* 4 *

 昇降口で靴を履き替えて、東階段から2階へ上り、校舎西端にある教室へ向かう最中。


 ぶしつけな視線が、刺さる。


 廊下の隅で、ドアが開けっぱなしのクラスの中で。

 所々で学生たちが、面白半分に、驚きの口調で、ざわめき合う。

「マジで!?」

「森井くんが?」

 自分のことを話題に乗せる生徒たちに気を留めず、2年1組のクラスを目指す。


 わずらわしい。


「寄ると触ると、噂好きだな」

 吐き捨てるように言ったのは、隣を歩く北上。無表情を装っているが、みみざわりな騒々しさに苛ついているみたいだ。

 目がわっている。

 昨日の今朝で、この広がりよう。どこまで波及しているのか、考えるだけで渋面になる。

「人気者同士だから、仕方ない」

 北上の我関せずな物言いに、唖然あぜんとなる。


 それかっ?!

 そこなのか?

 ――違うんじゃないのか。


「うざい……」

 本音がこぼれる。

「放っておけ。そのうち、奴らも熱が冷めるだろうから」

 事も無げに断言する北上を、胡乱うろんげな目で見る。


 そんなに簡単だろうか。

 他人事だからって、楽観視してないか。

 むしろ、この状況を面白がっているんじゃないだろうか。


 右隣から正面に目線を戻したら、突進する勢いでこっちに向かってくる女子と目が合った。

 猪突猛進ちょとつもうしん――その4文字が脳内を占領する。

 毛先がカールしたツインテールと、大きな黒縁の眼鏡が印象強い。

 オレの前で立ち止まった生徒は思ったより小さかった。

 名本さんよりも背が低いだろうか。

「森井くん。千秋ちゃんを振ったの、なんで?」

 あまりの威勢に、北上が目を丸くしている。

 食ってかかるような早口。


 何で? ……って…何だ、その聞き方。

 その前に――。


 誰だ、アンタ。


 同じクラスの人間じゃない。見覚えのない顔。

 小作りな見た目に反して、居丈高いたけだかでデカイ。声も、態度も。

 初対面のはずなのに。

「千秋ちゃんに聞いたら森井くんに聞いてって言われたの」

「は!?」

 一息で言う相手に、反射的に返す。


 高橋さんに聞いたら?

 オレに聞いて?


「ねぇ、なんで? どうして?」

 ぐい、と身体ごと詰め寄って、小学生のような見てくれの生徒は、声高こわだかにせっつく。

 彼女の顔を見れば、何としてでも聞き出す、という強い意思が表れていた。引き下がるつもりは毛頭もうとうないらしい。

「……ご想像に任せます」

 口許を笑みの形にゆがめ、吐き捨てるように言う。

 肩透かしを食っただろう、目を丸くしてオレを凝視する。答えてもらえる、と思い込んでいたらしい。

 向こうから何か言われる前に、足早に女子生徒の横をすり抜けた。

「やるな、高橋千秋。意趣いしゅがえし、か」

 称賛するような、面白そうな北上の声を放置して、1組の教室に逃げ込む。

 ドアを閉めて、大きく溜め息をつく。


 朝から、こんなに疲れるとは……。


「おはよう。朝から、大騒ぎだね」

「あぁ…まあ、ね」

 いたわる響きを帯びた小谷野の声に、眉根を寄せながら返す。疲弊しきって、話すのも億劫おっくうだ。

 教室の真ん中より後ろの自分の席まで歩き、左肩にかけていた鞄を机の上に投げるように置く。

「朝から、ピリピリしていますねぇ」

「大きなお世話だ」

 離れた所から飛んできた言葉を邪険に扱ってから、声の主を認知した。

 気が抜けた語調。

 急いで相手を探して、すぐ見つけた。

 窓際、一番後ろ。米倉さんが座る席の前に立つ名本さんの瞳が大きく開いていた。

 名本さんにかける言葉を探していたら、

「ごめんねぇ」

 申し訳なさそうに先に謝られた。


 違う……謝るのは、名本さんじゃないのに。


 伝えたいことを先に言われて、言葉が出なくなる。

 心苦しい。

 何より、隣の米倉さんの視線がかなり鋭い。

「――」

 口を開いた瞬間。

 勢いよくドアが開き、半眼はんがんになった北上が不機嫌な足取りで中に入る。

「森井。お前、俺を締め出しただろう」

「…悪い」

 確かに、入ってすぐ閉めた。噂好きな奴らをシャットアウトしたくて。

 自分の行動を思い返したら、自然と言葉が滑り落ちた。


 順番が違う。まず謝らないといけないのは、名本さん。

 北上は、二の次でよかったのに……。


 名本さんにびを入れようと意を決したら、今度は前の戸が開く。

「チャイム鳴るぞー。ホームルーム始めるぞ、席に着けー」

 室内に姿を現せた担任の台詞に、同級生たちが自分の席に座る。名本さんも、席に移動していた。


 また、邪魔された。

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