5

「……でね、――が」

「そう――。それは……」


 俺と誰かが楽しそうに笑って話しながら歩いていた。学校からの帰路だろう。二人は制服を着ていて、学校とは真逆の道のりを歩いていた。


「――で――が」

「ええ――そうね――」


 二人は仲がよさそうだった。……でも、俺と会話をしている人は一体誰だろう。制服から察するに女子であることは間違いないだろうけれど、顔がわからない。ぼんやりとしていて顔がはっきりと見えない。――思い、出せない。


 いや待て。これは、俺の記憶なのだろうか。そもそも、女子と一緒に通学路を歩いた覚えなんてない。そんな羨ましいシチュエーションなんて今まで一度も経験した覚えがない。じゃあ、これは一体なんなのだろう。俺は今、何を見ているのだろう。


「……は……ね」

「うん……けれど……」


 会話の内容も上手く聞き取れない。なんだろうこれは。これは――なんだ。俺は――何を見ている。


「……」


 でも、懐かしい感じはした。懐かしくて――暖かい。そんな感じがした。その光景を見るだけで心が温かくなるような、不思議な感覚。なんだろう。なんといえばいいのだろう。まるでわけがわからないのに、心が落ち着いた。安心した。


「……あ」

 そしてその光景は徐々に消えていった。強い光に紛れぼやかされ消えていくようにその懐かしい光景が薄れていく。待って。待ってくれ。そこにいるのは誰なんだ。せめてそれだけでも教えてほしい――


 しかし手を延ばそうにも届かない。二人はゆっくりと光に包まれて消えていった。






「ん……あ、苦し……」


 俺は目を開けた。体に何か物が乗っている。重苦しさで目が覚めた。


「鑑君。さすがに扉の鍵は閉めようよ。何かあった時危ないよ」


 巳尺治が俺の腹の上に馬乗りになって座っていた。


「まさに今が危ない時な気がするっ⁉」

「やだなあ、今は変なことはしないよ」


 今は、ってなんだ。いつかはする気なのかよ。


「とりあえず起きたようでよかったよかった。かなり長い間寝ているから死んじゃったのかと心配しちゃったよ」

 巳尺治は俺から降り、ベッドの傍に立ってそう言った。


「笑えない冗談だ……」


 俺は上体を起こし、瞼を擦った。まだ眠気が取れていない。それに……ここは何処だ? 見慣れない部屋だけれど。いや、そういえばあの時巳尺治と別れた後すぐに自分の部屋に向かってベッドに横になったんだった。じゃあここは俺の部屋か。


「かなり長い間って、そんなに俺は寝ていたのか」

「そうだね。色々あって精神がかなり疲労していたみたいだったしね。半日とちょっとは寝たんじゃないのかな」


「そんなに……。まあ、疲れてはいたけれどさ」

「さて、じゃあ鑑君も起きたことだし、朝ごはんにしよう。朝ごはんと言うには遅すぎるかもしれないけれどね」


「ごはんか……。あんまりお腹はすいていないけれど」

「食べなくてもいいように体ができているからね。……でも、最初は食べておいた方がいいと思うよ? 急に絶食して感覚が狂っちゃったら困るしね」


「あー、そういうこともあるのか。わかった。食べるよ。ところで、この空腹感がないのはやっぱりその、死神ゲームの影響なのか?」

「そうだね。私達は寝なくてもいい体にもなっているんだけど……まあ、それも含めてまたごはんの後に話すよ。とりあえず食堂に行こう」


巳尺治はそう言って扉の方へ向かった。


「……あ、ちょっと待って」

「……? どうしたの?」


 巳尺治は振り返る。


「いや、その……シャワーを浴びたいなと思って。代えの服ってあるのか?」

「うん、あるよ。えっと、いま鑑君が座っているそのベッドの左――鑑君から見て右にあるタンスの中に服が色々入っているからそこの中から適当に選んで」


 俺は右を向いた。かなり大きなタンスがあった。これなら結構な量の服があることだろう。


「わかった。ありがとう」

「じゃあ鑑君は先にシャワーを浴びてきなよ。その間に私はごはんを温めておくからさ」


「ありがとう、頼んだよ」

「いえいえ。これも私の仕事の一つだからね。そうだ、着替えた後の服は脱衣所に置きっぱなしでいいよ。私が後で片付けておくから」


「いやいやさすがにそれは自分でするよ。洗濯機とかあるならその場所を教えてくれたら自分でやるからさ」

「いーや、私にやらせてほしいな。折角の補佐役なんだしね」


「でもそこまでしてもらうとなんか悪い気がして……」

「別にいいんだよ。鑑君は気にしなくっていいから」


「うーん……」

 巳尺治には色々してもらってばっかりだ。せめて少しでも負担を減らさないとと思ったのだけれど、なんかこれ以上は言っても無駄な気がする。強い意志を感じるというかなんというか。あまり強く拒否すると巳尺治を傷つけてしまうかもしれない。


「……じゃあ頼んだよ。でもしてもらってばっかりじゃ悪いからさ。なにか俺にできることがあったら言ってほしい」

「了解。また何かあった時は頼りにするよ。さ、シャワーを浴びておいで。私は食堂で待ってるから」

「わかった」


 巳尺治は部屋を出ていった。俺はベッドから降りて立ち上がり、タンスへと向かう。


「どんな服があるかな。どれどれ……」


 タンスには横に一列ずつの七つの引き出しがあって、その一つ一つに洋服やタオル・ハンカチ等が敷き詰められていた。多い。長い時間ここに身を潜めることを巳尺治は想定していたのだろう。


「しっかしこれだけ多いとわざわざ取り出して選んでられないな。一番手前にあるやつでいいや」


 俺は二番目の引き出しと四番目の引き出しからシャツとズボンをそれぞれ取り出した。上下ごとに引き出しの段も変わっている。巳尺治は案外几帳面な性格なのかもしれない。下着は……一番下か。


 俺は必要な着替えとタオルを全て取り出して、部屋を出た。確か浴場は部屋の向かいだったはずだ。……浴場と言うからにはそれなりに広いのだろうか。実は少し楽しみだ。俺は脱衣所に着くと着替えを手近の籠の中に入れて服を脱いだ。脱衣所がかなり広い。銭湯の脱衣所のようだった。裸になった俺はすぐさま浴場の方へと向かった。


「おおー。本当に広いな。俺一人じゃ勿体ないくらいだ」


 扉を開けた俺が言った第一声はそれだった。広い。とにかく広い。銭湯と張り合えるレベルの広さだ。本当にこれは大浴場だと言っても差し支えないだろう。シャワーを浴びるとは言ったけれどこれは湯に浸からないと失礼というものだ。食事の準備をしている巳尺治にはわるいけれど少し、少しだけ浸かってから出よう。


 俺はそう言い訳をしながら浴場に入った。





「ふう、良い風呂だった。久しぶりにあんな浴槽に浸かったぜ」


 俺は持ってきた服に着替えた後、首にタオルをかけて廊下を歩いていた。食堂は俺の部屋の隣だったからすぐに扉の前に着いた。俺は扉を開ける。


「お、鑑君、湯加減はどうだった?」


 巳尺治はもうテーブルに料理を並べ終わっていて、テーブルの前の椅子に座っていた。


「めちゃくちゃいいお湯だった。……結局湯船に浸かっちゃったよ。ごめん、待たせて」

「大丈夫大丈夫。シャワーでは済まないだろうなあと思っていたからね。それよりも鑑君が喜んでくれたなら私は嬉しいよ。用意した甲斐があった」


「そう言ってくれるとこっちも嬉しい。……そういえば、ここも広いな」

 俺は辺りを見た。食堂も広い。学校の食堂並に広いんじゃないだろうか。テーブルも多く、規則的にいくつか並んでいる。その中の一つのテーブルの近くに巳尺治が座っていて、テーブルには料理が並んであった。


「あはは、ちょっと広くし過ぎちゃったかな。でもほら、大は小を兼ねるって言うじゃない?」

「それはそうだけど……まあ、いいか。ところで、巳尺治って料理できるんだな。あんまりそうには見えないけれど」


「む、それは失礼な。私だって料理の一つ二つは容易いものだよ。一応女子だしね。そういう鑑君こそ料理できるの?」

「寮で一人暮らしだし、簡単なものなら作れるよ」

「へえ、そうなんだ。じゃあ今度作ってみてよ」

「いやほんと簡単なものしか作れないぞ? それでいいなら作るけれど」

「うんうん大丈夫大丈夫全然期待してないから」

「信用のかけらもない……」


「さ、とりあえずご飯にしよう。鑑君にはまた今度料理してもらうから今はとりあえず私の料理を食べるのだよ」

「そうだな、ありがたくいただくよ」


 俺はテーブルの前まで歩いた。そして椅子に座る。テーブルには色んな種類の料理と食器が並んでいた。


「好きなだけ食べてね。余ったやつは冷蔵庫に入れておくから残しても大丈夫だよ。ちなみに私は食べなくても大丈夫だからは遠慮はいらないからね」


「わかった。では、いただきます」


 俺は手を合わせ、箸を手に取って料理を食べ始めた。






「ごちそうさまでした」


 箸を置いて手を合わせた。美味しい料理だった。美味しい、料理だった。


「どう? お味は。お口に合ったかな?」

「うん、美味しかった。巳尺治は本当に料理ができたんだな」

「もう、なんで素直に褒められないかな」

 巳尺治は不満そうにそういいながらも満更嬉しくないわけでもないようだった。


「……さて、ご飯も食べ終わったことだし、本題に入ろう」


 そう言って巳尺治の顔付きが変わった。本題。それは、死神ゲームについての話だろう。そうだ、俺はこの話を聞かないと。俺が今どんな状況にいるのかをきちんと理解しないといけない。


「心の準備は、できている。もういたずらに取り乱しはしない。何を言われてもひとまず受け入れるよ。俺は巳尺治を、信じる」


「……うん、ありがとう。ではまず死神ゲームの具体的な説明から始めるね。既に軽く説明しているから大体死神ゲームがどんなものかを理解していると思うけれど、最初から説明するね。

 ――死神ゲームとは、司者と呼ばれる人達が標的となった人を殺して死神に成る為の儀式。ただし死神に成れる司者は最初に標的を殺した司者のみ。だから司者達はこぞって競い合い、標的を殺しに来る。

 これがこのゲームの大きな内容だね。これにさらにいくつかのルールがあって私達はそれに沿って戦わなきゃならない」


「いくつかのルール……。ルールなんてあったのか。とりあえず殺せばいいものなのかと思っていたけれど」

「けっこう厳しいルールがあるんだよね。まず、司者にはそれぞれ司っている死があるということはわかるかな?」


「轢死とか即死とか、巳尺治が言っていたやつのことか?」

「そうそう。私達を追ってきたきた轢死とロケットランチャーを撃ってきた即死がいたよね。轢死はトラックで私達を轢き殺しに来たし、即死はロケットランチャーを使って一撃で殺そうとしてきた。それはそれが彼らの司る死、死因だからなんだ」


「だからわざわざそういう方法を取ったということか。じゃあ司者はその司っている死というか、そういうような殺し方しかできない、みたいなことなんだな」

「んー、いや、どんな方法でも殺すこと自体はできるんだ。ただ自身が司る死以外では標的や司者を完全に殺すことは出来ないというか……死亡判定が出ないんだよ」


「死亡判定?」


「死亡判定……というべきかな。例えばあるところに轢死の司者がいたとする。さらにその轢死が私をトンカチで撲殺したとしよう。私はトンカチで殴打されたから死ぬ。けれど轢死は轢死でしか殺せないというルールがあるから私を殴打して殺しても私は生き返る。私は死にはしたけれど轢死で死んでいるわけではないからゲームとしては死亡したことにならず、殴られた傷は回復してゲームにそのまま参加できる……って感じかな」


「えーっと、つまり自分が司る死で殺さなかったら相手にどれだけダメージを与えても殺せなくて、さらに与えたダメージが帳消しにされてしまうということか」

「うんうん、そういうこと。ちなみに私は標的でも司者でもないけれど標的を援護する『補佐役』という立場にあるんだけど、私はどんな殺し方をしても司者は殺せないんだ。死亡判定が出ないんだよ」


「補佐役……。じゃあ巳尺治は死神ゲームのルールとして味方、ということでいいのか?」

「そうだよ。さすがに標的一人と司者十数人じゃ分が悪いしね。そうなっているよ」

「そうなのか。安心したよ……。一人じゃないんだな、俺は」

「うん、私がいる。大丈夫、私は何があっても鑑君の味方だよ」


 巳尺治のその一言で少しばかり俺の肩の力が抜けた。やっぱり、安心できる状況になっても不安は感じる。何か起こるんじゃないかという恐怖。気は置けない。どれだけ自分に言い聞かせても抜けないその感覚が、今やっと和らいだのかもしれない。


「ところで、話を少し戻すけれど、即死が相手を殺そうとしてロケットランチャーを使ったけれどそれが相手に直撃せずに腕だけを吹っ飛ばした、という場合も腕が再生して死亡しないということになるよ。鑑君が焼死に腕を焼かれた時と一緒だね。腕がすぐ元通りになったでしょ?」


「……そういえば、そうだな。気付かないうちに戻ってた」

「殺すことに失敗したらすぐに相手の治癒が始まるようになっているからね。ちなみに司者によってそのスピードはまちまちになっているけれど、標的は誰よりもダメージの回復スピードが早かったはずだよ」


「つまり今度即死と会ったらとにかく急所を避ければなんとかなるっていうことね」

「そうだね。相手も十分わかっていることだから難しいとは思うけれど。……それで、まだまだ他にもルールがあるんだよ」


「まだまだ……そんなにあるのか」

「そう。順を追っていくと……司者は標的を殺せばいいんだけれど、標的がこのゲームに勝つには司者を全員倒すしかない。司者は感電死、凍死、毒死、即死、出血多量死、焼死、溺死、窒息死、圧死、爆死、転落死、変死がいるんだけど、これを全員倒さなきゃならないんだ。司者同士で戦って潰し合うこともあるから必ずしも全員と戦うわけではないと思うけれどかなり大変だよ」


「人数が多いな……って変死? 変死なんてあるのか。なんかあやふやだけれど、そいつはどうやったら相手を変死させたことになるんだ? 死亡判定が厳しそうなこのゲームで曖昧な死因が通用するとは思えないんだけど」


「実はね……この変死がかなり厄介なんだ。司者の中でも変死は特別で、この変死だけは死亡判定がとても緩いんだ。変死はその名の通り――変な死に方だったらどんな殺し方でも死亡判定が出るんだよ」

「なんだって? 無茶苦茶強いじゃないか」


「そう。司者の中でもトップクラスに死因が強いんだけど、それだけ死因が強いと他の部分でバランス調整がされるみたいだね。まず変死は一度使った殺し方は二度と使えなくなる制約があるし、司者と標的は死因に関する特別な異能力を持つと共に身体能力も大幅に向上されているんだけど、変死は身体能力の向上がほぼないんだよね。さっき、受けたダメージの回復スピードの話をしたよね。変死はそのダメージの回復スピードが司者の中でも一番遅いんだ」


「バランス調整は考えられているんだな……。ところで、特別な異能力って何だ? 身体能力の向上は理解できるけれど、異能力を持つということがあまりよくわからない。目からビームが出るみたいな漫画やアニメにありそうなものを想像すればいいのか?」


「まあ、大体そうだね。そんなものだよ。ほら、焼死が炎を操っていたでしょ? あんな感じに焼死は炎を自由自在に生み出したり使うことができたりするし、轢死なら自分の考えた乗り物を創造することができる。轢死が乗っていたあの馬鹿でかいトラックはおそらく自分の能力で創ったんだろうね。こんな感じに司者によってその死因に適した異能力が持っているんだ。その異能力の程度の強さや身体能力の差、自分に有利な設置物をゲーム開始前に用意してもらうメリット等のバランスが司者や標的の間でされているんだよ」


「へえ、だから俺の空腹感がなかったり寝なくてもいいような体になっていたりするということなのか」

「うーん、それはバランスというわけじゃなくて全ての司者と標的の共通点ではあるけれど、私達の体に干渉しているという意味では同じだね。この殺し合わなきゃならない極限状態でもある程度精神が保っていられるのもその干渉のおかげみたいだよ」


「……たしかに普通ならこんな悠長に話していられないよな。普段の俺ならもう、どうなっていたかわからない」


 精神が保っているとは言っても、今の俺は精神が不安定な状態だ。ギリギリでなんとか踏みとどまっている感じ。あと一歩でも押されたら落ちてしまうような不安定感。西条先輩のことを考えようとすれば頭がそれをブロックする感覚がある。そう、俺は今でも西条先輩の死が受け入れられない。あの人は今でもまだ死んでいないんじゃないかと俺は思う。あれを見ても、あの姿を見ても俺はまだそれを信じられない。信じたくない。


「――鑑君、気分が優れないならこの話はまた後にしようか?」


 巳尺治が俺に気を使ってのことかそう言った。


「……いや、大丈夫だ。まだ自分の中で整理がついていないだけだから、そのうちよくなるから、今は話の続きをしてほしい」


「……そう。なら、続けるね。司者と標的自身に関する以外のルールなんだけど、実はこの世界は私達がいた世界とは違うんだ。この世界は死神によって造られた仮想世界で、標的と司者以外の人間は存在しないんだよ」

「世界そのものが、違うのか。大がかりで途方もない話だな……あれ? でも夏休み前はクラスのみんなや先生がいたぞ。まだその頃にはゲームが始まっていなかったのか」


 夏休み前にはあの早見の悪夢を見ていた。あの夢とゲームでの早見の様子が酷似していたからあれがゲームに関係していたものなのかと考えたけれど違うのか。


「いや、その頃にはもうゲームは始まっていたよ。その頃はデモンストレーション期間といって標的と司者以外の人もいる状態の仮想世界に私達はいたんだ。デモンストレーション期間中は今やっているゲームの予選みたいな感じなのかな。デモンストレーション中に標的を殺した回数が多い司者から順番にゲーム開始時の初期配置が標的に近くなっていくんだよ」

「俺の覚えていない間にそんなことが……」


 俺の頭の中に例の悪夢が浮かんだ。あれは夢じゃなくてデモンストレーション期間中の記憶の一部だったのかもしれない。……そう考えると尚更気分が悪くなってきた。俺は実際に死んでいたのか。


「あと言わなきゃいけないことは……あ、そうだ。司者は全員、現実の世界では死んでいる人達なんだよ。司者が司る死はそれぞれ各司者の現実世界での死因なんだ。轢死の司者は轢死で死んだ人がなって、即死の司者は即死で死んだ人がなるんだよ。そうやって色んな死に方をした人達が一斉に集められてゲームが始まったんだよ」


「……え?」


 俺は立ち上がっていた。


 ……あれ、あれ?


 突然視界が真っ暗になった。


 ……いや、見えている。ちゃんとこの両目は巳尺治を見ている。でも、なんだこれは。突然視界がブラックアウトして見えなくなるイメージ。先程まで見えていたものが急に忽然と消えてしまったかのような感覚。頭痛。眩暈。あれ? 急にどうしたんだ俺は――


「……なんだって? 司者は既に死んでいる? 一斉に集められて始まった? そんな、じゃあ、じゃあ――西条先輩は、俺が西条先輩と出会った頃には既に――」


 西条先輩は、死んでいた。西条先輩が俺と会った時にはもう先輩は既に死んでいて――そんなまさか、そんな、まさか。その時にはもう司者であって、そして、俺を殺そうと――?


「ははは、そんなことが。そんなことがあるもんか。西条先輩はそんな人じゃない。俺を殺すために俺に近づいただって。 そんなこと、あるはずない。だってあの人はとても優しくて。優しくて――ッ」


「鑑君、君も本当は分かっている筈だよ。人間はそんなに――美しくない」

「でもあの人はっ! 先輩は! 先輩はそんなことをする人じゃ、そんなことができる人じゃ――ないんだ。そんな人じゃ――ないんだよ」


「……」


 巳尺治は顔を俯かせ、何も言わなかった。

 暫くの、沈黙。


「……あ」


 そこで俺は気付いた。俺は今、とても取り乱している。怒鳴り声をあげている。もう取り乱さないと言ったのに。巳尺治を――信じると言ったのに。


「……ごめん、巳尺治の話が信じられないわけじゃ、ないんだ。ただ、ただ――」

「……いいんだよ。なんというかね、羨ましく思えたんだ。鑑君にそこまで言ってもらえるその人が羨ましいなって。ただそう思ったんだ」


「巳尺治……」

「仕方ないよ。誰だってこんなことに巻き込まれたら動揺するもの。私だってそう。このゲームに参加することが決まった時、驚きすぎて泣いちゃった。だからそこまで気にする必要ないよ」


「いや……ごめん。反省する」

 俺は座った。落ち着け。よくよく考えたら分かることだったんだ。西条先輩は司者で、俺の敵だったんだ。


「――やっぱり、見てみないふりは、駄目だよな。折角助けてもらったのに、これじゃあな」

「でも、だからといって重く受け止め過ぎることはよくないよ。それは――いつか壊れる」


「……ありがとう。巳尺治にも助けてもらってばっかりだ。俺も何かしないとな。――そうだ、巳尺治。俺にもできることはないか? 俺も戦わなきゃならない。いつまでも巳尺治に頼りきりじゃ駄目だしな」

「……そうだね。私から教えられることは銃の扱い方くらいだけど、護身くらいにしか役に立たないよ?」


「十分だよ。銃が使えるようになればとりあえず戦うことは出来る。このまま巳尺治の後ろに隠れているだけよりかは百倍マシだ」

「わかった。じゃあちょっとついてきて」


 巳尺治は立ち上がった。そして何処かへと移動を始める。食器がまだテーブルの上に残ったままなんだけれど、それは後で片付けるのだろうか。俺も立ち上がって巳尺治についていった。





「へえ、こんな場所もあったのか」


 巳尺治についていった俺が辿り着いた場所は射撃場だった。入口から見て左側の通路、俺の部屋とは反対側の場所にあった。中には一列に真っ直ぐ伸びているカウンターがあって、そこにいくつかの仕切りが立てられている。天井にはレーンが走っていて、的をぶら下げているあれ(名前がわからない)が移動できるようになっている。洋画等で見るような射撃場だった。


「本来は私の練習用に作ってもらったんだけど、これからは鑑君にも使ってもらうよ。この際だから凄腕のヒットマンになってもらうよっ!」


「おう、任せろ! 銃なんて今まで本物を一度も見たことがないけれどなんとか使えるようになってみせるぜ!」


 俺は元気よくそう言ったけれど、内心は不安でいっぱいだった。それは、銃を扱うことそのものに対しての不安ではなく、上手く銃を扱えるかどうかという不安だった。日本人が日常生活で銃を扱うことなんてまずない。種類も構造もわからないのに言い切ってしまっていいのだろうか。


 でも今の俺にはそんなことを言っている余裕も時間もない。今はなんとかして強くならないと。俺はそう自分に言い聞かせた。











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る