* 22 *

 頭を叩かれる感覚に、意識を取り戻す。

「…痛い」

 机にうつぶせで眠ってしまったらしい。上半身を起こしながら、右横に立つ人影に目を向ける。

 丸めた教科書を持ったまま佇む北上が、呆れた眼差しでオレを見据えていた。

 文字通り、叩き起こされたようだ。

「痛いんだけど」

「朝から寝っぱなしのお前が悪い。試験も近いのに」

 苦情を伝えたオレを、北上が非難する。

 確かに北上の言う通り。だけど、ろくに寝ていないから、座っていると睡魔が襲ってくるからしょうがない。


 ――今、何時限目くらいだろう。


 クラス内がざわついているということは、休み時間のはず。

 1時限の数学の授業は、うっすらと記憶にある。どれくらい寝ていたんだろう。

「……で、何?」

 基本、他人の行動に頓着とんちゃくをしない北上。そんな彼が、わざわざ起こすのだから、何か理由があるはず。

 それを確認するために、問いかけた。

「呼んでる」

 北上は教室の後ろの戸を指して、短く告げる。釣られて視線を向けると、こちらをじっと見つめる女子がいた。


 面倒臭い。

 心の中で呟く。


「そう」

 大息おおいきと一緒に吐き出しながら立ち上がり、ドアの方へ足を運ぶ。

 間近で見ても、面識のない人だ。

 白いシャツの上にキャメル色のカーディガンをざっくり着た女子は、くっきりとした双眸そうぼうと艶やかで肉厚な唇が目を引く。

 ネクタイをゆるめて、泰然たいぜんと構える姿から、上級生だろうと予測した。

「森井くん。話があるんだけど……」

「何でしょう?」

 女子生徒の言葉の腰を折る。続く内容が、聞かなくてもわかったから。


 ――また、か。


「ここじゃあ…ちょっと……」

 そう言うと思った。

 だから、促すように言い直す。

「オレは気にしないので、どうぞ」

 オレの発言でめんらった先輩は目をむいていた。

 開いた口がふさがらないらしい。

 いちいち、人のいない場所に呼び出されても、移動する労力が無駄むだになるだけ。

 次の日には噂になるんだったら、誰に見られていてもいいだろう。むしろ、これだけ外野がいやがいたら、流言りゅうげんくらいは減るんじゃないだろうか。

 意味のないことを考えるのは、現実逃避したいから。


 ………色々と、鬱陶うっとうしい。


「人前で話せない内容ですか?」

 眼前で突っ立ったままの先輩を、めた目で見下ろす。

 校内ですれ違ったくらいは、あるのかも知れない。オレの名前を知ってはいるが、話したことなどない。

 もちろん、オレは向こうの名前も知らない。

 オレ自身のことを何も知らないのに、好きだと言う。

 お互い何も知らないのに、どう好きになれるのか。

 全く理解できない。

「ここで話すことがないなら、失礼します」

 無言のまま立ち尽くす女子生徒に申し出て、彼女の脇を通り抜けて、A組の教室から離れた。

 2階の渡り廊下を通って、隣接する校舎に移動すると、そのまま階段をくだって保健室を目指す。


 ――うんざり、だ。


 あのまま教室にいたら、冨永たちの冷やかしの的になる。

 くしゃくしゃしているのに、みずから火に油をそそぐようなものだ。

 だから、保健室に避難することにした。眠いし、静かな所でひと眠りしたい。

 保健室の前で止まり、静かに扉を開ける。

「失礼します」

 室内に入ると、養護教諭の中年女性が椅子に腰かけたまま、こちらを見た。

「どうしたの?」

「頭が痛いので、休ませて下さい」

 適当な理由を持ち出した。

「どうぞ」

 事務的に答える先生に一礼して、部屋の奥にあるベッドまで歩いていく。

 学生がいなくて、ホッとしながら、奥のベッドに横になる。


 開いた窓から入る風が気持ちいい。


 目を閉じると、意識が朦朧もうろうとしてくる。

 ふと、名本さんの不思議そうな表情がまぶたの裏に浮かぶ。


 ――さっきのやり取りを聞かれていただろうか。

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