前哨戦(プレシーズンマッチ)~project method Ⅱ

藤瀬京祥

prologue『媛の憂鬱』

 古都・京都、その賑わい華やかな市街地を少し離れた閑静な住宅地に、その屋敷はある。

 瓦屋根のある塀に囲まれた、和の趣き豊かな広い庭に、由緒ある寺社を思わせる壮麗な屋敷が鎮座する。

 竹垣に仕切られた庭の1つを臨む広縁では、置いた椅子に少女が1人、背に当てたクッションに深々と小さな体を預けている。ひどく線が細く、触れれば壊れてしまいそうなほど色白で華奢。身長も150センチ足らずと小柄である。

 藤林院寺とうりんいんじ宗家が現当主、藤林院寺貴玲とうりんいんじたかあきらの1人娘にして嫡子、藤林院寺朔也子とうりんいんじさくやこである。長く伸ばした髪をゆるく1つに束ね左肩に垂らしている姿は、まるで人形のように愛らしい。その小さな手に握られたA4サイズの報告書に、これで何度目かの溜息を落とす。

「媛様」

 板の廊下を足音もなく進んできた若い女は、手にした盆を朔也子の傍にあるテーブルに置く。年齢は20代半ば。いつものように黒いパンツスーツに身を包んだ朔也子の世話係、如月きさらぎはるかである。

「あ? ああ、如月? 何?」

 思案に耽るあまり気づかなかった朔也子は、少し驚いたように目を見開く。

「少し休まれませんか? あまり根を詰めすぎるとよろしくないかと。

 お茶をお持ちしましたので、一服なさって下さい」

「ありがとう」

 まだ寒さが残る3月の初め、如月が急須から注ぐ緑茶からはほんのりと湯気が立ち上る。朔也子に湯飲みを勧めると、床に散らばった報告書を手早く集める。

「全て奈月なつきからの報告でございますか?」

「ええ。読めば読むほど呆れます」

 もちろん奈月の文章が悪いわけではない。書いてある内容に呆れているのである。

「奈月以外の者に書かせれば、新たなお話も出てくるやもしれませぬ」

「本当に。

 どうすればこれほどの悪行を重ねられるのか? 高子たかいこにはつくづく呆れます」

「その高子様ですが……」

「存じています。

 院のお沙汰もさすがに厳しいものとなりましたね。やむなきこととは申しませど、藤真ふじまから異議の申し立てがないと聞きました」

「院の御不興を買ってのお沙汰としましては、決して悪い条件ではないと思います。

 藤真家としましても、こう申してはなんですが、高子様を持て余しておられたわけですし」

 一度言葉を切った如月は一呼吸置いて 「いずれにせよ」 と継ぐ。

「高子様は当面、このきょうにはお戻りにはなれますまい。

 桜花からも遠いあずまの地。直接桜花には関われぬ院からの、せめてもの媛様への援護やもしれません」

「さて、それはどうでしょう?

 お父様……いえ、藤林院とうりんいんは常に試しておりますもの」

 その言わんとするところがわからず、如月は眉間にしわを寄せる。

「媛様?」

「そなたはわからずともよい。当事者であるわたくしたちが自覚しておればよいことです」

 学都桜花は高校生だけで構成される特異な社会であり、大人は干渉無用。かつては桜花島を学舎まなびやとした如月だが、卒業して島を離れた今は見守るだけ。朔也子を通じて桜花島に足を運ぶことはあっても、干渉は出来ないのである。

「決してご無理はなさいませんように。わたくしたちはもちろん、手の者たちも皆、媛様の身を案じておりますこと、どうぞお忘れなきように」

「為すべき事を為すためならば、多少の無理もやむを得ませぬ。

 もちろん必要とあらば、そなたたちの手を借りることもありましょうぞ。その時は存分に働いてたも」

 主人の言葉に 「御意」 と答える如月は表情を引き締める。

 だが朔也子の表情は浮かない。

「それにしても……」

 溜息交じりに言葉を切ると、テーブルの隅に置かれた布に目をやる。

 ハンカチのように折りたたまれた布の上には、1つまみほどの鉄の塊が乗せられている。なぜそのような形になったのかは朔也子にも想像がつくのだが、元がなんだったかはわからない。

ひいらぎは何をしているのでしょう?」


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