PARTⅢの5(23) ナイスコンビな一徹と岩彦 

 先ほど神戸岩彦が「奴ら、俺たちのざっと二倍の人数はいそうだな」と言って、ほとんどの者が恐怖におののいた時、


 磐船一徹は冷静に善後策を考えはじめ、もう一人冷静な顔をしている神戸岩彦に向かって言った。


「出て行く選択肢がないとすれば、ここに立てこもるか、脱出するかしかない。岩彦さん、わしの思うにあんたはただものじゃないな」


「ええ、まあ」

「あんた、天狗さんだろ?」


「わかりますか?」

 岩彦は認めた。


「その高い鼻と顔を見てそんな気がしたんだよ」


「実は、彼はカンベさんという人ではなく、カノトイワビコという奥多摩を拠点にしている天狗なんです」

 ヒカリがフォローを入れた。


「それで、あんたの神通力で強硬突破できる可能性はあるかね?」


「向こうにも妖怪めいたものがバックについているので、俺にも読めない不測の事態が起こりかねないように思います。


 俺が全員を守りながら同時に相手に攻撃をしかけることはできません。


 逃げおおせるのは数人程度で、あとは殺られてしまう可能性が高いように思います」


「では、神通力を別の方面に使ってもらえんかね?」

 そう言って一徹は彼の考えを披露した。


「わしはこの家を建てた大崎理一郎のことをいろいろ調べて知ってるんだが、


 実は昭和の時代に彼をテロの標的にした軍人たちの供述書きょうじゅつしょというのを彼の関係の本で読んだことがあってね。


 昭和二十年代の本で今は絶版ぜっぱんになって久しい本なんだが、それによれば、


 大崎さんを殺そうとした軍人たちはこの邸宅ていたくを取り囲んで、


 その中のリーダー格が正面からドアを叩いて『陸軍参謀本部りくぐんさんぼうほんぶから緊急きんきゅう伝令でんれいで来ました』と取り次ぎを頼んだ。


 ややあって婆やが出てきてドアを開けたので一斉に踏み込んで、大崎を殺そうと思ってこの結構広い家の中をくまなく探した。


 だが、彼はみつからず、やむなく撤収てっしゅうしたそうなんだ」


「ほう ・・・」


「そこまで読んだらたいていの人は思うんじゃないかな。隠し部屋か秘密の地下道があったんじゃないかって。


 その本の著者も、『用心深い大崎は邸宅を新築した際に恐らく隠し部屋か秘密の地下道を用意しておいたのであろう』と書いていた。


 それで、岩彦さん、あんたにこの建物の地下の部分がどうなっているか、見てもらえないだろうか」


「やってみましょう」


 神戸岩彦は床下を中心に建物の中を透視してみた。


「地下室が二つあって、奥の地下室の壁の向こうに地下道がありますね」

「地下室には降りられるのかな?」


厨房ちゅうぼうの奥から降りられるようです」

「逃げられるかな?」


「大丈夫でしょう。みなさんの携帯電話は灯りにも使えましたよね?」


 この質問には大浜が、

「ええ」

 と答えた。


 神戸岩彦はヒカリのところへ行ってちょっと打ち合わせしてから、みんなに向かって静かな声で言った。


「じゃあ、その灯りをいつでも使えるようにしておいて下さい。


 この部屋の照明を消しカーテンも降ろして中の様子がわからないようにして、


 そのあと二列になって暗い中を地下道に向かって歩きます。いいですね?」


 みなは一斉に頷いた。


「では、正面と両脇の窓のところに、外からは見えないようにして一人ずつ行って待機してもらって、


 残りの人はやはり外から見えないようにかがんで二列縦隊にれつじゅうたいを作って下さい。


 謡さん、外から悟られないように照明のスイッチのところに行って待機して下さい」


「はい」


 岩彦はみんなに言った。


「地下道へは俺が先導します。


 俺の合図で謡さんが照明を消したら、カーテン担当はカーテンで窓を覆い、それが済んだら灯りのある人はつけて、


 みんなで俺について歩きだして下さい。


 カーテン担当と謡さんは列のうしろからついて来て下さい。


 いいですね?」


 みなはうなずいた。岩彦はカーテン担当を選んで配置につかせ、謡も配置につき、残りの者はかがんで列を作った。


 謡と一緒にヒカリも灯りのスイッチのところで待機した。


 岩彦が合図を出した。


 謡は照明を消し、カーテン担当はカーテンで窓を覆い、


 列を作った人達は天狗のあとについて歩きだし、謡とヒカリもカーテン担当もあとについて歩きだした。


 謡も携帯を灯りにして歩き出したが、途中でヒカリが2号の入ったリュックを背負ってないことに気付き、


「リュック、椅子にかけたままじゃ?」

 と言った。


 ヒカリは、

「岩彦さんと打ち合わせて、あのまま置いてきたんだよ。あとで岩彦さんが回収してくれるから」

 と答えた。


 地下に降りると古い家具やベッドや大きな壺などが雑多におかれた地下室があり、その奥にまたドアがあった。


 それを開けると中は書庫になっていて、携帯の灯りで照らすと左右に整然と並んだ書棚に古い本が並んでいた。


 神戸岩彦は奥の壁際に設置されている書棚に歩み寄って、ほこりだらけの大きな英語の本を取り出し、


 その本のあった隙間に手を伸ばして壁を押すと、その部分が壁に引っ込んだ。


「これで開くはずだ」


 岩彦は英語の本を元に戻して書棚の脇に行き、隣の書棚との間の壁を押した。


 壁は左右に回転しながら開き、その向こうは地下道になっていた。


「さあ、みんな中に入って進んで。俺は残っていったん隠し扉をしめ、ちょっと一仕事したあと、すぐに追いつくから」


 みんなが地下道に入るのを見送った岩彦は扉をしめ、真っ暗な中、一階の厨房まで戻って店の様子を伺った。


 暗くても彼の眼には全てが見えるのだった。


 しばらくしてガラスが割れて何かが炸裂し、そのあと機動隊が乱入する物音が響き、草色の光が店内にほとばしるのが見えた。


 岩彦は静かになった店内にさっと入り、2号の入った水色のリュックを手に取ってみんなのあとを追った。

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