第46話

 朝来天津は何度も言う様に魔祓い専門の魔法使いである。

 対してレイブンは戦闘専門の魔法使い。

 本来ならば、闘いになれば手も足も出ない。

 しかし、朝来天津も霊を祓う上で、悪霊使いという魔法使いもいることを考えれば、対人用の攻撃手段が無いという訳にもいかない。

 そもそも、銃弾も生身の人間には十分な脅威だ。

 続けて三発の銃弾を放つが、先程と同様に上手く左手で逸らしていく。

「鉛弾はやっぱり効かないか……」

「それで終わりかね」

「まさか」

 そう言って、くるりと回してもう一発。

 何度もやっても同じ、とばかりに繰り返す。

 が、

「何!」

 今度は完全に逸らしきれずに、手袋ごと左手を大きく切り裂く。

 レイブンはそれを理解できない。

「ただの鉛弾で傷つく様には出来ていないはずなのだが……」

「ただの鉛弾ならそうなんだがねぇ、アンタは死の魔法しか使えない。でも、色々な死神を研究・解析して再現してるんだったねぇ」

 と、どこか楽しそうに話す。

「なら、死霊もそれに含まれているはずだ。それに対処した魔法も効果があると思って試してみたんだが……」

 慣れた様子でくるりと銃を回した。

「それなりの効果があるみたいだねぇ」

 決定的な効果は得られない様だが、全くの効果が無いとも思えない。

「どんな加工がしてあるのだ?」

「正直に話す訳が無いだろう」

 それはそうか、と呟いて、レイブンは更に続ける。

「それともう一つ聞きたい」

「何だい?」

 躱した方も、躱された方も全く動揺せずに話す。

「初対面だったと思うが、どうして私の魔法を知っている?」

「さてねぇ。どこかの風の噂だったか?」

「とぼけるな」

 レイブンが発した中で最も厳しい口調だった。

「貴様、さてはここでの会話を聞いていたな」

 彼女ほどになれば、その程度は何でもないだろう。

「まぁ、分かるだろうねぇ」

 彼女は否定する事も、悪びれる事もなかった。

「どうでもいいが、どうして早く介入しなかった? そうすれば平城忠泰の命を助けることも出来ただろうに」

「そりゃ無理だよ」

 キッパリと言った。

「何の準備も無しに、アンタの前に立ったら、アタシはすぐにくびり殺されていただろうさ。百歩譲って、アタシが死ねばこの子らが助かるっていうならまだしも、高確率で死ぬってなっちゃあ、アタシとしても何の準備無いしに飛び込めないよ」

 そもそも、と前置きをしてから、


「新米だろうが、何だろうが、魔法使いなんだよ。この世界に入ったら覚悟を決めて貰わないとねぇ。そんな事を聞き直すとは、アンタ魔法使いの道に向いていないんじゃ無いか?」


「言ってくれるな……」

 侮辱を含んだその言葉に怒りを隠せずにそう言った。

 だが、それは天津に対してのものではない。

(間抜けめ! わざわざ敵に指摘させるとは、どうやら私の甘い部分が顔を覗かせているようだ)

 大きく息を吸って吐いた。

 ここから先は違う。

 冷徹に世界の秩序を守る為に、不要な部分を切り捨てる。

 そう決めて、状況を確認する。

 二人の距離は約五〇メートル。

 この間合いはレイブンにとっては喜ばしいものでは無い。

 拳と銃。どちらが有利なのかは子供にでも分かること。

 しかし、それは絶対的なものでは無い。特に魔法使いにとっては。

 それを天津も分かっているのだろう。

 バン、と辺りに銃声が響く。

(私の攻撃が届く範囲に入るまでに全てを終わらせる気か)

 しかし、そんな事は想定内。

 むしろ、それ以外の選択肢など無いだろう。

 だが、その程度の対処を怠る様な真似はしていない。

 僅かに首を振って銃弾を躱した。

「私は死神だ。死の脅威を視る事は、私にとっては容易いこと」

 死を司るものの役割は生者に無秩序な死をばら撒くことだけではない。

「死神は死を見分け、素早く死の世界に導き、世界のバランスを守る。人の命を刈り取る銃弾の軌道を読む事などたわいも無い」

 自分が死神である事。ひょっとすればそれこそが彼が世界の秩序を守る様に駆り立てているのかもしれない。

「銃弾の軌道を予測できる……か」

 なぞる様にそう言って、

「だが、その理屈だと身体機能は人間の域から出る事は出来ないんじゃ無いのかい?」

「その通りだ」

 彼は、自身の持つ欠点を割とあっさり認めた。

 そうして、一歩ずつ踏み出していく。

「だが、そんな事はどうでもいい事では無いかね? 実際に私は弾丸を躱しているのだから」

 そう言って、スピードを上げる。全力疾走と呼べるほどの速さ。一気に距離を詰めて来た。

 だが、天津はいたって冷静。

 その素早く次弾を装填し発射する。その時間は僅かに二秒足らず。

 だが、レイブンは何も気にしない。

 無駄の無い動きで華麗に躱しながら、足は止まらずに天津との差を更に詰める。

 天津に許された発砲は、残りの距離から考えればおおよそ三発。

 そこを凌げばレイブンの勝利は揺るがない。

 しかし、そう簡単には天津は許さないだろう。

 現に、銃弾を躱し続けてもその手つきに全く動揺はなく、機械の如き正確さで準備を終わらせる。

「成程、本当に銃弾を躱せるんだねえ」

 手は全く止めずに意識はこちらへ向けていた。

 大きな銃声と共に打ち出された弾丸を軽く躱した。左手すらも貫通する弾だとしても、当たらなければ意味がない。

「どんなタネがあるんだい?」

「正直に話す訳が無いだろう」

 先ほどの意趣返しとばかりに、皮肉を込めてそう言った。

 だが、威張っていう様なタネなどもとよりない。

 今までの経験から来るものなのか、魔法使いとして直感が優れているのかは分からないが、反射神経でタイミングを合わせているだけの話。

(故にワザワザ教える必要もない)

 自分の反射だけでかわすという事は、距離が詰まれば避けにくくなる。

 それを知られていい事などない。

 そうしてまた一発。

 それも難なく躱す。その時は既に距離は一〇メートル程度。

 あと一発。それさえ躱せばお終いだ。

 銃声が響く。

 死の軌道を確認しようとして……、

 右脇腹に灼ける様な痛みが走る。

(馬鹿な……)

 その痛みは銃弾が貫通した痛み。

「何だい? ありえない物でも見た様な顔をしてさ」

 膝が折れるのを感じながら、レイブンはその言葉を耳にした。

「何にショックを受けてんだい?弾丸の軌道が見えないなんて当たり前の事じゃないかい?」

 そんな事を嫌味っぽく言ったが、レイブンとしてはそれどころではない。

(何故見えない?)

 今の天津の言い方からすれば、間違いなく何かの仕掛けを施している。

(不発……ではないなら、弾丸そのものに何かを仕込んであるという事)

 考えられるのは、絶対に当たる弾丸だという事。いや、死神は"神"と呼ばれるほどに高位な存在。"欠片"クラスならともかく、人の手によって放たれた魔法たまでこの眼が誤魔化せるとも思えなかった。

(いや待て、私は何を考えた?)

 何かヒントの様な物が頭が過るのを感じた時、今度は右腕に痛みが走る。

「悪いけど、まだ終わらないよ」

 右手でぐるりと回して装填と排莢を済ませる。

 また、見えなかった。今回はそれで同様する事などないが、無理矢理に中断された思考は中々元に戻らない。

(落ち着け……)

 絶対に当たる弾、と冠するだけではこの眼は誤魔化せない。

 その為には、因果を歪めるほどの強力な魔法が必要だ。

 だとすれば……

「成程……」

 それは人の手では無く、それ以上の高位な物の手で作られたもの。

 それが銃弾ともなれば答えは決まりだ。

「貴様は曲りなりでも巫女だろう。"悪魔"の力を借りてもいいのか?」

「やっぱり気づいたんだねぇ」

 当然だ、元々それは死神かれの本領だ。

「悪魔の力を借りて命中させる弾丸、つまり魔弾だな」

「ご名答」

 やや誇らしげにそんな風に言って、銃をぐるりと回して、銃口を向ける。

「もう、そろそろ降参しないかい? アキノリ君だったかい? あの子が別に世の中を乱そうというわけでもないだろう」

「解せんな。知り合いという事もないだろうに、何故かばう?」

 それに対して愚問とばかりに軽く笑った。

「あの子達が命を賭けたんだ。成し遂げたい、と思うのはいけない事かい?」

「……」

 それに……、と続けて、

「これ以上時間をかけたら、アンタにとっても見たくないものを見る事になるかもしれないよ」

 それは一つの気遣い。

「……断る」

 満身創痍になりながらも、レイブンは引かない、否、引けるわけがない。

「今まで、たくさん殺してきたのだよ。自らの死が見たくないなどと今更言わんよ」

「はい? あぁ、はいはい」

 何を言っているんだ、という感じであとは勝手に納得してしまった。

「アタシはそんな事を言いたいんじゃないんだせどねぇ」

 そう言って天津は銃をホルスターにしまう。

「は?」

 間抜けな声が出たのをレイブンは自覚する。

 それは仕方ないのかもしれない。確かに信じられないモノをレイブンは見た。

 驚きの後に出たのは、呆れに近い怒り。

「馬鹿にしてるのかね?」

 声に現れた感情には苛立ちの様なものが混じっているのが天津自身にも分かる。

「たった二発で、この私を攻略したつもりか?」

 その言葉は強がりでも何でもない。もし天津が僅かにでも油断すれば、即座に殺せるだろう。

「まさか。もうちょっと準備してたらこのままトドメもさせたと思うんだけどねぇ。今の手札じゃ、殺すしかなくなるからね」

 対して、天津は涼しい顔。しかし、彼女自身も、レイブンを完全に無力化したなどとは思ってはいないだろう。

 だと言うのに、戦いの最中にレイブンから眼をそらし、何処か別に視線を逸らす。

「それに、アンタを何とかするのはアタシの役目じゃない」

 格好の攻撃のタイミングではあったが、その視線の先を見る。

 それは決して余裕を見せたわけでは無く、

「う……」

 そこにあってはいけない何かが、そこにある様な気がして、

「私は元より、アンタを倒すためにここに来たんじゃない」

 そう言えば、仇を取りに来たのか、と聞いたときに、『無意味』だと言っていた。

 その時は、復讐に意味などない、という意味だと思っていた。

 だが、もしそれが、、という意味という意味だったとすれば……。

「うぅ……」

 誰かが、立ち上がった。うつ伏せの状態から片膝を立て、顔を上げる。

「ここって……あれ? どうなってたんだっけ?」

 ゆっくり立ち上がろうとしていたのは一人の少年。

「平城忠泰……だと……⁉︎」

 そんなはずはない。

 左手は確かに彼の体に触れた。しかも、心臓に近い部分を。

 魔法に対する抵抗もなければ、神の祝福もない。死神の力を防いだのか、弾いたのかは知らないが、とにかく、今、生きて呼吸をしている。

「だから、サッサと帰れば良かったのさ」

 天津が今更の様に言った。

「見たくないだろう。自分が極めた魔法が全く意味のないものになっているところなんてさ」

 だが、レイブンの耳にはそんな言葉は入らない。

「何をした?」

 思わず、といった感じで口にする。

 目の前に更に脅威となる天津と言う魔法使いが居るにも関わらず。

「何をしたんだ! 貴様ァーー!」

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