縁の章

魔物①

 硬いベッドに横になり、布団を頭まですっぽりと被って寝たふりをする。






 眠れない。






 真夜中になると聞こえてくるこのザワザワ。

 この声は一体何なのだろうか?


 時折ケタケタと高らかに笑う……不気味だ。


 魔物達の井戸端会議?

 私を食べる為の相談?


 そんな事を考えながら、少しだけうとうとした。






 魔界3日目の朝。


 施錠は無事開けられ、私は今日も『参』から釈放された。


「行くぞ」


 相変わらずえばりんぼうなリタは、私を振り返りもせずセンターの長い廊下を出口に向かって突き進む。


「ねぇ、今日は黒スーツじゃないの?」


 私がそう尋ねると、


「今日はな」


とだけ短く答え、後はまただんまり。


 仕方無くリタに続く。


 入口の横の受付には、また見たこともない緑色の半魚人的な生き物が座っている。


 あの生き物も私を狙ってるのだろうか?

 



 センターを出て左へ。

 例の大扉とは逆方向へ歩き出すリタ。


「ねぇ。どこ行くの?」


 ちょっと小走りをしてリタに追い付くと、私はピタリと横に並びそう尋ねた。


「引退した死神の爺さんの所へ行く。ワムが言ってただろ、100年位前にあの店に人間が来たって。爺さんなら何か知ってるかも知れない」


 そう言いながらもリタはずっと早足。


「確かに言ってたけど……でも100年前じゃなくてもおまけは数年に一度位来てるんでしょ?」


 そう聞いた私の質問に返事はなかった。


「いいか未魔。死にたくなかったらシッカリ着いて来い」


 リタはそう言うと、更に歩調を速めた。


 着いて来いと言うなら着いて行くけど、少しくらいゆっくり歩いてくれたっていいのに……。


 なんて思ったところで、相手は死神。

 人間らしい気遣いに期待するだけ馬鹿な話か……。


 私は終始小走りで必死にリタを追い続けた。

 だって死にたくないもんね。


 みるみると変わる景色。

 白壁の家々に、鉄屑のゴミ山。

 場末のスナックにだだっ広い草原。


 そして私達は、死神の街を抜けた。


 そこから先は、今までとは全く違う景色が広がっていた。


 今まで居た街が地中海の楽園だったとしたら、今からはそう、ゴビ砂漠……そんな感じ。


 正面から歩いて来るのは、顔に4つも目がある4つ目の女と、2mはありそうな巨大なナメクジ。


 デート中なのか、やけにイチャついているように見える。


 4つ目女がナメクジ男?に触る度、何かの粘液らしきものがヌチャーっと糸を引く。


 見ているだけで気持ち悪い。


 それにしても、二足歩行のナメクジって……。


あの尻尾みたいな部分で体を支えているのだろうか?


 よく見るとナメクジ男の歩いた後には、小さな小川らしきもが形成されていて、そこに何らかの虫が無数に群がっている。


 気持ち悪過ぎ……。


 空を見上げれば、大きな羽を広げた体長3m程のミミズが優雅に砂漠を渡って行く。


 改めて、ココが私のいるべき世界ではないことを思い知る。


 なんかもう……おかしくなりそう。


 見渡す限りの砂とその他諸々に呆気にとられていると、リタが急に私の手を握った。


 エッ?


「いいか、未魔。ここからは絶対に、俺の手を離すな」


 リタは真剣な顔でそう言うと、砂漠に一歩足を踏み入れた。


「目的地は50km先のグスタ。暗くなるまでには戻るから、死ぬ気で走れ」

「は?」


 50km先って……今から夕方までに往復100km走れって言うの?


「そんなの無理」


 一生懸命そう叫んだが、リタは全く聞く耳を持たない。


 シッカリと握られた手は、緩むことなく繋がれたまま。


 暴走を続ける死神と、最早本当におまけ状態の私。


 見える景色は砂、砂、砂……と時々魔物。



 どれくらい走っただろうか?



 少し先の砂山の向こうに、見たこともない近未来都市が姿を現した。


 魔法使いと悪魔の街カメル。


 人間界で言うと、ラスベガスとドバイを足して2で割ったみたいな感じだろうか?


 もっとアニメの世界っぽいけど……とにかく煌びやかな街だ。


 ガラス張りのとてつもなく高いタワーや高層ビルが幾つも建ち並び、街中では、お洒落な男女が優雅にグラスを傾ける。


 昼間なのに、まるで急いた感じがない。

 貴族達の集まるパーティーのような光景。


 今まで走って来た砂漠地帯は、一体何だったのだろうか?


 街の中へ入るとリタは私の手を離し、また少し先を歩き始めた。


 つまりこの街は、リタ的に『安全』と言うわけだ。


 でも、なぜわざわざこの街に立ち寄ったのだろうか?


「街の向こう側に出て、妖精の森に入る」


 リタはそう言うと、大きなビルの谷間にある一際みすぼらしい雑居ビルへ入った。


 そして、地下へと続く階段を降り始める。


 たった今、街の向こう側の妖精の森へ行くと言ったばかりなのに、何で地下へ?


 などと思いながら、リタに続くが、


「街の向こう側に行くんじゃないの?」


と、たまらず質問してみる。


 リタは軽快に階段を下りながら、


「だからここを降りるんだ」


と、振り向きもせずにそう答えた。


「魔法使い達が作った街だ。普通じゃない」


 リタはそう付け加え、どんどん階段を降りて行く。


一体どこまで下るのだろう?


 階段は、いつの間にかぐるぐる回る螺旋階段に変わっていた。


 地下10階分は降りたと思う。


 突然階段が終わったと思ったら、目の前にどんよりとした暗い森が姿を現した。


 鬱蒼とした木々の隙間から零れる陽など一切なく、鳥はさえずらず、ぬかるむ地面。


「まさかこれが妖精の森?」


 私は眉間にシワを寄せた。


「そう」


 振り返るとそこには、魔法使いと悪魔の近未来都市。


 リタの言う通り、私達はいつの間にか、カメルの街を抜けていた。


 妖精の森なんて言うから、私はてっきり7人の小人が住んでいそうなディズニー的可愛らしい森を想像していたのに……。


「何か夢壊れた」


 そう呟くと、


「どんなの想像してたの?まさか綺麗な花が咲き乱れる美しい森だとでも?」


と、今にも吹き出さんばかりの勢いでそう言う。


「……だって、妖精だよ。ティンカーベルみたいな可愛い妖精が住んでる森なら、誰だって美しいと思うでしょ」


 その言葉に、リタはとうとう吹き出した。


「可愛い?妖精が?」


と、妖精のイメージまでも全否定しかねない勢い。


「え……違うの?」


 恐る恐る聞いた私の手をリタはまた力強く握った。


 つまり、全否定なわけね。


 薄暗い不気味な森を全力で駆け抜ける。


 途中、小さな薄茶色の生物に腕を噛まれた。


 鋭い牙と痩せこけた手足、背中には蝿のような羽がある。

体長は、15cm程。




 まさか!

 まさかでしょ!!!




 私の腕に噛み付いたそれをリタはいとも簡単に裏拳で叩き飛ばした。


 やめて!

 お願い誰か違うと言って!!!


「だから妖精嫌いなんだよ。ホントうぜぇ」


 走りながらリタが呟く。


 あぁ、やっぱりか。

 やっぱりなんですね。

 アレが妖精、なんですね。


 森を抜けるとまた砂漠。


 繋がれた手は離される事なく、つまりは危険地帯を本気の全力疾走。


 もう走り過ぎて死んじゃうんじゃないかと思った時、目の前に西部劇のような街が現れた。


 砂埃の舞う寂れた感じの黄色い街。

真ん中を通る一本道は、どこまでも続いているように見える。


 道の両脇には、廃墟のような建物が建ち並び、周囲には人の気配すらない。


 でも、リタの手はそこで離された。

 つまりココは安全地帯、と言うわけだ。


 また暫くリタの後ろを着いて進む。


 建物の隙間を風が吹き抜け、四六時中風が吹いている。


 その度舞い上がる砂が、時折小さな竜巻状になって目の前を通り過ぎて行く。


 ココがグスタなのだろうか?

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