学生街の四季

駅員3

第1章 春

第1話 新学期

健作と修は、授業に向かうために正門から校舎に続く歩道を並んで歩いていた。

路の両側には、八重桜が綺麗に咲いている。

キャンパスの中は、新入生の初々しい顔が多く観られて賑やかだった。


「健作、今度のライブだけどさぁ・・・」

「ああ、今度のライブはベーシーのカバーでいくぜ。」

正面から歩いてきた女子学生数人のグループが歩いてくると、その中の一人が健作に会釈をした。

「こんにちは!」

健作はにっこりとほほ笑むと右手を軽く上げて応えた。

「ああ、こんにちは。」


すれ違うや健作と並んで歩いていた修は、健作の肩をつかんで問いただした。

「おい、健作。今の可愛い子誰だよ。紹介しろよ!」

「あ、いや知らないんだよ。こっちが教えて欲しいくらいだよ。」

「えーっ、知らない訳無いだろう。親しそうに挨拶してったじゃないか。」

「ホントに知らないんだって! ある日ふと気がついたら、彼女大学の中ですれ違う度に会釈していくんだ。俺もなんとなく会釈を返すようになると、そのうちどちらからともなく『こんにちは!』って挨拶するようになって・・・

でもあまりすれ違わないから、多分学部とか学年が違うんじゃないかな。」

「へー、そうなんだ。いまさら『君だれ?』なんて聞けないしね!」

「そうなんだよ。ちょっと気になってるんだけどね。」


数日後、健作は授業が終わると、バイトに向かうために駅に向った。

いつも時間がぎりぎりになるので、降りる駅の階段に近い前方のドアのところに行くと、前に女性が並んでいた。

その女性は、人の気配に振り返った。


「あら、健作さん、こんにちは。」

「なんだ、君だったんだ、こんにちは。・・・君、僕の名前知ってるんだ。ごめんね、君は・・・」

「あっ、ごめんなさい。黒木です。黒木典子。教育学部2回生です。」

「黒木さん・・・ですか。そうなんだ、じゃあ一つ下だね。いつも挨拶してくれて、ありがとう。」

典子の瞳がキラキラ輝いて、笑うとえくぼが可愛らしい。

「『典子』でいいですよ、健作さん。・・・て、ごめんなさいね、いきなり健作さんなんて呼んで。後ろをみたらいきなり先輩が立ってらっしゃったので、思わず出てしまいました。」

「いいよ、友達からもそう呼ばれてるから、あだ名みたいなもんだよ。」


電車がホームにすべりこんでくると、扉が開いて二人は乗り込んだ。

「先輩、ジャズバンドでアルトサックスと、フルート吹いてらっしゃいますよね。

私も高校まで吹奏楽部でフルート吹いてたんです。

大学祭のときに先輩のバンドの演奏聴いた時、先輩のフルートの音色がとてもよく通る素敵な音色だなって思って。」

「そうなんだ、ありがとう。今度ライブやるんだけど聴きにこない?

今度のライブは、カウントベーシーのカバー中心にやるんだけど、一曲だけチャックマンジョーネの曲をフルートソロでアレンジしたものを入れるんだ。ジャズは嫌い?」

「いえ、嫌いじゃないんだけど、今まであんまり聴いたことがないんです。是非、聴かせていただきたいです。」


健作はチケットをカバンから出すと、典子に手渡した。

「じゃあ、これ。今度の土曜日だよ。待ってるね。」

「はい、ありがとうございます。」

「僕はこれからバイトだから、ここで失礼するよ。さよなら。」


電車の扉が開くと、健作は飛び降りた。

二人は、閉まる扉越しに会釈をして手を振った。

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