16 戦争を知りかけている子供達

「時刻は七時になりました! 今晩は! こちら雑ヶ谷放送局月曜日! 万遍マンデーのお時間です!」


「……この番組は、雑ヶ谷の魅力をみなさんにお伝えするための公式WEBラジオで~す……」

「テンション! 尾張さん、テンション! 初回放送だよ! 長江恭平です!」


「……尾張ユリカだー……」

「だから声! 腹から出してこ! 大事な大事な初回放送ですよ! イヤッホー! ボーイズアンドガールズ! お前達の、長江恭平だぜ!」


「………………」

「無視! 無視ときた! おーい、尾張ぃ、遊ぼうぜ!」


「……ごめんねー。今日ユリカはお腹痛いんだって」

「わお! お母様! 若いお声で!」


「だから帰って。あと、もう二度とユリカを誘わないでくれる? あの子が『どうしてウチにはお父さんがいないの?』って気づいちゃうから」


 笑う。我ながらゲラゲラと品の無い声で。


「何か開いた! 大丈夫? 尾張さん、それもしかして開いちゃいけない扉じゃない!?」


 無理矢理なほどにテンションの高い恭平の前、相方は半笑いで斜め向かい――恭平の隣に鎮座する着ぐるみを見ると。


「うるさい! 私はな、今日はやる気が無いの! 何でスタジオにきゅうりがいるんだよ!」

「瓜ね! 瓜だから! 設定は守ってあげて!」


「……どうも。瓜実公です」


 隣からマイクに被りついた着ぐるみの渋い声に、恭平は。


「勝手に喋るんじゃない! まだ紹介してないでしょ!」


 すかさず怒鳴った恭平に、テンションの低かったユリカが笑ってくれる。ならば良し。


「キレたあはは。長江、それ、プロデューサー様がお捻じ込みになった大事なゲストだぞ! まあでもキレたくもなるよな。せっかく先週二人で楽しくやったのにさあ、なんだよゲストって。しかも胡瓜の着ぐるみって。よっぽどの数字持ってんだろうな、こいつ?」


「……拙者のフォロワーは、五十三人です」


「五十三!? あはは! すっくな!」


 笑う相方。ちなみに長江恭平のフォロワーはフォロー返しをしてくれたインディーズバンドの人一人だけ。まあ、自分はめったに呟かないし。それに秘匿事項ではあるものの《かんざし一筋三十年さん》のフォロワーは三百人近くいるし。五十三人は『少なっ』でいいのか、とキョーヘーは考えた。


 だが、彼女のトークの流れはそういう事じゃ無く。


「おい、長江、言ってやれ! ウチのリスナーは何人だ!?」


 成程そういう事かとちょっとにやける。


「そうなんですよ。実はこの番組、今日が初回の第一回放送なんですけど、先週何ていうか、テスト放送を行っておりまして、そのリスナー数が――」


 言いながら、今日もペラペラな台本を探す。オープニングトークで言うべき事がここで入れられそうだ。


「リスナー数が!?」

「五十二人でした!」

「負けた! あはは! 負けてるぞ長江! きゅうり以下とはどういうことだ!」

「しょうがないって! 人気が無いんだから!」


「え~、結構面白かったのになぁ~、なんだよ、世の中おかしいぞ!」


「そうだそうだ! そんな知る人ぞ知る放送が今週まで聞ける……んですよね? 今日の分と合わせて、先週のプレ放送と今日の第一回が公式チャンネル内で配信されます。先週のはもう配信中で、今日のはいつからですか?」


 小窓の中のブースに確認を取りながらの恭平に、答えはまさかのお隣から。


「……明日には、必ず」

「あはは! 瓜実がやってんのか! さてはお前、スタッフだな!」


 指さしたユリカに、瓜実公の皮を被ったアスカは低く笑って。


「……喫茶店『アミーゴ』をよろしく」


「バイト先! おい、こいつバイト先の宣伝をし始めたぞ!」


 すっかり楽しい顔になったユリカの笑みとは対照的に、ブースの中の村田ディレクターは苦笑いで。


『キョーヘー、キョーヘー』


 と小声で呼びながら、小さく指でバツ印。


「?」


 見れば、彼の苦笑の先で振興課の藤井女史がにらみを利かせている。


『中の人いじりは』


 マイクに乗らない様に小声で肩を竦めたディレクターは、再びちょんちょんと二本の人差し指をクロスさせた。


 視線で頷き、台本に戻る。


「でね! だから今日は、そんな大人気の瓜実公に媚びて行こうと!」


「媚びる!? このきゅうりに!? 誰がだ!」


「ええそれはもう、私が。私目がたっぷり媚びますので、姫は、もう。自由にやっていただければ」


「うむ!」


 胸を張ったユリカに、恭平は笑って。


「うむって。まあ、いいけども! で、雑ヶ谷公式マスコットである瓜実さんは普段は、どんな活動を?」


「…………ツイッターの更新などを、少々」


「バリトンボイス! たっぷり溜めてからのバリトンボイス! いいですねー、セクシーですよー瓜実さん!」


「…………光栄です」


 恭平が振ってから着ぐるみが答えるまでの間、い~っと痺れた顔をしていたユリカが爆発する。


「~~っ間が悪い! もっとテキパキ喋れないのかこの劇団員は!」


「姫! 殿中でござる! プロデューサーが見ております故に! どうかその劇団員はお納めください!」


「嫌じゃ嫌じゃ! ワシは弄る! 中の劇団員をいじるのじゃー!」


 じたばたと暴れる我儘姫と、いらいらを募らせるプロデューサーを見比べた恭平は時代劇風の声を作って。


「……一方その頃! 瓜実公は地域振興活動の為に、色々なイベントにも出ていたのであった!」


「……ええ。時流に乗って、あちこちに」


「例えば、どんな!?」


「……『先週は、全国のゆるキャラが集う合戦に参加しておりました』」


 盛大に笑う、何故なら。


「台本に忠実! 俺は瓜実公が大好きだ!」


「さすが劇団員」


 ぎりぎり聞き取れる声で差し込んでくる尾張さんはほっておき。


「…………拙者の忠義故に」


「成程成程、瓜実公は侍キャラなんですね~。で、平日はツイッターの更新と、アルバイトを」


「…………バテレンのコーヒーとサンドイッチなどを」


「よっ、売国奴!」


 この流れに合いの手を入れるユリカはにっこり。プロデューサーはこめかみをぴくぴくさせながらディレクターを睨んでいる。


 台本上では、ここからようやく『フリー質問』に突入する。それを見つけてニヤけるユリカが口を開く前に、恭平は。


「ええと、ツイッターの方はどんなことを呟いてるんですか?」


 すると、瓜実公ことアスカさんはちらりとピラミッド型に積み上げられた放送ブースから、フロアにいたスーツに眼鏡の若い男性を見下ろした。


「…………ちょっと。ここでは言えない様な事を」


 それは多分、実際のツイッターは公務員であるあの人が更新しているという事なのだろうけど。


 そんな言い方をしたら――。


「マジか!? おいおい胡瓜、お主も悪い奴じゃのっ♪」


 ほら、暴れん坊姫が喰いついちゃう。


「……人気の為なら、炎上も辞さない所存です」


 ちょっとちょっとアスカさん! いらんアドリブ! ここは劇場じゃないんですよ!


「あはは! いいぞ、きゅうり! 気に入った!」


 喜色満面な女子高生と、苦笑する恭平と、怒るプロデューサーととぼけるディレクター。無表情なのは着ぐるみだけという謎空間。


 そんな中、恭平はなんとか無難にまとめようと。


「そういえば、その全国のゆるキャラの合戦でしたっけ? 瓜実公はどれくらいの――」


「あはは、ゆるキャラにも合戦があるのか! どんな感じなんだ、着ぐるみの戦争は?」


「……そうですね。パソコンの前の戦争を知らない子供達に言うと」


 多分、誰の意図でも無く、会話の流れの中で出た単語。


 それを、尾張ユリカはニヤッと笑って。


「いやいや、どっちかというと、私達は、ほら、戦争を知りかけてる子供達じゃん?」


 それに恭平が笑いながら何かを突っ込もうと息を吸った時だった。


『ぴ~ひゃらぴ~ひゃらポンポンポン』

と、劇場内に陽気な祭囃子が響き始め。


「あなたたちね、流石に笑えないわよ」


 とプロデューサーが冷たく小窓から顔を覗かせて来た。


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