第26話 さいしん

 敗北必至。敗戦覚悟。論理が導く負け戦。


 軽く言うなら、オワタ。あるいは詰んだ。


 とにかく、ライオールの組み上げた機械幻獣の合体武神、試作壱号機の速度にガイアスの反応ではまったくついていくことができず。

 こちらから攻める手立ても見つからない。


 いいようにされるがままの状況が打破できない。


 試作壱号機の振るう剣の直撃をなすすべもなく――それでも、悪あがきにガイアスハンマーの鎖の部分でなんとか剣を受け止めようとはした――、食らって全エネルギーを失ってしまうかに思えたその瞬間。


 視界が真っ青に染まった。


 水の中?

 マーキュスの攻撃か?


 いや違う。体中が温かい何かで包まれているが……。これは……。

 もしかして……。

 もちろん死んだわけではない。

 その証拠に、試作壱号機も他の風景も……視界はぼやけつつも見えている。


 ただ、ガイアスが受けるはずの衝撃が感じられない。

 試作壱号機の剣はガイアスには届かなかったようだ。


 これは……スライムに包まれているのだと理解がやっと追いつく。

 スライムがガイアスを包み、敵の凶刃から守ってくれた?

 防御を担ったのがスライムだということは……。


「ハルキ! どうして!?」


 すぐそばに、ボロボロの恰好をしながらも姿勢を正して佇むハルキの姿があった。


「シュンタには借りがあったからな」


「邪魔だてをするのか? ハルキ!」


 俺と同じ結論に達したライオールが試作壱号機の中でおそらく激高している。


「まあ、邪魔っちゃ邪魔だな。

 だが、もう用は済んだ」


 ハルキはスライムを還しガイアスの周囲から取り除く。

 

「ハルキ!

 助けてくれたのか? どうして?」


「どうしてって、こっちの都合さ。

 窮地を救われたんだから文句を言われる筋合いはないはずだがな」


「そりゃそうだけど……。

 ちょっと早くないか?」


「何が?」


「いや、かつてのライバルが協力して最強の敵に向かうって展開を導入するタイミングがさ……」


「ほんとにシュンタは馬鹿なことばかり考えてるな!?

 これはアニメじゃないんだぜ? 異世界とはいえ現実だ」


「だけど、ライオールにアニメの知識を植え付けたのはお前だろう?

 そのせいでこいつは俺TUEEEとか言いだして。

 この世界ならず別の世界の征服までも考えるようになっちまったんだから」


「まあそうだけど……」


「何をごちゃごちゃと!

 ハルキ! どうしてこんな真似をする!

 誰が疑似甲機精霊マキナ・エレメドの召喚陣の術式を教えてやったと思っている?

 恩を仇で返すつもりか?

 これ以後は帝国を、俺を敵に回すとでも?」


「ああ、それだけどな。

 召喚陣についてはもうあんたの手を借りる必要はない。

 基本的な知識はついたし、術式のルールも覚えた。

 あとは自分ですべて開発していける」


「ほう、俺の力はもういらないというのか?

 それで、スクエリアに与すると?」


「そもそも、俺の最強とあんたの最強って共存できねえじゃん?

 始めに言っておいたはずだぜ?

 利用はさせてもらうが、いつまでもお前の命令を聞くとは思うなよって」


「ならばどうする?

 ここでガイアスと共闘するのか?

 魔力もほとんど残っていないようだが?

 電池の切れかけた甲機精霊マキナ・エレメドとスライムしか喚びだせない召喚士。

 二人で力を合わせればこの俺に対して勝利の目が出るとでも思ったか?」


「いや、残念ながらそうは思わない。

 なによりシュンタに肩入れする必要も……。

 今は感じないな。

 まあ、そういうことだ。

 これ以上はでしゃばらないよ。今は」


 ハルキはそれだけ言うと不用心にも背を向けて歩き出す。


「なにが出しゃばらないだ!?

 まあよい。ガイアスへのとどめの一撃。改めてさせてもらうことにしよう。

 余計な邪魔が入り多少の時間は稼いだようだが、それで打開策が見つかったわけでもないだろう」


 そこで、ハルキが立ち止る。


「シュンタ。道は……繋がっているんじゃない、繋げるもんだ。

 自分の意志で」


「ハルキ?」


「奴のことなどほうっておけ!

 戦いを再開するぞ!」


 ライオールが意気込む。

 まあそうだ。奴はほぼ勝利の半歩手前に居た。もう半歩。たった半歩。

 距離にしても、奴の剣がガイアスに命中するまであと数十センチ。実際に紙一重というぐらいのタイミングだった。

 一度はスライムの壁が守ってくれたが、それをしてくれたハルキにはもうそのつもりもないようだ。つもりがないのか気持ちがあっても魔力がそれをさせないのかはあいつの素振りからはわからないが。

 じゃあ何しに来たのか? この一度のことでほんとに借りを返したつもりであとは知らないというスタンスなのか?


 とにかく。

 余命を延長することはできたが事態は何にも変わっていない。

 このままじゃ負ける。ずっと言い続けているとおり。

 

 そして勝つ気まんまんの張り切り青年が約一名いるのだ。


「行くぞガイアス!

 俺の剣で散るがよい!」


 再び。試作壱号機が加速する。もやは俺に歯向かう意思が無いと感じたのか。

 それとも余計な中断で短気が爆発しかねているのか。最短距離で向かってくる。

 気が付くと目の前にその姿が。白地に赤青黄トリコロールの派手な機体が迫っている。


 この短時間でもう何度目かになる絶体絶命。


「させないわ!」


「なにぃ!」


 ライオールの機体が吹き飛ぶ。上空から飛来した純白の見慣れぬ機体。

 それが俺(ガイアス)の窮地を救った。


「シュンタ! 大丈夫!」


「アリーチェなのか?

 その機体は……?」


「新たなる甲機精霊マキナ・エレメド、ドラグアスよ!」


「ド、ドラグアス……?」


 銀を帯びた真っ白い機体塗装カラー

 マーキュスのように流線型でスリムなフォルム。

 背中に生えた大きな翼。

 まさにメインヒロインが搭乗するのにふさわしい機体に思える。

 ご丁寧にツインテールのようなパーツが顔の両側から垂れ下がっている。


「アリーチェか!?

 甲機精霊マキナ・エレメドを手に入れただと?」


「そう。ドラちゃんの魂が……、わたしを護ってくれてるの」


「ほう、古の術を蘇らせたようだな。

 面白い。その術があれば甲機精霊マキナ・エレメドの量産が可能になるか。

 機械武神マキナゴッデスを頂点として、多数の甲機精霊マキナ・エレメドを統べる。

 まさに最強の軍団の結成だ!」


「なんでも戦争に結び付けようとしやがって!」


「まあ、一体が二体でも同じこと。

 見るからに、ドラグアスとやらは空戦に特化した機体のようだが……」


 ライオールは値踏みするように、アリーチェの乗る機体を眺める。そして言い放つ。


「武装もない、ただ空を飛べるという以外に取り立てて特徴も無い。

 そんな機体でこの機械武神マキナゴッデスに歯向かう気か?」


「……」


 アリーチェが押し黙る。

 ライオールの存際な分析はある意味で的を得ている。

 甲機精霊マキナ・エレメドは確かに優れた兵器だが、致命的な弱点がいくつかある。

 搭乗者との同調レベルを引き上げない限りは強力な武器を使用できない。

 さらに消費魔力の問題。

 ガイアスがエネルギー切れを起こすのは時間の問題だ。

 アリーチェも一度魔力を使い果たしたはずだ。どれだけ復活したのだろうか?


 それに引き替え、機械武神の動力源は各パーツの元となった機械幻獣の召喚士の魔力も使用できる。ライオール一人の力ではなく、運用によっては無限に近い活動を続けることができるのだ。


「その新たな甲機精霊マキナ・エレメド

 どれほどの力を持つか試してやろう!」


 ガイアス対機械武神マキナゴッデスから、機械武神マキナゴッデス対ドラグアスという戦いへ変遷する。


 ライオールは、左手の剣を組み替えてバズーカ砲のような武器に持ち変える。

 右手の剣はそのままに。

 接近戦にも中長距離戦にも対応する万全の態勢だ。


 轟音を唸らせながら機械武神のバズーカが一発二発と弾を発射する。


「そんな攻撃!」

 

 アリーチェはドラグアスを飛翔させその全てを躱す。

 が、攻撃には転じれない。避けるだけで手一杯のようだ。


「逃げるばかりしか能がないのか!?」


 機械武神がスラスターを噴かせてドラグアスに迫る。


「させん!」


 俺はガイアスハンマーで機械武神に狙いをつけるが、ライオールはそれをいとも簡単にかわし、ドラグアスに向けて剣を突き出す。

 アリーチェはぎりぎりのところでそれを躱す。


 上空に逃れたドラグアスにバズーカで狙いを付けつつもライオールはその機動力を生かしてガイアスへと向きを変える。距離を詰めたところで右手の剣を振るのではなく投げつけた。


 機械幻獣で構成されたその剣は、ガイアスの装甲に傷をつけるに十分の硬度をもっているようだ。

 ライフゲージがさらに削られる。活動限界が近づく。


 くそう! アリーチェが来てくれたのに……。

 結局なすすべもなくやられてしまうのかよ……。


「シュンタ!」


 アリーチェの叫びが聞こえる。


 その瞬間……俺の意識は途絶えていた……。




 気が付くとそこは真っ白い空間。

 ガイアスではなく……俺の体は宙に浮かんでいる。

 まさか……気が付かない間に死んでしまったなんてことはないよな。


 疑問で頭を埋め尽くした俺の心に声が響き渡る。


(力が欲しいか?)


「誰だ!?」


(誰ということもなかろう。我の搭乗者よ)


「搭乗者? 俺が?

 ガイアスなのか?」


(人は我をそう呼ぶが、元々は大地の化身。

 ただの幻獣であった時の名はそうではなかった。

 が、お前にとってすればガイアスなのだろう)


「ガイアス!

 あるのか? 秘められた力が!?

 あるのなら、俺にその力を与えてくれ!

 ライオールを打ち破るために」


(お前がそれを望むのならば)


 その声に呼応するように……。

 目の前に真っ白い飛竜が姿を現した。


「ドラちゃん!

 ドラちゃんじゃないか!?

 生きて……」


 言いかけて思い当る。

 ドラちゃんの命は……。少なくともこの世界で存在するための元の体は失われたはずだ。

 ならばこれはドラちゃんの亡霊? それともその意思――想いなのか……。


 ドラちゃんは優しい声で語りかける。


「シュンタ。

 あなたとガイアスの力。

 まだまだ、機械武神ライオールに打つ勝つだけのものではないでしょう。

 だから、私の力を使いなさい」


 ドラちゃんの姿が、白い甲機精霊マキナ・エレメド、ドラグアスへと変化する。


(少年よ、望め!

 新たな力の覚醒を!)


「シュンタ、望むのです」


「ガイアス……。

 ドラちゃん……。

 俺に、アリーチェを、セカイを護る力を貸してくれ……」


 決意を言葉にした瞬間。

 俺の周囲に召喚陣があふれ出した。大きいものから小さいものまで。無数の輪が光り輝く。

 意味不明の記号に紋章、異世界文字の洪水。

 それらが自然と集まり融合しながらより大きな召喚陣へと変貌していく。


「なっ……」


(考えるな、感じろ)


「ガイアスの力、そして私の力。

 あなたになら使いこなせるはずです。

 アリーチェを頼みます」




 意識が戻る。


 目の前には機械武神。

 上空で制止するアリーチェのドラグアス。


 何をすべきか。何ができるのか。

 それはガイアスとドラちゃんが教えてくれた。

 その想い、俺は受け入れる。


 俺は叫ぶ。


「アリーチェ!

 来てくれ!」


「シュンタ!?」


「何をする気かしらんが!

 黙って見ているほど俺はお人よしではないぞ?」


 バズーカを連射してくるライオールに俺は言う。


「最強がしたいんだろ?

 なら、弱者の最期の悪あがきぐらい黙って受け止める器量がないのかよ!」


 いわば賭けだった。俺の挑発にライオールが乗らずにガイアスに攻撃を仕掛けてきた場合には。


 戦いは終わる。ガイアスは動けなくなるだろう。

 機械武神とドラグアスでは結果は日の目をみるよりも明らかだ。


「ふん。

 面白い。何をする気かしらんが、見届けてやろう。

 その上で、粉砕してやる。

 ガイアスも、ドラグアスも!」


 一つ目の壁は越えた。

 あとは、俺が……アリーチェと心を通わせられるかどうかだ。


「アリーチェ!

 合体だ!

 召喚陣のデータを送る!」


「えっ!」


 おそらくは。甲機精霊マキナ・エレメドに備わる通信機能を使ってアリーチェの元に召喚陣の構造が流れたはずだ。

 それを理解して受け入れてくれたなら。


「わかった。シュンタ!

 あなたを信じるわ」


 アリーチェが召喚陣を解き放つ。

 ドラグアスが輝き始める。

 そのままガイアスを後ろから抱きしめるように包む。


「なっ! 甲機精霊マキナ・エレメド同士の合体!?

 そんな! 精霊法則に反するはずだ!」


 さすがのライオール。俺達のやっていることを即座に見抜き驚きの声を上げる。

 が、法則がどうだのなんだの。

 事実として受け入れやがれ!


「精霊合体!!」


 ガイアスとドラグアスが一つになる。


 真っ黒いボディに純白の追加装備。その全てが推進装置スラスターだ。ドラグアスの機動力をガイアスに付与するための。

 そして背中には大きな翼が装着される。

 大地の化身に飛竜の力。

 頑強さと高速移動、そして大空を翔るための翼。

 俺の得た新たな力。


「真・甲機精霊マキナ・エレメド!!

 ガイアス・ドラグーン!!」

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