PARTⅢの4(22) 水色リュックのマジック

 謡達はびっくりして目覚めた人達を見まわした。田川浩一郎がみなを代表する形で尋ねた。


「謡さん、みなさん、ここはどこです? 何があったんでしょう?」


 謡はここがどこかみんなに説明し、そして言った。


「どうやらみなさんのカードがみなさんの姿に、代りに皆さんがカードになってたようなんです。


 それで、みなさんの姿になったカード達が、カードになったみなさんをポケットやサイフなんかに入れて、


 武器を手に押しかけて来てこの店を占拠し、あたしたちを殺そうとしたんです。


 でも、ここにいるヒカリ君のリュックの中から出た光を浴びて元に戻ったんです」


 それを聞いた田川達沢山の男女は「うそ」「信じられない」「ありえない」などと口々に言った。


「本当なんです。みなさん、ここに何故、どうやって来たか、覚えてないですよね?」


 彼らはみなうなずいた。粟乃もまだ半分寝ぼけているような表情をして床に座り込んだまま呟いた。


「あたし、家で掃除をしている時に急に『ATMに行かなきゃ』って何故か思って、


 それでカードを持ってコンビニのATMに行ったところまでは覚えているんだけど ・・・」 


「とにかく、みなさんになりすましたカード達が持ってやって来て、あたし達を殺そうとしたんです。


 覚えてないのは、みなさんがカードに変えられていたからです」


 一同はまだ半信半疑だった。

 謡はみなにここに来る以前の記憶を尋ねた。


 その結果、まずわかったのは、


 みな例外なくパソコンかATMでカードを使って買い物や現金の引き出し・送金などをしていて金の光を浴び、


 そのあとの記憶はなにやら悪夢を見ている感じだったということだった。


 更に突っ込んで記憶を手繰ってもらうと、彼らが共通に見た悪夢は、


 沢山の零がおどろおどろしく迫ってきて、


 孫悟空の輪っかのように頭にハマってきた零がギリギリ締め付けてきたり、チェーン状に連なって鞭打ったり手足を縛って引き回したり転ばしたり首を絞めたりしてくる、


 そんな拷問のようなことが延々と続く悪夢だった。


 記憶を手繰たぐっているうちにみなは謡に言われたことが事実だと思うようになってきた。四十台と思われる美しい女性が言った。


「金の光とか、カードとか ・・・ どうやら私達、お金の魔力にやられたみたいね、謡ちゃん」

 

 謡はその人の顔を見た。見覚えはなかったが、何故か胸がうずいた。


――え、この人、なんであたしのことを『謡ちゃん』なんて?


 相手の女性はフーと深呼吸してから言葉を続けた。


「あなたがもの心ついてからは、初めましてね、私、銀金しろがねレイ子と言います。あなたの母親です」


「え?」

 謡はきょとんとして相手を見た。


 その顔は確かに自分と似ているように思えた。


「まさかこんな風に会うなんて、思ってもみなかったけど」

「・・・」

 謡は言葉に詰まった。


 その時突然、建物の向こうから拡声器かくせいきを通じた大きな声が響いた。


「こちらは機動隊です。このレストランは包囲されています。五分以内に武器を捨てて出てきなさい。


 繰り返します、こちらは機動隊です。このレストランは包囲されています。五分以内に全員武器を捨てて出てきなさい」


 窓際にいる者が外の様子を伺って、

「本当だ、包囲されてる」

 とみなに向かって言った。


 先ほど解放された人達が警察に通報したのだろうと、中の人間達は思った。


 神戸岩彦は窓のところに進み出て外を見て、


「あいつら、頭に金のコウモリがいてる。出て行ったら、その場でみんな撃ち殺されるだろう」


 とみんなに聞こえるように大きな声で断言だんげんした。


それを聞いたヒカリも、

「岩彦さんの判断は正しいと思うよ」

 とうなずいた。


「機動隊員達は金のコウモリに頭に取り憑かれて操られているということなんだね?」


 一徹が尋ねると岩彦は頷き、そして一徹に向かって、みんなに聞こえるような声で言った。


「人間の姿をしたカード達に俺達を殺させ、そのあとでそいつらをカードに戻し、カードになっていたみんなは元の人間の姿に戻して凶悪殺人犯に仕立てる。


 そして、解放された人達の通報で駆け付けてきた機動隊員に金のコウモリを取り憑かせて、その凶悪殺人犯全員を撃ち殺させる。


 そんな段取りだったんじゃないですかね?


 そうは問屋が卸さなかったけれど、機動隊員達に俺たち全員を撃ち殺させれば同じことで。


 奴ら、俺たちのざっと二倍の人数はいそうですね」


  一同はガヤガヤし出した。ほとんどの者が恐怖におののいていた。



 三分してレストランの電気が消え、中が真っ暗になった。


 機動隊の隊長は部下に指示して暗視スコープで中を見させたが、窓にはカーテンが降ろされていて、中の様子はうかがえないとのことだった。


「悪あがきしても、所詮は袋のねずみだ」

 うつろな目をした隊長はつぶやいた。


 五分が経過した。隊長は時計でそれを確認し、同様の目をした部下に拡声器で建物の中の者達に最後通牒さいごつうちょうを突きつけるように指示した。


「五分が経ちました。これが最後のチャンスです。一分以内に全員武器を捨て、手を上げて出てきなさい。出てこない場合には実力行使に訴えます」


 更に一分が経過したが、建物からは誰も出てこなかった。


 隊長は攻撃指令を発した。三人の機動隊員達が催眠さいるいガス弾を建物の窓めがけて一斉に発射した。


 弾はガラスを砕きカーテンを突き破って中に入り、炸裂して催眠ガスを振り撒いた。効果はすぐに出るはずだった。


 隊長はおもむろに次の指令を発した。

「突入」


 銃を持った三十人ほどの隊員達が雪崩なだれを打ってドアからレストラン内に突入した。


 金のコウモリに操られた彼らは床に倒れている者たち全員を射殺するつもりだった。


 しかし、中には誰もいなかった。まるで神隠しにでもあったかのように ・・・。


 残っているのは、壁際の広いテーブルの椅子の一つの背にかかった水色のリュックだけだった。


 隊員達は吸い寄せられるようにリュックにゆっくりと近づき始めた。


 突然、リュックの中から草色の光がほとばしり出て、それを浴びた機動隊員達は次々と床に倒れ込んだ。


 草色の光を浴びた金のコウモリたちは力を失って空にかき消えた。神戸岩彦が姿を現してリュックを手に取り、再び姿を消した。

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