魔法使いになるということ

あらゆらい

現実と魔法の境界線は……?

第1話

 藤吉浅葱ふじよしあさぎは目を覚ました時、赤い電車の中にいた。ガタンゴトンと揺れる車内は揺籠ゆりかごの中のように思いの外心地良く感じていたのか、意外とぐっすりと眠っていたようだ。

 顔を上げれば窓の視界は開け、周囲は緑が多く、彼女が住む町の中ではなかなか見当たらない風景が広がっている。

 その光景に多少混乱したが、徐々にその経緯が頭の中で再び形作られる。

「ああ、そうだったね」

 誰に語るでもなく、自分に語り聞かせるようなその言葉だったが、「エル」と名付けられた足元の猫(正確には足元に置かれたキャリーケースの中だが)が返事をした。

 白いノースリーブのワンピースにサンダルでは冷房の効いた車内はやや肌寒い。猫もそうなのか、と考えていると、「ニャー」ともう一度声を上げて鳴く。それは「しっかりしろよ」と言っているのであろう事が、浅葱には解る。

「そうだよね」

 そうだった。こんな所でうたた寝を出来るほど、のん気な状況ではないというのに。自分が選んだこととはいえ、連日の準備が思ったよりも身体にこたえていたのかもしれない。

 よし、と言う掛け声とともに、両頬をパチンと叩いて気合いを入れた。

「ファイトだね」

 そう言うのを待っていたかのように、電車が徐々に減速を始める。

 膝の上に載せた麦わら帽子をかぶり直す。母の愛用品を黙って持って来てしまったが、傍に添えられた赤い花は浅葱のお気に入りだった。これからのゲン担ぎには丁度いい。

 気合いを入れ直すと、車内に響く独特の声が窓の外側へ意識を向ける。

「次は紅葉山。紅葉山でございます。お忘れ物のないようにお気をつけください」

 車窓の外は流石に季節が違うためか、紅く染まることはないが、緑の色も青い空に映えて中々の風景だった。

 浅葱はゆっくりと立ち上がり、真正面を向き、緩やかに流れる景色を見ながら、ふとある事に気づく。

「どうしても言っておきたい事がある」

 足元の猫の反応を見る前に声を上げた。


「寝過ごした〜〜〜!!」



 周りの人が思わず振り返るような大声をあげ、頭を抱えてうずくまる。本来降りるはずだった駅は数駅通り過ぎていた。

 キャリーケースの中で、猫はため息を吐きながら、いつ目的地に着けるのかを考える。もう一眠りしてもきっと問題ないだろうな、と無責任なことを考えて、そのつぶらな瞳を閉じて毛糸玉のように体を丸める。

 本当に彼女らが目指す目的地は蔵守町くらもりまち

 あまり人には知られていないが、知る人ぞ知る世界の宝を集めた魔女の伝承がある町だ。

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