19 最初で最後の

 

『♯2 その辺の雌とは違うんだよっ!』



 そして迎えた日曜日、雑ヶ谷からは程よく遠い待ち合わせ場所に尾張ユリカはやってきた。

「……さすがだ、長江。ダサい事に余念が無い」

 あっちを見たりこっちを見たりとやりながら改札から真っ直ぐ歩いて来た野球帽の少女の感想に、文庫本をポケットにしまった恭平はぽりぽりと頭を掻いた。

「一応、一番格好良い奴で来たんだけど」

「ふん。というか、オーディションの時も見たぞ、その変てこ柄のシャツ」

「いやいや、ほら、中のTシャツが、ほら格好良い」

 言いながらシャツの前をちょいと開いて見せつけたのは、お洒落の駆け込み寺こと『ジョーンズファイト』で買ったクールな蛍光グリーンのTシャツ。そんな長江コレクションの中で最もクールな組み合わせを、尾張ユリカは鼻で笑った。

「……ふっ。成程そうか、骸骨、ね。へえ」

 ニヤつく彼女の前に僅かな沈黙を落とし、十字架&骸骨Tシャツが覗く胸元のボタンを留めた恭平は。

「はは。骸骨がバスクリンに浮かんでるぞ、おい」

 とニタニタ笑う相方を睨み付け。

「いや、でも。君だって――」

 仏頂面の顎でしゃくった少女の出で立ちは、夏らしい爽やかな白と青のワンピース。裾の部分の意匠も洒落ているし、服自体は十分以上に可愛らしい。オーディションの時に見たジャージもイメージに合っていたけれど、不思議とこれはこれで似合わなくもないと。


 ――が、しかし。


「……ワンピースに、野球帽って」

 首を境にボーイッシュとガーリーがせめぎ合うかのようなそのアンバランスさ。さらにさらに。

「しかも、リュックって」

 涼しげ半袖ワンピースを羽交い絞めにするごつめのスチームパンク風ナップサックが、彼女の今日のファッションテーマである『カオス』を際立たせているのであった。

「うるさいな。恥ずかしくて親には言えない程度の人間とお出かけをするとお母さんに言ったら、何を勘違いしたのか『これを着て行け』とうるさかったんだ」

 ぎろりと、野球帽の下から覗いた凶悪な眼光に苦笑した。

「そんなに嫌なら、ジャージで来ればよかったのに」

 言いながら、確かに服だけは可愛らしい彼女の姿を見て、恭平はちょっと後悔。しくじったと思った。タキシードとは言わないまでも、ビシッとスーツで来たら面白かったのに、と。

 確か去年、いとこの結婚式の時にあしらえた奴があったはずだったとか。

「うるさいな。これ以外の服は、今朝、当局の陰謀により洗濯されたんだよ」

 そう言っていーっと鼻に皺を寄せる尾張ユリカちゃん。もしもこれが恭平が好むタイプのアニメキャラなら、ここで頬を染めながら『べ、別にお前のために可愛い格好してきたわけじゃ……』みたいな伝統的な台詞を吐くのだろうけれど。

 多分、彼女がそんなの言っても別に可愛くは無いし、特に面白くも無いだろうなって。

「……で、今日はどこへ行くんだよ、おい?」

 野球帽のツバの下から、じろりと睨み上げてくる小柄で目付きの悪い女子。

「ああ、うん。えっと、尾張さん。どっか行きたいとこ、ある?」

「……長江とじゃなければ、どこでもいいな」

 呆れた顔で溜息を吐いた相方に合わせて笑いながら、彼女のドでかいリュックを叩いて。

「じゃ、行こう。尾張さん」

「ぬあ! さ、触るな痴漢! おい、だからどこへいくんだって!?」

 ドタバタと背中を追いかけてきた野球帽に、恭平はニヤリと笑い。

「俺の行きたいとこ。だって、尾張さんはどこでもいいんでしょ?」

 すると少女はさっと胸の前を掻き抱いて。

「……変なところに連れて行くなよ」

 ふんと鼻を鳴らして睨み上げて来るユリカの視線に、長江恭平は小さく肩を竦めた。

「悪いけど、変なとこ以外に興味ないんだ、俺」

「成程、男子という生き物は性欲を抑えられないとは本当だったか」

 いたずらっぽく笑うクラスメイトに、恭平も同じように笑って。

「大丈夫。尾張さんは性の対象にはならないから」

「ふん。こっちも同じじゃ。このむくろバスクリン」

 べーっとしかめっ面をしてきた彼女と微妙な間を開けたまま、一つ離れた改札を通った。

 ホームで電車を待つ間、突如隣から『ピロリ♪』とおかしな音がして。見れば、スマホのカメラを構えた尾張ユリカがレッドソックスの帽子を押し上げほくそ笑みながら。

「もしも、もしもだ。私がさっき改札を出た分運賃を損していたら、お前のこのダサい服を『初デートに向かう童貞ファッション日本代表』として世界に晒すぞ」

「おお。東京童貞コレクションだ」

 十字架Tシャツを胸元から覗かせた間抜け面とその横で微笑む例の乳首達の目を見ながら、恭平は笑った。



 ――結局その日の行き先は、恭平がかねてより一度行ってみたかった赤坂や浜松町といった東京の放送局を巡るツアーと相成った。

 別に、次の日のラジオで話したこと以外に何があったというわけではないけれど。話さなかった部分でも、行ってよかったと思える事がいくつかあった。


 それはやっぱり相方を少し理解出来た事。


 例えば、『この番組好きなんだよね。何て言うかさぁ――』と語りながら声優ラジオの番組グッズを漁る恭平を醒めた顔で見ていた彼女は。


「へえ、そうなのか。私は『馬鹿騒ぎ』位しか聞かないからな~」

 とかあくび交じりに言いながら、急にパッと目を輝かせて

「……ん、おい! あれ! あれ、『○×※△』ちゃんじゃないかっ!?」

 などと、向こうを歩いていたナナフシみたいに細い女性を指差してキャッキャし始めたり。残念ながら、ほとんどテレビを見ない恭平としてはその美女の名前が『なんとかタランティーノちゃん』としか聞こえなかったり。


 例えばお昼を食べようと安そうなお店を探した結果入ることになった、ハンバーガー屋の癖に財布を削って来るタイプのイケてるハンバーガーショップにて。

 あんなコーナーやりたいとかこんな事をやりたいと熱弁していた恭平が、

「ああ、でももっとリスナー増やさなくちゃだな~。そしたらさ、俺達にも、職人さんとかつくのかな」

 などと妄想を始めた時には、

「……お、おい、長江。これトマトか? 私、トマト……飲んでも大丈夫なのか?」

 とおっかなびっくりブラッドオレンジジュースのストローを咥え、それから『にふっ』と自分でちょっと吹き出してから。

「ふはは。処女じゃ処女じゃ。永遠の美じゃ~」

 とどこぞの吸血女帝の物真似をしながらニヤニヤし始めたり。


 そんな風に、最初で最後の二人きりでのお出かけとなったこの日の間も、万遍マンデーの二人はラジオの時の様にきちんと会話を交わすわけでも無く、視線も合わせずあれやこれやと互いの好き勝手を言い合っただけだったけれど。


 オフィス街の交差点で信号待ちをしつつ、微妙に日焼けを気にする巨大なバッグの背中を見ながら、きっと《かんざし一筋三十年》さんと言うのはあくまで好きな番組のパーソナリティの好みに合わせて彼女の中のほんの一部分を肥大化した存在であるのだと気付けたり。

 あとは、帰りの電車の中で彼女にとって『尾張ユリカ』と言う名前が三番目の名前であると教えて貰ったり。新しいお父さんが来た日の娘の話をリアルに聞く事が出来たり。裕福では無かった母子家庭に突然現れた金持ちおじさんとの同居生活話でケラケラ笑ったり。

 お互いの好きなコーナーや覚えているネタを上げたり、ああいうコーナーをやってみたいとか、こんなのはどうだとか。

 そうやって番組について話し合った夕暮れ電車の風景は、いつかラジオでやっていた『子供の頃の秘密基地』とか『自転車大冒険』の話を聞いたあのワクワク感覚に似ていた気がする。

 それに何より、昨日のお出かけ話についてのフリートークの打ち合わせや、本番の最中にも、スタッフを務める童貞生まれの男共に『付き合ってんじゃん!』と茶化されたり、雑ヶ谷の素敵なスポットを紹介しながらも『へえ、今度行こうか、尾張さん』と悪乗りしたり、それに一々『行くかボケッ!』とか、『付き合ってないわーっ!!』と尾張ユリカがブチ切れたり。

 ブチ切れ次いでの暴言にまた恭平が言いかえしたり、慌ててフォローを入れたりする流れが生まれたり。

 上手く言えないけれど、多分それぞれが自分の仕事に慣れてきたこともあって、手探り状態だった奴らが前の向き方が分かる様になり、重心の置場所を見つけた分、脇道にそれる余裕もできて。

 我ながら、この回辺りから『万遍マンデー』は番組としてぐっと良くなったと思う。


 自治体公式ラジオならではの『個人情報の扱いやら生放送で読み上げる際の検閲がどうのこうの』が決まるまで、メールが募集できないのが残念だったけれど、驚くことにこの日放送された『雑ヶ谷放送局月曜日・万遍マンデー ♯2』の本番中、のべアクセス数は三桁に迫る勢いだった。

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