第22話 エピローグ

 放課後の喧噪溢れる廊下を進んでいると、見覚えのある顔が近付いて来た。


「あっ、常田君」


「おっす、咲。今日も練習行くんだよな」


「うん、まあね。なんせ、今日からようやく始まるからね。出ない訳にはいかないよ。……常田君は、行くの?」


 心配そうに俺の顔を見つめる咲。それを解くように、俺はふっと微笑みを作って応える。


「ああ、まあな。ちゃんと行くよ。でも、今日は寄る所あるからさ、先行っててくれ」


「……そっか、分かった。じゃあ後でね」


 まあ、効果はさして無かったようだ。俺も「また後で」と言葉を告げてから、再び歩を進み始めるが、行く直前に見えた咲の顔は相変わらず憂慮に堪えない面持ちをしていた。

 あの試合から一週間が経過した。

 友香に命令されて、というのもあって、試合後も俺は練習に顔を出し続けていた。俺の役目は終わった筈なのにやれやれだぜ……何て言い訳しつつ、それは建前で本当は行く理由を作ってくれたことに感謝している。日々成長していく、彼女らを見ているのは何だかんだで楽しいもんだからな。特に勝利の味というのを知ってしまった彼女らは、大会出て優勝するぞーっと今まで以上に嬉々として練習するものだから、見てるこっちも触発されてしまう。

 っという訳で、俺も負けじとボールに触っていた。練習時は積極的に俺も参加させてもらい、校外では野球から離れていた期間よりもランニングの距離を伸ばし、毎日欠かさずバットも振っている。

 そして遂に今日の朝、吉報が届いた。二軍とはいえ我ら才城女子野球部が無謀だと思われていた中東征高校女子野球部を倒したという結果を踏まえて再検討した結果、女子野球部復活が正式決定したという報を友香が朝一番に伝えてきた。

 元々勝利すれば復活という約束ではあった為勝った時点で復活はほぼ決定的だったのだが、それにダメ押しをしてくれたのが東征高校側からの、負けたからでは無いけどなかなか強い良いチームだと、廃部にするには惜しいという口添えの言葉だったらしい。……あのおっさん監督が言ってくれたのだろうか。なんかイメージ合わないし真偽の程は定かではないけど、もしそうなら、自信家で嫌みったらしい人だったけど、ありがたくもあるような気はする。

 さて、っということで、俺にはすぐにやらなければいけないことがある。今それをする為に職員室へと向かっている。

 まだ正式に決めていなかった部活動を、いよいよ選択しなければいけない。

 とっくに期限は過ぎているが、これまではとりあえず女子野球部の記録員として登録しておいた。試合が終わり、女子野球部の存続か廃部かが決まるまではそれで良いと担任には許可を得ていたが、決まった今はあらためて出す必要がある。

 俺が取り得る選択肢は二つ。今日の練習で皆に別れを告げ、野球部に入部するか。それとも、自分が選手としてプレーすることを諦め、女子野球部の監督を続けるか。

 ――もう、俺の気持ちは決まっていた。

 あの試合を見て、苦しそうなのに、でも何より楽しそうにプレーする彼女らを見て俺はあらためて野球をやりたいと、あのフィールドの中で自分でまたボールを触りたいと思えた。昔の気持ちが甦ってきた。俺はやっぱり野球が好きなんだ。野球をやりたい。

 でも、俺が見た夢には皆が試合する中、大声を出して応援している俺がいた。もしかしたら、彼女達を導くのが俺の役目なのかもしれない。なんて、思い上がりなのかもしれないが。

 それにそれは俺の希望でもあって。まだ俺自身、彼女達の成長を見ていたいのかも知れない。

 あんな夢を見せられてしまったのだから――


「新設女子野球部 記録員希望」


 そう書かれた紙を、提出することにした。

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