最終話

 四人で校内を疾走し、靴を履き替えていざグラウンドへ。キャンプファイヤーはすでに始まっているらしく、かなりの人数の生徒が思い思いの青春を楽しんでいた。

中央に設置されたキャンプファイヤーの周りで踊る者や、端っこの方で座り雑談にいそしむ者と様々だ。しかし、笑い声や話し声でかなり騒がしい。

 と、すぐさま光啓は女子の群れに飲まれていった。今回いろいろと活躍した録輔も似たような感じでどこかに行ってしまう。

「おーい、俺も結構頑張りましたよー?」

 双葉しか聞いてないのを知りながらもそう空中に言葉を放ってみた。

 おかしいな反応がないぞと後方の双葉に振り返ると、もう彼女の姿は消えていた。俺のひとりごとすらもネタにできないこの状況。どう収拾をつければいいんだろう。そんなとき、俺は声をかけられた。

「一郎くん」

 騒がしい場所であっても、その凛とした声は空気を突き抜ける。

 背後を振り向けば、そこには静かに佇む志帆さんがいた。キャンプファイヤーに照らされて、いつもとは少し違うように見える。

「一人でどうしたの? ナナちゃんは?」

「いろんな人たちに囲まれてるわ。邪魔しちゃ悪いと思ったのだけど」

 志帆さんの視線は宙を彷徨う。キョロキョロと辺りを見渡しているが、おそらく探しているものなどないのだろう。

「志帆さん、友達少ないもんね」

 俺がそう言うと、すぐにムッとした顔になる。

「少くて悪かったわね」

「ごめんごめん。ちょっとした冗談だよ」

「一郎くんなんて嫌いよ」

 今度は顔を背けてしまった。けど、こういう志帆さんも悪くない。

「志帆さん、ありがとう」

 彼女はこちら向き、不思議そうな顔をする。しかし、すぐに微笑んだ。

 汚れない花が咲けば、喧騒など聞こえなくなる。彼女の笑顔はいつでも俺を釘付けにするんだ。

「自分の道を、見つけたのね」

「ああ、俺一人じゃ絶対たどり着けない答えだったけどね」

 北条先輩と会話をしたとき、後ろに志帆さんもいたんだもんな。

「自信は持てた?」

「自信は正直ないかな。誰かにカッコイイって思ってもらえるようになれるか不安で仕方ないよ」

「アナタは自分が持っているモノを自覚すべきなのよ」

「特になにか持っているようには感じないんですが……」

 俺の言葉を聞いた志帆さんは、憂いの表情で溜め息を吐いた。そして一直線に俺を見た。

「私ね、本当は一郎くんのこと、中学の頃から知ってたの。一郎くんは私のこと知ってた?」

「そりゃ志帆さんは中学でも有名だったし知ってるよ」

 これだけ美人なのに男を寄せ付けなかったしな。

「でもなんで志帆さんが俺のこと……そうか、ナナちゃんに聞いてたのか」

「それもある。面白い奴らがいるって、ナナが話してたから。でもちゃんとアナタを見て知ったのは、校舎裏でのできごとが原因」

「中学校での校舎裏? 俺なんかしたっけな」

 覚えがない。特に校舎裏なんて、不良のたまり場とか言われてたし。

「私も偶然通りかかっただけなんだけどね。一郎くんが殴られてた」

「あー、なんかちょっと覚えてるかも」

 中学では何度もいろんなヤツに殴られているが、なんで殴られたかくらいは覚えている。

「一郎くんは偶然そこにいたわけじゃなかったのよね?」

「よくわかったね。懐かしいな、バカだと思うよ自分でも」

「今日見ていて思ったけど、無鉄砲なところは昔と変わってない。美点でもあり、欠点でもある」

「幼なじみ連中にもよく言われてたな、それ」

「不良たちに絡まれてる下級生を見付けて、追いかけてって、迷わず仲裁に入った。光啓くんたちがいないのに、関係なく突っ込んで行った。あとから録輔くんが来たから、あれが件の一郎くんなんだなって、すぐわかったわ」

「いやー、いろんな意味で申し訳ない」

 気恥ずかしくなって頭を掻いた。

「イジメを見て見ぬふりできなくて、何度も痛い思いしてきたの?」

「そうそう、小学校の頃からなんだよね。何度も痛い目みてきたけど、それでも見過ごせないんだ。光啓にも録輔にも双葉にも、たくさん迷惑かけたよ」

「だから一人でなんでもできる主人公になりたかった?」

「そういうのに憧れてたんだよね、恥ずかしいことに」

「私ね、一郎くんと一緒に遊んで、いろいろ話して、今日みたいなことがあって、ようやくわかったことがあるの」

 一瞬の間があった。俺はこれからなにを言われるんだ。

「ああ、この人はバカなんだなって」

 本当のことだけど、ここまで面と向かって言われると傷つくぞ。

「ちょっと! ひどいでしょそれは!」

「本当のことでしょう?」

「まあ否定はしないが」

「そんなアナタだからこそ、みんながついてくる」

「ついてくる? 俺に?」

「そんなことばっかやってても、幼なじみは助けてくれた。妹たちだって、そんな兄を尊敬してる。ナナだって、私に話をしてくれた。ちゃんと紹介するぞ、って」

 まあその紹介は高校に入ってからになったけどね。ホント自由だなあの人。

「一郎くんは――」

 志帆さんは一度、ゆったりとした動作で背を向けた。そして、今度は急に振り返る。

「充分カッコイイよ」

 今までで一番輝いている笑顔。だけどその笑顔を作ったのは、たぶん俺なんだ。

 胸の中でなにかが弾けた。

 苦しいようで、なんだか温かい。

 鼓動が、徐々に早くなる。

「俺、カッコイイかな?」

「ええ、少なくとも私にはカッコイイ男の子に見えるわ」

 目頭が熱くなってくる。

 なりたかったんだ、光啓みたいな完璧な主人公に。

 でもそんなことは不可能で、絶対に手が届かないと思ってた。その場所には指さえもかけられないまま、俺は一生『主人公の親友』の立場だって思ってた。

「俺は、俺のままでいいのかな」

「アナタらしくあるべきよ。アナタは光啓くんでも、録輔くんでも、双葉ちゃんでもない。もちろんナナや私とも違う」

 志帆さんが、一歩、また一歩と歩みを進めてくる。優し瞳のまま、柔らかな笑顔を浮かべて。

「俺のやってきたことが間違ってなかったんだって、胸を張ってもいいのかな」

「アナタだからそこできることがあって、アナタしか持ってないモノもある。それに寄ってくる人だってたくさんいる」

 どうしてこんなにも胸が締め付けられるんだろう。彼女が距離を縮める度に、胸がどんどんと苦しくなっていく。

「俺は、主人公になれますか?」

「大丈夫。アナタはもう、たくさんの人の中で主人公よ」

 パーソナルスペースの内側。手を伸ばさなくても届く距離。キャンプファイヤーの灯りで照らされた志帆さんの顔は、いつにも増して綺麗に見えた。

 彼女は俺の右手を握った。そして自分の胸元へと導き、両手で優しく包んだ。

「違うわね、もうとっくに主人公だったのよ。それに気付かなかったのはアナタ。でも今は違うわよね?」

「ありがとう、志帆さん」

 そう言って、俺は彼女を抱きしめ

「なーにやってんだこのクソエロゴミボウズがー!」

 られずに吹っ飛んだ。左脇腹への強烈な一撃によって、俺と志帆さんの距離はまた遠くなってしまった。

「なにすんだよふーた!」

 ハッと、俺は口を押さえた。

「言えるじゃない。もう逃げなくていいんだから、そろそろ呼び方くらい戻しなさい」

 俺の脇腹に蹴りをくれた双葉は、志帆さんの隣で仁王立ちしていた。いつも通り気丈に笑ってはいるが、若干顔が赤い。キャンプファイヤーのせい、ってことにしといてやるか。

「おいおい、俺のイチローをいじめないでくれよ。これ以上お馬鹿になったら困るだろう?」

 なんて言いながら俺に手を出したのは光啓。

「つかふーたのが幼なじみ歴長いだろ。もうちょっと優しく扱ってやれよな」

 双葉の横に並び、怖い笑顔を浮かべる録輔。この顔は、楽しんでる顔だ。

「うっさいわね、コイツ今志帆先輩に抱きつこうとしたのよ? もうチューズデーの件忘れちゃってさ。志帆先輩も拒否しなきゃダメですよ?」

 ちゃっかり志帆さんに釘まで差してやがる。

 一人で怒りを巻き散らしている双葉とは正反対に、志帆さんは微笑んでいた。

「私は一向にかまわないけど?」

 皆、開いた口が塞がらなかった。というかなぜ周囲の人たちも俺たちの方を見ているんだろうか。

「し、しししし志帆先輩なに言ってるんですか!?」

 志帆さんは俺に歩み寄り、その華奢な手を差し出してこう言った。

「踊りましょうか」

 開いた口が塞がらないパートツーである。

 でも俺だけはそうじゃなかった。嬉しさの中に困惑があって、それでも誘いを断るなんて選択肢はあり得ない。

「はい!」

「さーせるかー!」

 と、またも飛び蹴りをかましてくる双葉をサッと避けた。二度も当たってたまるか。

 細い指を、ちょっとだけキツく握りしめた。

「志帆さんの笑顔、可愛いよ」

 彼女は少しのあいだ目を白黒させたあと、恥ずかしそうに顔を伏せた。

「――ありがとう」

「どういたしまして」

 キャンプファイヤーの周りを好き勝手に踊り始めた俺たち。それを追い掛ける双葉と、またそれを追い掛ける光啓と録輔。

「楽しそうなことしてるなー! 私もまぜろー!」

 と、ナナちゃんまで加わった。

 きっと主人公としてはまだまだ駈け出しだ。これからいろいろと困難もあると思う。だけど、コイツらと一緒ならなんとかなる気がするんだ。

「ふーたもヒロもロックも、本当にありがとう」

 距離が縮まったところで、俺は三人にそう言った。

 誰一人として、俺のことを本気でバカになんてしなかった。

「これからもよろしくな、イチロー」

 ヒロはいつでもカッコイイ。俺のことを突き放さず、いつも一緒にいてくれた親友だ。

「おせーんだよ、いろいろと」

 憎まれ口を叩きながらも俺たちを守ってくれた録輔。

「うるせー! その手を離せー!」

 鉄砲玉みたいな性格だけど、生まれたときから側にいた双葉。

「追いつかれたら、また蹴られちゃうわよ?」

 そして、俺に自信をくれた志帆さん。

「じゃあまた逃げよう」

 彼女の手を取り、また駈け出した。

「くぉらー! 逃げんなー!」

 という双葉の言葉を背に、俺はこれからの生活を思い浮かべていた。

 元通りの幼なじみと、めちゃくちゃに引っ掻き回すナナちゃんと、隣で静かに微笑んでくれる志帆さんがいてくれる。

 一人じゃどうにかできなくても、みんなと一緒なら頑張れる気がするんだ。

 主人公、山田一郎の日常はここからはじまる。そう、信じてるから。

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俺が主人公でなにが悪い?! 絢野悠 @harukaayano

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