九 増えるワカメ

 午後六時、増えるワカメの刑の執行が開始された。

 国旗掲揚台から降ろされた七人の前に、輸入品の乾燥ワカメが大量に積み上げられる。質より量である。罪人にわざわざ国産の美味なワカメを食わせる必要などないのだ。

「さあ食えさあ食え」

 七人は泣きながら乾燥ワカメを口に詰め込み始めた。

「味がない……せめて塩をください……」

 大臣の一人が泣きながらそう言うと、取り囲んだ国民たちは次々に罵倒の言葉を浴びせかける。

「なにっ! 国民をさんざ騙して自分たちだけおいしい思いをしていたお前らが、これ以上おいしいものをあじわってどうするのだ」

「座布団一枚」

「貴様らは味のないワカメを黙って食っていればよいのだ」

「そうとも!」

「そのワカメにはほんのり塩味が付いているのだぞ。その塩味を感じられぬということは、日頃から濃い味付けのものばかり食っていたのであろう」

「おのれ許せん。ほらもっと食え」

「どうしたどうした手が止まっているぞ」

「口から入らぬのなら鼻から詰めてやろうか」

 嵐のような罵倒を浴びつつ、七人は涙を流しながらワカメを貪った。

 山のような乾燥ワカメがほとんど七人の胃袋に収まった頃合いを見計らって、七本のホースが据え付けられ、七人の前に一杯のどんぶり茶碗がどんと置かれた。。

「さあ飲めさあ飲め」

 七人は泣き叫びながら、ホースから供給される水をどんぶり茶碗に受けてはがぶがぶ飲んだ。

「せめて砂糖水を」

 トンガリコーン十六世がたまらずにそう叫ぶと、国民たちは目を釣り上げて罵詈雑言を浴びせかけた。

「私たちには粗食こそどうたらこうたらと言っておきながら砂糖水ですって」

「まあ卑しい、豚のようだわ」

「そもそも隣国はマルマルフトッタ五世だったわよね。こちらはトンガリコーン十六世だけど、どうして同じだけの歴史がある国でここまで王の代が違うのかしら」

「決まってるじゃない、食べて吐いてを繰り返して胃に負担をかけてるから早死にするのよ。コロコロ病死して代が変わるのはこのせいだったんだわ」

「食べ物を粗末にするなんて、最低。ロクデナシ」

「飲ませる水がもったいないわ」

「そうだ、あそこに炭酸水があったでしょう。あれにしましょう」

「賛成」

「酸性」

「炭酸水だけに?」

「誰よ今うまいこと言ったのは」

 いつの時代も女というのは恐ろしいもので、こうして七人のホースから供給される水はいつの間にか炭酸水へとすり替えられてしまった。

 さて、大量の水と大量の炭酸水をがぶがぶ飲まされた七人は、とうとうこれ以上飲むといろいろなものが口や鼻や耳からはみ出す、という段階に到達した。

 ここで増えるワカメの刑は次なるステージへと歩を進める。

 七人は、口にガムテープを貼られてその場に放置された。

 ここで一晩熟成させるのである。縄も解かれ、いつでも逃げ出せそうなのだが、その心配はない。膨らんだ腹によってもはや動くことはおろか立っていることさえままならない、かといってガムテープがあるから吐き出すこともできない、七人はうーうーと呻きながらごろごろと転がるしかなかった。

 この時点で午後八時である。国民は一旦家に帰ってワカメ以外の夕食をとり、安らかに眠り、次の日の朝七時、一部の人間は再び王都に集結し、残りの人間はテレビに噛り付いた。

 広場には巨大な球体が七つ、呻きながら転がっている。体内で乾燥ワカメが水を吸ってたっぷりと膨らみ、おまけに炭酸水からは二酸化炭素が放出され、七人を体内からぱんっぱんに膨らませたのだ。誰かがごろりと転がるたびに体内からたぷたぷと音がした。

 これが増えるワカメの刑の下準備である。

 実は、増えるワカメの刑とは、とあるスポーツの『用具』の準備段階なのだ。

 さて、広場に集まった若く健康なトンガリ王国民は七つの球体を抱え上げ、えっさえっさと国中を練り歩き、ワカメの詰まった大玉をスタート地点まで運んだ。

 テレビでは特番が開始された。

「テレビの前の皆さん、おはようございます。増えるワカメの刑では恒例となる、大玉転がし大会の開催です。今回が第二十五回目の大会となりますね。今回は大玉が七つということで、世界各国から腕利きのプロ・オーダマーが集結しております。実況は私、アナウンサーのフルダーテ。解説は、第十二回大会王者にして元プロ・オーダマー、かの有名なコロ・ガッシさんにお越しいただきました。コロ・ガッシさん、本日はよろしくお願いします」

「よろしく、お願いします」

 トンガリ王国で開催される大玉転がし大会。その様子は衛星放送でライブ中継され、全世界が見守っている。どの局も先を争って放送権を求め、この特番の間に流すCMの枠はひとつにつき数億の金が動くという。

 七つの大玉は、それぞれ二人、計十四人の選手によって転がされる。一斉にスタートし、ゴールの海まで転がしてタイムを競う。妨害、工作、なんでもあり。ただしゴールに辿り着いたとき、大玉が生きていなければならない。この制約が、このバトルを緊張感とエンターテインメント性溢れるものとしているのだ。

 増えるワカメの刑執行の際に必ず行われるこの競技は非常に人気が高く、大玉転がしの選手はプロ・オーダマーと呼ばれて最高の地位と名誉を獲得する。デップリ王国内で盛んなのは「投げ槍」や「切り札」であるが、世界的に見て最も盛んなのはこの「大玉転がし」なのである。

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