第26話  ライバルの屈折した考え・苦悩 5

「これは!? 彼の心の状態が良くないと伝わってくるようだ。よし、俺が生命力ならぬ生明力を玉野に注入しよう」

 これが幻悟の言葉力の本質的な力の一端なのだろう。幻悟が生明力と叫ぶと、その名の通りに玉野の周囲一帯から温かく、全てを優しく包み込むような光が照らしだされる。その光が玉野だけを飲みこむかのように彼の体内に入り込んでいく。すると、玉野の心の中にある罪の意識が、誰かにわだかまりをといてもらったのかのごとく、素直に受け入れられるようになる。そして玉野は心身ともに安らかな気持ちを得たというような状態に変わっていく。


「琴葉! お前には助けてもらったばかりだな。この礼はその内返せるように生きていくよ」

 玉野は穏やかな表情を浮かべたまま去っていった。その後で成人、奈美、そして道也がさっきの会話に入りづらい状況が終わった事でやっと幻悟に話しかける事が出来た。

「しかし、幻悟君。わかっていたつもりだけど言葉力の使い道って膨大な量あるようだね」

 これは成人だ。彼は幻悟の言葉力にただ感心することしか出来なかった。彼の妹である奈美や友人の道也も同様といえる。


「そうだね、道也に成人。そして奈美ちゃん、言葉力の話はまた機会があったらってことでいいかい?それはそれとして奈美ちゃん、怖い思いをさせちゃって悪かったと思っているよ。本当にごめん」

「ううん、そんなことはないわ。それよりまた幻悟さんに助けてもらっちゃったりして、かくなる上は一生あなたに嫁ぐしかないかもって考えちゃうくらいだもの」

 奈美は本当に心から思った事だけを幻悟に伝える。幻悟は心なしか成人に睨まれているような気もしたので返事に困ってしまう。実際の成人の様子に幻悟と奈美がしたんだろうし、そうしていても成人が幻悟君なら認めると思わせる素振りを見せているので問題ないだろう。


「ところでミッチー。君の実力ってかなりのものがあったんだね、驚いちゃったよ」

 幻悟は成人たちとの会話をきりあげて道也の方へと話を振る。急に話しかけられたので少しだけ道也は反応が遅れたが、簡単な返事をする。

「うん、実は子どもの頃に習った実践組手等の運動神経向上が目的のスポーツを多数こなしてきたからな。それの賜物だと思うぜ。スポーツを好きでやっている内に自然と反射神経も鍛えられてね」

「そうなのか、そんな理由が」

「そういうこと。幻の言葉力の考えで表現するとすれば脳力がスポーツによって高まっていったというところだな」

 幻悟が道也から運動スポーツについての話を聞いていると、成人が話の最後を見計らったかのように疑問を口に出す。



「幻悟君、ちょっと気になる事があるんだけど。言霊と言葉力ってどんな違いがあるの?」

「ああ、そのことか。玉野君に詳しく教えてあげたかったんだけどいないし、仕方がないよな。それじゃあ説明するぜ。言霊っていうのは例えば物質に一時的な生命を与えること、または言葉通りの現象を部分的に起こす力の事なんだ。対する言葉力と――!?」

 幻悟の話が途中で途切れてしまったのにはそれなりの理由がある。それは玉野が大音響とともにガラスを割って乱入してきたからだ。



 その玉野による突然の行動に幻悟を始め、成人と奈美の小海兄妹、それから道也も含めて誰もが固まってしまっていた。

「琴葉の小僧! 油断したな、ここはまだ敵の本拠地だ。覚悟するがいい!」

 今、玉野から聞こえてくる声は明らかに別の人物のものだった。玉野自身を良く見ると、目の中にあるはずの光が失われていると見受けられるので、完全に別の人間にされるがまま状態なことがわかる。

「せいじん、言霊はさっき教えた通りの現象だと理解してくれよ。


「でも言葉力についてはまだだったよね。これから実戦の中で理解してもらうつもりで戦うからそのつもりで良く見ているんだぜ」

「何を寝言をほざいている、おとなしくこの私にやられるがいい」

 今現在何者かにされるがままになっている玉野は、言霊の力を遠くから操作している者の命令で刀剣類を自分の意思に反して振り落とす言霊を発動させられそうになっている。


 幻悟はなんとかその動作を止めようと、玉野市斗の心の奥底に届けるように言葉力を使って訴えかけ続ける。

「玉野! お前は心の中で泣いているな? 伝わってくるぞ。俺はお前を救いだしてみせる。待っていろ」

「ふん、そんなことができるものか。なにしろこの私がこいつの心身すべてを支配てやっているのだからな!!」

 玉野市斗を支配している姿が見えぬ相手が玉野の体を無断使用して幻悟の事を馬鹿にする。幻悟はそんな事など意に介した様子もなく、言葉力を発動準備をしかけている。


「やってやるぜ! 言葉力の力を思いしれ!!」

 幻悟は自らに気合を入れて強気な言動で玉野を支配している何者かに宣告した。

「玉野市斗!! あいつはそんなやわなやつじゃなかったぜ。あいつの精神を元の正しい表舞台に出してやる」

「貴様ごときにそんな事が出来るものか! やりたければ勝手にするがいい」

「後悔したって遅いぜ! 見せてほしけりゃ見せてやるよ」

 幻悟はすぐに自分の能力ならぬ脳力を使用する。


「玉野市斗の心身に閉じ込められし市斗自身の精神よ。そんな束縛など解き、自らの体を取り戻せっ」

 その何者かは自分の力に絶対の自信を持っているらしく、幻悟の行為をせせら笑っていたが、急に心身から何者かにとってあり得ないはずの異常が起こったので取り乱す。

「無駄な事を…………!? 市斗、貴様が何故ここにいる!」

 幻悟は言葉力によって玉野市斗の精神をあるべき場所に戻した。それで玉野の心の中で、何者かと玉野の争いが起こっているのだ。


(父さん! 俺の体を返してもらうよ)

『市斗、貴様~っ、お前のなし得なかった事を私がやってやろうとしているのだぞ』

(親父! それは大きなお世話だし、迷惑だよ。とにかくここから出ていってもらおうか)

『私の方がお前を追い出す事など訳も造作もないことだ、市斗! お前は永久に眠るのだ』

 玉野の父親である人物は息子の精神を言霊で束縛しようとする。しかし、それは不発に終わった。

(これは俺の体だ、親父には何の権限もない。親父! 二度とそんな考えを起こせないようにしてやる)

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