第12話 ミリア・エル・レイアット

「ここのはずじゃが……、これはなんともまあ……」


「魔女の住処としては相応しいんじゃないか?」


『だけど、ミーちゃんの趣味じゃないよね……』


 極光の魔女、ミリア・エル・レイアットは、魔王討伐以後はずっとこの街、フレギトスに住んでいたのはアズマは知っていたが、何時の頃からか引っ越したということであった。

 転居先を聞きそびれたというのも、長年会っていない理由のひとつだったりする。


 また、ミリアのほうであえて誰にも転居を伝えていなかったために、ジャルク王がミリアの現在の居場所を捜索させたのであった。


 さすがに、人間が生活している限り――しかも山の奥などではなく街の中で――、わりと簡単に転居先は見つかった。

 ちなみにであるが、その任務を受けたのは特殊秘密部隊である第六騎士団であった。


 かくして、アズマは労せずしてミリアの居家に辿り着けたのであるが、そこに佇むのは、古びた洋館である。

 旧来からの派手好きである、ミリアの住む家としてはかなり違和感を覚える。


 金には困っていないであろうミリアであるから、大きさとしては中堅貴族の屋敷を一回り小さくした程度であるが、手入れの行き届いていない草ぼーぼーの庭や、水の枯れた噴水池、つただらけの外壁などは、幽霊屋敷と噂されても仕方が無いような外観であった。


「とりあえず、ここで間違いはないじゃろう」


 とアズマは門の横にある柱に向った。

 そこには簡素なプレートが張ってある。


「インターフォンなんて便利なものがあるのか?」


「まあ似たようなもんじゃ」


 と、アズマがプレートをノックする。


「これで中に伝わるはずなのじゃが」


『そういえばこれを開発したのもミーちゃんだよね』


『ああ、これで喰うには困らんだけの大金を得ているから、引きこもる条件を引き当ててしまったんじゃろうな』


『それでもねえ。ミーちゃんの性格上、冒険者登録して派手に魔物退治とか迷宮探索とかしてるほうが相応しいと思うんだけど』


『まあ、会って話を聞いて見ればその理由もはっきりするじゃろう』


 が、しばらく経っても応答がない。


「どうするんだ? 故障ってことはないのか?」


「魔力の起動は感じるからのう。こっち側は正常に動いているはずじゃ。

 中の発信機が壊れているか、あるいは寝ているなどで聞こえていないか。

 出てきたくないかのどれかじゃろう。

 ふむ……」


 アズマはインターフォンのある柱から離れて門の中央に移動する。


「罠は……仕掛けられてないようじゃな」


「そんな心配も必要なのか?」


「エルフの、魔導師とはいえ見た目はうら若き乙女じゃ。

 用心に越したことはないじゃろう。

 もっとも、侵入者などは簡単に焼き殺されるのがオチじゃろうから、留守中の空き巣を防ぐなんかの意味で設置する可能性を考えてみたんじゃがな」


「引きこもりに空き巣なんて無縁だよ」


「それもそうなじゃな」


 と、アズマは門を開け、石畳――これも手入れされてなく石の間から草が生えまくっている――の玄関へ向かう通路を歩きだした。


「俺も行って大丈夫か?」


「もちろんじゃ。

 これから一緒に旅をする仲間じゃからな」


 というわけで玄関に到達する。

 両開きの大きな扉であった。


 アズマはドアを直接叩き、


「ミリア、ミリアはおらぬか?

 儂じゃ、アズマじゃ。

 用があって訪ねてきた。話をきいてくれんかの」


 と大声で叫ぶ。


「結局ローテクだのみか……」


「これが一番間違いないわい」


 ほどなくして、家の中で足音が聞こえる。

 さらに幾刻かの間をおいて、


「アズマ? ほんとうにアズマなの?」


 と、中から女性の艶っぽい声が聞こえてきた。


「ああ、儂じゃ。しばらくぶりじゃの」


「声がだいぶと変わってるみたいだけど?

 それに話し方も」


「それはそうじゃ。最後に会ったのはいつじゃったかな。

 あれから儂は歳をとった。エルフであるミリアとは違って普通の人間じゃからの。

 で、開けてくれぬか?

 儂じゃということぐらいわかるじゃろう?」


「まあね。魔力の波動は間違いなくアズマだってことを示してるからね。

 で、一緒に居るのは?」


「ああ、儂の後継者となるタツロウじゃ」


「ふーん。後継者ねえ。王様の使者からそういえばそんな話も聞いたっけ。

 で、その彼は聖剣のことは?」


「うむ、まだ伝えておらん。時期がくればと思っておる」


「なるほど……」


『そういうことなんだよ、ミーちゃん』


『あら、ほーちゃんは相変わらずみたいね』


『だって、ボクはついこないだ起きたばっかりだから』


『あんまり懐かしさもない?』


『うん、そんな感じ』


「で、中に入れてくれんかの?」


「話ってのは、あれでしょ。

 魔王を倒すための力になれってことでしょ?」


「そうじゃ。いきなりで悪いが、一緒に旅をしてほしい。

 さしあたって、各地の精霊を再び呼び覚まして、タツロウの力になってもらわんとダメじゃからのう。

 それにはお主、ミリアの力が必要なのじゃ」


「わかった。

 だけど、今はだめなの」


「どういうことじゃ」


「ちょっとした事情があってね。

 魔力が尽きちゃったから。

 一晩寝れば、回復するとは思うからまた明日の朝に来てくれる?

 それまでに支度もしておくわ」


「すまんな。じゃが……」


『ミーちゃんが、魔力使い果たすって一体なにしたの?』


『ごめんね。それは言えないのよ』


『大方新しい魔法の開発でもしておったのじゃろう』


『まあ、当たらずとも遠からずってとこかな』


「そうじゃ、タツロウ。顔は見えんが一応挨拶だけしておけ」


「ちーっす!」


「なんか生意気そうな若造ね……」


「それも含めて儂の後継者として育てねばならんのじゃ」


「わかったわ、わたしが同行するからにはビシバシとしごいてやるんだから」


「マジかよ。じじいだけでも面倒ばっかりなのにな」


「ほれ、その口の聞きようじゃ」




 というわけで、一旦は、ミリアの屋敷を離れて、アズマとタツロウは宿をとることになった。


「やけにあっさりと、了解してくれたな?」


「ああ、まあ気のいい奴じゃから断られるとは思っておらんかったが」


「にしても、変じゃねーか。

 それなら引きこもる必要も、王さんからの依頼を断る理由もないじゃないか」


「まあ、儂の勝手な想像じゃが、儂を待っててくれたのではないかな。

 もしくは、ミリアにはミリアの事情があったということじゃ。

 時が来れば本人の口から説明があろう。

 一緒に旅をしてくれるんじゃったら、別に聞かずともよいことかもしれぬしな」


「じゃ、明日の朝までゆっくりするか。じじいと同部屋ってのが気に食わねーけどな」


「コテージでも一緒じゃったろう」


「まあ、200歳とはいえ、若くて別嬪べっぴんなメンバーが加入するんだから、こんなむさくるしい夜も最後と思えば、我慢もできるけどな。

 で、もう明日の朝にはこの街を離れることになるのか?」


「そうじゃ。さらに西に向かう。手強い魔物が多く出現するから、今のタツロウではちと厳しいと思う」


「どうすんだよ?」


「そのためのミリアじゃ。

 幾ら相手が強力な魔物じゃといっても、あやつにかかればほぼ一撃じゃからの」


「その魔法ってのが良くわからないんだが、俺にも使えるようになるのか?」


「それが、この先の目的地と関連しておる」


 とアズマは魔法の仕組みについて語り出す。


 この世界の魔法は基本的には4属性。

 火、水、土、風に別れている。どの属性も精霊と契約しないと使うことはできない。

 ではその精霊は何処に居るかといえば、はっきりとはしない。

 世界中に散らばってはいるが、運よく見つけたとしても契約を結べることは稀である。

 よほど強い魔力や精霊と相性のいい波長の魔力を持った人間で精霊側からコンタクトを取に来るか、あるいは既に他の精霊と契約を結んでおり、その精霊から働きかけてもらうか? といった、面倒なプロセスが必要となる。


 一般的にそのように、全国に散らばっている精霊を野良精霊と呼んでいる。


 だが、それでは魔法使いになれるものは限られている。

 それでも、じわじわと魔法使いの数が増えているのは、精霊を継承するという儀式があってのことだ。


 魔法使いの家系では、親から子、あるいは祖父母から孫へ。

 もしくは、師匠から弟子へと、精霊を継承することが可能なのである。

 精霊は長寿……というよりほぼ不老不死の存在であるので、一旦契約を結んでしまえば未来永劫――契約者が死に、継承者が存在しなかった場合を除き――人間の力になってくれる。


 そうして魔法使いとなった人間は、各地を旅して野良妖精を探して新たな契約を結ぶというようなことでじわじわとではあるが、魔法使いの人数を増やして行っているのである。


 余談ではあるが、複数の精霊と契約を結んでいる者は、その全てを一人に継承させることも可能であるし、複数人に分けて継承させることもできる。

 それは、その人間の判断次第である。


「なるほど。

 で、じじいも魔法は一応使えたよな?

 それに、あのミリアだっけ。あいつも精霊と契約しているってことなのか?」


「いや、儂や、ミリアの場合はちと特殊じゃ。

 儂は基本的には普通の魔法使いと同じ方法で魔法を使っておったのじゃが、今は契約している精霊はおらぬ」


「でも、回復魔法が使えたじゃねーか?

 あと、あのエロいエンキーネとかいうねーちゃんも」


「魔族の場合は、自らが精霊のようなもんじゃからの。

 特に精霊との契約なしに魔法が使える。魔物もそうじゃ。大気中の魔素を取り込んで返還してブレスや魔法のような攻撃にして使用してくる。

 儂や、ミリアの場合はの……」


 とアズマは再び語り始めた。


 この世界の精霊は4属性。つまりは使える魔法の属性も4つということになる。

 しかし、それ以外にも魔法の種類は存在する。

 ひとつはアズマも使える聖属性。

 これは、生まれ持った才能か、神への忠誠を誓って修行を重ねた結果身に付くものである。アズマの場合は前者であり――勇者の特権ともいう――、聖剣ほーちゃんを手にすることで使用が可能となったものである。


 とくに神への忠誠も誓っておらず、回復魔法は水属性などでも存在し、また高位の魔法使いであるミリアも回復魔法の使い手であったために、アズマが使えるのは初級どまりではあるが、なかなかにしてレアな、さすがは勇者という力を持っているのであった。


 ミリアの場合はさらにレアケースな魔法使いである。

 彼女の使用するのは光属性。

 世界に数十人いるかいないかというレベルの稀さであり、さらにそれの才能を伸ばして実戦に耐えられるだけになれるものといえば、数百年に一人とかいう希少さであった。


 ミリア自身は己を『千年に一人の逸材』などとうそぶいているが、それは決して誇大表現ではななかった。

 アイドルに例えると、『橋本環奈』レヴェルであり――様々な意見はあるとは思うが――、スターダストグループ(ももクロ所属の事務所)でいえば、百年に一組の逸材である『ばってん少女隊』(←誰も知らないと思う)の10倍の価値があるのである。


 アズマはそんな最近のアイドル事情はもちろん知らない。

 タツロウは知っていたが、話に出しても流されるだろうと黙っていた。


 とにかく、光属性の使い手にどうやってなれるのか? というと、


「おそらくは神に愛されたもの……とした漠然とした言い方しかできんのじゃな。

 生まれ持って使用できるものもいるし、後天的に身に付くものもおる。

 じゃが、そのきっかけは解明されていない。

 親から子へ受け継がれるというようなものでもないのじゃ」


「聖剣の力でぱっと身についたりしないのかよ?」


『あのねえ、そんなに便利なもんじゃないってゆってあげて』


『まあまあ、ほーちゃん。タツロウが期待するのも無理はない。

 別にほーちゃんを貶めているわけじゃないのじゃから』


 とアズマはほーちゃんを宥めつつ、


「神というのがこの世界でどういう存在なのかはわからんがの。

 聖剣自体も神が遣わしたものじゃといわれとる。

 いわば、光属性と聖剣は兄弟、あるいは姉妹のようなものじゃろう。

 光属性の魔法が使えるからといって聖剣の持ち主になれるわけではないし、そのまた逆もしかりじゃ」


「なるほどね」


「で、最初の問いに戻る。

 かつての儂は、守護精霊と呼ばれるもっとも強大な力を持つ4大精霊と契約を結んでおった」


「それってすごいのか?」


「おそらくは、聖剣の持ち主にしか為し得んことじゃ。勇者にのみ与えられた権利のようなものじゃな。

 これから向かうのはそのうちの一人。火の守護精霊のところじゃ。

 可能であれば、そのままタツロウと契約をしてもらうことになるじゃろう。

 そうであれば、タツロウも魔法が使えるようになる。

 もし、儂としか契約できぬようなら、聖剣を譲り渡す時に一緒に精霊も継承させるということになるじゃろうが」


「ほう。どちらにしろ、最高の魔法の使い手に簡単になれるわけなんだな」


「もちろん、契約するだけではだめじゃぞ。

 魔法を操るためにはかなりの精神力を使用するからの。

 剣の道と同じく、修行が必要じゃ」


「かったるいな」


「そういう口をきくでない」


 かれこれ、夜も更け、二人は明日の旅立ちに備えて寝床に着くのであった。

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