7-2 雷

 ヴァラヴォルフはメルルの力を使うか悩んだが結局自身の能力だけで敵を探すことにした。

 昨日の事を考えれば極力千里眼には頼りたくない。

 もちろん千里眼を使わない気はないが、まだゲームが始まって2日目、メルルの力は温存しておくことにした。


「微かだが匂うな……」

「ねぇおおかみさん? わたしの能力つかわないの?」

「メルルの能力使うのはもう少し後だな、人数が多い今なら俺の鼻でも充分だ」

「そっかぁ……」


 ヴァラヴォルフの役に立てず落ち込むメルルだったが、メルル自身はその能力の代償について把握できていない。

 千里眼は確かに便利だが極度の疲労、そして視力の低下を考えるとデメリットも大きい。

 なにより危険なのがその代償をメルル本人が理解していないことにある。


 このままいけば失明は免れないだろう。


「もう少し近付いてみるか」


 ヴァラヴォルフの嗅覚は並みの人間よりも遥かに優れているが、メルルの千里眼のように相手の動きや情報を正確に把握できるものではない。

 あくまでも匂いを嗅ぎ分けることしかできず、自身の目で視認しないことには目標を補足できないのだ。


 ヴァラヴォルフは匂いに導かれるように先へ進んだ。


(あと少し……)


 匂いはどんどん強くなっていく。


「匂いが3つ、いや2つか……つーことは戦闘中か……メルル、少しここで待ってな。一応千里眼の能力で周囲100メートルくらいは感知しとけよ」

「うん、わかった!」


 メルルの返事を聞くと背負っていたリュックをメルルに預け、ヴァラヴォルフは脚と腕を狼に変身させて地面を蹴りあげた。


(戦闘中なら好都合、簡単に不意をつけるぜ)


 木をスルスルと身軽に避けながらヴァラヴォルフは匂いの元へと向かう。

 そしてあっと言う間に戦闘中である2人の能力者の目の前へ飛び出した。


 右か左か。

 2人の姿を視認したヴァラヴォルフは即座にどちらを先に殺すか判断した。


「左だ!」


 ヴァラヴォルフは突然のことに明らかに戸惑っている左の男に狙いを定め、その男に突っ込んでいくとそままその首を引き裂いた。

 男は何が起きたかわからない表情をしていたが、自分に流れる血を見たかと思うとそのまま地面に倒れる。


「まずは1人」

 

 ヴァラヴォルフは首を引き裂いた男には目もくれず残されたもう1人の男へと突っ込む。

 その爪が男に届く寸前だった。


 バチンッという音に弾かれヴァラヴォルフは吹き飛ばされた。

 首を狙った右腕からは煙が出ており、灰色の毛が若干焦げている。


「けっ、やっぱ一筋縄じゃいかねぇようだな」

「ふん、汚らわしい獣ごときが僕に触れようとするなどおこがましい」

 

 ヴァラヴォルフは彼を知っていた。


「A級能力者のエリック・ジャスパーとお見受けするがいかがかな?」

「ふん、答える義理はないな」

「おっしゃるとおりで」


 エリック・ジャスパー、A級の能力者にして現在発見されている能力者の中で唯一の電気使い。


 エリックがヴァラヴォルフに手をかざすとそこが一瞬光り、稲妻が飛び出した。

 ヴァラヴォルフはすぐさま横に回避するがその稲妻はヴァラヴォルフの腕を捕らえ、そのまま消し炭にしてしまう。


「ふん、たかが獣が稲妻を避けることなどできるわけがなかろうに」

「へっ、少し掠っただけだろ、もうその早さにも慣れたよ」

「減らず口を」


 再びエリックはヴァラヴォルフに手をかざすと稲妻をヴァラヴォルフに向けて連射する。

 ヴァラヴォルフは得意のスピードでそれを避け続けるが、それでも全てを避けきることはできずに徐々に身体の一部を焦がしていく。


「ちっ」


 一旦距離を取り、体勢を整えるヴァラヴォルフ。


「どうした獣、逃げてばかりじゃこの僕は倒せないぞ」


(近付けない……最初に俺が突っ込んでいった時に腕を弾いたのはあいつが自分の周りに張っている電気のバリアだ……近付いて攻撃しようにもあのバリアがある限りこっちの攻撃は通らない……)


「さてと……どうすっかな……」


 A級との遭遇、それはヴァラヴォルフにとって予想外の事だった。

 しかしこの場から逃げるという選択肢はない。


(あの電気の力、範囲は分からないが恐らく人間の感知もできるだろうな……)


 確かに自分一人なら簡単に逃げれる。

 だがメルルを連れてとなると話は変わってくるのだ。


(ここで殺るしかねぇか……)


 右手はすでに失っている。

 残った武器は左手だけ。

 

 ヴァラヴォルフは片腕を地面につけ、4足歩行の動物のような格好となった。


「ふふ、なんだいそれは? 本当に君は獣だったようだな」

「はっ、なんとでもいいな」

 

 ヴァラヴォルフは地面につけた手足に全身の力を込める。

 すると地面にヒビが入り、ヴァラヴォルフを囲むように大地が震える。


「ほう、獣にしては中々──」


 直後、エリックの目の前からヴァラヴォルフは消えた。

 そして次に現れた瞬間にはエリックの喉元に左手の鋭い爪を突き立てる寸前だった。

 ヴァラヴォルフのスピードはエリックの反応速度を優に越え、ここに向かっていた時の数10倍の速度でエリックへの元へと現れたのだ。


(俺の勝ちだ)


 あとはこいつの喉を掻き切るだけ。

 ヴァラヴォルフはそのままエリックの首を引き裂いた。


 はずだった──。


(……うご……かねぇ……)


「ふふ、ふふふ、あははははっは、惜しかった、実に惜しかったよ!!!」


 ヴァラヴォルフの左手はエリックの喉元からピクリとも動こうとしない。


「ま……さ……か……」


「残念だったわね」


 そう言って木の陰から出てきたのは長い黒髪の女だった。


「君も気づいたかい? 彼女はECSにこそ発見されていないが強力な念動力者でね、私が君の存在に気づいた時から彼女は自分の匂いや発する音まで自身の念動力で消しておいたのだよ」


(クソ、完全にハメられた……最初に感じた3つの匂いは間違いじゃなかったのか……)


「君の連れている少女は千里眼のお姫様とやらだろ? 彼女の能力を使えば気付けたものを……全くなんてつまらない幕切れだ」


 身体はピクリとも動かない。

 自分の身体をここまで止めることができる能力者はおそらくA級クラスの力とヴァラヴォルフは判断する。


「ふふ、あの少女が君のなんなのかは知らないが君を殺した後にたっぷり楽しんであげるから安心したまえ、千里眼のお姫様は可愛いからなぁ、ふふ」


 そう言って舌なめずりをするエリック。 


「ク、クソ野郎が……」


「ちょっとエリックー、あんたそういう趣味なわけぇ?」

「そんなことはないよエリザ、でも僕は女性を平等に扱う主義だからね」

「ほんっとサイテーねぇ」

「なんとでも言うがいいさ、まぁなにはともあれさよならだ、獣にしてはよく頑張ったよ」


 エリックは頭上に手を掲げるとそのまま稲妻を空に向け放った。


「さぁこれが僕の最大の攻撃だ、一撃で消し炭になりたまえ」


 空が一瞬光ったかと思うとそれは落ちてきた。

 エリックが手から放っていたものよりも遥かに巨大な稲妻、それはもはや雷であった。

 雷はヴァラヴォルフの体を貫通して地面に突き刺さる。

 辺りには響く音は空気を振動させ、それはまさに轟音。


 あとに残ったのはヴァラヴォルフだったと思われる黒焦げの肉塊だけであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る