PARTⅡの9(17) 天狗な予感

 謡の携帯が鳴った。


「あ、謡さん、電車で会った田川です。今、大浜キャロラインさんと一緒です」

 謡はびっくりした。


「え、ほんとに?」

「そうです」


「今、どこですか?」

「奥多摩の、屏風岩展望台です」


 謡は以前そこで自殺者が出たニュースを見たことを思い出した。


「え、そこって、まさか?」

「そうです。そのまさかのために来たんですが、でも、とりあえずは大丈夫ですから」


「それならホッとしました。でも、前から知り合いだったんですか?


「いいや、別々に来たんです。そしたら偶然出会って、二人ともあなたが知り合いだということがわかったもんで」


「ありがとうございます。すみませんが大浜さんに替わっていただけますか?」


 大浜が電話に出た。

「ああよかった、山岡さんと一緒に心配してたんですよ」

「ごめんなさい」


「山岡さん、すごい心配してて、昨日の晩に石原さんの卑怯ひきょうな態度を怒ってぶん殴って、警察に捕まっちゃったんですよ」


「え ・・・ 私のために ・・・」

「そうなんです。でも、大丈夫です、今朝には釈放されて、一週間の謹慎処分で済みましたから」


「どうしよう、私のせいで ・・・。謝らなきゃ、山岡さん、今、一緒なの?」


「いいえ。でもすぐにその電話にかけるように言いますから、一旦切って、ちょっと待ってて下さい」


「わかったわ」

 謡はすぐに山岡に電話して、状況を伝えた。


「今から一緒に迎えに行きましょう。番号を教えますから、すぐかけて、大浜さんに『みんなで迎えに行く』と伝えて下さい」


「わかった。ありがとう」


 少しして、山岡から電話が来た。


「キャロとは話がついた。今から二時間後に奥多摩駅で落ち合うことになった。田川さんも一緒に山を下りてくれることになったから」


「よかったです」


「で、今、実家に戻ってたんだけど、近くのレンタカー屋でRV車を借りたから、君も二時間後に奥多摩駅に来てくれるか?」


「了解です」

  

 謡は奏とヒカリのことを話し、「一緒に連れていってもいいですか?」と尋ねて了解を得た。


「ヒカリ君って座敷わらしの子だろ。会って話もできるなんて、ちょっとワクワクするな」

 山岡はそう言った。


 謡が奏とリュックを背負ったヒカリと一緒に奥多摩駅の改札口を出ると、もうRV車に乗った山岡が到着していた。


 車から降りて来た山岡に、謡はヒカリを紹介した。


「ヒカリ君です。見えますか?」

「ああ、ちゃんと見えるよ」


「こんにちは」

 ヒカリは山岡にペコリと挨拶した。山岡は尋ねた。


「きのうの晩、留置場に出てきてくれたよね。あれ、夢だったの? それとも現実?」


「ぼくは夢の中にも、現実の中にも姿を現すことができるんだよ。きのうは、現実の方に姿を現したんだけど、夢みたいに感じてたでしょ?」


「そうだね。でも現実だったということは、なんか夢と現実の境界がすごく曖昧に思えてきた ・・・」


「それがほんとかも。夢と言えばどちらも夢、現実と言えばどちらも現実 ・・・」


 ヒカリは子供の姿にはそぐわない、謎めいた微笑を浮かべながら答えた。


 しばらくして、田川に付き添われた大浜キャロラインも無事に到着し、謡と山岡を見て安心したのか、フラッと倒れそうになった。


 それを山岡が慌てて抱きとめた。


「すみません。疲れが出ちゃって」

 大浜も山岡の肩に手をまわし、二人は抱き合っている形になった。


「いいんだよ。それより、本当に心配してたんだぞ。君が死んだらぼくも生きちゃいられないんだから」


 山岡は真顔で言った。彼の気持ちを知っている謡は『これって、告白だ』と思った。


 大浜は嬉しそうに、

「ごめんなさい」

 と涙を流して応じ、


 そして初めてヒカリの存在に気付いた。


「あなたは?」

「ぼく、ヒカリだよ。よろしく」


 ヒカリはペコリと頭を下げた。大浜はヒカルに向かって、

「私、あなたに会ったことある。ええと ・・・」


「ほら、記者会見の最後に、おねえさんが倒れる前に抱きついたんだよ」


「え? ああ・・・。 でも、あれは夢じゃなかったってことよね、全て ・・・ ということは、あなたが私に抱きついてきたのも ・・・」


 彼女は病院で目ざめた時、記者会見のことは″夢″だと思っていた。


 そして、その″夢″の最後に「死にます」と行った途端に胸がひどく苦しくなり、


 その直後に白い服を来たおかっぱの子供が自分に抱きついてきて、


 そのあと胸の痛みがスッと消えたのを今ヒカリに会って思い出したのだった。


 みなにそのことを話すと、謡は、

「大浜さんは金のコウモリに操られてあの記者会見をしたんです。


 で、本当は最後に心臓を停められてしまうはずだったんですけど、それをヒカリが助けたんです」 

 と説明し、頭に取り憑いて人間を操る金のコウモリとその所業について時系列順じけいれつじゅんに詳しく話し、


「全部、本当のことなんです」


 としめくくった。


「そうだったの。私はなんで自分があんなことしでかしたのかさっぱりわからなかったけど、話を聞いてやっとに落ちたわ。ヒカリ君、守ってくれてありがとう」

 大浜はそう言って、大浜はヒカリの頬にキスした。ヒカリは照れくさそうに喜んだ。


山岡は大浜に尋ねた。

「どうする? しばらくどこかに身をひそめたい?」


「ええ。でもその前に、事務所に行きたいんです」

「事務所って、クレッシェンドのこと?」


「ええ。私、決めたんです。テレビの世界から身を引こうって」

「そうか」


 山岡は引き留めようとは思わなかった。謡も同様だった。


「ええ。それで、善は急げで、これからまっすぐに行って、社長と話をつけようと思って」

「わかった」


 話を聞いていた田川が大浜に尋ねた。

「あの、クレッシェンドって、もしかして表参道のオフィス・クレッシェンドのことですか?」


「そうです」

「だったら、ぼくも連れて行って下さい。会いたい人間がいるんです」


「わかりました。ね、山岡さん?」

「ああ。これも何かの縁だ、よし、みんなで乗り込もう」


 3ナンバーの黒いRV車の座席は三列あって、天井の高い車内はゆったりしていた。


助手席に大浜が、二列目の座席に奏、謡、田川が座って、山岡の運転で発進した。謡の膝にはヒカリが座っていた。


 都心へ向かう車の中で、大浜キャロラインは山岡に語る形でみんなに、病院でのことを話した。


「朝病院で目が覚めたらマネージャーが病室に来たので、『私どうしてこんなところに?』と聞いたら、『覚えてないの?』と言うので、


『ええ』と答えたら、詳しく話してくれました。


 それで、『ああ、そう言えば、そんな夢を見ていたような ・・・』と言ったら、


『全部本当にあったことだよ。君は夢遊病状態であんな記者会見を開いたのか?』と言われたんです。


『そうかもしれません』って答えたら、『君、もしかして何かドラッグでもやってるのか?』と言うので、


『そんなこと、絶対にやっていません』と答えたんです。


 一人になって、ああほんとにあんな記者会見をやらかしちゃったんだって思ったら死にたい気分になって、それで病院を抜け出して、


 学生時代に行ったこともあり、前からニュースで自殺があったことも知っていたあの場所へ行って飛び降りようとしたら、


 すんでのところで田川さんに引き留められたんです」


「きょう屏風岩に行ったのも金のコウモリに操られてそうしたって可能性はないのかな?」


 奏が呟くように言うと、ヒカリが答えた。


「きょうはあいつらに操られて死に行ったわけじゃないと思うよ。


 ほら、人間には死にたい時も、やけになったりする時もあるでしょ、生きてたら? そういうことだと思うよ」


「なるほど」


 謡は電車で会った時の田川の憔悴しきった表情を思い出して、彼に尋ねた。


「田川さんは、もしかして、やっぱり死のうと思って屏風岩に行ったんですか?」


「そうなんですよ、実は」

「なんで、死のうなんて?」


「ああ、それは大浜さんには山を降りながら話したんですが ・・・」

 田川はそのことを詳しく話した。


「それで、小枝子がオフィス・クレッシェンドに就職して、ぼくと正式に離婚したいので、その話で日曜に会いたいという伝言を聞いた時、


 絶望して酒をあおり、起きたら死のうと思ったんです。


 別居してから自分の本当の気持ちがわかって、できればよりを戻したいと思いながら、


 なんのアプローチもできずに酒に逃げているうちに、向こうから『正式に離婚の話をしたい』と言われて、


 情けない自分にほとほと愛想がつきて、もう生きて行く意味がないって思いこんで」


「一つ聞きたいんですけど、田川さんの話ではオフィス・クレッシェンドには小枝子さんが勤めてるんでしたよね」


「ええ」

「じゃ、さっきそこに会いたい人間がいるって言ったのは彼女のことなんですね」


「そうです。これも大浜さんと山岡さんのおかげです」


「どういうことですか?」山岡が尋ねた。


「なんというか、山岡さんと大浜さんみたいには行かないかもしれないけど、


さっき抱き合っているお二人を見て、死ぬよりも小枝子に会いたいと思ったんです」


「・・・」


 山岡は肩を赤らめた。大浜もそうだった。それは謡と奏にも伝染した。

田川は続けた。


「結果はどうでもいいんです。もう多分手遅れだろうけど、とにかく最後に彼女に素直なぼくの本当の気持ちを伝えておきたいって、そう思ったんです」


「それがいいと思うな」

 ヒカリが言った。みんなもうなずいた。


 RV車は外苑で高速を降り、表参道に向かって走った。山岡が「ところで、キャロさ ・・・」と大浜に言った。


「なんですか?」

「クレッシェンドって先々月、それまでの初代社長が会長になって、二代目が社長に就任したって聞いてるけど、その社長って、ヤバくネー?」


 山岡がおどけた若い女の子しゃべりで言うと、大浜も、


「そうなんですヨォネー。でも、言うしかないですヨォネー」

 と苦笑しながら応じた。


「なんです、その、ヨォネーって?」


 謡が問うと山岡は「会えばわかりますヨォネー」と答え、大浜も「そういうことですヨォネー」と受けた。


――なんじゃ、これってさっぱりわけがわからない。とにかく会えばわかるってことか。


 それにしても、山岡さんと大浜さん、息がピッタリだ。なんかけるな~ 


 そう思いながら謡は奏の横顔を見ると、偶然というか、奏も謡を見た。


 目と目が合った二人は互いに微笑み合った。われ知らず頬がちょっと熱くなった。そして謡は始めて気付いた。


――あたし、この人に気があるかも ・・・

 

 山道を走って行くと、前方右手の山肌の斜面に鳥居と石段が見えて来た。ヒカリは山岡に、


「ちょっとあの神社の前で停めて」

 と頼んだ。


 車を停めると彼は謡と奏に「一緒に来て」と言った。


 三人で長い石段を登ると、社があった。その扉の上には大きな天狗てんぐの面がかかっていた。


「そこでちょっと、待ってて」  

 ヒカリは社の中に入って、少しして戻ってきた。


「もしかして、天狗と話してたの?」

 謡が尋ねた。


「まあね ・・・。さあ、行こう」

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