第8話 規則七条 擬似恋人


 俺は今、管理人室である自室で座っている。

 雪乃さんが将来、夫なる人が居ないと故郷に連れ戻す為に雪乃さんの父。雪乃さんから名前を聞いたのだか、雪乃源太郎がやってくる。

 雪乃さんが故郷に帰らないためには、そして俺がプー太郎にならないために俺と雪乃さんが結婚を前提に付き合えば言い。

 そう言ったのは、三日前のお風呂場騒動の時のマルタとテンのの言葉。

 しかし、過去十六年間バレンタインのチョコも義理でしかもらった事の無い俺がいきなり同世代の女性付き合う、いやこの場合付き合ってるにしないといけないなど無理な話に思えてくる。

 別に雪乃さんが嫌いなわけじゃない、どこぞの海で好きだーと叫んでもいい。

 可愛い。優しい。料理も旨い。性格も素晴らしい。探すのが難しいんじゃないかって女性だし、俺が恋人役でいいの? と相談したのが昨日。


「アヤメー、シューイチ君がアヤメが恋人じゃ不満みたいだよ」


 にや付いた顔で食事中に話す。


「ば!なわけあるか。俺が釣り合ってないって言ってるの!そもそも十六年間もてた事も……」


 俺が喋ってる途中にマルタが被せる


「アヤメはどうなん? ウチはこの通り鼻が良くきくんやけど、案外シューイチ君はいい奴や」


 案外というのは心外であるが、褒めてくれると何か照れくさい。

 

「父を騙す事になって気が引けるんですけど、例えお芝居でも秋一さんが彼氏役を頼むのが気が引けてです。それに私が帰ったら、この夜桜荘に残ったマルタさん達も心配ですし」

「お? ウチらの事心配してくれて、うれしいなぁ」

「はい、アルコールの倉庫になりそうで」

「あっはっは、マルちゃんはお酒好きだもんねぇ、隣の部屋なのにコッチまでお酒臭くなるし。シュウちゃんはアヤメちゃんの事好きじゃないの?」


 そう笑うのはテンである。


「そりゃ、大好きだけど?」


 普通の会話で普通に返したはずだったのに、思わず素で出た俺の言葉で俺自身も体が固まる。

 マルタとテンは普通に食事をしているのに、アヤメさんと俺だけが赤い顔をして止まったままだ。


「わかいねん~、さてさて、一人身の寂しいウチらはさっさとご飯たべへんとな」

「テンはまだ先があるもん。マルちゃんは先が無いし賭けたっていいよ。いったーい、叩かなくてもぅ」


 二人の漫才を見て和やかな場にもどる。食事を終えてゆっくりと寛ぐ。

 今は無き実家から持ってきた少し古いゲーム機でテンとレースゲームをして楽しむ。

 

「さて、もう遅いし部屋もどるでー」


 マルタの声で時計をみると二十二時を回っている。

 皆にお休みの声をかけ自室へと戻ると、先ほどの光景を思い浮かべて一人悶絶をする。

 布団の上でゴロゴロとしていたら何時の間にか寝ていたらしく、そして今日である。

 ドアに備え付けてあるインターホンが鳴る。外部と繋ぐ機械なぞ付いてなく、直接ドアを開けて確認しないといけないのが古い建物の欠点だろう。

 何故か俺の布団で寝ているテンを起こさないように着替え玄関の内側へと回る。


 ついにきたか……、緊張した声で大声を上げた。


「はーい。今出ます~」


 ドアを開けると熊が居た。

 いや熊のほうがまだましだったかもしれん。

 身長ニメールに取ってつけたように左目に縦につけた傷。何処かの独眼流ですか? と質問したい、さらに腰には刀を差している。

 あ、やっぱ熊で独眼流の人ですか、とっさにドアを閉め大声で叫ぶ。


「マルタ! で、電話! いちいちれい。頼むー不審者だ!」


 俺の叫びを聞いてマルタと雪乃さんが階段から降りて来る。

 俺は必死でドアノブを抑える。


「不審者ってどんなんー? ウチが追っ払ってやろかー?」

「あの、物騒な事は、えっと電話ですね」


 備え付けの黒電話へと小走りに走るアヤメさん。

 あくびをしながらマルタが聞いて来る。


「身長ニメートル以上の顔に傷のある刀を持った大男! あ、駄目もう抑えてられな」

 

 俺が必死で抵抗してるせいがドアがギシギシと音を立てて鳴っている。


「顔に傷があって背が高くて刀……すみません。その人父です」

「え?」


 受話器を持つ雪乃さんの言葉で俺の力が抜けた。

 いきなり力が無くなったせいなのが、俺はドアと一緒に壁に吹き飛ばれた。

 意識を失う前に最後に見た姿は肩からショルダーアタックを掛けてきた人間離れした人物だった。

 

「ガッハッハスマンスマン。いきなりドアを閉められるものだからついこじ開けようと思ってな」


 食堂で熊、もとい源太郎の言葉を聞く包帯姿の俺。


「しかし、管理人が居るとは聞いていたが、ひょっこい男だったとは、いや、これは失言、ガッハハ」


 源太郎が、俺をみて豪快な笑いをしてくる。

 顔は黙ると怖いがひょうきんでよく笑う。良く笑う所などアヤメさんに似ている。この場合はアヤメさんが源太郎に似たんだろう。


「はい、お父様お茶です」

「おっちゃん日本酒もってきたで~」


 台所からお茶とお酒を持ってくる二人。


「おお、大きくなったなー二人とも」

「お父様、私まだ一ヶ月も離れてません」

「男子三日もたてばだ」

「おっちゃん、ウチら女の子や」

「がっはっは、すまんすまん。でな、解って居るとはとは思うが」


 鞄をごそごそし始め、


「彼氏候補は出来たか? お父さんな。お爺さんに言われて見合い写真を沢山持ってきたんだ、これなんかどうだ。鳴神財閥の長男だ、収入良し。血統良し。顔は、お父さんに負けるがそこそこいいぞ」


 鞄からお見合い写真を出してきた。


「お父様ちょっと……」


 アヤメさんが言いよどんでる。


「む、さすがにこれはダメか。こっちの男はどうだ。血統はまぁ落ちるがさっきのより高収入だ。一生楽に暮らせるぞ」

「あの……実は」


 アヤメさんがさらに困った顔をする。


「取りあえず何が返事を持って行かないとなぁ。写真じゃ良い奴もわからん、どうだ故郷にいる。火車の倅はどうだ。よく知っているだろう?」

「お父様、あの子はまだ8歳です」

「それじゃ一目の息子はどうだ」

「息子さんって悟おじさんですか? あの人は妻子いますけど」

「なに。男子たる物妻の一人や二人いてもいいじゃないか」

「そのわりにはおっちゃん、奥さん一筋やな」

「浮気すると怖いからな。それに俺は愛する女性は一人で十分だ、ガッハッハ」」


 マルタにちゃかされ真面目な顔で答える。

 

「あーげんちゃんだぁ」


 食堂にテンの顔が見えると入り口から勢い良く源太郎に飛びつく。


「て、天狐さまっ」


 それまで笑っていた源太郎の顔が引き付く。


「もう。かたっくるし言い方してぇ。テンはテンでいいって何回も」

「し、しかしですね。天狐様っ古くからいる天狐様は……」

「アヤメちゃんの恋人なら、もういるよ~其処のシュウちゃんだよぅ」


  俺とアヤメさんを交互に指を差して考える、そして腕に纏わり付いているテンに顔を合わせるとテンは顔を上下に振って肯定の意味を出している。


 周りがシーンとなっていた所に真っ赤な顔で言葉を喋るアヤメさん。


「お父様、実はこの方が私の恋人です」

 

 場の空気で固まっていた源太郎さんが、おもむろに荷物のほうに振り向く。

 再度こっち、正確には俺を見ている、手には日本刀。

 日本刀!? 銃刀法違反ですよね。それって。


「そうか。近頃は変な男が居ると聞く、なよなよしたこんな男に、可愛い娘をっ」


 さっきまで豪快に笑っていた顔とは打って違って、俺に刃先を向けてくる。

 

「おっちゃん。シューイチ君はおっちゃんと同じ普通~~の人間やで」


 どうみても。日本刀を向けてきている源太郎が普通の人間には見えないが、その迫力で後ろに数歩下がる。ジリジリと間合いを詰めてきた。

 ゆっくりと刃が上空に上がる。

 そして俺に一気に落ちてくる。

 切られる! そう思った俺は固まったまま目をつぶる。


 何時までも来ない刀に薄っすらと眼を明けると、変わった大きな雪だるまが目の前に一つ。

 普通のと違うのは顔の部分が源太郎の顔で在る事だけだ。

 アヤメさんが怖い顔をして源太郎を睨み、テンは手を叩いて喜んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る