39 続けても続けても終わるものって、な~んにょ?

「……う~ん……駄洒落……駄洒落……」


 管理小屋の中、真っ白なコピー用紙を前にソファで唸り続ける尾張ユリカ。裾の長いTシャツに、太腿丸出しの短いズボン。その隣には、太腿よりも肉感的な白い猫がごろにゃんと。


「とりあえず、雑ヶ谷のスポットをいくつか挙げてみよっか――」


 ちょっと空気を変えようと、恭平は雑ヶ谷公式HPを片手にホワイトボードに向かった。

 中腹の大きな神社、坂下の老舗茶屋、坂を離れれば、歴史観が歪む程の美しさを誇る寺院や伝統ある地方デパート。絹と街の歴史記念館。

 知っていること、知らない所。地元にもいろいろあるんだなあと考える。


「なあ、Aよ。やっぱりこれ、結構難しいぞ」


 頼りにしていた相方の声で、ちょっと肩を落とした恭平は。


「……だよね。俺も考えてみたんだけど、これ、文章にするの難しいや」


 するとF・ユリカはこくりと頷いて。


「駄洒落単発ならいくつか書けるけど……紹介文ってなると、また別の労力がいるしな」


 恭平はぽりぽりと頭を掻く。確かに、好きなパーソナリティが言ったことなら分からない単語を検索しようと思うけど。だから少し位効果があるかと思ったけれど。


「……やっぱ、お題とか絞った方が良かったのかな」

「まあ、な。でも今更だしなぁ。誰かさんが先週募集しちゃたしぃ」


 口の端を広げて言って、ユリカはコピー用紙にくりくりと落書きを。その際、緩めのTシャツから胸元が覗きかけた事に心で舌打ちしながら、少年は夏臭いソファに埋もれる様に天を仰いで。


「あああ……やっぱ尾張さんの人生相談コーナーの方が良かったかなあ……」

「そりゃな。書く側からしたらその方がボケのパターンが増えるし。何でもいいから書きやすいしな」

「ああああぁぁ……なんであの時そっちを思いつかなかったんだろ……」


 深いため息をプレハブの天井に。

 今思えば、絶対にそっちの方がやりやすい。真面目でも下らない事でもいいわけだから、書きやすいし。受ける方としても突っ込んでもボケても良いし。


『誰でも参加できるコーナーを作り、結果的に凄く面白い人が集まってくれればいい』。


 いつか好きなラジオのパーソナリティがちょろっと言っていたコーナー理論が頭をよぎる。


「……面白いの送って来いとか、スタンスとして無いよなあ」


 面白いコーナーをやりたいと思うあまり、本質を間違ってしまった感。若手俳優がやる物真似の物真似みたいなうすら寒さに頭を抱える。


「うるさいな。だから今更だって言ってるだろうが」


 苛立ちのユリカが、舌打ちまじりにじろりと睨む。


「まあ、わかってるけどさあああ~」


 仲間を前にしてついつい数日間溜めこんでいた不安や後悔を口の中に転がすと、すぐ横のソファにドスリと消しゴムがめり込んだ。


「うぜぃ! グダグダ言ってる暇があったらちょっとぐらい考えろ!」


 へいへいと唇を突き出し白紙に向かったネガティブ男子の前で、憤慨した相方は短く真っ白な太腿を器用に組みながら。


「……ていうかメールさ、来なきゃ来ないで何とかなるだろ? わざわざこっちで偽物なんか作らなくても、いつも通り普通にオープニングやって、今週の情報読んで弄って、トークして、それで終わりでも良くないか?」


 半眼の彼女に、恭平はシャーペンで頭を掻いた。


「まあ、別にそれでもいいけどさ。そこはやってみたいじゃん? ラジオみたいに。せっかく聞いてる人いるんだし」


 言いながら、髪から紙へとペンを戻して。


「俺さ、実は生放送とかやったことあるんだよね」


「はぁ? お前が?」


「そ。俺が。でもやっぱ、あれってちゃんとそれっぽい奴をやんなきゃ人来ないし。たまたま人が来ても無視してラジオやるわけにはいかないし。それ用のコーナーとかやんなきゃだし。でも、ここならさ。一応雑ヶ谷に興味ある人とか、世織さんとか、他の曜日のリスナーとかもいて……何て言うか、チャンスじゃん?」


 相方は、むすっと半眼で聞いていた。切りたての短い髪が、首振り扇風機が当たる度にあごの辺りで揺れている。耳の先っぽが黒髪の中からちょこんと飛び出している事に、その時初めてちゃんと気が付いた。


「だから、ちゃんとしたい。今日はホント、俺のミスだけど。これでいいやっつってグダグダにはしたくないし、来ませんでしたーでお茶らけたくもない。悔しいなら悔しいを見せて、残念なら残念を笑いにして、そんで俺達はこうってのを精一杯やって――それで、次の番組に繋げたいんだ」


 ユリカの眉毛がぐにっと曲がった。


「……次?」

「うん」


 頷く。紙に視線を落としたまま。


「『万遍マンデー』は、終わるけど。俺、番組は続けようと思ってる」


「……ふ~ん……あ、ふ~ん。。。」


「Fもやるっしょ?」


「…………うん。……Aがやるなら、まぁ」


 照れくさそうに鼻に皺を寄せる相棒に、ちょっと笑ってまた目を逸らす。


「あの三人は?」


 つむじに聞かれて、恭平はちょっと考え。


「いてくれればいいけど。俺、給料とか、払えないし」


 こうなったらもう最後の手段としてラジオネームでボケようかとまで思いながら。


「今日の最後でツイッターとか宣伝してさ、またやりますって言って。ツイキャスでも何でもいいから、できれば夏休みの間に始めたいんだ。二人でカラオケとか行ってやってもいいし、最悪、学校にラジオ部作るとかしてでも」


「うぇ~……ラジオ部ぅ~」


 相方の正直な声と顔に笑いつつ。


「最悪ね、最悪」

「最っっ悪だな、最悪。あっても入らんわ、そんなもん」

「はは。いいじゃん。先輩に『ラジオ道』を教わってさ」

「アマチュアのウェブラジオでか? クソだろ、その先輩」

「トレンドのワードでトークとか。お勧め動画の紹介とか」

「ウワー、タノシソー」


 白目を剥いた相方が、紙にさらさらとペンを走らせた。


「――大天使ユリカちゃん、あそこが長江君、こんばんは」

「いや開幕おかしいでしょ、大天使って」

「いやいや、それはしょうがないだろ。リスナーがそう感じたの」

「あー、個人の感想なら……じゃあ見逃そう。他は……OKだな」

「うん、OK……だな」

「ま、僕は全然普通だと思うんですけどね。よく言われちゃうんですよね~」


 女子高生はちょっと笑った。


「先週の放送で、商店街の様々なお店が協力してカフェを出すと言っていましたね」

「そうそう、今週末の『青空フェスティバル』っていうお祭りでね」


 楽しくなって身体を揺らす恭平を、ちらりと見上げたユリカは。


「……こんな感じでどうだ?」

「え? これだけ? もっとないの? ねぇねえもっとちょうだいよオワりも~ん」

「まだ書いて無いの。てか、これって本番前に見せた方が良いか?」


 おかっぱ頭を傾げた彼女の疑問に、恭平は真面目に逡巡し。


「えっと、本番もあそこが長江君?」


「んなわけあるか、バーカ。もっとポップな奴にするわ」


 呆れた様に笑う相棒の感覚に、俺もそう思うと頷きながら。


「じゃ、見せなくていいよ。知ってるメールだと、多分俺変なリアクションになっちゃうし」


 すると相方はにやりと笑って。


「確かに。先週も先に見せた奴はひどかったしな。聞き直したら、なんかお前の予定調和な返しが気持ち悪かった。あと声も」


 恭平は目を丸くした。


「え? 尾張さん、アーカイブとか聞くの?」


「ん? ん……まあな。な、なんだよ、いいだろ、私だってちょっとは反省とかしたりするっつうの」


「反省!? あの尾張さんが、『反省』!? うわぁ、なんか泣いちゃうよ、俺」


 上から目線の恭平の口ぶりに、相方がぬぅっと牙を剥きかけた時。


「あ、いたいた。どう? メールは書けそうかい?」


 と笑顔のディレクターが小屋の入り口に顔をだした。


「ふん。私は書いたけど、こいつが口ばっかりで――」

「いやいや、尾張さんが無駄なエロスで俺の集中力を――」


 と、口々に互いの悪口を言い始めた月曜コンビを、持ち前の微笑みでなだめながら。


「そういえばさ、二人は、次の日曜ってあいてるかい?」

「次? 今週のって事ですか?」

「うん、そう。せっかくだから打ち上げって言うか、やろうかと思ってさ。まあ、高校生が多いからランチになると思うけど」


 顔を見合わせた二人は、互いの意志を探り合うように頷いて。


「俺は、特に無いですけど」

「まあ、私も。今の所は」


 聞いて、恭平はちょっとほっとした。正直打ち上げとやらに興味はあるが、相方がいなければ誰とどう喋っていいのかイメージが掴めないから。

 二人の返事を聞いたディレクターは嬉しそうに笑って手を振ると。


「よし。じゃあ僕は可愛い女子高生達と電話しなくちゃだから、悔いが残らない様に頑張って」

「私もだ、私も」


 スマホ片手にルンルン出て行く野郎の背にアピールをするユリカの前で、ピシャリと扉は閉められた。


 ちらりと見えた外はまだまだ夏だったけど、最終回までもう、一時間ちょっとになっていた。


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