PARTⅣの9(42) 新生への決戦

「オホホホホ、なかなかやりますね。お見事。でも、これからが本番です。


 私は今から、まず地球を、それから宇宙を私の中に呑みこむ最終作業を開始します。


 それらは私の中心に触れた時、無に帰すでしょう。


 このバベルの塔は倒れることが決してありません。さあ、止められるものなら止めてごらんなさい」


 いきなり塔の壁や底が消え始めた。てっぺんの円い輪がそれらを全て吸収しながら大きくなって行った。


 吸収を完了した輪は天に向かって更にどんどん大きくなりながら光の速度で舞い上がり、新月の周囲に自らを嵌めた。


 夜空に金環食のようなものが出現した。そして内側の黒い部分が死宮しきゅう=ブラックホールとなってどんどん大きくなりながら地球を引き寄せはじめた。


 塔が消えたために、世界は真っ暗になった。


マザーコンピューター兼パワージェネレーターはすぐに2号の体から草色の光を出させて周囲を明るくした。


 謡は地面に立ち、倒れたままのトミと凍結したままの三百六十二人は地面に転がっていた。


 地面は以前の金ゾンビや石油ゾンビの攻撃でデコボコになっていた。


 死宮に向かってグングン引き寄せられて行く地球の上で、岩彦は謡に向かって叫んだ。


「今からみんなの解凍作業と、トミさんの意識回復作業を行いたい。


トミさんは魔法陣には絶対に欠かせないだから。しかし、トミさんの意識を回復させても、こんな地面じゃ魔法陣は描けない。


 どうしたらいいか、一緒に考えてくれ」


 謡は深呼吸して眼を閉じた。心の奥からアイディアが浮かび出た。


「岩彦さん、かべさんは来てる? 大きくなってもらって、うつぶせに寝てもらえば ・・・」


 岩彦の耳に飛び込んだその言葉はネットワークを経由して作戦に参加している全ての妖怪に聞こえた。


「ここにいるぞ~。任せとけ~」

 

 低い声が返ってきた。すぐに天狗達が塗り壁を運んで飛んで来た。


 妖怪マザーコンピューター兼パワージェネレーターは塗り壁を巨大化し、


 彼は音を立て荒れた地面にうつぶせに寝そべって、地面に響く低音で言った。


「じゃ、いつでも描いてくれ~。くすぐったくないようにね。あ、これ、冗談だからね、気にしないで~」


 宇宙空間の雲外鏡の凹面鏡はマザーコンピューター兼パワージェネレーターのコントロールのもとに、


 金ゾンビを消滅させたのに比べたらはるかに弱い、


 それでいて凍結している人間達を蘇らせるために必要十分な光線を凍結している三百六十二人に次々に浴びせ、彼らはどんどん蘇った。


 彼ら全員が蘇った時、ブラックホールの入り口はかなり迫っていた。


 塗り壁の広く四角い背中の上には既に十二芒星じゅうにぼうせいの魔法陣が描かれていた。


 岩彦はまず最初に大浜キャロラインと森野泉をよみがえらせて天狗達にぬり壁の背中に運ばせ、


 あらかじめ用意しておいたラインマーカーを渡して、十二芒星を描く作業を進行させておいたのだった。


 謡は、十二芒星の中心から見て頂点の一つが真北に位置するように指示した。


 マザーコンピューター兼パワージェネレーターとリンクしている大浜と森野は迷わず正確に図形を描いて行き、人間達が半分ほど蘇ったころには、手頃な大きさの十二芒星がきれいに正確に描き終えられていた。


 天狗達によって塗り壁の上に連れて来てもらって待機していた十二匹の河童達が、十二の頂点に立った。


 岩彦が意識不明のまま眼を閉じてぐったりしているトミを十二芒星の中心に運んだ。


 岩彦はマザーコンピューター兼パワージェネレーターのサポートのもとに魔法陣を作動させ、


尻子玉しりこだまを抜くことのできる河童達の能力を座敷わらしパワーで一時的に進化させた。


 それでもってトミの魂を生きたまま外に抜き出させ、その中心で凍結しているであろう彼女の中の子供を蘇らせてから魂ごとトミの中に戻そうとしているのだった。


 凍結を解除された一徹が脇に控え、固唾を呑んで見守った。


 岩彦はマザーコンピューター兼パワージェネレーターから送られてきた呪文を声に出し始めた。


「カンナカタカムナ カムナカンナガラ カンナカタカムナ カムナカンナガラ 


 コノモノノタマシイヲトリイダシ アタタメ モトニモドシタマエ」


 十二芒星の魔法陣は塗り壁の背中で時計回りにグルグル回り始め、河童達は緑の光の塊となって中心に向かって飛んだ。


 それらは一つに凝縮ぎょうしゅくしながら融合ゆうごうして緑色の、人のそれと同じくらいの大きさの手になって、


トミの下腹部を透過とうかして体内に入って行き、直径十センチほどのたましいを取り出した。


 マザーコンピューター兼パワージェネレーターは岩彦の手の平を経由してエネルギーを送って、


 トミの魂を直径一.五メートルほどに拡大して、空間に浮かばせた。


 魂は本来はピンク色や青色に透き通っているのだが、彼女のそれはほぼ真っ黒だった。


 岩彦が霊視すると、中心に凍え、痩せて息もたえだえな内なる子どもがインナーチャイルド封印されているのが見えた。それは岩彦には座敷わらしの姿として見えた。


 ネットワークを通じてそれは全ての妖怪達に、そして全ての人間達の心の眼にも見えた。


 マザーコンピューター兼パワージェネレーターが人間達ともリンクを張って、ワイヤレスネットワークに迎えいれていたのだ。


 謡は激しい苦痛と冷たさと孤独感と、言葉にならない叫び、目に見えない涙を感じてその場にうずくまった。


「大丈夫か?」

 岩彦は叫んだ。


「謡さんはこっちに任せて、君はトミさんの方を ・・・」


 マザーコンピューター兼パワージェネレーターはそう指示し、謡にいやしのエネルギーを送り始めた。


 宇宙空間の雲外鏡の凹面鏡はトミの魂に向かって太陽光線を送りはじめた。


 ほぼ真っ黒だった彼女の魂が徐々に透き通りはじめた。


 謡は癒しのエネルギーを送られているにもかかわらず、苦痛と寒さと孤独感はすぐには緩和しなかった。彼女はうずくまったままそれらに耐え続けた。


 彼女は癒しのエネルギーが自分を経由してトミの内なる子どもインナーチャイルドに送られていくのを感じていた。


 その苦痛と寒さと孤独感がトミの内なる子どもインナーチャイルド=座敷わらしエネルギーのもので、今自分がそれらを無境界むきょうかいに感じているんだということも。


 そしてそれらは徐々に緩和していった。


 ついにトミの魂は一点の曇りもなく透き通り、内なる子どもインナーチャイルドも白い健康そうなボディを回復した。


マザーコンピューター兼パワージェネレーターはトミの魂を元の大きさに戻した。


 岩彦がマザーコンピューター兼パワージェネレーターから送られてきた新しい呪文を唱えると、十二芒星の魔法陣は反時計回りにグルグル回り始め、


 緑の手はトミの魂を彼女の口から体内に戻し、十二に別れてそれぞれのもといた頂点の上に行って河童の姿に戻り、


岩彦が呪文を唱え終わると十二芒星は静止した。


 トミは眼を開いて立ちあがった。一徹が走り寄って彼女の両の手を取った。トミは乙女おとめのように顔を赤らめながら、震える声で言った。


「一徹さん ・・・」

「トミさん ・・・」


 一徹も声を震わせながら彼女の名を呼んだ。両の手を通じて、言葉を超えた甘く切なくそして熱い想いが通い合っていた。人間達は一斉いっせいに拍手した。


 ヒカリがトミに、

「ぼくのこと見えるよね、おばあちゃん」

 と声をかけた。


「え、ああ、見えるわよ。でも、おばあちゃんって? あ、あんた、もしかして、ヒカリ?」

 

 トミはびっくりして尋ねた。


「悪いけどそこまでにしてくれ。もう時間がない。


 ここから先は、人間の出番だ。君達に地球とすべての命の運命がかかっているんだ。みんな、頼んだぞ」


 マザーコンピューター兼パワージェネレーターの声が響いた。人間達は現実に立ちかえり、「おー!!!」と一斉に気勢を上げた。


 地球は、もうそれを呑みこむのに十分すぎるほど大きくふくらんだ死宮口にかなり近づいていた。

 

 謡のリーダーシップのもとに人間達は動き始めた。


 まず、謡は大浜キャロラインと森野泉に指示して十二芒星の外側に二重に円を描いてもらった。


 そして二つの円の上の、中心から見て真北のポイントにマークを入れてもらい、


 そこを起点に、時計の一時から十一時までの各ポイントを描く要領であと十一のマークを入れてもらった。


 人員の配置が始まった。謡はまず、2号の入ったリュックを背負ったヒカリを十二芒星の中心に、真北に向かって立たせた。


「ヒカリが顔を向けている、真北の十二芒星の頂点が山羊座の一徹さんの立ち位置です。


 どうぞ、そこに立って、ヒカリのいる中心に顔と体を向けて下さい ・・・ そうです。


 あと十一個の頂点には、中心から見て半時計周りに、山羊座に続く星座順で並びます。


 名前を呼ばれた人は速やかに頂点に移動して、ヒカリを見て立って下さい。


 では、


 奏さん ・・・ 田川小枝子さん ・・・ 森野泉さん ・・・ おとうさん ・・・ 大浜さん ・・・ 


 トミおばあちゃん ・・・ 私 ・・・ 田川浩一郎さん ・・・ 森野春樹さん ・・・ おかあさん ・・・ 山岡さん ・・・ 



 じゃ、みなさん、対向の位置にそれぞれのペアの相手がいるか、確認して下さい ・・・ オーケーですね。じゃあ ・・・」


 謡は続いて、楽天人以来行動を共にしていた人間達から十二芒星の頂点に立っている十二人を除いた残りの八十八人を配置した。


「内側の円の、真北から反時計まわりに、〇時の位置と十一時の位置の間がこの八十八人のグループの中の山羊座の八人の立ち位置ゾーンです。


 そして反時計まわりに、


 十一時と十時の間が水瓶座の七人のゾーン、


 十時と九時の間が魚座の七人のゾーン、


 以下同様です。


 同じ星座の人達は、反時計まわりに、誕生日順に、等間隔に、ゾーン内に並んで、中心を見ながら立って下さい。


 山羊座ゾーンから順に、


 八人、七人、七人、

 八人、七人、七人、

 八人、七人、七人、

 八人、七人、七人、


と立つことになります。じゃあ ・・・」


 八十八人はさっと移動した。


 マザーコンピューター兼パワージェネレーターとリンクしているので、みんな迷わず正確に各々の立ち位置に立つことができた。


 最後に、外側の円の上に立つ残りの二百六十四人の配置に取りかかった。


「では、このグループは、外側の円のそれぞれのゾーンに、やはり誕生日順に、反時計まわりに、等間隔で立って下さい。


 ゾーンは内側の円と同じパターンです。山羊座ゾーンから順に、反時計まわりに、ちょうど二十二人ずつ並ぶはずです」


 彼らも速やかに正確にそれぞれのポジションについた。


 地球は今正に死宮口にすっぽり呑みこまれようとしていた。


「呪文はなんでしょう?」

 謡はマザーコンピューター兼パワージェネレーターに尋ねた。


「それは、心に浮かぶままに ・・・」



 マザーコンピューター兼パワージェネレーターはそう答えた時、地球が死宮口から内部に吸い込まれた。


 謡は目を閉じ、心の奥から溢れ出るままに言霊を発し始めた。


 魔法陣よ、回り給え。回って我らを新しい太陽に変え、虚無を照らし、凍えし命の子の片割れを暖め、我らの座敷わらしと一つに統べさしめよ。


 魔法陣は反時計周りに回転し始めた。


 それは回転速度を速め、三百六十五人を白い光に変えていった。


 十二芒星の外側の二つの円からまず二つの球が、続いてもう二つの球が、


 巨大に膨らみながら舞い上がった。


 最初の二つは地の宮、風の宮、それぞれ八十八人の化身した地と風の球、


 次の二つは火の宮、水の宮、それぞれ八十八人の化身した火と水の球だった。


 まず地の球と風の球が接して巨大な無限記号を形造り、


 続いて火の宮水の宮が接して同様の巨大な無限記号を形造り、


 それらはいったん立体の88を形成したのち、


 十文字に重なって回転し始め、一つの更に超巨大な球になった。


 そして、回転していた十二芒星上の光が球となって、


 巨大に膨らみながら大きくなって、


 先に地風火水四つの球が合体して形成された超巨大な球と同じ大きさにまで膨らみ、


 そしてそれら超巨大な二つの球は一つに重なって、更に超巨大な球、即ち本物の″″の子宮となって死宮の虚無の空間を解消かいしょうした。


 死宮口の外周の金の輪も融合して子宮の一部となって消えていた。


 子宮の中心でもう一人の座敷わらしは活き活きと蘇って、ヒカリと融合し


 全宇宙に、赤ん坊のうぶ声がこだました。


 赤ん坊は新しい太陽の外に飛び出した。


 それは青い天体に姿を変え、新しい地球が現出した。



 魔法陣が静止した。


 人間達は塗り壁の上のそれぞれのポジションに立っていた。


 中心にいたはずのヒカリと2号は消えていた。


 夜だったはずなのに、太陽が青い大空の真ん中で輝いていた。


 瓦礫がれきの間の小さな地面に季節外れの黄色いタンポポの花が一つ咲いていた ・・・。


 みんなは生まれたての新しい地球の上にいた。

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