一章 使徒

 俺は今、異世界の地を踏みしめていた。

 ここは見知らぬ土地ではない。

 それどころか、非常に馴染み深い異世界の土地である。

 この場所を訪れるために、俺がどれほどの観測を続けてきたのか思い出すだけでも気が遠くなりそうなほどだ。

 だが、もちろん『スコープ』で観測していただけではない。

 俺が『コズミック・スフィア』に干渉するために創りあげたシステムである、『ゴッド・マザー』の実験を行ってきたのもこの星である。

 そして、俺はついに『ゲート』を創りだすことに成功し、こうやって直接自分の足で踏みしめることができた。

 正確に言えば俺の足であってそうではないのだが、そんなことはどうだっていい。

 俺自身の感覚として、その違いは存在していないからである。

 今、俺の周囲には巨木が立ち並んでいる。

 踝くらいまでとどくような丈の低い草が足元を覆い尽くしているが、歩きにくいということはない。

 背の高い木々が空を覆い尽くしてはいるが、木漏れ日は十分に届いており視界は十分に確保できる。

 俺は周囲を見渡しながら、視界内に重ねられているマップとのマッチングを確認する。

 俺の視界はマップにも表示されており、視線を移動するとそれに追従してマップも変化する。

 マップ表示のプロパティを設定して、動物表示を付け加えると、いくつかの色分けされたマーカーが表示される。

 赤が危険度が高い動物で主に肉食動物だが、盗賊等もこれに分類される。

 黄色がこちらが刺激すると危険な動物。草食動物の中でも牛やイノシシなどのような戦闘力の高い生物になるが、軍人や警邏官もこれに該当する。

 そして最後は青色。これは、主に草食動物等で戦闘力の低い動物、ならび一般市民ということになる。

 俺は、その中でも赤色のマーカーに注目する。

 一番近いという条件で絞り込むと、マーカーは一つだけになり対象までの距離が表示される。

 詳細表示に切り替えると、視界の一部に対象となった生物のリアルタイム映像が表示されるとともに、情報ライブラリが展開される。

 俺はその中から概要を選択すると、対象となった生物がなんであるのか知ることができた。

 種族はグリフィン。体長は約十メートルほどのオスで、年齢は百才。

 現在は獲物を物色中で非常に飢えた状態にある。

 この状況で、ちょうどいままさに、餌となりそうな生き物が近づいてきている。

 もちろんそれは俺ではない。俺との距離は十キロ近くある。

 さすがにこの距離で俺を感知することは不可能だし、そもそもその圏内に餌となる生き物は大量に存在する。

 なんにしても、今グリフィンが見つけた餌は俺のことではない。

 俺は、グリフィンの捕獲対象となった生き物にマーカーを設定する。

 グリフィンのときと同様に、リアルタイム映像とライブラリが表示された。

 もっとも概要のほうは確認するまでもない。

 なぜなら、もともと俺がこの場所に目標設定をした理由そのものだからだ。

 見た目は人間に近いが、長い耳と白人とは違った透明度の高い白い肌、過ぎるほどに整った美しい容姿。

 間違いなくエルフの女性の特徴であった。

 目の前にいるグリフィンに驚いている様子だったが、すぐに杖を構えて呪文を唱えていた。

 同時に情報が表示されて『マジック・シールド』が展開されたことがわかる。さらに情報の中には名前の欄があり、エルフの女がリィートという名前であることが表示されている。

 さらに情報の中には未来という項目があり、その中にはリィートはグリフィンによって捕食されると記載されている。

 この『コズミック・スフィア』の中の世界において、歴史は始まったときから終焉までが毎回繰り返され続ける。なので、場所を特定すれば、その場所で起こる未来の出来事を知ることは簡単なことだ。

 逆に言えば、俺が介入することでその未来を変えてしまうことも簡単にできてしまうということになる。

 もちろん俺は、最初から介入するつもりでここに来ている。

 リイートが攻撃呪文を唱えた。

 電撃の槍がグリフィンに命中したが、これはグリフィンをより一層刺激するだけの結果になった。

 森の中だとグリフィンの巨体は邪魔になり、その大きな翼は障害にしかならないが、だからといってその強靭な肉体が弱体化するわけではない。

 経験を積んだ戦士や魔法使いでパーティを組み、グリフィンの体力をちまちま削っていけばなんとかなるかもしれないが、リィート一人の力ではどうにもならない。

 なので、捕食されるという未来にたどり着くことになるわけだ。

 ちなみに解説が遅くなったが、この世界におけるいわゆる魔法は外部干渉によるものだ。

 俺の作った魔法の法則に従って『ゴッド・マザー』が干渉を行っている。

 つまり、すべての魔法は俺の管理下にあるということになる。

 そして、リィートが使用可能な魔法の中に、グリフィンを一撃で斃すことができるような魔法はなかった。

 結局のところ、リィート一人で腹を空かせたグリフィンとばったり出くわしたりしたら、食べられるしかないということである。

 もっとも、これが他の人間であったとしても、結果は変わらないだろうが。

 ただし、俺は別だ。

 実戦を試してみる機会になる。そのことも、俺がこの場所を選んだ理由の一つであった。

 まずは移動だ。

 歩いて行くとか走っていくとかいうのは論外だ。

 到着する前にリィートが食べられてしまうことは確実だからだ。

 グリフィンを斃すことも目的だが、リィートを手に入れることが一番の目的である。

 それに、グリフィンを斃した瞬間を目撃してくれる者がいなくては張り合いというものがない。

 誰にも自慢することができないからだ。

 というわけで、俺はグリフィンの正面に転移する。

 もちろんそこには、グリフィンがいた。

 すぐ後ろにはリィート。

 俺は、ちょうどその間に割って入った形だ。

 背後にいるリィートの姿は見えなかったが、正面にいる巨体をもったグリフィンの方ははっきりと見てとることができる。

 グリフィンは俺が突然出現しても、特に驚いた様子などなかった。

 餌が増えたくらいには感じていたのかも知れないが、そんなことはどうでもいい。

 グリフィンは特徴である鷲頭の嘴を大きく開き、有無を言わせず俺に襲いかかってくる。

 だがそれは、すぐにというわけではない。

 グリフィンがゆっくり襲ってくるわけではなく、俺のほうの認識速度が格段に上昇しているからそう感じるだけのことだ。

 これは、俺の周囲の環境が戦闘モードになっていると判断した『ゴッド・マザー』による自動対応であった。

 もちろん上昇しているのは認識速度だけではない。

 行動速度ならびにパワーもそれに追随して上昇している。

 もちろん、無制限にというわけではない。

 一歩踏み出すたびに、大気圏を飛び出してしまうようなことにはなりたくないからだ。

 今で言えば、グリフィンを圧倒できるくらいの強さにはなっている。

 なので俺はグリフィンの嘴をさらりと交わして、懐に潜り込む。

 技もなにもなく、単に移動しただけのことだがグリフィンには反応することすらできない。

 この後、俺のやったことはライオンの形をしたグリフィンの胴体を、殴りつけることだ。

 おもいっきりでなくていい、拳を握り固めて単純に前に突き出す。

 すると衝撃波が周囲に広がりつつ、グリフィンの胴体を破砕した。

 胴体の真ん中に大きな穴を空けられたグリフィンは即死状態となり、支える力を失った頭部が、俺の頭上へと落ちてくる。

 俺にとっては非常にゆっくりなので、簡単に避けることができる。

 グリフィンの頭が地面に落ちてた所で、俺の戦闘モードは解除され体感的な時間の流れは通常モードに移行した。

 そして、俺は生き残ったエルフと向き合う。


「よう、元気か?」


 俺が日本語で声をかける。


「助けてくれたの?」


 返事も日本語で帰ってくる。

 それも当然で、俺が『コズミック・スフィア』内の統一言語を日本語に設定したからだ。

 なので、この惑星以外のどこの星に行っても日本語がそのまま通じる。

 ただし、方言までは規制していないので、話が通じにくい場所も存在しているようだ。


「そうだ。感謝しろ」


 俺は堂々と言ってやった。っていうか、一度は言ってみたかったセリフである。


「……感謝はしてるけど、随分と偉そうね、人間」


 明らかに俺のことを不審そうな目で見ながら、そんなことを言っている。


「個人的な感想はいいから、こいつに名前を書け」


『ゴッド・マザー』から出力した書類をリィートに向かって突きつける。


「なんです、それは?」


 俺の突きつけた書類を受け取ろうともせず、さらに不審度を強めながらリィートが聞いてきた。


「単なる同意書だ。これに名前を書けば、お前さんは俺の所有物となり管理下に置かれる」


 正確には『ゴッド・マザー』の管理下に置かれることになるのだが、話がややこしくなるので、そこは端折る。


「はぁ? 誇り高きハイ・エルフであるわたしに、人間の奴隷になれと言うつもりですか?」


 予想はできたが、勘違いしているようなので、俺は簡単に説明してやる。


「奴隷ではなく、所有物だ。俺の所有物以外のありとあらゆる存在は、俺がこの宇宙から帰還した瞬間に復元される。つまり、お前さんはそこのグリフィンに食われるわけだ」


 俺的にはかなりわかりやすく説明したつもりだったが、リィートの表情からさっするに、まったく受け入れるつもりはないようだった。


「正気ですか? グリフィンから助けてくれたことには感謝しましょう。奴隷と所有物の違いはわかりませんが、どちらにしても、真っ平ごめんです。そもそも、すでにそのグリフィンは死んでいるではありませんか? どうして、私が食べられるというのです?」


 それがリィートの回答であった。

 一見、まともなことを言っているようであるが、無知というのは恐ろしいものである。

 自分の置かれている状況というものが、まったく理解できていない。

 めんどくさいことだが、実際に体験させてみたほうが話が早そうだ。

 俺は同意書に(仮)の字を書き加え、名前の欄に俺の手でリィートの名前を書く。

 そのうえでリィートに契約書を見せながら言った。


「これは、仮契約書だ。極めて制限された条件で、お前さんは俺の所有物としてみなされる。具体的に言えば、記憶だけが引き継がれることになる」


 この説明もかなり端折っている。

 正確には再生後の宇宙に引き継がれるが正解なのだが、そんなことまで説明をはじめたら、それこそ俺の一生をリィートのために捧げる覚悟が必要だろう。

 もっとも、俺はこの宇宙にいる限り年をとることはないのだが。


「あなた、何を言っているの?」


 今度俺に向けられた視線は、若干変わっていた。

 その目が“大丈夫かこいつ?” という感じになっている。


「やはり、説明だけでは埒があかんな。実際に体験してみるか?」


 我ながら無慈悲だなぁ、と思いながらの発言だったのだが。


「あなた、さっきから何を言っているの?」


 リィートの反応はこんなものだ。

 やはり、無知というものは本当に恐ろしい。

 俺は、これ以上の説明を断念して『ゲート』をでる。

 そこは、いつも通りの俺の研究室だった。

 地下二階分を繰り抜いて作れた大きな部屋の中央で、『コズミック・スフィア』が淡い光を放っている。

 ついさっきまで、俺はその中にいた。

 俺の背後には楕円を半分にぶった切ったような形をした『ゲート』が存在している。

 俺は『ゲート』をくぐり抜けて『コズミック・スフィア』の世界に行ってきたのだ。

 だが、それはあくまで主観であって、俺がこちらの世界から消えていたのは秒数で言えばヨクト単位の時間にすぎない。

 小数点の後にゼロが23個も並ぶような間の出来事だ。

 第三者の視点から観測していれば『ゲート』を素通りしただけにしか見えないはずである。

 俺がどれだけ長いこと『コズミック・スフィア』内に滞在したところで、その差は生じない。

 いかなる方法をもってしても、こちらの世界にいるかぎり、その時間差を検出する手段が存在しないからだ。

 ともかく、細かい話はおいといて、俺は時間設定をさっきより少し後にずらし、場所を前回の帰還位置に設定する。

 そして、再び『ゲート』をくぐった。

 すると、俺の目の前でグリフィンが今まさに獲物を捕食している最中であった。

 俺は獲物に夢中になっているグリフィンをさっきより簡単に斃す。

 すると、鷲頭の首がついばんでいる獲物と一緒に、俺の足元に落ちてきた。

 獲物は体の下半分がほぼなくなっていたが、それでもまだ生きていた。

 下から見上げるその美しい顔は、苦しみに彩られながらも悲しげに見えた。

 何かを話そうとしたが、口からは大量の血液が流れだし、声になることはなかった。

 まぁ、その話は後で聞くことが出来るし、特に気にならない。

 すぐにリィートの瞳から光は消え、完全に動かなくなった。

 そのことを確認した後、俺は『ゲート』から出る。

 あの状況では、リィートと話すことは何もできなかったが、たぶん俺のことは認識していただろう。

 あれだけしっかりと、お互いの顔を見つめ合ったのだから。

 俺は、また出現時刻を少し前にずらし、出現位置を前回帰還位置に設定して『ゲート』をくぐる。

 グリフィンは今まさに食事を始めようとするところだったが、まだ食材は手付かずのまま残っていた。

 俺は三度目となるグリフィン退治をやった後、リィートと向かい合う。

 リィートは腰を抜かして、地面の上にへたり込んでいる。

 それも当然で、リィートは今まさに記憶の中で自分がグリフィンによって食われる状況を追体験しているところなのだ。

 しばらくの間、リィートはガタガタと震えながら、悲鳴を漏らしていたが、急に力が抜けきったようになって動かなくなった。

 おそらく、死の記憶を追体験したのだろう。

 動かなくなったリィートは、しばらくしてからヒイッという奇妙な声を上げて、辺りをキョロキョロと見回し始めた。


「わ、わたし……生きてる?」


 何かを確認するように、自分の体を触りながら、リィートがそんなことを言っている。

 自分が生きていることが理解できいないのだ。

 それも無理はないだろう。

 何しろ、リィートは本当に一度死んでいる。


「安心しろ、今は生きている。だが、同意書はまだ仮のままだ。また死ぬぞ? グリフィンに食われてな」


 俺は、厳然たる事実を告げる。

 その上で、新しく出力し直した同意書を見せる。


「どうする? サインするか?」


 俺が言うと、何かに怯えるような感じでリィートが頷いた。


「わ、わかったわ。サ、サインする……」


 言いながら手を伸ばしてくるが、俺は契約書を引っ込めた。


「それが、人に物を頼む態度か? どうやら、わかっていないようだな。俺はお願いしているわけではない。こっちとしては、あんたがグリフィンに食われようが、どうでもいいんだからな」


 わざと突き放した言い方をする。

 もちろん、見放す気はさらさらない。そんなつもりがあるなら、こんな手間などかけたりはしない。

 なぜなら、リィートはもろに俺のタイプの一人だからだ。

 ちなみに付け加えておくと、俺のタイプは大量にある。


「わ、わかりました。サインさせてください、お願いします」


 リィートは震えながら頭を下げた。

 いい感じだ、俺はその様子を見てゾクゾクする。


「理解してもらえて嬉しいよ。俺の所有物になるといっても、あんたの身分が変わるわけではない。だから、俺以外に所有されることは絶対にないし、売買の対象にもならない。そういうわけだから、奴隷とはまったく違う」


 これは俺との契約だ。

 つまりこの宇宙において創造主との契約そのものである。

 なので、奴隷ではなく使徒となるわけだが……まぁ、今はそこまでのことは説明する必要はないだろう。

 契約が終わればわかることだ。

 俺は、契約書をボードの上に乗せてリィートに渡す。

 リィートはそれを素直に受け取った。


「書くものがないのだけど……」


 指摘があった。

 そういえばそうだ。俺は完璧に忘れていたので、俺の手のひらの上にボールペンを出現させる。

『ゴッド・マザー』が俺の部屋の中にあるボールペンを解析してコピーしたものだ。


「これを使え」


 俺がリィートにボールペンを手渡すと、まだなにか物欲しげに俺の方を見ていた。

 俺が黙っていると、リィートは申し訳なさそうに口を開く。


「インクもないと書けないのですが?」


 なるほど、そういうことか。

 この世界にはボールペンは存在していない。

 つまり、つけペン以外は使ったことがないのだろう。


「そのままサインを書いてみろ」


 親切な俺は、どうすればいいのか簡単に教えてやった。

 すると、半信半疑ながらリィートはサラサラと自分の名前を書きつける。

 ちなみに文字はアルファベットではなく片仮名だ。

 この世界に平仮名、片仮名、漢字以外の文字は存在していない。

 もちろん俺にとってその方が都合がいいからに決っている。


「か、書けました」


 リィートは書き終えた同意書を、俺に手渡そうとするが、その手の中で同意書が消えた。『ゴッド・マザー』が回収したのだ。


「そのボールペンはくれてやる。お前が好きに使うといい」


 どのみちこの世界で生み出されたものは『コズミック・スフィア』の外に持ち出すことはできな

い。

 たとえ持ちだせたところで、ボールペンなんていくらでもある。


「あ、ありがとうございます。宝物にします!」


 リィートは大切そうにボールペンをポケットの中に仕舞った。

 こっちの世界では、それ一つしかないわけだしそんなものだろう。

 それよりもだ。

 俺には確認しなくてはならないことがある。


「リィート、お前は俺の所有物となった。つまり、身体と生命を含む存在の全てが俺の管理下に置かれることとなる。それはすなわち、俺の持つ力を極限まで限定された状態でだが、発現できるということだ。それが、どういうことかわかるか?」


 返ってくる返事がどういうものになるのか分かった上での質問だった。


「い、いいえ。わかりません」


 だろうな、と思いながらも、そしらぬ顔で俺は続きを話す。


「今から、リィートの体を俺が直接操作する。何が起こるか、その身で体感しろ」


 偉そうに言ってはいるが、もちろん俺にとっても初めての体験だ。

 だが、所有者としては舐められてはいけない。

 リィートにマーカーを設定すると、俺の持ち物であることを示すアイコンが追加されていた。

 マーカーからメニューを開き、直接操作の項目を選択してさらに操作方法の中から音声操作を選び設定完了をする。


「あっ、う……」


 リィートは小さく声を上げた後、すぐに黙る。

 体が急に動かなくなったことに驚いて声を上げようとしたのだろうが、俺のコントロール下に置かれているので声を出せなくなってしまったのだ。


「言葉は開放する。好きに話せ」


 ある程度の意思疎通ができないと、後の説明がめんどくなりそうなので、とりあえず会話だけは出来るようにしておく。


「か、体が動きません……えーっと……」


 そう言えば、俺の名前をまだ教えていなかった。


「サトウ・ハジメだ。ハジメと呼べ」


 俺が名前を教えてやると、


「ハジメさま、体が動きません。どうなっているのですか?」


 すぐに質問してきた。


「言っただろ、俺が直接操作すると。お前の体は、お前の意思に関係なく俺の指示通りに動くようにしてある。とにかく今は、その体で何が出来るか体感するんだ」


 もちろん、このモードには別の使用目的もあるが、今は触れる必要はないだろう。


「はい、わかりました、ハジメ……さま?」


 恐る恐ると言った感じで、リィートが言った。

 正直、これまでの人生の中で、これほどの美人からハジメさまとか言われたことはないので、それだけでどかに魂がとんでいきそうだったが、ここは堪える。

 なぜなら、カッコ悪いからだ。


「腰を落とし、両手を正面に突き出せ」


 俺が指示をすると、リィートが俺の思い描いていた通りのポーズを取った。

 どうやら、直接操作モードの動作に問題はないようだ。


「次に叫ぶ。『リンク、ゴッドモード』」


 俺が指示すると。


「リンク、ゴッドモード!」


 リィートが叫んでいた。


「さぁ、放て『メガクラッシュ』」


 俺の言葉とほぼ同時に、リィートも叫ぶ。


「メガクラッシュ!!」


 リィートが前に突き出した両手の正面に、白い球体が発生し直後に眩い光が前方の森を包んだ。

 少しして光が消えると。


「こ、これは……」


 リィートが呆然とした声を出している。

 俺がコントロール下に置いているその肉体は、さっきと同じポーズをとったまましっかりと大地に立っていいるが、その心はどかかに飛んでいってしまっているようだ。

 それも無理ないだろう。

 なにしろ、やらせた俺自身が驚いている。

 森が消滅していた。

 それだけではなく、足元からすぐ先が消滅しており、目測でいけば数百メートルはありそうな断崖絶壁となっている。

 まるで直径が千メートル近くもある巨大な棒で地面を殴りつけたような形に、森が消えてしまった後の大地が形成されてしまっていた。

 渓谷のようにも見えるが、こんな綺麗な形をした渓谷の存在を俺は知らない。

 俺が、直接操作モードを解除すると、リィートはその場にへたりこんだ。

 リィートの股間の辺りの地面に、水たまりのような物ができたが、見てみぬフリをする。

 武士の情けというものだ。

 俺もびっくりしたし。


「理解できたか? これが、俺の所有物になるということだ。二度と、奴隷なんぞ勘違いするな。そして、この光景を忘れるな。俺の所有物であるということを、常に意識するんだ」


 俺がかなり見栄をはって偉そうに言ってやると。


「はい、はい、わかりました……。このリィート、ハジメさまの言葉を心に深く刻みます」


 リィートは地面にへたりこんだまま、さっきまでとはうってかわった従順さを示しながら俺にそう言った。


「まずは、立て。俺の前だから良かったが、他の者の前でへたり込むような無様なマネはするな。俺の所有物であるお前が、俺の名誉に関わるような行動をとることは絶対にゆるさん」


 俺はリィートの腕を取り、引っ張りあげなから警告する。

 なにしろ俺は、究極のええかっこしいなのだ。


「はい、ハジメさま、このリィート肝に命じます。……あの、ところで、一つ質問があるのですが、よろしいでしょうか?」


 立ち上がったリィートが、質問をしてくる。

 中々いい雰囲気になってきたような気がするのだが、どうだろう?


「ああ、かまわん、言ってみろ」


 俺は、偉そうに言ってみる。


「あの、もしかして、ハジメさまは神にあらせられるのですか?」


 なるほど、そういう質問か。

 これから先ずっと、俺のために働いてもらうことになることだし、まじめに答えてておくことにする。


「近いが違うな。この星の神なら別にいる。俺は、この宇宙そのものの創造主だ。ついでに言っておくが、さっきから俺が言っている所有物というのは、使徒と同じ意味だ。これからは、使徒を名乗るといい。お前が最初の使徒になるわけだから、第一使徒リィートということになるな」


 俺の言葉をリィートは理解しようと努力しているように見えた。


「わたしが、第一使徒ですか? ハジメさま? それでも、ハジメさまは神さまではない、と?」


 やはり、そこの違いが理解できなくて引っかかっていたようだった。


「神はいくらもいるが、創造主は俺一人だ。それに、俺の使徒であるお前の力は、そこらの神を凌駕している。おまえは、神以上の存在となっている」


 俺は理論上の説明をしてやった。

 まだ、実感はできないだろうが、そのうち実感として理解できるだろう。

 そこのところは俺も似たようなものだが、カッコ悪いので伏せておく。


「とりあえず、街に向かおう。だがその前に、パンツを履き替えたほうがいいな。このままだと、リィートのお尻が風邪をひきそうだ」


 かなりこすられた感じのある古典的なジョークを交えながら、新たに生成したパンツをリィートに渡した。




リィートと一緒に宿についた時には、もうすっかり日が暮れてしまっていた。

 なぜこんな時間になったかというと、あちこちの街を見て回っていたからだ。

 これは、俺の失敗とも言えるが、ハイ・エルフは人間の街のことをほとんど知らなかった。

 なので、マシな宿屋がある街がわからずに、マップを頼りに移動していたのである。

 もちろん『ゴッド・マザー』から情報は取れるが、しょせんそれはデータに過ぎない。

 それが俺の趣味に合うかどうかは、実際に自分の目で見てみないことにはなんとも言えなかった。

 というか、実際に見てきた結果がこれだったのだ。


「部屋の手続きはお前にまかせる。宿代はこれを使え。余っても俺に返す必要はないが、足りないようならまた言え」


 俺は話しながら、生成した小さな金塊を十二個渡す。

 この国の通貨を生成することも可能だったが、あえて金塊を渡した。

 というのも、明日は別の国にいるかもしれないからだ。

 金の汎用性を考えれば、今のところこれがベストだろう。

 落ち着く先が決まれば、その国の通貨に変えればいい。


「部屋がとれました。これから案内してもらえるようです」


 交渉が終わったリィートが戻ってきて報告する。


「念の為に聞いておくが、釣りはもらったか?」


 最初に伝えておかなかったが、金塊にしたのにはもう一つ理由があった。


「いいえ、これの価値に見合う部屋を、という交渉をいたしましたしたので」


 それを聞いて、俺は頷いた。


「それでいい。気前のいい客のことを、あれこれ詮索するようなことはしないだろう。俺が、この辺りの状況を理解できるようになるまで、あれこれ詮索されたくはないからな」


 データとしてなら概要を把握することはできるが、しょせんそれは文字情報にすぎない。

 最後は自分の目で見て体験したほうがいい。

 なにしろ、そのために俺はここにいる。


「全てを把握している存在が、神だと思っていたのですが?」


 宿屋の従業員に案内されながら、リィートが聞いてくる。

 とりようによっては、嫌味のようにもとれなくはないが、この場合純粋な疑問だろう。


「視点の問題だな。例えば森を考えよう。神は森を俯瞰して見ることができるから、森がどういうものかひと目で把握することができる。落ち葉の下に住む虫には森に住んでいるという認識すらないだろう。その虫にとって、落ち葉の下こそが全世界だからだ。だが、森を俯瞰するものにとって、虫の一つ一つを見ることはない。その虫がどんな世界に生きているかなど、普通は知る必要はないし、興味すらないだろう。同じ世界に住んでいたとしても、視点が違えば世界は断絶しているとも言える。俺の場合だと、俯瞰できる世界は遥かに広く、時間は悠久に及ぶ。結局のところ、同じ視点にまで降りていかなければ、ほんとうの意味で理解などできるものではない。まぁ、そういうことだ」


 部屋につくまでの間、俺は噛んで含めるように説明をした。

 もちろんリィート以外には、こんなめんどくさい話をするつもりはない。


「こちらのお部屋でございます。それでは、ごゆっくりどうぞ」


 案内してくれた従業員は、それ以外余計なことは一切口にせず、リィートに部屋の鍵を渡すと立ち去った。

 やはり、この宿屋を選んで正解だったようだ。

 リィートが鍵を開けて、ドアを開く。


「どうぞ、ハジメさま」


 どうやら、俺に先に入れと言っているようだ。

 俺としてはどっちが先でもかまわないのだが、わざわざ言ってくれているわけだから先に入ることにする。


「悪くはないな」


 どうやらこの宿屋で一番いい部屋だったらしく、中はそれなりに広く調度品も揃っている。

 雰囲気としては、ゴシック調のホテルの一室といった感じか。

 もちろん、全室こんな感じだとは思わないが、一々調べるつもりはない。

 そのうち、知る機会はかならずくるだろう。


「そのようですね。それで、これからどうされますか?」


 リィートが聞いてきた。

 そう言えば、腹が減ってきている。

 もちろん俺は『コズミック・スフィア』内にいる限りなにも食べなくても死ぬことはないが、何も食べない人生など送りたくもない。

 ということで、普通に腹は減るように設定してある。


「ルームサービス……」


 俺は、言いかけて止めた。

 せっかく未知の世界での冒険が始まるのだ。

 この世界を自分自身で体験しなくてどうする。


「いや、どこか食堂を探そう。その間に、服も買っておきたい」


 俺が言うと。


「はい、ハジメさま。でも、たいへん言いづらいのですが、わたしは人間の世界にあまり詳しくありません」


 だろうな、と思いながら俺はリィートの話を聞いていた。


「なに、どうせリィートにしても俺にしても、胡散臭い旅人にしか見えんさ。事情に詳しければかえって怪しまれる」


 俺の言葉にリィートはこうべを垂れる。


「ご鶏眼、おみそれいたしました。それでは、このままお出かけになられますか?」


 その言葉に俺は頷く。


「ああ、そうしよう」


 というわけで、俺はリィートと共に夜の街にでた。

 ただ、これは最初から分かっていたことなのだが、街中はとにかく暗い。

 とはいっても、暗視モードを起動するほどではないが、店頭の灯りは油皿に芯を入れて火をともす、行灯あんどんのような灯りばかりなので、その周辺がぼんやりと明るくなるような具合であった。

 ただ、街灯としてライトの魔法が使われており、それが主に道の視界を確保していた。

 それと、リィートがライトの魔法を使ってくれているので、俺とリィートの周辺もそれなりに明るい。

 もっとも、魔法の灯りは集光性に乏しく遠くまで視界を確保できないので、手持ちの灯りとしては使い勝手が悪い。

 とりあえずの拠点となる国を定めたら、早急に産業革命なり起こす必要があるだろう。

 ある程度は文明化してくれないと、俺が暮らしにくい。


「ハジメさま。あちらのほうに、呉服屋があるようですよ」


 俺よりだいぶ夜目が効くリィートが教えてくれる。

 もちろん、俺には見えない。このままでは。

 俺は店舗で検索をかけてマーカーを表示させると、確かに店があるようだった。

 さらに概要を確認すると“呉服屋のぞみ”と表示される。


「呉服屋のぞみか。どうやら、男女両方の服を扱っているようだな。入ってみるか」


 俺が言うとリィートが頷く。


「はい、ハジメさま。でも、ここから看板を確認できるなんてすごいですね」


 素直なリィートの反応に、


「裏技を使っただけだ。だから、あまり褒めるな。恥ずかしくなる」


 俺は少し苦笑しながら答える。


「裏技……ですか? よくわかりませんが、すごいです」


 どうやら何を言っても無駄なようなので、俺はもうほっとくことにする。

 俺とリィートが店に入ると、先客がいた。

 見たところ、身なりの良い服装をした人物だが、店の人間ともめている様子だった。


「だから、これはどういうことかと聞いてるんだ。こっちは、ハイゼメック男爵夫人の使いで来てるんだ。ことと次第によっては、このような店くらい、簡単に取り潰せるんだぞ!」


 身なりの良い客がそんなことを言っている。

 どうも穏やかな話ではなさそうだ。

 隣にいるリィートが俺に目で、このまま出ますかと聞いてきていたが、俺は腕を組んで小さく首を横に振った。

 この国がどういう国であるのかを理解するための、よい機会になりそうだった。


「しかし、お客様。手前どもといたしましても、ご注文通りのお品をお持ちいたしましたわけでして。お支払いの期日を過ぎてから、値段が割に合わないと申されましても、到底了承いたしかねるとしかお答えいたせません」


 という店側の話で、話の争点が見えてきた。

 どうやら、よくある金銭的なトラブルのようだ。


「だから、こちらは払わないと言っているわけではない。一万クランはあまりに高すぎると言っているだけだ。たかが一着に、この値段は法外ではないか?」


 話しの内容からさっするに、男爵婦人の使用人らしき男がそう言って食い下がる。


「かならずや、お支払いいただけるものとは信じております。ただ、手前どもの商品をたかが呼ばわりされるのは、大変心外にございます。職人がひと針ひと針丹精を込めて作り上げたもの。ハイゼメック男爵夫人も現物をお手に取り、大変お気に召したご様子。それを後からこのような言いがかりをつけられるとなると、手前どもも絶対に承服いたすわけにはいきません。この店をお取り潰しになられるなら、どうぞご勝手になさってくださいませ。ただし、このお支払いに関しては、一セランたりともおまけするわけにはまいりません」


 どうやら、客の対応をしていた男は、この店の主でかなり頑固な性格のようだ。貴族の使者を相手に一歩も引く様子がない。

 ちなみに今の話しの中に、クランとセランという二つの通貨単位が出てきたので検索したら、セランはクランの補助通貨で百セランで一クランになるということがわかった。

 この国の物価がどうなっているのかはまだわからないが、単純に一セランを一円と考えたら、一万クランというのは百万円ということになる。

 確かにこれは、高いような気がするのだが……。

 まぁ、価値観など人それぞれだ。

 日本にも百万円の服などいくらも存在する。

 ただ、このままではどにも埒があきそうになかったので、俺はこの事態に介入することに決めた。

 この後、食事もしなくてはならないのだ。


「リィート、金はまだ持っているな?」


 俺は横にいるリィートに向かって確認する。

 もちろん、分かっていて聞いている。


「はい、ハジメさま」


 リィートは美しい顔を俺に向けて答える。

 俺の中の欲望が見事なまでに反応したが無視する。もちろん、今は、という条件付きだ。


「店主に全部渡してやれ」


 俺が言うと、リィートは何も聞かずに店主のもとに向かう。


「これは、お客さま。いかがなされました?」


 ハイ・エルフであるリィートが珍しいのか、それともリィートの態度に何かひっかかる物を感じたのか、若干不審そうに聞いてくる。


「我があるじからです」


 リィートは余計なことは言わずに、袋に詰めなおしていた金塊を取り出して差し出す。

 すると、そこで店主はようやく俺の存在に気づいたらしく、こっちに注目した?


「これは、お客さま。不躾ですが、一体どういうおつもりで?」


 店主は金塊に手を触れようともせずに、俺に向かってそう聞いてくる。


「そこのお方の代金は、それで足りるか?」


 俺が言うと、男爵夫人の使用人が俺の方をはっと見たが、聞いてきたのは店主だった。


「おや? ハイゼメック男爵夫人のお知り合いで?」


 店主としては、いたって一般的な反応を見せる。


「このままでは、ゆっくと買い物ができそうもないからな。それで、さっさとお引き取りいただきたい」


 俺は、本心をそのまま伝えた。


「それは本当か? そなたが誰かは知らんが、男爵夫人に必ずお前のことはお伝えするぞ」


 口を挟んできたのは男爵夫人の使者である。

 顔色がわかりすぎるくらい良くなっている。


「ほんとうに、よろしいので?」


 そう聞いてきたのは店主だ。その表情からさっするに、考えなおすなら今のうちだと言っているように思えた。

 普通に考えれば、それが正解なのだろう。

 だが、俺には俺の事情があり、俺の事情は若干特殊であった。


「かまわん。ただできれば、俺とそこのエルフの服のぶんまで料金に含めてくれるとありがたい」


 俺は男爵夫人の使者のことはほっといて、店主との交渉に入る。


「承知しました。ただ、これだと明らかにいただきすぎなので、二つほどいただければ、十分でございます」


 店主がそういったのだが、俺としては見栄もあるので、


「遠慮する必要はないぞ。あって困るものでもなかろう」


 そう言ってやる。

 ところが、その店主は。


「いえ、そういうことではなく。手前どもといたしましては、貴方様のようなお客さまとは、今後とも長いお付き合いをさせていただきたいと思っております。ですので、適正なお値段での取引をさてせいただけたらさいわいにございます」


 そう言って、丁寧に頭を下げてきた。

 うーむ。これは、向こうが一枚上手のようだ。

 ここは素直に引き下がることにする。


「わかった。では、それでお願いする」


 俺があっさりと引き下がったのを見て、店主は笑みを浮かべて頭をさげた。

 そして、男爵夫人の使用人に向き直って話しかける。


「お代はいただきましたので、どうぞお引き取りください」


 まさに、慇懃無礼のお手本にしたいような態度だが、さすがに男爵夫人の使用人は何も言えない。

 お代を払ったのは、俺なのだから当然である。


「わ、わかった。男爵夫人にはよしなに言っておく」


 最後の言葉は店主に向けてなのか、それとも俺に向けてなのかは定かではないが、正直どっちでもよかった。興味がないからだ。


「それでは、またのお越しをお待ちしておりませんので、その旨もよしなにお伝えくださいませ」


 店主はまたも馬鹿丁寧に頭を下げてそう言った。

 どうも、この店主、そうとうやり手のようだ。


「ちっ。今の言葉、確かにハイゼメック男爵夫人に伝えておくからな、後で後悔するんじゃないぞ」


 そんな捨て台詞を残して、男爵夫人の使用人は店から出て行った。

 もちろん俺への礼は一切なしだ。言われたところで迷惑なだけだが。


「それでは、お客様。ご挨拶が遅くなりましたが、わたくしめは、この店の主でラン・コットと申します。よろしければ、お名前の方をお教えいただけないでしょうか?」


 今回は正真正銘丁寧な態度で、俺に向かって訪ねてくる。


「俺はサトウ・ハジメ。そこのエルフは俺の連れでリィート。二人で旅をしていて、この街にはつい今しがたついたばかりだ」


 俺が自己紹介をすると、店主のラン・コットは我が意を得たりとばかりに頷いて応える。


「なるほど、それで金でのお支払いというわけですな。いろんな国を旅していると、確かにそれが一番間違いないでしょう。ですが、供の者もつけづに、危険ではないですかな?」


 男と女の二人連れで、金塊を無造作に持ち歩いているとなると、強盗ホイホイが歩いているようなものだ。

 むしろ、襲われないほうがおかしいくらいだ。


「その心配なら無用だ。このリィートは、無双の魔法使いだ。千人や二千の軍勢ならば、片手で蹴散らすことができよう」


 俺は、随分と控えめに言った。

 今のリィートは、一国の軍隊を軽く凌駕できるだけの火力を持っている。

 ただ、そんなことを言ったところで正気を疑われるのが関の山だ。


「ほう、さようですか。それは心強い。私が商品調達に出かける時には、ぜひご一緒させていたたきたいものですな。ははは」


 本気とも冗談とも取れる微妙な反応をみせながら、ラン・コットは笑った。

 リィートを見ると、少しはにかむような感じで軽く頭を下げていた。

 いい感じの表情をする。そういうのも、俺的には悪く無い。


「それはともかく、服を見せてくれ。俺のものは、この国で一般的な感じのものがいい。あまり、目立ちたくないんでな。だが、リィートには一番良いものをたのむ。連れの女には出来る限り美しくいて欲しいからな」


 俺は、さっそく注文をつけながらラン・コットに言った。

 すると、すぐにリィートが反応する。


「いえ、わたしのものは、どのようなものでも。主であるハジメさまを差し置いて、贅沢などできません」


 俺を見る美しい瞳は、まっすぐで曇りがなかった。

 だが。


「勘違いするな。これは、俺のためだ。美しいお前を連れて歩く。これ以上の快感はそうはないぞ?」


 そう指摘すると。


「ハジメさま……いえ、我が主よ。貴方様の使徒となれたことを、心より幸せに想います」


 リィートは従順に頭を垂れた。

 正直悪い気はしなかったが、ここにはラン・コットがいる。そして、ラン・コットは明らかに奇異の目でこっちを見ていた。

 それはそうだろうと俺も思う。

 なので。


「ラン・コット君。リィートに一番合う服を選んでくれないか? 俺は適当にそこらの服を見ているから」


 俺は商談を進めた。


「はい、賜りました。この店で一番のお服をご覧にいれましょう」


 それから数分後、リィートは山盛りの感じになって登場してきた。

 どこからどう見ても、中世欧州の貴婦人である。

 正直、こういうものは想像していなかった。

 はっきり言って、こんなのと一緒に歩きたくはない。

 リィートを見ていた俺は、よっぽど渋い顔をしていたのだろう。


「ハジメさま。これは、どうにも動きずらいです。できれば他の服も見せていただきたいのですが?」


 気をきかせて、そんなことを言ってきてくれた。

 好きな服を選べと言った手前、どうしたものかと思っていたので、この提案は非常にありがたかった。


「そうだな。できれば歩きまわるのに支障なく、それでいてリィートの美しさを最も表現できる、薄手の服がいいな。それに、他のデザインのものはまた買いにくればいい」


 俺は今度はある程度注文をつけておく。時間の問題もあったが、リィートに余計な気を使わせなくてすむからだ。


「承知いたしました。それでは、その方面で選びなおしてみましょう」


 ラン・コットはなんの問題もないという感じで、リィートと一緒に店の奥に引っ込んでいった。

 そして、それからまた数分してでてきたとき、リィートが身につけていた服は、イブニングドレス風の大胆にデザインされたものになっていた。

 現代日本のデザインと見比べたら、野暮ったい気もするが、さすがにそこまで求めるのは贅沢というものだろう。

 使える繊維素材も染料も、そしてデザイナーもまるで違うのだから。

 やはり、何をするにしても、産業革命は急務だと改めて認識する。


「いいな。その服、俺は気に入った。それで、リィートはどうだ?」


 返事はわかっているが、俺はあえて聞いておく。


「はい、わたしも気に入りました」


 俺が質問したときの定形となるような答えであったが、その表情を見る限り問題はなさそうだ。


「それでは、このまま帰られますか?」


 ラン・コットが聞いてきたので、俺は頷いた。


「ああ、そうさてせもらう。着ていた服は、宿の方に届けておいてくれ」


 俺が言うと、ラン・コットは頭を下げる。


「承知いたしました。それでは、サトウ様のお服はいかがいたしまょう?」


 俺は、通りで見かけた一般的な感じの服を選らんでいた。


「ああ、俺はこれにする。俺の服も宿に届けておいてくれ」


 俺はすぐに着替えて、ラン・コットに別れを告げて外に出る。


「それでは、またのお越しを心よりお待ちしております」


 店の外にでて、ラン・コットは丁寧に頭を下げていた。

 俺は今、道行く男が振り向いていくような、美しい女と一緒に歩いている。

 この状況は実に誇らしい思いを味わうことができたのだが。


「どうした?」


 リィートの様子がおかしいことに気づく。


「わかりません。ですが、何かおかしいです」


 非常にざっくりとした答えが返ってきた。

 もちろん俺は、それを気のせいだと聞き流すつもりはない。

 ハイ・エルフというのは、この惑星において人とは違う歴史を刻んできた種族である。

 高度な魔法文明を太古に築いたこともある。

 今では、その時代は伝説となっているが、俺はそのことをデータとして知っている。

 その中で洗練された力は血となって、リィートの中に存在している。

 そして、人とは違って森の中に生きることにより、その感覚はむしろ研ぎ澄まされてきていた。

 そのリィートが、何かがおかしいと感じているのだ。無視するべきではないだろう。

 というのが俺の判断であった。

 すぐに、俺は周囲十キロ四方のマップを開き、危険対象をサーチにかける。

 さすがに街中ということもあって、多数のマーカーが表示されるが、郊外に他とは違うマーカーが存在していることに気づいた。

 他のマーカーより大きめで、赤色く点滅している。

 他の危険度よりも、かなり高くなっていることを示しているのだ。

 概要を表示すると『エビル・プリンセス』と表示される。

 固有名詞としてシヴィラと表示されて、種族は魔族となっていた。

 どうも魔族の王女ということらしいのだが、俺にはどうにもピンとこない。

 この世界にきて間もない俺としては、データとしての認識はできていても、魔族とかいうものが具体的にどういう存在なのかがわかっていないからだ。

 それは、リィートとこうして共に行動するまで、エルフというものがどんなものなのか理解できていなかったことと同様である。

 なので、俺はそのことをさっさとリィートに伝えてしまうことにする。

 現地の住人であるリィートの反応を見て、俺の対応も決めればいい。


「シヴィラという名には聞き覚えがあるか? どうやら、魔族の王女のようなのだが?」


 いたって普通の感じでリィートに告げると。


「知っているもなにも、世界中で彼女の名前を知らない存在はいないでしょう。人間もエルフもドワーフも、そして魔族も……。彼女は、歩く災厄と呼ばれています」


 驚いたようにそう話して、さらに付け加える。


「それでは、この感覚は彼女の発する魔波動ですね。今、どこにいるかおわかりになられますか?」


 その質問に、俺はマーカーの表示されている方向を指で指し示して告げる。


「この先、四キロほどの場所だ。歩いているらしく、それほど速度は早くない」


 俺が応えると。


「まだ距離はあるようですが、食事中に街中に入ってこられると厄介ですね。できれば、今のうちに対処したほうがよろしいかと思いますが、いかがでしょうか?」


 リィートがそんな提案をしてきた。

 ちょうど、俺もそう考えたところなので、当然それに賛意を示す。


「わかった。ちょうど、リィートが使徒となった初戦の肩慣らしの相手が欲しかったところだ。食事前の腹ごなしとしてうってつけだろう。ただし、殺すなよ? 場合によっては利用価値があるかもしれんからな」


 当然のことながら、場合というのは美人かどうかを指している。

 リィートのように使徒にするつもりはないが、俺かリィートの支配下には置くかもしれない。

 もちろんそういった判断は、実物を見てから下すつもりだった。

 俺はリィートを連れて、目標から百メートルほど離れた場所に転移する。

 この場所は完全に郊外となっているので、真っ暗だった。

 裸眼だとほとんど何も見えない。

 なので、すぐに暗視モードに切り替える。

 視界が昼間と同じくらいにまで開けた。

 今の俺は、星の光の光量だけで、昼間と同様に見ることができる。


「派手な格好をした女が歩いているな。あれがシヴィラのようだが、見えるか?」


 俺がリィートに確認するように尋ねると。


「はい、ハジメさま。服装まではっきりと確認することはできませんが、確かに女が一人で歩いてきているようです」


 さすがにハイ・エルフ。この暗がりの中でも、視界は確保できてるようだ。


「それで十分だ。では、戦闘前に伝えておくことがある。俺を見ろ」


 言われるがままに俺の方へと向き直ったリィートの体を、俺はいきなり抱き寄せる。

 左手を腰に回して、右手は首の後ろに回して、有無を言わせずキスをした。

 リィートの体が驚いたように硬直したが、俺はかまわず唇の間から舌をリートの口の中へと滑りこまさせる。

 俺とリィートの舌が、リィートの口の中で絡み合った。

 俺はその接触を利用して、使徒に関するデータの一部を流し込む。

 リィートは俺の唾液を飲み込むのと一緒に、俺が流したデータも飲み込んだ。

 ようが済んだ俺がリィートの体を離すが、リィートの体は俺から離れなかった。

 というのも、いつの間にかリィートの両腕が俺の体をがっちりと捉えていたからだ。

 この行為を続けるか、あるいはその先へと進むことに、俺自身としてはやぶさかではない。

 だが、今は他にやることがあった。

 俺はリィートの両肩を掴んで、ゆっくりとひっぺがす。


「す、すみません。つい、夢中になってしまいました……」


 リィートが恥ずかしそうに顔を伏せながらあやまってくる。


「気にするな。それより今は、使徒としての初戦に集中しろ。必要な知識はすでに身につけているはずだ」


 俺がそう告げると。


「あっ。そういえば……なるほど、いろんな闘い方ができそうですね」


 自分の中に増えている使徒としての知識を確認したリィートは、そんな感想を漏らした。


「それでは、やろうか」


 俺が誘うように言うと、


「はい、ハジメさま」


 リィートは気を引き締め直した表情になり頷いた。

 俺とリィートは歩いてきていたシヴィラの前に立ちふさがった。


「邪魔だ、どきな」


 明らかに苛ついた声で言ったのは、みかけは十代半ばくらいの美少女に見えるシヴィラであった。

 どうも、これは当たりだと思ったが、もちろん俺はそんなことは表情にも出さない。


「この先には、人間の街がある。そのことを警告しにきた」


 俺は、いたって穏やかに話しかけたつもりだったのだが。


「はぁ? それがなに? あたいに、なんの関係あるわけ?」


 シヴィラはあきらかに苛ついたような声をだしてくる。


「引き返すなら関係ないが、このまま進むつもりなら関係するつもりだ」


 俺はいたってストレートに話す。

 正直、素直に引き返されたらちょっと惜しいなとは思っていたが、そこはリィートの手前かっこつけたいところだ。


「はぁ? あたいを誰だと思ってんだい? たかが人間とエルフ風情が、あたいに指図できると思ってんのかい?」


 どうやら引き返すつもりはないようだ。

 俺は内心ほっとしながら言う。


「魔族のプリンセス・シヴィラだと承知している。お前さんがなんの用事があるかは知らないが、街に入れば確実に騒ぎになる。俺とリィートは今からゆっくりと食事をしたい。だから、あんたの意思は関係ない。強制的に静かにさせてもらうか、素直に引っ返してもらうかのどちらかだ」


 はっきり言って、このセリフは喧嘩を売っているようなものであった。


「あたいに、喧嘩うってんのか? 後悔すんぞ、こら!」


 シヴィラはほとんどヤンキーめいたセリフ吐いてくれた。

 そのことは気になったが、これで、この後の展開はほぼ予想されたような流れになってくれるだろう。


「喧嘩売っているのかという質問にはイエスと言っておこう。だが、後悔するつもりで喧嘩を売るやつはいないと思うがどうだろう?」


 俺はダメ押し的にさらなる燃料を追加しておく。


「もういい。あんたは、ぶっ殺す」


 声が低くなり、その体から巨大な魔力が吹き出すのが感じられた。

 この時点で俺の戦闘モードはすでに発動していて、時間の流れはゆっくりになっていたが俺はあえて動かない。

 俺には非常に待ち長い時間であったが、実時間では極めて短い呪文詠唱が行われ、目の前の空間に魔法陣が形成される。

 俺の視界には魔法陣の説明が表示されており、どういったものかは理解できている。

 シヴィラが使用した魔法はダーク・ボルト。

 魔法陣から破壊力のある魔光を放ち、対象を攻撃する。

 特徴としてはホーミング性をもっているために、回避してもある程度は追尾するという特徴があった。

 ただし破壊力としてはそれほど高くなく、人間一人を倒すには十分だが、グリフィンのような大型のモンスターを倒すまでには至らない。

 もちろん、その程度の直撃を受けたところで、俺にとっては痛くも痒くもない。

 だが、俺があえて動かなかった理由は別にある。


「あなたの相手は、わたしがします」


 俺とシヴィラの間に立ち、魔光を片手で受け止めながら、リィートが美しい顔をシヴィラに向けて冷ややかに言った。


「はぁ? 邪魔すんじゃないよ!」


 割って入ったリィートに向かってシヴィラがいうが、若干同様している感じが伝わってくる。

 おそらくは、リィートの動きが見えなかったのだろう。

 俺の力の一部を使えるリィートもまた、自動的に戦闘モードに移行している。

 俺ほどではないにせよ、時間の流れをある程度制御できるのだ。


「なんのまぐれか知らねぇけど、あたいの力を舐めてんじゃねぇよ、エルフごときがぁ!」


 激昂した後、右手を動かすとそこにはマジック・ワンドが握られていた。

 すぐに情報が表示されて、魔力ブースターであることが確認できる。

 さらに左手には、魔力の光を宿したレイピアが握られており、威力が格段に増幅されている武器であることがわかる。

 そのマジック・レイピアを振るうと、空気が震え微かに帯電したようなスパークを発する。

 至近距離でリィートに斬りかかるが、リィートはその攻撃を右手の人差し指で受けていた。

 受けるたびに火花が散るが、ただそれだけでリィートにはまったくダメージが通らない。

 明らかに、魔族のプリンセスの肉体は人間やエルフのそれを遥かに凌駕しており、速さだでなく一撃一撃の力も格段に強力なものである。

 正直、この世界の人間でその攻撃を受けられるような者はめったにいないだろう。

 だが、今シヴィラが闘っている相手は、俺の第一使徒リィートである。

 ベースとなる基本値に桁違いの差が存在している。

 その気になれば、今すぐにでも決着はつくだろうが、俺が使徒としてのリィートの試験運用をしたがっていいるということと、できるだけ圧倒的な差を思い知らせる形でシヴィラに勝利させたがっていることを承知しているので、相当手を抜いているのだ。

 つまりそれは、シヴィラの容姿を俺が気に入ったということを、暗黙の了解的に承知しているということを意味しており、それはそれで少し恥ずかしい気はする。

 剣がまったく通用しないとわかると、シヴィラは全力で後ろに跳ねた。

 もちろん逃げ出すつもりはなく、強力な魔法を使うために間合いを確保したのだ。

 本来魔法の使い手であったリィートが、当然そのことに気づかないはずはないのだが、追撃をかけなかった。

 あえて、シヴィラに魔法を使わせるつもりなのだ。

 俺もその考えに賛成であった。

 シヴィラが自分のすべての力を出し尽くした後、それでも全く歯がたたない相手を前にしたとき、一体どういう態度にでるのか見てみたい。

 おそらく、俺のその気持を汲みとってくれているのだろう。


「まとめて消し飛べ!『ハイドロゲン・バースト』」


 シヴィラの言葉と同時に、リィートの目の前に小さな光点が出現した。

 それは起爆のためのコアだ。

 正確に言えば、極めて凝縮されたトリチウムの塊だ。

 シヴィラが使った魔法は、そのコアを使って核融合反応を起こそうというものである。

 つまり『ハイドロゲン・バースト』とは原理的に水素爆弾そのものであった。

 そんなものがこの位置で爆発すれば、俺とリィートはともかくとして、ここから四キロしか離れていない街は確実に消滅する。

 仮に建物が残ったとしても、中性子線の直撃をうけてすべての生命体は死滅するだろう。

 こいつは、とんでもない魔法を使う。

 歩く災厄とはよく言ったものである。

 もちろん、そんなはた迷惑な状況を見過ごせるわけがない。

 なにしろ、この後食事をしなくてはならないのだ。

 とはいっても、たとえ最悪の状況になったとしても、俺は状況をリセットできる。

 なので、リィートがいかなる対応を取るのか見ていることに決めていた。

 リィートは慌てず前に出ると、核融合のコアとなる輝く球体を両手の間に挟み込むと、それを一気に押し込んで押しつぶしてしまう。

 両手の間から幾筋かの光が漏れて、その光を浴びた地面の土が溶岩へと変わった。

 その後、すぐに光はおさまり、リィートが両手を開くと白い煙が立ち昇った。

 核融合反応を、両手を使って握りつぶしたのである。


「リィート、グッジョブ」


 俺は、親指を立ててリィートにエールを送った。

 すると、リィートも親指をたてて返してきた。

 それで、シヴィラの方をみると、かなりヘロヘロになっている様子だった。

 足元がふらついて、立っているだけでもやっとの様子だ。

 核融合を起こすためのコアにするためには、核分裂に匹敵するようなエネルギーが必要となるはずで、さすがに魔族のプリンセスといえどもほぼ全ての魔力を使いってしまったのだろう。

 もちろん、自分の作り出した核融合反応から身を守るためのシールドにも相当の魔力が必要なはずである。

 なので、当然余力など残っているはずがない。

 どう考えても、シヴィラにこれ以上の戦闘継続は無理だった。

 この時点で誰の目から見ても、勝負はほぼ確定したと映るはずだ。

 とはいっても、最初から勝敗結果は一つしかなかったことも事実である。

 リィートがふらふらになっているシヴィラに向かって歩いていく。

 すると、シヴィラはマジック・ワンドを捨ててマジック・レイピアを両手で構える。

 もうそれが通用しないことはわかっているはずなのに、諦める気はないようだ。

 斬りかかってくるが、もうその攻撃は見る影もないくらい遅く弱々しい剣戟であった。

 リィートは受ける必要もなく軽く避けただけだ。

 派手に空振りをしたシヴィラは足がもつれて、その場に倒れる。

 それでも剣を手放さなかったのは大したものだが、リィートが剣を踏みつけたらもう動かせなくなってしまった。

 これで完全にチェックメイトである。

 シヴィラに反撃の手段はなくなり、勝負は終わった。

 この後、どうするかと見ていると、シヴィラはその場に仰向けにひっくり返って大声でわめき出す。

「あたいの負けだ。さぁ殺せ、今すぐころせ!」

 その様子を見ていると、なんというか、子供が駄々をこねているようにしか見えない。

 それはそれで面白いが。

 その様子を間近で見ていたリィートは、呆れたといった感じで俺を見ながら肩をすくめる。

 俺は右手を上げて後を引き継ぐという合図を送り口を開く。


「さて、お前さんは負けたわけだが、俺の好きにしていいということだな?」


 確認するための言葉であったが、当然シヴィラはそうはとらなかった。


「そうだ。あたいは負けたんだ。これ以上、うだうだ言ってないで、とっとと殺せ。さぁ殺せ」


 どうして、その結論しかないのだろうかと思うのだが、もちろん俺がその言葉に従う必要はないので、やりたかったことを実行に移すことにする。


「では、同意があったとみなして、今この瞬間からシヴィラという存在すべてが、俺の完全な支配下に置かれることになる」


 断定するように話すと、さすがにシヴィラも想定と違うと気づいたのかもしれない。


「あっ? どういうことだ。あたいをどうしようってんだい?」


 ここでようやく俺の顔を見てそんなことを言ったが、もう遅い。

 すでにシヴィラは、俺の支配下に置かれている。


「まずは、立て。その頭が痛くなるような服を着替えたら、食事にするぞ」


 俺が命じると。


「かしこまりました、ご主人さま」


 シヴィラは立ち上がりながら自動的に答えて、慌てて自分の口を抑えていた。


「あ、あたい。一体どうなってるの?」


 そこらあたりの疑問に答えるのはやぶさかではないが、はっきりいってこの場所はゆっくりと話すことには向いていない。

 なので、シヴィラの言葉は無視してリィートに話しかける。


「街に帰るぞ。ふらついてるシヴィラを支えておいてくれ」


 俺はそう言ったが、言い終える前にリィートはシヴィラを支えていた。

 そして、俺はマップを開くと“呉服屋のぞみ”の近くに転移する。

 ラン・コットに話して、シヴィラに合う服をみつくろわせる。

 ド派手な服は宿には運ばせずに処分させることにした。

 俺と関係ないのなら別だが、俺がシヴィラの支配者になった以上は頭が痛くなるような格好は二度とさせない。

 一緒に歩く俺が恥ずかしいからだ。

 すぐに騒ぎだそうとするシヴィラを俺が命じて強制的に着替えさせると、三人で食堂に向かう。

“呉服屋のぞみ”を出る前に、美味しい料理を出す店とおすすめの料理をラン・コットに聞いておいたから迷うことはなかった。

 店は想像以上に広く、けっこうな数の客がいた。

 文明に慣れきった俺からみたら、店内といえどけっこうな暗さであったが、それでも外よりはマシであった。

 俺は店の奥に開いているテーブルを見つけて、三人でそのテーブルについた。

 するとすぐにリィートが店員を呼んで、ラン・コットから予め聞いていた料理を三人分注文する。

 店員が行ってしまったあと、俺はようやく黙らせておいたシヴィラの口を開放してやった。


「あんた、あたいに何をしたんだ?」


 まぁ、最初にくるであろうな、と思われる質問がきた。

 これから先、長い付き合いになることは確実なので、俺は丁寧に説明をすることにやぶさかではない。


「今、シヴィラという存在は、俺の支配下に置かれている。よって俺の命じたことは、全て無条件で従い続ける。ただし、命じないことに関しては、今までとなんら変わらんがな」


 シヴィラはリィートとはまったく違う。

 リィートは俺の所有物となることで、使徒となった。

 だが、シヴィラはただたんに支配しただけで、所有物というわけではない。

 俺が命じないことに関しては、これまでと何一つ変わっていないのだ。


「てめぇ。魔族の王女であるこのあたいに、なんて真似すんだ。こんなことをして、ただですむと思ってんのかよ?」


 完全支配されていても、シヴィラは相変わらずの強気である。

 俺としては、そこが実に楽しい。


「ほう? ただですまなければ、どうするつもりだ?」


 俺は意地悪く訪ねてみる。


「そ、それは……」


 シヴィラは返答に窮して言葉がでなくなってしまった。

 おそらく、いままで戦った相手に一度も負けたことなどなかったはずだ。

 あの駄々っ子のような負けっぷりを見てみれば、それは明らかだろう。

 しかも、ただ負けただけでなく、手も足も出ない状態で負けている。

 ここで、さらにリィートがさらっと追い打ちをかけた。


「あなたは、使徒にしか過ぎないわたしに負けたのです。我がしゅであるハジメさまと戦って、どうにかなると思いますか?」


 たぶん、その言葉が決め手となったのであろう。


「ぐぬぬぬ……」


 シヴィラはぐうの音も出ない状況になってしまった。

 とりあえず、お遊びはここまでにして、俺は本題に入ることにする。

 シヴィラがここに来ようとしたその目的を話してもらう。


「それでは、話てくれないか? なんの目的で、この街にこようとしていた?」


 俺の質問に対して、シヴィラは口をつぐもうとしたのだが。

 そんなものは、無駄な努力というものである。


「なんの目的で来たのか話せ」


 俺が命じると、


「今夜、この街を消滅させるように、依頼を受けた」


 シヴィラの口から出たのは、とんでもない情報だった。


「ほう、それは誰からの依頼だ?」


 当然、俺はそう質問する。


「アヴァルランド王国国王ネリフ・ハズ・カルフ三世からの依頼だ」


 俺はそれが誰なのか知らないので、リィートに向かって誰のことだ、という視線を送ると。


「いまいるこの国が、アヴァルランド王国です。つまり、この街の住人にとってネリフ・ハズ・カルフ三世が国王ということになります」


 これは、どうやら結構ヘビーな展開になってきてしまったようだ。

 めんどくさい展開になりそうなので、聞かない方がよかったのかもしれないが。

 シヴィラを支配下においてしまった後では、もはや後の祭りだろう。

 とはいえ、今後やりたいことを考えると、どのみち政治にはかかわらないわけにはいかないので、これがいい機会かもしれない。


「なぜ、国王が、自国の街を消滅させる必要がある?」


 俺が重ねて尋ねると、シヴィラはもう観念したのか抵抗するそぶりすら見せずに話し始める。


「今、この街に戦争反対派の元老院が滞在している。好戦派のネリフ国王は、元老院を始末すると同時に、隣国タイズランド公国による攻撃と決めつけて軍事侵攻の口実にするつもりだ」


 戦端を開くときの理由付けにするために、自作自演を行うのはむしろ常套手段と言えた。

 どこの国も、戦争するためにおいては大義名分というものが必要となるからである。

 ただ、そのために利用されるほうとしては、たまったものではないが。

 なんにしても、今はこのくらいわかれば十分だろう。

 それに、ちょうど料理が運ばれてきた。


「よし、それでは食べようか?」


 俺が、二人の美女に水を向けると。


「ありがとうございます、ハジメさま。いただきます」


 リィートは感謝の言葉を口にして、料理を食べ始める。


「ふん。あたいも、食べてやるよ」


 シヴィラは、支配された者とは到底思えない横柄さで食べ始めた。

 そして俺は、なんだかんだ言っても美女二人に挟まれた楽しみを体感しながら、料理の皿を手にとって食べ始めた。

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