第12話

* 45 *

 昨日からの雨が、霧のように降り続く。細かな雨のせいで街並みがけぶって見える。

 駅から高校に向かう道すがら見上げた空は、グレーだらけでほの暗い。濃淡のある雲が幾重にも折り重なり、取り囲むみたいに四方に広がっていた。

 昨日と同じような空模様に、げんなりする。梅雨に入ったばかりなのに。


 同じ制服姿のほとんどいない通学路を、脇目も振らずに突き進む。


 昇降口にある傘立てのわずかな隙間に濡れた傘を差し込んでから、下駄箱に向かう。

「おはよう」

 靴を履き替えていると、北上の声がした。

 顔を向けると、特別棟の方から歩いてきたのか、そちらに背を向けて立つ北上の姿がある。

 妙に時間が気になって、スマートフォンの画面を確認する。

 ホームルーム開始の5分前。

「おはよう。こんな時間にどうしたの?」

 意外な時間に珍しい人物の姿を発見して問いかけると、北上は足を止めた。

「職員室に用があった」

 そう答えて、北上は律儀にオレのことを待っている。


 ――なるほど。


 北上の答えに納得しつつ上履きに替えて、その場から離れる。朝のホームルーム直前で人影の少ない1階の廊下を北上と並んで歩く。

「ひとつ確認したいんだが、」

「何?」

「今朝も名本夕香が教室にいないんだけど、何か知っているか?」

 思いもしない質問に、横を歩く男を唖然と見つめる。

 昨日の米倉さんと同じようなことを、今度は北上が訊いていた。その場にいたのに。

「何で、オレに聞く?」

「最近、休み時間も教室にいないし…」

 オレの疑問を無視して続ける北上に非難の目を向ける。


 ――だから、何故オレに聞く。


「知るわけないだろ。米倉さんでもないのに」

 一度くらいはやり込めたい。

 いつも人を食ったような態度の北上に、そんな野望がもたげた直後、飄々ひょうひょうとした彼の妹の顔が浮かぶ。

「そう言えば、隆子ちゃんと清香ちゃんは元気?」

 思い立ったが吉日。

 何げない口ぶりを装い、北上に投げかける。

「…元気。勉強を教えている」

 眉間に皺を寄せて、不本意そうに低く告げる。

「2人に?」

「そう。2人まとめて」

「優しいね、お兄さん」

「うるさい。母親に頼まれたんだよ。うちの高校を受けるから、って」

 オレの言葉に、北上は苦虫を噛みつぶしたような面持ちでぞんざいに話す。

「へぇ…」

 そんなことを嬉々と言った彼の妹たちが思い浮かぶ。そして、北上は自分の母親の頼みごとを引き受けるところは、ちゃんとお兄ちゃんのようだ。


 校舎西側の階段を上っていると、チャイムが鳴り出した。

 2階に着いた北上が先に教室に入る。

「まだ名本はいないのか」

 その呟きで、オレも室内に入ってすぐ名本さんの机を見る。

 確かに、そこだけぽっかりと空いていた。

「遅刻か? ……まさか、噂のせいか」

 ぶつぶつと自問自答をしているかのように呟く北上は、米倉さんと思考がよく似ている。


 ……こいつまで、噂が原因だろう、とか言うんじゃないのか。


「本当に何か知らないか、森井」

「しつこい」

 こっちを振り返った北上に短い言葉をぶつける。

「最近、名本と仲がいいからな」

 にやりと人の悪い笑みを見せる北上。


 ――早々に、やり返されたらしい。


「チャイム鳴ったぞ。席に着けー」

 担任教師の登場で、北上とのやり取りから解放されることに本気で安堵した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る