第26話

 魔法使いになるという上で、魔法を使えないということは大きな障害であったが、根幹の責務はおおよそ理解できる。

 だとするならば、魔法は使えなくても「魔法使い」であるためには、最低でもその責務を果たす事が重要になってくるのでは無いだろうか?

「ほら、洗濯物くらい畳めるようになろうよ」

「そんなん、言われてもなぁ」

 あれから数日が過ぎ、忠泰の特訓の急激な進歩は認められないものの、忠泰が魔法を覚えるよりも確実にこなせるようになっていった。

 それが、自分の指導がいいのか、浅葱の要領がいいのか分からないが、とにかくも日々はゆっくりと過ぎていく。

「こんなハズじゃなかったんだけどなぁ」

 浅葱はそんな風にボヤくが、忠泰の指導は決して手をゆるめる事は無い。

「ほら、またシワがいってるよ。そこら辺はクシャっとなると、アイロンをまたかけないといけないから気を付けて」

 その言葉に浅葱は不満気だが、忠泰としては自分の下着くらいは自分で洗って欲しいと思っている。

 浅葱は洗濯した数着の白いワンピースを畳んで積み重ねる。

 それはいつ見ても不思議な感じだ。彼女が出す洗濯は大抵が下着かこのワンピース位くらい。もう少し、バリエーションは無いのかが気になって見ていると、「何?」と、浅葱が不審な視線を向けてきた。

 それを見て、たしかに女子高生の服をジロジロと見るのは失礼であると思い直す。

「あぁ、ゴメン。大した事じゃ無いんだけど、他に服は無いのかなと思って」

「ホントに?」

 嘘では無いのに、何処か言い訳がましいその言葉は嫌疑を深める結果になった。

 しかし、そう言われると健全な男子高校生である忠泰としても本当にやましさを否定できるのかと言えば……。

「タダヤス君⁉︎」

「いえいえ!僕はただ、そういうのも魔法使いに必要な事なのかと思っただけです!それだけです!」

 数秒間、じっと据えた眼で忠泰を見つめたが、「ならよし」と言って、視線を戻す。

 男女の共同生活は気を抜けばこういった事がある。

 忠泰はこういった面で非常に気を使っているつもりだが、浅葱も慣れていないのか、はたまた男として見られてないのか無防備な所をたまに見せる事がある。

(どんなつもりなんだろ?)

「私の趣味だよ」

 心を見透かされた様な言葉ににドキリとする。

「な、何が?」

「何がって、服だよ。白のワンピース。魔法を使うのに服を使う人もいるけど、私は使わないからね」

「え?あぁ、服。服ね」

 余計な事を言わないで良かった、と胸を撫で下ろす。

「でも、魔法使いって黒い色ってイメージがあるんだけど」

「まぁ、そういうのもあるんだけど」

 浅葱は何とかシワがよらないようにうまく畳んでその手を止める。

「私は嫌なんだよね。黒い服」

 そう言った浅葱の表情はどことなく暗い。

 もともとは白い服が好きだとしても、この白ばかりのワンピースばかりを選んでいるのは異常だ。

 そう言えば、と忠泰は思い出す。


『ここに来れば、魔法の修行が出来る。だからこそ家出までしてここに来た』


 家出をして来た、それは母への反発心からのものだとすれば、白い色を好んで来たのも母への反発心からの影響だろうか。

 そこまで考えて、自分がまだ『隠し事』をしている事を思い出す。

 浅葱は昂奮したからとは言え、全て話してくれたというのに。

 忠泰は何も言う事は出来ずにいる。

 そう、逡巡していると、

「ほら、これでいいでしょ」

 そう言って差し出された服を見ると、問題なく畳めている事を確認する。

「やっと終わったー」

 そう言って大の字に寝転がる。

 そんな姿を見て思う。

「藤吉は夏休みの宿題は終わったの?」

「……」

 その言葉に何も言わずにゴロンと寝返る。まるで、忠泰から目を反らすように。

「……」

「……さあ?」

 その言葉に忠泰は固まった。

「藤吉?」

 次は何をするのか決まった。

 先生になると言ってしまったのだからやるしかない。

 もっとも文字通りの「教師せんせい」になるとは思ってなかったが。

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