第2話 うちのベランダにいる○○○

「またここにいる……」


 黒いぼさぼさ髪の、つり目がちなその子を見下ろして、わたしはため息を吐いた。


「別にいいじゃん。ここまでは、おれのテリトリーなんだから」

「別にここはあんたのテリトリーじゃないし。うちのベランダだし」

「あーはいはい。この不毛な会話、もう何べんもやって飽きてるから。はい、やめやめ」

「翔汰(しょうた)、あんたはいつもいつもそうやってうやむやにしようとするんだから……」


 翔汰はわたしから視線を逸らして、ぺろぺろと手の甲をなめはじめる。

 気取って人の姿を模しているけれど、やっていることは猫の姿の時と変わらない。


 猫耳もしっぽもきれいにしまいこんで普通の人間に見えるところは、さすが千年以上生きているだけのことはあるけれど。


 ただ、淡い青色の水干を身に着けた男の子がベランダにいるところを誰かに見られたら、おかしいと思われるのは間違いない。


 そもそも、男の子がずっとベランダにいたら、あわや虐待かと疑われても仕方がない世の中だ。


「せっかくおまえが帰ってくる時間だからって待っててやったのに、小言ばっかりでうるさいんだよ」


 ちぇ、とつまらなさそうに翔汰がぼやく。


「うらの神社の池に封じられてるはずの妖猫がしょっちゅう自分ちのベランダに居座ってるんだから、小言くらい言いたくなるってもんでしょ」


 確かに、もうこんなやりとりは何十回もやっていて、わたしだって言ってどうなるものでもないってわかってはいるんだけど。

 翔汰がちらりと片目だけでわたしを見た。

 その眼光の鋭さに、わたしは思わず腰を引く。


「な、なによ」

「これがある限り、おれはこのベランダより先へは行けないし、おまえに危害を加えることだってできない。それはおまえだってよく知ってるはずだろ」


 翔汰が首を傾げて顎を上げ、その細い首に何重にも巻きついている鎖をわたしに見せつけると、ぐいと引っ張る。


 鎖が、じゃらりと重い音を立てた。

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