PARTⅣの4(37) 森野夫妻の和解

35 和解


 一行は富士五湖のもっとも奥に位置する本栖湖の湖畔にあるKS観光のホテルに到着した。ホテルはガラ空きだった。


 田川と一徹は早速支配人に交渉し、一徹は聖川社長に電話して「宿泊料の支払いは月末に自分が一括払いする」ということで話をつけた。


 一同はそれぞれの部屋にチェックインした。


 神戸岩彦は人間の姿でホテルに宿泊し、残りの護衛の天狗達は例の青木が原の草原のあたりで待機することとなった。


 チェックインを済ませたあと、ホテルの一室では森野夫妻が話していた。


「ねえ泉、この三日間、機動隊や、高速でのタンクローリーやヘリや、酒呑童子の御殿での黒い化け物のために、何度も死にそうな目にったよね」


 と春樹は切り出した。


「ええ」


「これから先もまた死にそうな目に遭うかもしれない。そうなった場合、助かると言う保証はない。だから、今のうちに君とちゃんと話したいと思った」


 泉には彼が何を話したいのかよくわかっていた。


「実は私も同じように考えていたのよ ・・・ あなた、聞きたいんだけど、ユララって娘と浮気した? 


もしかして、あの娘が店をやめてからも会ってた?」


「それを気にしてたのか、やっぱり ・・・。いや、浮気なんか一切してないよ。


 あのユララってやつは顔は可愛いし、態度も可愛いけど、そういうのを武器に男から金をせしめようとしているとんでもない奴だったんだ。


 で、確かにぼくは甘えられて鼻をのばしていた時もあったし、実はね、飲みに連れて行ってくれって言われて、君に内緒で一度飲んだことがあったんだよ」


「え、そうだったの!」


「ご、ごめん。でも、その時、どういう女か気づいたんだよ。


 カウンターで一緒に飲んでたら、酔った振りして肩を寄せてしなだれかかってきて『あたしを援助して下さい』って俺の耳元でささやいたんだ」


「で、どうしたのよ?」


「もちろん断って、金を払ってさっさと店を出て、新村を呼び出して飲みなおしてから帰った」


 新村と言うのは春樹の学生時代の親友だった。泉ももちろん面識があった。


「ああ、あなたが新村さんと飲んでたって言ってた、あの時ね?」


「そう。その後すぐにユララは店を辞め、それっきり会ってもないし、連絡も来ない。もちろん、ぼくからしたこともない」


「そうだったの・・・」


「ああ、ご免、ずっと自分から言い出せなくて。もっと早く言うべきだった。でも、


 ぼくがきみにプロポーズした時に、君が、


『いいわ。一緒にパン屋をやってくれるなら、結婚しても ・・・』


 と愛じゃなくて目的の共有を理由に答えたのが、結婚してからもずっと引っかかっていて。君、ぼくの前に付き合ってる人がいたんだろ? 」


「知ってたの? 」


「プロポーズした時の君の答えを聞いてそんな気がして、それでもいいと思って結婚した。好きだったから。


 結婚してからは、君が韓流ドラマを観たため息をついているのを見て、『前の男のことでも考えてるのかな?』なんてしょちゅう思っていた」


「そうだったの?」


「ああ。それで、新村と飲みなおした時にユララのことを話したら、あいつ、


『浮いた話一つなかったお前にもそういうことが起こるんだな。最近じゃそこそこ金を持ってるからな。


 しかし、心配するなよ、泉さんにも浮いた話はなかったわけじゃないようだから』


 と、慰めるつもりだったんだろうけど、言い出したんだよ」


「・・・」


「新村が一緒に仕事をした人の一人が君と同じA大学の出身で、年も君と同じだったので、


 君のことを知ってるかって聞いたら、相手がこう答えたそうなんだ。


『知ってますよ。彼女、ラクビー部の奴と付き合っていて、そいつR石油に就職後しばらくして海外赴任ふにんになって。


 なんでも二年間は赴任先の中東にいるって話で、帰ったら結婚しようって約束してたそうなんです。


 でも、そいつ、赴任先で石油王の一族に気に入られて、その結果二年が五年に延びて、それでも一時帰国してきたんで、


彼女が【結婚して私も中東に連れて行って】と言ったら、そいつ、


【いいけど、でも実はつい最近石油王の一族の女性と婚約してしまって。でも、向こうは一夫多妻だから。


 君さえよければ、結婚して向こうでリッチに暮らそう、もちろんぼくが一番好きなのは君だから】


 って答えたそうで。


 彼女はそいつが本気で好きだったから、


【そんな ・・・ ほかにも奥さんがいるような結婚じゃいや。でも好きだから ・・・ ほかに奥さんがいてもやっぱり結婚した方がいいのかな ・・・   


 いやよ、やっぱりそんなの ・・・ ああ、一体どうしたらいいのかしら ・・・】


葛藤かっとうし、結論が出ないうちにそいつが中東へ戻ることになって、


【じゃあ、結婚する気になったら連絡して。迎えに来るから】と言って去り、


そのあとも彼女は葛藤し続けていたようですが、結局別の人とこっちで結婚したようです』


 って」


「その通りよ。ご免なさい、そのことを言わなくて。


 確かに私はその彼に対する思いが残っていたから、あなたのプロポーズに対してああいう風に答えたわ。


 でも、あなたと暮らすうちに、事業のパートナーというだけでなく、だんだんあなたが本当に好きになっていって。


 それでその彼のことは完全に忘れようと決心して、そんなころに妊娠して、そしてユララさんのことがあって。


 私、嫉妬したのよ、妊娠してたから必要以上に感情的になっていたのかもしれないけれど、でも、今考えればあの嫉妬は本物だった。


 にもかかわらず、私は嫉妬なんかしてないと自分に言い聞かせて、あなたとぶつかることを避けて、仕事と韓流ドラマに逃げ込んできたのよ。


 バカでしょ?」


「バカなのはぼくの方だよ。ぼくの方から早く言い出せばよかった」

「きょう、言ってくれたじゃないの。ありがとう」


「それはぼくも同じ気持ちだよ。過去のことはもういいじゃない?


 これからは理解し合って、本当に愛し合って生きて行こうよ。お互い同士や子供を、家族を大事にして。


 それがなかったら、それを指しおいたら、事業もお金儲けもなんの意味もない」


「ええ」

 二人は手を取り合って見詰め合った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る