第11話 極光

「ふふふ……ついに……ついに完成したわ……」


 明るいオレンジの髪のなびかせた女性が、魔導書や魔法陣でごった返す部屋の中で笑みを浮かべてた。


「これさえあれば。

 これが完成したからには。

 ようやくあたしの時代が訪れる……。

 はあ、長かった。苦節ウン十年。

 ふふふ。

 これで……、世界はあたしのもの。

 みてなさいよ。

 今まで馬鹿にしてきた人間を見返してやるんだから」


 誰も居ない室内で想いを全て口にすると、再びその女性は笑い出した。


「ふふふ」が「あはは」になり、「うひょひょひょひょ」になるのに時間はかからない。


「うひょひょひょひょひょ。

 は、あたしったらはしたない。

 うふふふふ……」




 ◇◆ ◇◆ ◇◆




「はああ、今度こそ旅かよ……」


 アズマ邸でタツロウが愚痴る。


「旅といっても最初の目的地はすぐそこじゃ。

 それに、騎士団との訓練にも飽きてきたと言っておったろうが」


「それなんだけどさ。

 じじいの腰はまた再発するかもしれない。

 俺も騎士団の連中と剣の稽古はしたけど、魔物を倒したわけじゃないからレベルも上がっていない。

 そんな状態で旅に出て大丈夫なのか?」


「心配するでない。ちゃんと考えがある」


『ほんとに大丈夫なの?』


『ほーちゃんまで……』


「ううむ……」


 とアズマは唸る。

 タツロウとほーちゃんの心配はもっともである。


 これからアズマが赴こうとしている地域はそれほど強力な魔物が出るわけでもないが、さりとて今現在のタツロウの手には余るであろう。

 アズマも実戦に不安があるのであれば、タツロウやほーちゃんが不安視するのもうなずける。


「ひとつはタツロウのレベルアップを兼ねてというところじゃの。

 魔物は徐々に強くなっていくから、コツコツ倒しながらレベルを上げていけば辿り着くころにはそこらの魔物は軽くいなせるようになっているはずじゃ」


「俺の今のレベルって7ぐらいだったっけ?」


「そうじゃ」


「で、目的地までの推奨レベルは?」


「まあ、10あればなんとかなるじゃろう」


「結構な自転車操業じゃねーか?」


「今は時間が惜しい。それにな……」


 アズマはもうひとつの保険を口にするかどうか逡巡した。

 それを言ってしまうのは勇者の矜持として情けなくもある。

 が、それを言わずにいるのもまた、卑怯な気がして、率直にぶっちゃけた。


「もしものことがないように、王が護衛を付けてくれるはずじゃ。

 もちろん、儂らに見つからないようにじゃろうがな。

 即死級の魔物に出会わん限りは、まあまずもって救援が間に合うじゃろう」


「ああ、こないだの……」


「セシロナが来るか他の人間になるかはわからんがの」


「それを頼るってのか? なんとも情けない話だぜ」


「頼らなくてよいように、儂らが頑張ればいいだけの話じゃ。

 それ。行くぞ」


 アズマは聖剣を背負い、立ち上がる。


「おいおい、支度はしなくていいのか?

 野営の準備とか? それともこれから買い出しってわけか?

 荷物持ちを期待してんならそれぐらい別の奴に……」


「心配ない。準備はできておる」




 剣と水筒だけという軽装で、アズマとタツロウは王都を出発した。

 目指すは近隣の街。交易都市としてかつては栄え、今はなんとなく寂れているただ人口がそれなりに居るだけの、なんの特徴もないフレギトスという街。

 そこが目的だ。


「あまり迂回はせぬ方向で、じゃが手近に魔物が居れば積極的に戦うことにするからの。微々たる経験値でも、数を稼げばレベルアップに繋がるというのが勇者の利点じゃ」


「戦うのは俺だろ?」


「出来る限りのサポートはするつもりじゃ。

 まあ、スライムやマジックマッシュルームに今更苦戦するわけでもあるまい」


「確かにな」


 その言葉通り、進行方向に魔物が居れば寄り道するぐらいの軽い気持ちでアズマとタツロウは進んでいく。


 さすがに、スライムとはいえ数十匹を一人で倒したタツロウである。

 数匹程度の魔物であれば、ノーダメージで仕留めていく。


「ほんとに護衛なんて居るのかよ?」


 後ろを振り返り、ついでに周囲を見渡しながら、タツロウがこぼす。


「なんじゃ? 不安になったのか?」


「そんなことはねーけどよ。

 こんなだだっ広い草原で、俺達に見つからずに後をつけているってのが信じられなくてな」


「おそらく護衛はセシロナだけではなく、第六騎士団が絡んでいるじゃろう」


「第六騎士団?」


「ああ、かつて儂が面白おかしくジャルク王に忍者の話をしたことがあってな」


「忍者ってあの忍者か? 忍びの?」


「そうじゃ」


「この世界にもいるのかよ。テンプレだな。

 どうせ、この大陸に東の方に和風な島国があるってことだな。

 なら、和食も食べられるってことか」


「残念じゃが、そんな国は存在せんよ。

 忍者だってこちらの世界にはおらぬ。

 そういうものが居ると儂が王に教えただけじゃ」


「それとその第六騎士団とどういう関係が?」


「ジャルク王が忍者をいたく気に入っての。

 まあまだ幼いころじゃったから、忍者の不思議な忍術やその性質に惹かれたんじゃろう。

 何度も何度も話をせがまれての。

 それからしばらく経った後に設立されたのが第六騎士団じゃ。

 名目上は騎士団なのじゃが、儂からすればどう考えても忍者部隊にしか思えん。

 また集められた人材が特殊な能力スキルを持つものばかりでの」


「実際に、組織化するところが幼稚というか可愛らしいというか恐ろしいというか。

 王様の権力を持った子供のお遊びってわけか」


「それがそうでもない。

 それまでも諜報部隊のようなものはおったが、それほど大きな組織では無かった。

 ジャルク王が指揮した忍者部隊、第六騎士団はその存在を隠しつつもこれまでに様々な活躍をしておる。

 もっともそれを知るのは限られた人間だけじゃがな」


「なるほど。

 じゃあ、俺達の護衛をしているのも忍者だってことか。

 ならうなずけるな。相手はいわば尾行のプロだ」


「そういうことじゃ」




 ほどなくして、辺りが夕闇に包まれる。


「そろそろ野営の準備をするかの。どれこの辺でいいじゃろう」


 とアズマが念じると、突如として小さなコテージが現れる。


「うお! なんだいきなり!」


「ふふふ、驚いたか」


「まあ、いきなりで驚いたが、そうだよな。

 マジックバッグ、あるいはアイテムボックスぐらいあってもおかしくないってことか」


「なんじゃ、知っておったか」


「薄々な。ついでに、料理なんかも冷めたり腐ることなく保存ができる機能があったら嬉しいんだが」


「ううむ。そこまで見抜かれているとは……」


 自分の力を誇示しよう……という意図ではなかったが、どちらというと快適な住環境ときちんとした食事をいきなり見せつけて、タツロウの意欲を上げようというサプライズであったがそれほど効果をあげずにアズマは内心で落胆する。


 とはいえ、それはそれで、タツロウが旅を嫌がることを防げているので結果としてはオーライである。


「で、このペースでいけば?」


「ああ明日の昼ごろには到着するじゃろう」


「かつての仲間のところを頼りに行くんだよな?」


「そうじゃ。王は王で討伐隊を組織して魔王城に攻め入る手はずを整えているらしいが、儂らもぼやぼやしているわけにもいかん。

 となれば、戦力が必要じゃ。

 まずは、火力、そして癒しの力も持った魔導師を引き入れる。

 その後で、各地の精霊に力を授かりに行くつもりじゃ」


「じじいの仲間ってことは、やっぱりそいつもじじいになってるんじゃねーのか?

 まあ、魔法使いなんだったら歳はあんまり関係ないのか」


「聞かれたら焼き殺されるぞ。そのかつての仲間というのは女性じゃからの」


「なんだ、ばーさんか。ぱっとしねえな。

 いくつぐらいなんだ?」


「女性に対して歳は聞けんかったから正確なところはわからんが、そうじゃのう、200は超えているじゃろうな」


「200? って……」


「じゃが、外見上は20歳を過ぎた頃じゃと思う」


「ああ、エルフっていうオチか」


「なんでも知っておるの」


「まあな。伊達にひきこもっていたわけじゃねーからな」


「自慢になっとらん」


「そうか、エルフのお姉さんか」


 タツロウは空想する。エルフといえば2タイプ。

 本来のエルフのように、細身でスレンダーなエルフか、誰かの需要を満たすために巨乳であるかの二択である。間はない。どちらであれいけるくちである。


『元気にしてるのかな?』


『まあ、あいつが元気ではないところなんて想像できんが、心配がないことはないな』


『ああ、最近は家に引きこもってるってことだったよね』


『それこそかつてのタツロウのようにな』


『なんだかアズマの役割って引きこもりの社会復帰係になっちゃってない』


『まあ、たまたまだとは思うがの』


 ほーちゃんにとっても思い出深い――あまりいい思い出ばかりでもないが――、光の魔術のスペシャリスト、『極光』との異名をつけられた、ミリア・エル・レイアット。


 アズマにとっても、ほーちゃんにとっても。

 前回の魔王討伐で共に戦い、文字通り寝食を共にし、言葉の意味通り命を支え合った仲間である。


 ほーちゃんは長き眠りについていたために、つい最近の出来事のように思えるのであるが、既にそれは何十年も前の話である。


 アズマも、魔王討伐直後は何度か顔を合わせたりしていたが、次第に疎遠になり、ここ数十年は連絡もとっていない。


 わざわざ会いに行くのは手間と時間がかかり、妙に恥ずかしくもあり、また手紙をしたためるというのもそれはそれで筆不精のアズマにはハードルが高かった。


 さらに言えば、魔王討伐から数年後ぐらいに、ミリアはぱったりと人前に姿を見せなくなったという。ひきニート生活の始まりである。


 気にはなったが、自分も行って拒まれたら……という想いが足を遠のかせていた。


 気にはなっていたので、今回、きちんとした目的と要件があって訪れることができるのはいい機会だと考えもしていた。


『ついて来てくれるかな? ミーちゃん』


『困っている人間が居ればほうっておけない性格は数十年経っても変わらんじゃろう。

 それに、魔王の存在を放置しておればいずれ自分の元にも被害が生じるじゃろうからな。論理的に考えても、あれだけの力を持つのじゃらか、さっさと儂とともに、あるいは単独ででも、魔王を倒したほうが効率的じゃということぐらいは理解してくれるじゃろうよ』


『単独?』


『まあ、そういうことにならんといいとは思うが、万一儂らの力が見限られたら、頼りにならんと、足手まといだと考えたらそれくらいのことはする奴じゃ。

 それも冷酷ではなく、冷静な判断をしたうえでのことじゃから、文句も言えん』


『でも、せっかくだから一緒にまた旅したね』


『ああ、儂もそう思う』




 翌日も、順調に戦闘を重ねつつ、距離を稼ぎ、タツロウのレベルも思っていたよりは上がり、多少手強くなったモンスターとの戦いも苦戦することなく――というか、タツロウはスキルのおかげでレベル以上の強さが発揮できていることが改めて確認できた――、日が暮れる前には目的地であるフレギトスの街に到着した。

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