第15話

 ノーバディに当て身を食らって気絶してから数時間後コルダは馬を全力でサウンズ・ヒルまで走っていた。気絶していたとは言え数時間も遅れをとってしまった。急いでノーバディにまで追いつかなければならなかった。

 内心、コルダの心境は複雑であった。今まで、賞金にしか眼のないノーバディかと思っていたが、彼女のそんな意外な一面を会間見たのである。しかしノーバディでも相手が何人いるか分からない中飛び込むなんて無謀であった。

「あのバカ」

 コルダはつぶやく。アレルヤを捕らえた連中は伺いしれなかった。脅しに来た連中はどう見ても政府の役員どもには見えなかった。そうなると賊になるのだが、正直アレルヤがその手の輩に遅れを取るとは考えずらかった。

 馬を墓から始めてから数時間が経とうとしたとき、ついにサウンズ・ヒルが見えてきた。コルダは馬を街の外にある納屋にかけると馬に紐は掛けずに逃げたかったら逃げて良いからと馬に語りかけ縄もかけずにサウンズ・ヒル町まで向かって行った。

 街は、保安官事務所を除いて全て明かりが付いていなかった。保安官事務所から銃声が鳴り響いていたが今は明かりがついているだけであって静かではあった。十分に警戒しながらコルダは大雨が滴るなか事務所に向かって泥濘を歩き出した。

 近づくにつれて建物の中から声が聞こえた。コルダは意を決して入り口から注意深く中を覗くと利き腕を撃ち抜かれて地面にうつ伏せになっているノーバディがいた。そして今まさにノーバディを撃とうとしてる奴を見てコルダは自分の眼を疑った。コルダはためらった。状況が掴めない。しかし、ただ一つ分かることは自分と母を捨てた父がノーバディに向けて引き金を引こうとしていた。

 コルダは腰のホルスターからベルスタアを抜くと、よく狙って標的に引き金を引いた。


 コルダは声にならぬような嗚咽をあげながら父に向かって何かを喋っていた。ノーバディは右手を撃ち抜かれており、もう利き手は使い物にならなかった。ノーバディは何とか立ち上がりノロノロとコルダの所まで歩いていく。

 ノーバディはコルダに礼を言ったが彼女耳には届いている様子でもなかった。コルダはひどく動揺していた。

「アレルヤたちを殺したのはアナタなの!?」

 コルダの声はまるで鳴き声のように事務所の中が響きわたった。

「母さんを私も捨てたアナタには分かるわけないわ。あのあと、私たちどんな恐ろしいことが起こったなんてアナタには分かるわけないしょうね!?」

「母さんが死んだんだろう?知ってるよ」

 マーシャはひどくそっけなく答えた。まるで最初から答えを知ってるかのように。

 何でそのこと知ってるの?と言ったコルダにマーシャは答える。

「簡単な話さ。あの事件は俺が仕掛けたことさ。家に賊が入ったこともお前や母さんが連中に犯されて殺されたこともな」

 コルダは信じられないと言った顔をした。今まで自分をほっぽり出していた父に久しぶりの再会に最初に彼はアレルヤとその仲間を殺し弄びノーバディも殺そうとした。そして父が家を出ていった数日後に賊が家に押し入り私と母を辱めて母をおもしろ半分に殺した連中に指図したのも父の計画の内でしかなかった。

「答え合わせだコルダ。簡単な話だ。俺は全てのしがらみから抜け出したくなったのさ。英雄イングリッシュ・マーシャ、そして愛する家族を持つ1人の父親としてな。俺は毎日を楽しく生きていただけなのさ。なのにほんの気まぐれで殺した奴が実は馬鹿な農奴の連中が目の敵にしていた実業家なだけで英雄扱いさ。それから毎日好き勝手やっても連中は俺を英雄視してたのさ」

 ノーバディは知っているイングリッシュ・マーシャが英雄なんてもんじゃないってことを。もうノーバディが少女とも言っても良いくらいの頃、少女と少女の兄は自由と理想の為に戦った。その革命軍こそイングリッシュ・マーシャ率いる革命軍であった。そして遠い過去の記憶のひとつに追いやられていたものを思い出す。マーシャは政府の高官から賄賂を受け取ったのを見た少女は眼を疑った。自分たちの理想のため戦っていた連中に対して金を受け取り私たちを騙くらかした、この男が許せなかった。少女は腰のホルスターからコルトを抜き出して銃口をマーシャ合わせた。今なら奴にバレることなく殺せると思った。引き金を引いて発砲した。しかし銃弾を浴びたのは少女の兄であった。兄はマーシャの身代わりになって守ったのであった。撃たれた兄の顔は悲しみで満ちていた。それは少女の記憶から離れないような光景であった。

 その後、少女は英雄殺しの未遂のために毎日、追ってに追われるような日々を過ごした。これが少女の青春であり終わりでもあった。

 もう古い記憶だと思って記憶の片隅に置いておいた物である。そんな記憶がまるで走馬燈のように一瞬のうちに記憶の海を流れていった。

 目の前の現実を見るとコルダは引き金をマーシャに合わせようとした。引き金を引くまえにコルダはマーシャに言った。

「決闘を申し込むわイングリッシュ・マーシャ。母と死んでいった者たちの名誉のために」

 マーシャは無言でコルダを睨みつけたが床に落ちていた銃を拾いあげた。マーシャは痛手を負っているが、それでもまだ銃を握れるくらいの余力は残っていた。ノーバディは、ただ2人の戦いの顛末を見守ることしか出来なかった。少女と、その父は互いに睨み合っている。ただ一瞬の出来事であるのに、この場にいるノーバディには、とても長く感じていた。異常なほどの静けさ殺しを生業にしてる者、特有の空気である。両者の記憶には、かつて一緒に過ごした日々が記憶の海を流れている。毎日が楽しい日々を過ごした少女と自分の過去を清算のために家族を捨てた男。

 引き金を先に引いたのはマーシャであった。だが、それに続いてコルダもホルスターからベルスタアを抜き引き金を引いた。

 鈍く乾いた音を発した事務所の中にはひとり致命傷を受けた者がいる。

「アナタわざと外したのね。なんで!?」

 コルダは倒れたイングリッシュ・マーシャに強く問いかける。マーシャの方は息はたえたえであり先は長くはありそうも見えなかった。

「自分の娘を撃てるような父親がいるか」

 マーシャは弱々しい声でコルダに答える。

「そんなアナタのわがままな答えで私は苦しんでるのよ!」

 コルダは悲痛の叫びをマーシャに浴びせる。マーシャは笑っていた。

「お前と母さんには苦労を掛けたのは承知してる。俺が、こんな顛末を迎えるのもある意味当然だよ」

 マーシャの声は徐々に弱まっていた。コルダは銃をマーシャに突き立ててカチリと現鉄を引いていた。まるで、まだ何か言わないようであるならお前に引き金を引いてやる!といったように。

「まだ死ぬんじゃあない!アナタには聞きたいことが沢山あるの」

「せいぜい精一杯悩むがいいさ。お前や母さんには謝って済むような事じゃない」

 そう言ってマーシャの呼吸は止まった。コルダは呆然と正面を眺めていた。涙はない。私と母を捨て殺したような男である。だが、この男が父という事実は覆せない。何ともやり切れない怒りを持ちながらコルダはマーシャの遺体を床に臥せた。ノーバディもコルダまで近づいていき伝説の英雄の最後を見届けた。

 

「死んだら何も残らないってのは知ってるが、それでもコイツらが生きていた証みたいなのは欲しいかったからな」

 墓守のエッガー老人にそう言ったノーバディはアレルヤと彼女の仲間の墓を作っていた。イングリッシュ・マーシャとの戦いから1ヶ月は経とうとしていた。彼女たちの墓は革命時代に戦った農奴と一緒に埋葬させてもらった。エッガー老人が最後の墓を作るのを見届けるとノーバディは、振り向きその場を跡にしようとした。

「お前さん、もう行ってしまうのかい。この老いぼれを手伝ってくれた礼じゃ、お前さんの右手に地下にしまってある義手をやってやる。それにコルダへの礼もある」

 エッガー老人の指摘の通りノーバディの右手には何もなかった。弾は貫通していたが、直す頃には既に遅く彼女の腕はもう使う事は出来なかった。エッガー老人が処置をしてくれたお陰で、それ以上は壊死を防いだが

、その結果ノーバディは右の手首までを失うことになった。

「助かるね。正直、左手だけだと不便だと思ってたところさ」

「安心せい、最高に良い義手を作ってやるわい!」

 いつも無口な老人はこの時、初めて少しだけ笑った。ノーバディも釣られて一緒に笑った。


 一緒に馬を走らせながらノーバディは新しい義手の感じを馴染ませていた。隣にはコルダがいて少し心配そうにノーバディの右手を眺めていた。

「ところでお前、爺さんには挨拶しなくて良いのかい?世話になったんだろ?」

「アナタの前で恥ずかしい姿は見せたくなかったからね。遠慮しといたわ」

「少しは言うようになったじゃあないか」

 2人は馬を走らせて数時間が経とうとしていた頃である。ノーバディがボソリと言った。

「さあ、ここでお別れだコルダ」

 ノーバディの突然の言葉にコルダは戸惑った。コルダは何となくであるが、何時かこうなることは分かっていた。それでも彼女はノーバディに聞かざる負えなかった。

「やっぱり考えは直らないのね」

「前に話しただろ。アタシは独り身。例え、どんなに信用できるような奴でもアタシは組まないのさ」

 コルダは以前に父の遺産の隠し場所でノーバディと話したことを思い出した。あの時、彼女は言ったアタシは決して誰とも組まないってね。彼女は、そう言った。

「今回の件で変わるかなと思ったけど、相変わらずアンタって、つくずくそういう奴だよねえ。忘れてたわ」

「ああ、そういう事さ。もしかしたら明日からアンタとは敵同士になるかもしれねえ。そういうことさ」

「なら、さよならは言わないわ。アナタとは、いつかまた何処かで会うでしょうノーバディ?」

「そういうこった。次アンタに会うのが楽しみだよ」

 そう言ってノーバディはコルダに、もう何も言わず踵を返して馬を走らせた。一方コルダも同時にノーバディとは反対の方向へ向かって歩いていった。

 2人は、もう決して振り向かなかった。 

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DjangoS あきら ふとし @go_go_yubari

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