第10話 規則九条 夜月に照らされて

 何が何だがわからない。

 俺は自室の縁側に座り一人月を眺める。

 先ほど、源太郎さんに無事? に認められアヤメさんと恋人になった。

 因みにあの後、源太郎さんが散々泣いた後に俺の手をつかみ。『娘をよろしく頼む』と手をがっちり掴まれた。

 嘘でした。などいったら確実に殺される。

 そもそも何が嘘で本当であったのか。

 最初に出会った時は可愛い同居人、その時から俺は期待はしてた。

 次の関係は秘密を共有する女性、その時も付き合えたらいいなとは思っていた。

 その次が裸をお互いに見られた女性。

 その先が友達以上恋人未満カッコカリの共存関係。

 最後にさっき、恋人にまで昇格した。

 なんでこんな事になったのか月を見てる。


「あら、起きてたのですか?」


 アヤメさんが裏庭に出てくる。


「アヤメさんこそ。何となく月を見ていたんです」

「月ですか……」

「「あの」」


 俺と同時に声がかぶる。


「あ、アヤメさんどうぞ」

「いえ、お先にどうぞ」


 何処かの芸人みたいに押し問答してもしょうがない。俺が先に喋る。


「アヤメさんは俺が彼氏でいいの? よくわかんなくてさ。だってさっきだって行き成り結婚とかの話でしょ」


 月は相変わらず輝いている。


「俺としては、俺なんかよりも良い相手とかいるだろうし。もっと恋愛とか出来ると思うんだ」


 アヤメさんの顔を見るのが、悲しい表情だったら怖いので月を眺めたまま聞いてみる。


「秋一さんは私では不満ですか?」

「不満なんて全然ない」

「なら良いじゃないですかっ」


 思わずアヤメさんのほうを見てしまう、少し悲しい顔をしている。


「隣宜しいですか?」

「うん」


 アヤメさんは隣に座ってくる。


「確かに父は何でも先走りするのはダメと思います。結婚相手もそうですね、私は父は好きですが嫌いでした。なので故郷を飛び出して来たのです」


 此方を向いて小さく舌を出す。


「私が秋一さん見て驚いたのは、私が雪女でも驚かなかった所です。今までこの力でどんなに親しいと思ってた人達さえ離れて行きました。それ所がより親しくしてもらいました。そんなときに父が私を連れ戻しに来るって聞いて、目の前が真っ暗になったんですよ」

 

 アヤメさんの手の平で小さな雪の竜巻が回っている。


「でも、秋一さんは父を騙すためとはいえ恋人役をやってくれました。私はどんなにも嬉しかった事です」

「いや、でもさ」


 俺の否定しようとする言葉を遮る。


「あら、ではイヤだったら何故にお逃げなかったんですか?何故真実を父にお話にならなかったんですか? 普通に考えれば住む場所だって直ぐに追い出すわけないじゃないですか」

 確かに、何故逃げなかった。何故直ぐに嘘ですよ。って言わなかったのか、理由は俺がアヤメさんに好意があったから好きだからと思う。


「そっか……そうだよな」


 アヤメさんが俺の手の上に手を重ねる。


「俺、難しい事わかんないけど、アヤメさんが好きなんだと思う」

「秋一さん……」

「他にも、テンもマルタも皆好きだ」

「秋一さん?」

 

 アヤメさんのコメカミがちょっと青筋立ってる。


「まって、最後まで聞いて。この管理人って仕事、いや仕事っていう仕事もしてないけどさ。マルタが居てアヤメさんが居て俺もいる、期間は短いけど何年も居るような空気がさ、それを壊したくなかったんだと思うんだ。んで戻るけど俺もアヤメさんが好きだよ。でもさ彼氏って何すればいいのかな。全然わかんない……ほら俺。なんでも平均タイプでもてなかったからさ」


 俺の手の握る雪乃さんの手が冷たくて気持ち良い。


「あら秋一さん、私も彼女って何をすれば良いのかわかりませんし。も、もしかして、あの……先ほどの……事をしたいですか?」

「先ほどって?」


 突然固まるアヤメさんに聞きなおす。


「あの、その。箱、箱の事ですっ」


 小さく喋るアヤメさんの言葉の意味が判り俺も下を向く。


「いや。はこ、箱ねうん。いやーマルタの悪戯も困ったもんだよね。そりゃまぁ、したいと言えば。いやいやいやいや。俺は何もいってません」

「いいですよ」


 小さな声で返事が返ってくる。

 思わず聞き返すと、さらに小さな声で指をたたて来た。


「キスまでならですけど」


 最初に出会った時のような微笑を俺に向ける。

 そして、そっと瞳を閉じる。

 これって。アレだよね。恋愛映画とかでよくあるアレ。

 俺は急いで周りを見る。

 右良し。左良し。上良し。

 誰も居ない。

 アヤメさんの肩を力いっぱい掴む。

 あ、力みすぎた。アヤメさんがビクっとなった、でもまだ眼を閉じてくれてる。

 俺は月明かりの中、軽く雪乃さんに唇を重ねた。


 翌朝俺は眠い目をこすりながらドアを直す。

 何故か布団をめくると、今日もテンが一緒に寝ている。起こさないように着替えをし玄関掃除をすると源太郎さんが食堂から出てきた。


「あ、おはよう御座います」


 昨日一晩泊まった源太郎さんは赤い眼をして俺に向き合ってきた。


「息子よ、今日もせいが出るなーガッハッハ」


 息子って速いよ!


「えーっと、お帰りですか?」

「ん、ああ。アヤメにも良い奴が出来たと知ってな長老達にも断りを入れないといかん」

 

 軽く苦虫を噛んだような顔を見せる。

 源太郎さんはそっとしゃがみ込み、耳打ちしてくる。


「例え最初が嘘から出た付き合いとしてもな、俺は娘が選んだ男。娘を選んだ男を信じる。それでな、良ければこれも使え」

「あ……」

「じゃなぁ息子よ。また合おう!」


 俺の手に強引に箱を渡し大きな声と共に此方を見ずに帰っていく。

 源太郎さんは嘘を知っていたらしい。

 あ……この場所に来てアヤメさんの気持ちがわかったからこそ、俺とアヤメさんが付き合うようにしてくれたのか。

 

 いつの間にか見えなくなった背中に俺は礼をした。


「お帰りになったんですか……」


 背後からアヤメさんの声がかかる。


「はい、なんだか……全部知ってたみたいっすね」

「そう、でしたか。適わないですね。所で、秋一さんその手の箱は?」

「ああこれ、最後源太郎さんがくれました。なんだろ」


 箱には世界初0.05ミリ誕生と書かれていた箱だった。

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