第6話

* 20 *

 ゆっくりと。

 意識が浮上ふじょうする感覚がする。


 遠くを走る救急車のサイレンが、まくを張ったように聞こえる。

 スッとまぶたを押し上げると、カーテンがけっぱなしの窓越しに月が見えた。

 高い位置に、白い月。


 ぼんやりと滲む淡い光は、暗闇の中では目にみる。

 枕元にあるスマホの電源キーを押して、画面を表示する。

 2時15分。

 ディスプレイの明るさが目に痛くて、すぐ画面をオフにした。


 ………寝つけない。


 スマホを元の位置に戻して、南の窓側に寝返りを打つ。

 視界に入る、月。


 心のうちに浮かび上がる、夜桜。

 空に浮かぶ月のような、淡々しい白がぼんやりと広がる。

 暗がりの中、ぽっとともる。


 ――花明り。

 

 そぞろに名本さんの笑い顔を思い出す。ふわっと、周りが明るくなるような表情。

 ごろりと、逆方向に身体の向きを変えた。


 ――眠れない。




 かすかに聞こえる物音で、覚醒かくせいした。

 頭が微かに重たい気がするのは、寝不足が原因。

 ドキドキして、寝つけなかった。


 制服に着替えて、1階に下りる。そのまま階段横の洗面所で顔を洗ってから、台所に行く。

「おはよう」

 流しで洗いものをしている母に挨拶をした。

「あらっ。早いのね。どうしたの?」

 こちらを振り向いて、目を丸くした母に訊かれた。

「早く目が覚めたから、学校に行って勉強しようと思って」

 適当な口実を告げる。

 寝不足だなんて言ったら、何を言われるか、わからない。


 朝から、小言なんて冗談じゃない。

 心配性なのか、干渉かんしょうなのか。

 いい加減、迷惑。……子どもじゃないんだから。


「おかずできているから、食べて行きなさい」

 オレの心の内を知らない母は、オレの言葉を鵜呑うのみにしたようだ。

「はい」

 食欲が湧かないが、母親らしい言葉に神妙しんみょうに頷く。

「ほら、好きなだけよそって」

 手渡された茶碗に、いつもより軽くご飯をって、台所のテーブルの定位置に座る。

 オレの前に、ベーコンエッグを乗せた皿が置かれた。

 ゆっくりと食べ始める。

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