act.4 『学園都市桜花付属第6丹英女子寮 ー桜花中央区』

 全国津々浦々から集まる生徒の大半が、島内で寮生活を送る学都桜花。島内に建ち並ぶ学生寮は当然のことながら学校数より多く、その数400棟以上。その全てを管理するのは、学都桜花三大組織の1つにして最大の権限を持つ学園都市桜花理事会連合、通称桜花理事会。その事務局が、施設管理から食事などの世話をする職員の配置はもちろん、入寮希望者の割り振りまで担う。

 学都桜花付属学生寮の入寮手続きは入学手続きと一緒に行われ、徒歩や自転車、電車やモノレール、バスなどを使って30分以内の通学距離を基準にして寮を決める。だがその際に保護者の経済的負担を考慮し、兄弟や親戚は同じ寮にするが、男女は絶対に別。

 生徒の自立と、集団生活における協調性や経済観念などを身につけることを目的としており、本人から希望が出されたとしても聞き入れられることはまずない。そうして1つの寮には様々な学校に通う、集団生活を送っている。

 その1つ、第6丹英たんえい女子寮は桜花中央区にある。島内でも早い時期から開発が始まった中央区には、松藤学園や英華高校、松前学院といった古参校が多く、学生寮も古い施設が多い。その中でも比較的新しい第6丹英女子寮は定員150名と、桜花付属寮の中でも小規模である。

 この春、在寮生の投票で寮長に就任した理美さとみは、新入生の到着を待つべく、朝から玄関ホールに設けた受付に待機していた。4月1日に行われる入都式を前に、新入生の入寮が最盛期ピークを迎えているのである。だが長机の上に広げた新入生名簿は、手続きの済んでいない名前がずらりと並んでいる。

「これ、全部来るのか?」

 その数の多さを何気なく確認して思わず呟いたその時、 やや乱暴に玄関扉が開かれて寮生が帰ってくる。

「おう、お帰り」

「ただいま」

「ご苦労さん」

 靴を履き替えながら応える寮生にねぎらいの言葉を掛ける。

「もう、本当にお疲れよ。あんな西区の端だなんて、聞いてなかったわよ。

 海よ、海!」

 寮から海が見えたと聞けば、桜花西区でもかなり海沿いである。ずらりと並んだ靴箱の1つに手を突っ込んで靴を履き替える寮生の嘆きに、出迎えた理美は苦笑を浮かべる。

 桜花南区にある私立山家やまが高等学校新2年生、大庭理美おおばさとみ。やっと肩に届くくらいの髪を無造作に束ねた彼女は、右手に持ったペンで頭をかく。

やまなし国兼くにかねは? あたしより先に出掛けたはずでしょ?」

 靴箱から取り出したスリッパに足を突っ込みながら尋ねる寮生に、理美は首をすくめてみせる。それを見て寮生は 「はぁ?」 と、殊更大きな間の抜けた声を上げる。

「まだ戻ってないわけ? どこまで行ったのよ?」

 それこそ海を渡って本島まで行ったのではないかと疑う寮生に、理美は 「どこまで行ったんだっけ?」 と記憶をたぐろうとするが思い出せない。

 出掛けたまま帰ってこない杜深雪やまなしふゆき国兼李緒くにかねりおは、共に桜花南区にある私立松藤学園渉成しょうせい高等学校の新弐年生。くじに負け、新入生の入寮期間中、寮長の理美を手伝うことになっている。

 これは毎年どこの寮でも新2年生の仕事とされ、貧乏くじを引いた寮生は一足先に春休みを切り上げて桜花に戻ってこなければならないのである。

「無口なお人好しはともかく、国兼は戻る気がないんだよ、絶対」

 嘆き半分、ぼやき半分の理美に、戻ってきたばかりの寮生は自分の腕時計を見る。

 桜花北区にある私立星風せいふう学院第一高等学校新2年生、立原順子たちはらじゅんこ。ショートカットがよく似合うボーイッシュな少女である。

新宮にいみやがいれば百人力だけど、さすがに本部実行委員も人手不足だから無理ね」

 理美の同居人である新宮左近にいみやさこんはここ数日、桜花自治会本部実行委員の仕事で、朝から制服を着て出掛けていることが多い。彼女がいてくれれば李緒の脱走を許すこともなかったと順子じゃ言うけれど、いないものは仕方が無い。

 まして明後日に入都式を控え、今日と明日は新入生の入寮最盛期。どんなに拝み倒しても、それがたったの1人であっても自治会本部は本部実行委員の貸し出しを承諾しないだろう。本部実行委員会もその人手不足を補うため、毎年この時期には非常手段を用いているほどなのだから。

「そういえば連絡橋も渋滞最盛期ピークだったわよ」

「橋? わざわざ見に行ったのか?」

 島の両端にある連絡橋。そんなところまでわざわざ見に行ったのかと呆れる理美だが、順子は 「見えたのよ!」 と、やや語気を荒らげて言い返す。

「そりゃまたとんだ僻地だな」

 その僻地まで、順子は自転車で迷子の新入生を送り届けてきたのである。

 緑豊かな人工島・桜花には、学都桜花の生徒や教職員の他に一般市民も生活しており、学校や学生寮、教職員寮、体育館やグラウンド、図書館といった学都桜花関連施設の他に一戸建て住宅やマンションなどが建っている。

 そして大小の量販店スーパーにコンビニも多数あり、わざわざ島を出なくても十分に生活出来る環境が整えられている。

 中央と東西南北の5つの地区に分けられた島内には、島を縦断する鉄道の他に周回するモノレールがある。また各校や学生寮には必ずと言っていいくらい

最寄りのバス停があり、登下校の時間を中心の運行。主要ターミナルには百貨店までが堂々たる店を構え、大規模駐車場ならぬ駐輪場が設置されている。

 新入生の入都が始まる3月末のこの1週間、その主要ターミナルに制服姿の在校生がたむろするのだが、最盛期を迎えるこの数日はその数も最大。皆、自らの所属を示す腕章をしている。

 各校生徒会名が校章と共に描かれた腕章は、黄青白赤灰の5色に、桜花自治会本部を示す桜色の全部で6色。いずれかの腕章を付けた制服姿の在校生は、次々に到着する新入生を各寮へと案内するのが役目。もちろん1人ずつ送り届ける人的余裕はなく、行き先別にバスやモノレールの乗り換えを案内するのである。

 それでも間違えてたどり着いた迷子は、たどり着いた先の寮で責任をもって本来の場所に送り届けなければならない。それが桜花自治会によって定められたルール。そのため順子は、桜花中央区にほぼ中央にある第6丹英女子寮から、西区の西端近くまで自転車を走らせる羽目になったのである。

 すし詰めを通り越し真空パック状態の電車や、大渋滞に巻き込まれて身動きの取れなくなったバスから、命からがら桜花にたどり着く新入生たち。初めての土地での新しい生活に胸を膨らませてやってきた彼ら彼女らも、よもやこんな手荒い歓迎を受けるとは思わなかったに違いない。疲労困憊の新入生の目に、待ち受ける上級生の姿はさぞ頼もしく映っているに違いない。その大半が、規則違反などによる罰として嫌々駆り出されているとしても、である。

 そう、本部実行委員会がこの時期に用いる非常手段がこれである。なにしろ本部実行委員会はこの他に入都式の準備もあるのだから、人手はいくらあっても足りないくらいなのである。そしてそれら全ての指揮を執っているのが自治会執行部である。

「ところで」

 それまで普通に話していた順子だったが、そう切り出したと思ったら周囲に視線を走らせ、声を潜めて続ける。

「例のお嬢様、もう着いたの?」

「お嬢様って……あぁ」

 最初は誰のことを言っているのかわからなかった理美だが、すぐに思い当たる。「そういや、まだ着いてないな」

 何気なく手元に広げた新入生名簿に視線を落とす。

「確か入都式で新入生代表するんでしょ? 明日予行演習リハーサルじゃない」

 予行演習は朝から行われるから、出席するなら今日中に桜花に入らなければ間に合わないはず。そういう順子に 「ぶっつけ本番でするんじゃない?」 と理美は無責任なことを言い出す。

「そんなの、あの執行部が許すと思う?」

「どうだろうねぇ? 執行部も執行部だけど、相手はあの藤家とうけだし。さすがの執行部も意見しにくいんじゃないの?」

 すると順子も諦めたように 「そうかもね」 と軽く息を吐く。

「だいたいなんで藤家のお嬢様が寮に入るわけ?」

 そこが一番納得がいかないと問い掛ける順子に、理美も 「そういえば」 と思案気味に返す。

「女王陛下はマンションで、優雅に独り暮らしだったっけ」

 もちろん桜花島内に高級分譲マンションなんてものはないけれど、島そのものが藤林院寺とうりんいんじ家の所有である。オーナーとしてそれなりに良い物件に住んでいたはず。

「でしょ? なんで妹は、わざわざ窮屈な寮に入るわけ?」

 それこそ跡取りの姉と、そうでない妹。扱いに差があるのではないかとさえ勘繰ってしまう順子は、酷く面白くなさそうである。

「そこまであたしにわかるわけないだろ? ただの新米寮長なんだから」

「寮の前だって、あれ、凄いことになってるわよ」

 チラリと入ってきたばかりの玄関を振り返る順子に、つられるように理美も玄関を見る。

報道マスコミ連中か。一応、自治会本部に言って、様子を見て増員してくれることになってるけど……」

 桜花付属寮では寮内自治が行われており、寮長の許可無く寮内での取材活動は許されない。そもそも寮生以外の立ち入りは、どこの寮も原則禁止。目的を申請して正規の手続きを取ったとしても、取材目的では理美も却下せざるを得ない。

 だが逆に、各校報道関係部が寮の外にいる限り寮長の権限は及ばず、理美には解散を命じることも出来ないし、排除することも出来ない。そこで登場するのが自治会である。

「たいしたもんよね。たかだか交通整理に実備じつび三強最強の英華を動かすなんて」

 学園都市桜花生徒自治会本部実行委員会警備部、通称実備の三強と称えられる中央区の英華高校、東区の竺学館じくがくかん、西区の芳正館ほうせいかんはいずれも武道の強豪校で、警備部に所属する他校からの支持も強く、日頃行われる交通整理やイベントの警備に動員されることはない。

 その内情をうかがい知ることの出来ない理美たちだが、噂によれば警備部内での反発が強く、よほどの事態でもなければ三強の動員に賛同が得られないのだとか。理美たち新2年生たちが入都して1年が過ぎようとしているが、そのあいだに三強が大々的に動員されたのは、昨秋に起こった 「秋梅の変しゅうばいのへん」 だけ。

 それは前総代の独断によって発令された、紅梅女学院の武力制圧命令。その包囲には警備部に所属する全高が動員されたが、主要個所に配備されたのは実備三強であった。

「動かしやすかったんじゃない? ほら、執行部に英華の奴がいたじゃん」

「今は本部実行委員会も委員長不在だから、執行部の言いなりってことかしら?

 前通るだけでも凄い威圧感があるわよ。不動って言うか、ちょっとやそっとのことじゃびくともしない感じ」

 それこそ大挙して押し寄せてきては、その勢いに任せて強行取材になだれ込もうという報道各部の常套手段も通用しないほど。一糸乱れぬ見事な英華高校の統制に、さすがの報道各部も圧倒されているという。

「さすが実備三強最強」

「動員される英華も大変だけど、いつまであの状態が続くのか? 考えるだけであたしたちも憂鬱よね」

「お嬢さんって、松藤だっけ?」

「そうだったと思うけど?」

「んじゃ、松藤の生徒会の出方次第ってところだな」

「っていうか、松藤生徒会が動く前に寮で何とかしないと、逆にあんた、やばいんじゃない? せめて生徒会に動いてもらうよう、先に申請とかしないと」

「松藤って、敷居が高いんだよね。山家の制服じゃ、校門入れない感じ」

 山家高校は理美が通う、桜花南区にある学校である。松藤学園と同じ桜花中央区所属の学校ならともかく、同じ他校でも所属地区が違うと色々と厄介なことも多い。場合によっては山家高校生徒会経由か、自治会経由の申請となる可能性もある。

 その面倒な手続きを考えるだけでもウンザリする理美に、順子は 「じゃ、裏門から入ったら?」 と茶化した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る