「……黒乃か。風呂はもういいのか?」

「ああ、悪かった。先に譲って貰っちゃって」

「気にするな」


 パタンと手元にある本を閉じる音が狭い室内に響く。

 中等部入学以来、ずっとルームメイトをしてきた二人はお互いの欠点もよく知っている。その一つとして、一成は人並み以上に一つの物事に集中すると周りが見えなくなるという悪い癖があった。


「また難しそうな本を読んでたな」

「む、これか?」


 一成は手元にある本をそっとテーブルに置く。

 分厚い本だ。黒に近い濃紺色のカバーがされた縦横の幅が相当厚い大きな本。革張りの表紙が高級感を感じさせる。


「やけに熱心に読んでたみたいだけど、何の本だ?」


 春市が正面に回り込むと、一成は口を開いた。


「これにはな黒乃、過去二十年余りの舞闘会コンクールで行われた模擬戦の記録と優秀生徒のデータが書いてあるんだ」

舞闘会コンクールのデータ?」

(それはまた真面目というかマメというべきか)


 顔と口には出さなかったが、内心で春市は苦笑。そんな春市の様子に気づかない一成は話に熱が入る。


「我が部隊には今年を最後となる最上級生が居てな。その人には俺も随分世話になった。なので、最後の見せ場を少しでも華やかにしたいと思いたったわけだ」

「それでわざわざ図書館棟から記録本そんなもの引っ張り出してきたのかよ。つうか、参考になるのか?」

「無論、過去のものは過去でしかないのは俺自身重々承知してはいる。しかし、俺は先駆者たちの知恵を借り、新たな発見をだな――」

「あー、はいはい。ストップ、ストップ。俺が悪かったから、もう十分わかったから」


 ひらひらと片手を振って春市は眼前で未だ熱を込めて語るルームメイトを制した。

 さもなければ、延々とテーブルに置かれた分厚い本の素晴らしさを語り続けたに違いない。


「そうか」


 一成の実家は代々続く由緒ある陰陽道の家系で、本人も産まれた時から特異能力者としての才能を開花させた天才だ。しかし、家が厳しかったせいか、彼はあらゆる面で馬鹿正直で真面目な男でもあった。

 そのせいか、時折一つの事に必要以上に熱が入りやすいところが一成には在る。そこがこの少年の美点でもあるのだが。

 普通ならウマの合わなそうな二人。しかし、なぜか一成は春市を評価し、春市もそんな一成と良い友好関係を築いていた。


「ところで、黒乃は舞闘会コンクールには参加しないのか?」


 自分たちの通う幻想を砕く者ブレイカー育成学校。その学校行事の一つである『全学年合同対抗戦』通称、舞闘会コンクールまであと一週間。

 ファントム討伐には原則二人以上のチームを組んで挑むのが決まりとなっているためか、風花学院では高等部に進学すると有志で上級生や同学年と一緒に合同チームを組むことができる。舞闘会コンクールはそうして組んだチームに所属する生徒たちが、自分の能力と技術をチーム対抗で競い合う。著名な幻想を砕く者ブレイカーやその関係者、各国政府関係者なども外部から大勢招かれる一大イベントである。

 春市たち一学年生にはもっぱらお祭り騒ぎなイベントだが、上級生たちにとっては進路を左右する重大な場でもあるらしい。特に、卒業を控えた三年生の中には文字通り今後の人生を決定する者もいるとか。


「参加もなにも、俺はどこのチームにも所属してないぞ」


 とはいえ、それらはあくまでチームに所属している生徒に限られる。チームを組むことのできない中等部以下の生徒や、チームに所属していない高等部生徒には当然参加資格は与えられない。なので、必然的に関心も薄い。


「それに、今のところチームに所属するつもりもないしな」


 それは春市の心からの本音だった。更に加えるなら面倒だから、が付く。


「それは惜しいな。黒乃ほどの腕があれば、引く手数多だろう」


 不満そうに一成が眉を寄せ、春市は肩をすくめる。


「過大評価し過ぎだって。俺みたいな特異能力者なんていくらでもいる」

「……まあ、お前が言うのならそれでいいが」


 納得のいかなそうな様子の一成に春市は時計を指差し、


「それよりも、早く風呂入れよ。消灯時間も近いんだからさ」

「む、それもそうだな。……って、元を正せば黒乃が長風呂だったのが原因ではないか!」

「はい、はい。俺が悪かったから早く入れって。消灯までもう三十分もないぞ」

「わ、わかった! わかったから押すな、黒乃⁉︎」


 替えの新しいバスタオルを押し付け、一成をバスルームに押し込む。扉越しに一成から不満の声が上がるが、明日も授業があるのだからしょうがない。ちなみに、数十年前の学校機関は『ゆとり世代』なる土日完全休日制だったそうだ。まったくもって羨ましい。

 そんなことを考えながら春市は脱衣所の扉を閉めたのだった。

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