2-1 復讐の少女

 ゲーム開始から3時間。

 

 少女は森の中を走っていた。

 体力も限界を迎えそうだったが速度は緩めない。

 緩めればそれがそのまま死に繋がるのが分かっているからだ。

 追ってきているのはさっきまで仲間だった人間であった。



 ◇



 4時間前──


『アーニャさーん! アンナ・エヴァン・イリイーチさーん!』


 自分を呼ぶ声に真っ白に輝く髪の少女アーニャは目を覚ました。

 そこは何もない真っ暗な空間だった。


(そうか、ここが天国……)


 事前に知らされていた場所で目を覚ましたことにアーニャはまず安堵した。


『目覚められたようですね。このまま開始時間まで起きなかったらどうしようかとヒヤヒヤしましたよ』


 声の主はまだ声変わりがすんでいない少年のような声で安心しましたと口にする。


『僕の名前はガブリエル、あなたの担当になりました天使です。以後お見知り置きを』


 ガブリエルは落ち着いた口調で話す。


『それはそうとアンナ・エヴァン・イリイーチさんなんて呼びにくいですし、皆さんが呼ばれているようにアーニャさんでもいいですよね?』

「呼び方なんて好きにしたらいいわ、そんなことより今何時?」

『今は4時17分になったところですね』


 とういうことはあと43分もすればゲームが始まる。


『一応ゲームルールについて説明させていただきますね』

「ルールの方は分かっているからわざわざ口頭で伝える必要わないわ」

『そうですか、それは僕も助かります。無駄な労力は極力使いたくはないですからね。一応プリントは置いておきますので再度ルールの確認にでもお使いください』


 暗闇の中に光る紙を手に取り、聞かされていたルールと照らし合わせてみる。


「変わりないわね」

『そうですか、本当に飲み込みが早くて助かります。どうも他の参加者にはこのゲームの存在を知らないどころか自身の能力すら把握していない方もいらっしゃるみたいで担当の天使は気の毒ですねー』


 そんな奴もいるのかとアーニャは素直に驚いた。

 何故ならアーニャはこのゲームの参加者は全員なにかしらの思惑があって参加しているものだと思っていたし、そもそも自分の能力を知らないで生き残れるはずがないからだ。

 

(まぁどのみち私には関係ない……私は私の目的を果たせればそれでいいのだから……)





 それからまもなくゲームは始まり、アーニャは暗闇の空間から森の中へと場所を移した。

 もっと特別な森を想像していたアーニャだったがさほど人間界と変わっているようには見えない。

 強いて言えば空に浮かんでいる惑星が太陽だけでなく、視認出来るだけで他に4つは見えることくらいだろう。

 そんな風にアーニャが辺りを観察していると頭に声が響いてきた。


『アーニャちゃん聞こえるか? アーニャちゃんが一番近いみたいだ。今からそっちに向かうからそこでじっとしてな』


 分かったとだけ返事をしてアーニャは大きな木の根に腰を下ろした。


 ジャン・ロンバート、彼の能力は本名と顔を知っている人間の現在地を把握できることと、その相手とどんなに離れていても会話ができることである。

 チームはアーニャを含め4人。

 このジャンの能力でゲーム開始からなるべく早く集まることがゲーム開始後の最優先事項だった。

 

 初期配置は完全なランダムのため味方同士が運悪く離れてスタートしてしまったり、逆にたまたま近くになったりと様々な可能性が考えられるが、ジャンの能力を使えば最短で集まることができる。

 この森の正確な大きさは分からないが、事前の情報によると少なくとも端から端までは歩いて半日以上はかかるらしいので運悪く離れた場所からのスタートになってしまった場合は暫く一人で行動せざる負えない。

 そういった意味ではアーニャは運がよかったと言える。

 

 アーニャは周囲を警戒しつつ今後の事をぼんやりと考えていると、足音が近づいてきた。

 すぐに警戒モードに切り替えるが、「俺だ」という声を聞き警戒を解いた。


「案外近かったみたいね」


 最初の通信からはまだ30分ほどしか経っておらず、2人の距離的にはそこまで離れていなかったようだった。


「あぁ、運が良かったよ、まずは一安心てとこだな。ところで何か変わったことはなかったか?」


 短めの髪に金髪の背の高い男、ジャン・ロンバートは安堵の息を吐きながらアーニャに尋ねる。


「こっちは特になにも、そっちはどう?」

「こっちも特に何事もなかったよ」

「そう、それで次は誰のところに?」

「ここからだと2時間くらい歩いたところにリアンがいる、オリビアはかなり離れているから後回しだな」

「そう……」

「おいおい心配すんなって、オリビアなら大丈夫さ! それにアーニャに心配しないで私は大丈夫だからって伝えといてって言ってたぜ」

「別に心配なんかしてないわ」

「素直じゃねえなぁ、とりあえず他のチームも人数が集まるまでは早々に動いたりはしないだろうし今のうちに早く合流しちまおうぜ」

「わかってるわよ」


 アーニャ達はリアンがいるとされるところに歩き始めた。

 正確に言えばアーニャ自身にはリアンの場所もオリビアの場所も全く分からないのでジャンの後に付いて行っているだけなのだが。


「なぁアーニャちゃん、一つ聞いてもいいか?」

「なによ?」

「なんでこのゲームに参加したんだ?」

「別に理由なんて特にないわ」


 馴れ馴れしく接してくるジャンをアーニャは冷たくあしらう。


「そうかねぇ、ここに来る前のアーニャちゃん見てる限り何も理由がないようには見えねえんだよな」

「……」

「ほら俺らってリアンがゲームで有利になりそうな能力者見つけて声かけられたわけじゃんか、正直俺はそんな乗り気じゃなかったんだけどアーニャちゃん初めて見た時に思ったんだよ、この子は俺とは違ってこのゲームに何か特別な思いがあるってさ」

「なに、あなたの能力って相手に話しかけるだけじゃなくて頭の中まで覗けちゃうわけ?」

「ハハッ、確かにそんな能力もあるのかもな」

「別に面白い話じゃないわよ?」

「いいさ別に、ただ気になることは聞いておかないとスッキリしない性格なだけだ」


 まぁ別に隠すほどのことでもないしねと、告げて自分の目的を話した。


「……私はね、このゲームに参加してるはずのある男を殺したいだけよ」

「復讐か」

「ええ」

「……元カレかなんか?」

「あなたその軽口いい加減に閉めないと殺すわよ」

「ちょ、ちょっと待って、冗談だってば」


 本気で焦りながらごめんごめんと謝ってくるが、こいつの軽口は一度死なないと閉じない気がするとアーニャは思った。


「……両親を殺されたのよ」

「……」

「まだ小さかった頃の話だけれど今でも鮮明に覚えているわ。真っ赤な髪に、両親の死体の前で笑うあの悪魔のような口元。そして目の中に映る十字架、あの男は確実にこの世界に来てるはず……だから……」

「目の中に映る十字架って言えば……そりゃあ……」

「そうよ、あなたの想像してる通り、【十字架を背負う者達】の1人よ」


 十字架を背負う者達、その単語を聞いた瞬間ジャンは動揺し始めた。


「おいおい、アーニャちゃん、いくらアーニャちゃんでもあいつら相手じゃ勝ち目ないって、化物の中でもさらにその上をいく化物集団だぜ」

「あら、やけに詳しそうじゃない、あいつらについて何か知ってるの?」

「い、いや、そういうわけじゃないけどよ」


 ジャンの表情は十字架を背負う者達の話が出てから明らかに変わっていた。


(ジャンが何か知っている?)


 今まで馬鹿馬鹿しくて想像もしたことはなかったアーニャだったがこの動揺具合を見過ごすわけにはいかなかった。


「ねぇ、もし何か知っているのなら今すぐに──」


 アーニャの言葉を遮断したのは火山の噴火のような突然の爆発音だった。

 ジャンとアーニャは同時にその音の方へ視線を向けた。


「な、なによあれ……」


 爆発音のした方からは山火事でも起きたかのように煙が立ち昇っている。


「ジャン、あれっていったい──」

「おい嘘だろ……まさか……」

「……ジャン?」


 ジャンはこっちに言葉は届いていないようで、顔を白くさせている。

 そしてハッと気づいたように叫んだ。


「おいリアン!!! 答えろリアン!!! おい!!!! くそっ!!!」

「もしかしてあそこ……」 

「ああ、あの爆発はリアンのいる方だ、急ぐぞアーニャちゃん!!!」

 

 2人は爆心地の方角に向けて急いだ。

 そこに何が待っているかも知らずに。

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