7-3 狂気

「あっけないものだな、これがドイツの狼男と言われる男か」


 エリックは黒焦げとなったヴァラヴォルフを見て呟いた。


「しかししぶといな……これでまだ生きているとは」


 ヴァラヴォルフの体は心臓にならずにまだ残っている。

 それはつまりまだ息の根があるということに他ならない。


「すごい生命力ね、早いところトドメ刺したら?」

「ああ、そうするとしようか」


 エリックがヴァラヴォルフに止めを刺そうと手をかざした時だった。


「やめて!!! おおかみさんをいじめないで!!!」


 そう言って飛び出して来たのはメルルであった。


「おぉ? あれはもしや……千里眼のお姫様か?」


 メルルは黒焦げのヴァラヴォルフに駆け寄り、ヴァラヴォルフを庇うように2人の前に立ちふさがる。


「やめて! おおかみさんはわたしのおともだちなの!」

「ほう、画面越しで見るよりも随分と可愛らしいじゃないか」


 エリックはメルルを見ながら邪悪な笑みを浮かべた。


「大丈夫だよ、お兄さん達はその獣からお姫様を助けてあげようとしているんだからね」

「うそつき! おおかみさんをいじめたのはおまえらだ! はやくどっかいっちゃえ!!!」


「あら、随分嫌われたものねエリック」


 クスクスと笑うエリザ。


「チッ、すっかりこの獣に懐いてるようだな、まぁ無理やり少女を弄ぶというのもたまにはいいだろう」


 エリックは目の前で涙目になりながら自分を睨むメルルの髪を撫でるように触る。


「いい髪だ、お兄さんがたっぷり遊んであげよう」


 メルルの肩を掴むとそのままヴァラヴォルフの側から無理やり引き剥がし地面に押し倒すとその上に跨がるエリック。


「やだっ! やめて! はなしてよぉ!」

「ふふふ、すぐ終わるからねぇ」

「ハァ、ほんっと信じられない男ね」


 エリザは呆れながらヴァラヴォルフの方へと近づく。


「仕方ないわね、私がこいつにトドメを刺すとしましょうか」


 こうなったエリックはメルルで遊び飽きるまではトドメを刺そうとはしないだろう。

 仕方なくエリザはヴァラヴォルフのトドメを自分が刺すことにした。


「あなたも首をねじ切ってしまえば流石に死ぬんでしょ?」


 エリザはヴァラヴォルフの首をねじ切るのに自身の念動力の力を集中させた。



 その頃エリックはメルルの服の上から体を撫でまわし、まだ柔らかい頬を舐めながらその味を味わっていた。


「やだよぉ、きもちわるいよぉ」


 泣きながら必死に抵抗するメルルだが当然エリックに腕力では敵わない。


「んん、いい味だ、そろそろ他の味も確かめないとなぁ」

「いや! はなしてっ! はなしてよぉー!!!」


 エリックがメルルの服に手をかけたその時だった。


「その薄汚い手をどけろよくそロリコン野郎」

「──!?」


 エリックがその声に反応し後ろを振り向くと、そこにはさっきまで黒焦げで倒れていたヴァラヴォルフの姿があった。


「お、おおかみさん! たすけて! たすけておおかみさん!」

「なんでお前が……おいエリザなにやってる! 早くこの獣の動きをとめろ!!!」


 到底立ち上がれる状態ではなかったヴァラヴォルフにエリックは焦りを見せる。


(一体どうなっている……いや、しかしエリザの力で動きさえ止めてしまえばどうにでも……)


 しかしヴァラヴォルフの歩みは止まらない。


「なにをしている!!! 早くしろ!!!」

「やってるのよ……さっきから私の全力で動きを止めてるはずなのに全然止まらないの!!!」

「そ、そんなわけがあるか!!!」


 エリックが叫ぶのも無理はなかった。


(ふざけるなよ……ECSにこそ認定はされていないがエリザは間違いなくA級クラスの念動力者、彼女の念力が効かない相手などS級以外にいるわけが───)


「おい、どけって言ったのが聞こえなかったのか?」


 その時、エリックは先程までとは違うヴァラヴォルフの変化に気づいた。

 というよりは現在進行形で変化をしていっている。


 脚と腕だけを狼に変え、その早さを活かして敵を殺す。

 それがドイツの狼男と言われるヴァラヴォルフの能力だとばかりエリックは思っていた。

 しかし今目の前にいるそれは手足だけでなく体全体、そして顔に至るまで銀色の毛に覆われ、その姿はまさに狼そのもの。


 体全てを狼へと変化させるとヴァラヴォルフは最後に鋭い牙を生やし、完全な狼男へと変貌を遂げた。


「ふ、ふふふ、面白い、面白いぞ! だがいくら変身したところで僕が電気バリアをはってしまえばお前に僕は殺せない!!!」


 そういってエリックは自らの周囲に電気バリアをはった。

 バリアは虫一匹も通さない完璧なもの、触れればどんなものでも無事では済まない。

 まさに電気による完全防御。


 しかしヴァラヴォルフは怯むことなくエリックへと近づく。


 そしてエリックの目の前へと近づくとその腕をゆっくりと電気バリアへと入れた。


────バリッという音が鳴り、ヴァラヴォルフの腕はたちまち燃え上がり黒焦げになっていく。


「そ、そうさ! いくらお前がそんな変身したところで意味がないんだよ!!!」


 エリックは黒焦げになっていくヴァラヴォルフの腕を見て笑った。

 そしてバリアの内側からヴァラヴォルフに手をかざし稲妻を放つ準備をした。


 しかしここでエリックは気づいた。


────バチバチバチッ ジジジジッと鳴り続ける音。


(どうして音が止まない……)


 本来なら一瞬で触れたものを消し炭にしてしまうバリア、なぜそのバリアがまだ発動しているのか?

 エリックは嫌な予感にかられ、焼け焦げているはずのヴァラヴォルフの腕を見る。

 そこには電気によって肉を裂かれ、骨を焼かれ、本来なら無くなっているはずの腕が焼かれながらにして再生し続けている光景があった。


「なっ──」


 腕はそのまま無理やり電気バリアを通り抜け、中にいるエリックの首を掴んだ。


「がっ!? は、はなしてくれ」

「黙れ」


 グシャリとヴァラヴォルフは掴んだエリックの首を迷うことなく握り潰した。

 その血はヴァラヴォルフの銀色の毛を赤く染め、すぐ傍にいたメルルに降り注ぐ。


「大丈夫かメルル? 助けるの遅くなって悪かったな、怖い思いしたろ?」

「ううん、おおかみさんがたすけてくれるって思ってたからへいきだったよ!」

「あはは、そっかそっか」

「うん、えへへ」

 

 血に塗れながら笑い合う狼男と幼い少女。

 その光景を遠目で見ていたエリザは純粋に恐怖した。


 ここにくる以前から自分達も同じように人を殺しては平気で笑い合っていた。

 それは殺しが面白かったからだ。

 自分たちの能力に怯え逃げ惑う人間。

 そしてそれをいたぶりながら殺す楽しさ。


 しかし今目の前にいる2人は違う。


 ヴァラヴォルフとメルルは殺しを楽しんでいない、それどころか殺した人間に対して何も思っていない。

 その笑顔はまるで子どもと遊んであげている父親、そしてそれに対して心から喜んでいる子ども。


「狂ってる……」

「あぁ、そういえばもう一人いたんだった」


 思い出すようにエリザの方を振り向きゆっくりとエリザの方へと足を進めるヴァラヴォルフ。


「く、来るな!!!」


 エリザは自身の念動力でヴァラヴォルフを止めようとするがヴァラヴォルフには全くと言っていいほど効かない。


「やめて、お願い! 助けて! 私まだ死にたくない!!!」


 ヴァラヴォルフは止まらない。


「そうだ! 私も仲間に入れてよ! 私の能力ならきっとあなたたちの力になれるはずよ! だからお願い!!! なんでもするから!!!」

「あはは、そっかそっか」


 目の前に立ちふさがるヴァラヴォルフ。

 その目はまるで虫でも見るような冷たいものだった。

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