死神ゲーム

人間人間

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 夢。


 睡眠時、実際に経験しているかのように思ったり感じたりする現象。


 魂の記憶や何者からのお告げなど、昔から夢については色々言われているが、今はレム睡眠時に脳が記憶しているものを繋ぎ合わせてストーリーを作ったもの、ということになっている……らしい。


 ――俺は最近、不可思議な夢をよく見る。


 それの内容はいつも同じで、さらに俺には全く覚えがない。夢は自分の記憶を繋ぎ合わせているものらしいが、俺にはそもそもその夢が出来上がりそうな記憶が存在しない。


 夢の登場人物は俺と、俺が通う大帝徳高校の同級生である早見透華。舞台は夜の人気のない大きな交差点。その交差点の中心で二人は向かい合い、俺は立ち尽くしている。そして早見の左手には長い日本刀のようなものが握られていて、早見はそれを俺の左胸に突き刺す。俺の胸からは溢れんばかりに血が流れ出して、俺は死ぬ。――そんな夢をよく俺は見る。


 早見と俺は同じ高校の同級生ではあるが、一度も会話をしたことがないし、目を合わせたことすらない。二人の接点は同級生であるということしかなく、さらに俺は早見に殺される理由などない……無い筈だ。例え早見に俺を殺す動機があったとしても、俺はそれを知らないのだから、俺の夢に現れる早見が俺に殺意を持っていることはおかしい。俺は早見に殺されると感じたことなど一度もないし、そもそも早見透華という存在は俺の中では無に等しい――等しかった。名前と顔がギリギリ一致して覚えている程度の興味と感心しか持っていなかった。今はもうこの変な夢の所為で変な意識を持ってしまっているが、それはこの夢を見た所為であって、これを生み出した原因にはならない。


 勿論、夢というものが元々から不可思議な現象なのだから、問答無用に俺と関係のないものを物語にぶち込んでいく、ということがあるかもしれない。それに、自分は意識していないと思っていても心のどこかでは意識していることが現れている可能性もあるだろう。そう、ただの同級生の女子に日本刀で心臓を貫かれて死ぬという、わけのわからないことを無意識に俺は考えているのかもしれない。そんなことは一ミリでも信じたくないけれど。


 とにかく、俺は最近毎晩このような夢を見る。百パーセントの確率でこれを見る。見ていて感じの良い夢ではないので毎晩床につくのが憂鬱で仕方がない。また死ぬ夢を見るのかと。うんざりに思っている。


 しかしそれでも寝なければその日一日の体の疲れはとれないわけで――精神は疲労しても身体の疲れはとれないわけで、俺は仕方なく毎晩嫌な気分になりながらも布団の中で目を瞑る。


 今日もこうやって布団の中で、眠りたくない夢を見たくないと長々駄々をこねながら眠りにつこうとしている。そして、


 ああ、今日もまた殺される――そう思いながらも意識が何処かへと消えていった。






「……」


 俺は目を開いた。


 俺は大きな交差点の中心に立っていた。


 日はもうとっくに沈んでいて、信号の電気すら点いていない。


 ああ、見覚えがあるなんてもんじゃない。俺はここを知っている。いや、この状況が何なのかを知っている。


 これは夢だ。例の、早見透華に殺される夢だ。


 ちなみに、このように夢であると自覚して見る夢のことを明晰夢というらしい。明晰夢は自分でコントロールして好きなように状況を変化させることができるらしいが、俺には無理だった。現に今のこの状況を一ミリも変化させることができない。体が縛られているかのように動かない。これを金縛りというのだろうか。全く動くことができない。


 そのうち、足音が聞こえてきた。コツ、コツと、誰かがこちらに近づいてくるかのような、足音。他に音がない所為か、よく聞こえる。聞こえてしまう。その足音が一音ずつ響くごとに俺の体内から嫌な汗が噴き出してくるのが分かる。でもその汗を拭うことはできない。依然体は動かないままだ。


「……っ」


 そして、不吉な足音を奏でていた人物が月の光に照らされ、姿が露になった。


 早見透華だ。


 早見は学校の制服を着ているが、左手には大きな日本刀のような刀を持っていて、その異様なミスマッチ感が余計に俺の恐怖心を掻き立てる。何回も見ているが、やはりあの刀は異常だ。刃の部分が早見の身長分あるのではないだろうか。長い、とにかく長い。しかし剣先は地面に当たらないギリギリの高さに保たれていた。


「……」


 早見は無表情だった。夢ではない現実の早見もクラスの中ではあまり感情が表に出ない人物のようで、いつもつまらなそうに見えた。


 せめて怒ったような表情でもしてくれればいいのに――俺はそう思った。無表情というのが一番怖い。その何事にも興味を示していないかのような顔で殺されるのが一番怖い。お前には何の感情も抱かずに殺せると、お前のような奴を殺すに何の感情も湧かないと、そこらへんに這いつくばる虫を踏み潰すのと同じだと、暗に言われているような気がして、怖い。


「……っ!」


 早見が俺の正面に立ち、刀の間合いに入った。早見は刀を両手で持ち、そしてそれを構える。


「……っ! っ!」


 相変わらず体は動かない。動いてくれない。俺は今、殺されようとしている。だというのに、何故俺の体はこうも行動を起こすことを拒否するのか。


「……っ、……」


 そして、早見が踏み込み、刀が俺の胸に突き刺さる。勢いよく刺さった刀は俺の体を貫いて、その後はゆっくりと俺の体を通過していった。刀が刺さった左胸からは大量の血が溢れ出てきている。


 痛みは感じない。だけれども、いやむしろ、それが気持ち悪い。こんなにも重傷を負っているというのに、痛みを感じない。ただ、刀が体にずぶずぶとめり込んでいく感触があるだけだ。それが、その違和感が、気持ち悪くてしょうがない。


「……」


 意識がどんどん希薄になっていく。そろそろ俺は死ぬ。夢の中だけれど、はっきりとわかる。死の感触、体の力がどんどん抜けていく感触がわかる。


 ちなみに、夢の中で死ぬと脳が死んだと誤解して実際に死んでしまうから、自分が死ぬ夢は死んでしまう直前に目が覚めるようにできているらしい。だけれど、これに関しても俺の場合は例外らしい。毎回毎回俺はきちんと死んでいる。そして今も、俺は死に向かっている。


 ――ああ、でもこれでやっと目が覚める。この気持ちの悪い夢が終わる。そう思うと少しは気が楽になった。何故自分がこんな夢を見ているのか理解できないが、今はそんなことよりもこの地獄からそろそろ解放されることが何よりも嬉しい。


「……ふー」


 俺は息をゆっくりと吐いた。この吐息が切れる頃には俺は夢から覚めるだろう。

 ……そういえば、今も早見は俺の体を刀で貫いている最中だった。早見は今、どう思っているのだろう――いや、これは俺の夢なのだから、早見は何とも思っていない。ただ作業をこなすかのように俺を殺しているだけだ。そうだ、それだけだ。


 だけれど、それでも俺は気になって顔を上げて、早見の顔を見た。そういえば、刺されてからこうやって意識して早見の顔を見るのは初めてかもしれない。薄れゆく意識の中、早見の顔を俺は確認した。


「⁉」


 早見の顔は――早見の表情は、いつものような無表情ではなかった。何かをこらえるかのような、感情を押し殺すかのような――そんな表情だった。俺が初めて見る早見の顔だった。


「……っ」


 眉が、目が、口が。いつもとは違う歪な形に変化していた。意識が遠のいていく中、俺は早見の顔から目を逸らすことができなくなっていた。


 そして、意識が何も考えられないように薄くなったところで、どこかからアナウンスのような声が聞こえた。





《標的(ターゲット)、鑑境谷。

 出血多量死を司る者により、出血多量死――》




 でも、俺の頭にその言葉が這入ってくることはなかった。


 俺の意識は完全に途絶えていた。


 俺は、夢の中で、死んだ。




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