第24話 俺が勝てばいい

 三時間後、空が茜色に染まる時間帯になり、カルラはようやく目を覚ました。

 そして夫マルクと共に、子どもが守護剣に連れ去られた状況を説明した。


 聞くところ、どうやらこの村にやってきたのはカラツァの部隊のようだった。あの戦いのあと、回復したカラツァはこの村にやってきたのだ。


 それで村人を広場に強制的に集め、魔力があるかを測定していったらしい。

 滅多に訪れない訪問者――それも守護剣――にすぐに対応できるはずもない。

 この両親も、子どもが魔力を持っていたことに気づいていなかったようだ。


 たとえ微弱な魔力でも発見されれば連れて行く。それが守護剣のやり方だった。


「あんにゃろ……!」


「あの軍は実力がすべてだ。なにか手柄が欲しかったのかもしれない。成果がなければ階級も下がるって噂だし」


 アルダスとハルトが険しい顔で言った。


「んなことのために連れていかれたのかよ。なんなんだよあの軍は」


「遅かれ早かれ連れて行かれていたとは思うけど、でもやっぱり許せない」


 レイジはテーブルに拳を叩きつけ、リディアも悲しそうな顔で呟いた。


「どうにかできないのかよみんな。連れて行かれたのは朝なんだろ? あの乗り物移動遅そうだし、まだ間に合うんじゃ」


 考えるように顎に手を当てて聞いていたハルトは、ゆっくりとかぶりを振る。


「さっきも言ったけど、僕たちが介入することは現状できない。ここで僕らができることは、情報を得ることだ。今後の守護剣にどう対応していくか、どうやってこれを防ぐか……考えるしかない」


「でも、戦う意志のない奴が軍に入るなんて、やっぱりおかしいだろ。それも一〇歳って」


 この家の子どもは一〇歳の女の子で、名は『エルナ』というらしい。どれほどの魔力を備えているかなど正確なところはわからなかったが、そんな幼い子どもにまで強制的に働かせることは、レイジには到底理解できなかった。


「許せねえな……!」


「アルダスさん……」


 マルクもこの村で生まれ育ったため、アルダスとは長い付き合いになる。エルナが生まれた時は村全体が祝福し、大切に育てられた。まるで村の宝のようなものだ。アルダスも村を離れるまでは娘同然に可愛がり、よく遊んだものだ。


 それからしばらく無言が続いた。重い空気が部屋全体を包む。


「アルダスさん、それにみなさんも、ご迷惑をおかけしました」


 カルラは重い空気を察したのか、申し訳なさそうに、深々と頭を下げた。


 そんな態度にハルトは恐縮し、すぐに頭を上げるよう促す。


「い、いえそんな。僕たちはなにもしていません。状況を聞いただけですから」


「いえ、あなたがたのような立派な魔法士さまが来てくださって、それだけで感謝しております。悲しいですが、別に強盗に連れ去られたわけではありませんし、出向けば顔も見られると聞いています。わたしたちはそれで満足ですから」


 それを聞いて、レイジは歯を食いしばった。カルラの声は震え、顔全体が涙で濡れ、とても満足している表情にも見えないし、満足できないことは、誰にでもわかる。


「ハルト、一つ聞きたい」


「なんだ?」


 唐突なレイジの問い。


「守護剣は実力主義だって言ってたよな」


「そうだが」


「一番上にいるやつは、どのくらい強いんだ?」


「どのくらい……って、まさかっ」


 なにかに気づいたのか、ハルトは叱責するように声を張り上げて言った。


「だから言っているだろう! 僕たちは魔法で物事を解決することはもうしないって!」


「ちがう」


 レイジは拳を見つめて言った。


「俺が勝てばいい」


 その発言に、この場の全員が目を丸くし固まった。


「ば、馬鹿なことを!」


「それが一番理想じゃねえか? 俺ってよそもんだし、お前たちの正式な仲間ってわけじゃないだろ? それに、俺には魔法が使えねえからな」


「そういう、問題じゃ」


「あんな軍だ。トップを倒せば多少言うこと聞いてくれそうなもんだけどな」

「無茶なことを考える……」


 ハルトは呆れてため息をついた。


「で、どうなんだ?」


「おまえ、馬鹿なの? 守護剣を舐めすぎ。トップに会うことがまず不可能に近いし、あの軍の人数は半端なく多い。魔法士の他にも一般兵もいるから、数千人は相手にすることを考えないと。あのカラツァの部隊だって、実力的には下の上くらいだし」


「……」


 馬鹿にするような顔で(事実馬鹿にしているのだが)リディアが意見を一蹴した。


 確かに軍のトップなど基本表舞台になど出てこない。リウェルト軍だってそうである。それにその側近には強大な力を持っている者が当然いるだろう。自分の命を賭けて守りきるに違いない。


「……全盛期の僕らが突撃したって、勝率は限りなくゼロに近いだろう。君のその力だって、無限ではないんだろう?」


 それを聞いて、レイジはうなだれた。流石に一人でできることではなかったのだ。


「ありがとな、坊主。俺ぁ嬉しいぞ」


 アルダスに頭をわしゃわしゃと撫でられ、レイジは顔を赤らめる。


「はぁ、学校でもよく怒られたよ。後先考えずに突っ走るなって。それが仲間を殺すことになるってさ」


「……そうか、おめえらしいな」


「でも俺は、なんでもかんでも首突っ込んで迷惑かけてた。それでも守りたいものがあったからだ」


 リディアはレイジを見つめて口を開いた。


「おまえは、どうしてそんなに助けたがるの? 気持ちはわかるけど、赤の他人のことでしょ?」


 いつになく真剣な態度で問うリディアに驚きながら、レイジは答えた。


「前に話したけど、俺は向こうの世界で失うもん全部失った。家族、大切な仲間、全部失ってここに来たんだ。俺は、失う怖さを知ってるつもりだ。だから、頑張って探せば見つかるだろうなくしたものを、探さずにそのままでいるなんてことはしたくない。だから俺は、できることは全部やりたい。やってだめなら違う方法で、それでだめなら、また考える」


「それでも、だめなことはあるわ」


「俺は馬鹿だからな。諦めって言葉を知らねえんだ」


 リディアは憐れむようなため息をついた。しかし、表情はどこか柔らかい。

「暗くなってきたね」


 ハルトが窓の外を見て言った。いつの間にか、きれいな茜色だった空は藍色になり、月が見え始めていた。


「今日はこちらに泊めてくださるとのことなので、お言葉に甘えて休ませてもらうことにしよう。すみませんがお世話になります」


「ええ。狭いですがどうぞゆっくりなさってください、食事を用意します」

「ああ、いいっつーのカルラ。俺がやる」


 そう言ってアルダスは率先して家事を始めた。キッチンを使いこなすその様は、やはり完全に主婦の動きだった。

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