秋刀魚と猫

秋刀魚を焼いていると、勝手口の方で何か聞こえたので振り向くと、黒い野良猫が網戸にしていた勝手口に顔をぎゅううと押し当て、こっちを見ていた。

「何か御用ですか?」と聞くと

「いや、あまりにいい匂いなので、つい…。」と黒猫は答えた。


 秋刀魚は近所のスーパーで二本入りパックを買って来ていたので

「ちょうど秋刀魚はもう一匹ありますが、一緒にどうですか?」と勝手口を開けると「それは、どうも。」と嬉しそうに、家の中へ入ってきた。


 焼きあがった秋刀魚を皿にのせて出すと前足の爪をぴゅっと一本出し、上手に秋刀魚の身を裂いて音も立てずにきれいに食べた。はらわたも食べた。

 そして「ここ二、三日仕事が無くてご飯が食べられなかったものですから、助かりました。」頭をちょこんと下げ、礼を言った。


「お仕事は何をされているのですか?」と聞くと

「色々です。ここの向かいの家の赤ちゃんを、お母さんが家事をしている間に外に出ないように見張ったり、筋向いのアパートの女子大生が、夜の帰宅時に痴漢に会わないように付いて歩いたり。」

 なるほど、猫はその礼にご飯をもらって暮らしているようだ。最近はゴミの分別も厳しくなって食べ物も探せないのか、猫にも厳しい世の中だ。


「黒猫は縁起が悪い」などと言われて仕事が見つかりにくい時もあるのだと、長いひげを下げ、少しこぼしもしたが

「最近は三軒先のスズキのおばあさんが子犬を飼い始めたので、犬の躾の手伝いもしています。」と得意そうに話す。

猫が犬の躾をしている画を思い浮かべると、なんだか可笑しい。


「何か御用があったら言ってください。今日ご馳走になった分はお返ししますから。」と黒猫は言った。

 帰り際に「ところで、あなたは人の言葉を話せるのですね。」と聞いてみた。

「最近は人の言葉を話せる猫は多いですよ、話せなくても人の言葉はほとんどの猫が理解できます。」と黒猫はさらりと答え、また勝手口から帰っていった。


 数日後、家の近くでスズキのおばあさんに出会った。子犬も一緒だった。躾がされているようで「オスワリ」と言うと、おばあさんの隣にきちんと座った。

「一週間ほど娘夫婦の家へ行っていてねぇ。そうそう、この辺で黒い猫を見かけませんでしたか?」

「ああ、あの喋る猫ですね。」

「え?猫が喋る?そんなまさか。」とスズキのおばあさんは笑った。

 手には私と同じ近所のスーパーの袋を持っていた。

 中身も同じ、秋刀魚のようだった。


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エゴイスチックスイーツ みもと りも @mimotorimo

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