第23話 英雄の魔法士
魔法士。それはこの世界で特別な存在だ。
その素質があるものは一万人に一人と言われており、完全に使いこなせるようになる者は、その中でもひと握りだ。魔法はこの世界で決してありふれた力ではない。
かつて魔法が使える者は恐怖され、時代によってはその力が発現した時点で殺されたこともあった。その恐怖となった発端は、やはり他の者より強い力を持ってしまったことによる、人への支配欲だった。
強い力は争いを呼ぶ。まさにその通りだった。
アルカディア――この世界には際立って強力な武器はない。数発連射ができるような単純な仕組みの銃と単純な造りの剣。戦車のような大型兵器は各国に数両あるくらいだろう。
魔法はそれを簡単に凌駕する。だから恐れられた。
国が魔法に関する法を定めても、魔法を使う者への一般国民の態度は変わることはなかった。
――ある魔法士たちが現れるまでは。
「これは今から五年前の話になる」
そう話を切り出したのは、ハルトだった。
守護剣に子どもを連れて行かれたという夫婦の家で、レイジ、リディア、アルダスを含めた四名で、その時の経緯を聞く目的でテーブルを囲んでいた。
主人の『マルク』はそれぞれにコーヒーを用意し、テーブルに並べていく。
奥さんの『カルラ』は精神的な疲労が溜まり寝込んでしまったため、これからしばらくマルクはその看病をすることになった。
その間、よく事情を知らないレイジのために、ハルトは過去について話すことを決めたのだ。
「てかハルト、お前俺のこと信用するまで自分らのこと話さないって言ってたじゃねえか」
「ど、どうせ君はご主人の話を聞いても意味がわからないって騒ぐだろうから、それがめんどくさいだけだよ。嫌なら聞かなくていいんだぞ」
「嫌じゃねえって。頬を膨らますな」
たった五日の付き合いで信用するのは難しいが、悪い人間ではないことはわかっていた。ハルトは守護剣が一体どういう組織なのかを説明する前に、なぜ守護剣が結成されたのか――その話から始めた。
「五年前――突如、世界中で魔力を持つ人間が大量発生したんだ」
「ん……大量発生? 今まで魔力がなかった人間に、魔力が身に付いたってことか?」
ハルトは頷いて肯定した。
「ほとんどの人が、正直あまりたいしたことがない、魔法と呼べるかわからないようなものしか使えなかったんだけどね」
「……ただ、強大な力が身に付いた奴らも現れたの」
暑いのに出されたのがホットコーヒーだと気づいたリディアは、カップに触れただけで元の位置に戻し、続けて言った。
「おまえ、いきなり力を手に入れた奴らがすることはなんだと思う?」
正面に座るリディアに聞かれ、レイジは一瞬困惑したが、答えはすぐに出た。
「正義のために使うって奴は、ごく少数だろうな。今まで憎かった人間に仕返し……なんて話はありそうだ。犯罪にだって使えるだろうし。俺の世界がいい例だ」
「そう。人間性までも変わってしまう。そんな奴らが増え続けて手に負えなくなったのよ」
「だから僕らは旅に出た」
「旅?」
ハルトは少し嬉しそうに「ああ」と答え、
「正確には、旅をしていた人についていった、かな。ある日僕とリディアが住んでいた町に、魔法を悪用する集団が現れたんだ。それでリディアが争いに巻き込まれた。そんな時あの人に助けてもらったんだ。僕は当時一六歳で、歳も変わらないのにすごいことをするって憧れた。魔法の才は生まれつき持っていて、それを人助けのために使ってきたらしい」
当時元々魔力を持つ人間は、その才を隠すものだったらしい。ハルトとリディアもその一例だった。
魔力は恐怖でしかない。魔法が使える人間に対し危害を加えることは法で罰せられるが、町ぐるみになるとどうしようもない。幼い頃から魔力を隠して生活してきたハルトたちにとって、その人物との出会いは衝撃だったに違いない。
「僕はそんなあの人についていくことを決めた。まあそれまでにいろいろあったんだけどね。リディアはまだ一〇歳の誕生日を迎えたばかりだったし、ついてくるって言った時は困ったよ」
「ん、じゃあお前今一五なのか?」
「だからなに?」
「いえすいませんっした」
レイジは、リディアが自分と同じかそれ以上だと思っていたため、少し意外な顔をした。
多少のあどけなさは残っているものの、それでも割と整った顔をしているし、出ているところは出ている。
年齢を確認しただけで睨みつけてくる理由はよくわからないが、とりあえず殴られる前に謝っておく。
「そんなわけで親の許可を得て、とうとう僕らは旅に出た。今まで魔法は使ったことがなかったから、いろいろと教えてもらったのは懐かしいな」
「いろんなことをしたわね。アルダスにも会えたし」
「ああ。俺ぁ途中参加だったが……確かお前ら、俺の剣を見にこの村に立ち寄ったんだったな」
「その時にはすでに仲間は四人いたんだけど、その内の一人が剣士だったんだ。この村の鍛冶屋が有名だから行きたいって言って、それでアルダスに出会った」
レイジはコーヒーを一口飲み、
「へえ、仲間って結構いたのか?」
「そうだね。最終的には一〇人で行動していたかな」
「じゅ……そんな大勢でなにしてたんだ?」
「最初はさっき言ったように、魔法を悪用する人たちからみんなを守っていた。だけど旅をしていくうちに、多くの人々に魔力が身に付いた原因がわかってきたんだ」
するとアルダスが腕を組み、深刻な表情をして言った。
「それが人為的なものだってことがな」
「は? 魔力をみんなに与えた奴がいたってことか?」
「魔力が暴走する人々も大勢現れ始めた。だから多くの仲間を集めたんだ。魔法を正しいことに使う人たちをね」
天井を見上げてレイジは唸った。
「敵は強大だった。最終局面では国が当時の軍隊を総動員させたけど、その大半が魔力を持たない兵だった。多くの人が死んだよ」
「俺らの仲間も……な」
その言葉を聞き、リディアは俯いた。当時一〇歳の少女が経験するには酷な話だ。この三人を見ているだけで、当時の仲間がどういう信頼関係にあったかは手に取るようにわかる。その絆がその戦いで失われたのだ。
一瞬だが、小隊仲間のことがレイジの脳裏をよぎった。あの悲しみを彼らも味わっているのを知ると、なんとも複雑な気持ちになった。
「そして僕らは勝利した。自分の支配する、魔法だけの世界を生み出そうとしていたその敵に」
それを聞いて、レイジはあることを思い出した。
「だから、〝英雄の魔法士〟なのか。世界を救ったから」
ハルトは硬い表情で頷き、
「そしてその戦いが終わったあと、その影響で魔力を得ていた大勢の人たちから魔法が失われ、世界は安定を取り戻しかけた。でも、それからが大変だった」
「俺たちが、魔法を最強だと証明しちまったからな」
「ん? それのなにが悪いんだ?」
アルダスの言うことが理解できないレイジは首を傾げた。
「考えてもみろ坊主。国が誇る兵士の大多数が敗れた中で、俺たち魔法士……それもたった一〇人で勝利したんだ。国の方向性は嫌でも変わる。ただの兵はだめだ、魔法士で組織した軍をつくろうってな。それでできたのが守護剣だ」
「だけど魔法士の素質を持つ者は限られている。ならどうするか」
ここでレイジは、この世界に来た時に戦った『カラツァ・グリン』という男とハルトの会話を思い出した。確かハルトはこう言っていたはずだ。
――否応なく〝魔法士〟の素質がある者を拉致し従わせるなどあってはいけない!
「だからこの家の子どもが……!」
「そういうことさ」
あの守護剣という軍隊の大部分が、自分の意志で入ったわけではないということだ。レイジの中に怒りが込み上げてくる。
「なら、助けに行かないとじゃねえか!」
「無理よ」
そう一蹴したのはリディアだった。
「今のわたしたちにはできない。ここの子どもには申し訳ないけど、我慢してもらうしかない」
「お前……!」
勢いよく椅子から立ち上がったレイジを、横に座るハルトは手で制した。
「待てレイジ。僕たちの最終目的は、彼らの開放だ」
「ならどうして動かねえんだ」
「今は焦ってもしょうがないんだよ……」
「……」
「現状これで世界の治安は保たれている。僕らが無理やり軍を解散させたって、今後どうなるかわからない。悪化するかもしれないんだ。だからもう少し待ってくれ」
納得はいかないが、世界情勢を全くと言っていいほど知らないレイジは、世界を旅したハルトたちの意見を尊重するしかなかった。ふんっ、と鼻を鳴らしてから、レイジは着席した。
「ほう、意外と素直じゃねえか」
「うるせ」
「……それにわたしたちは今、強くなりすぎた魔力の大部分を封印してもらっているの。そして、わたしたちはもう魔法は使わないと決めた。こんなことになるきっかけを作ってしまったし、魔力は争いしか産まないことを、あの旅で身をもって実感したから。だから、こんな状況で助けにいくなどできないのよ」
英雄と呼ばれるほどの実力がありながら、先日の戦闘では苦戦を強いられていたのはそういうことだったのか。少し頭にその点が引っかかっていたため、レイジはそれを聞いて軽くすっきりした。
「だから、今は剣だ」
アルダスはテーブルに立てかけた巨大な剣を見つめて言った。ハルト、リディアもそれぞれ自分の剣に触れた。
「剣が魔法より危険性がないかと言われれば、答えは否だ」
「じゃあなんで剣を? 矛盾すんだろ」
「なぜ剣を……だと? そりゃおめえ……」
その答えにレイジはのどを鳴らす。
「俺の趣味だ」
レイジは勢いよく椅子ごとひっくり返った。アルダスは大爆笑。ハルトは今の答えに恥ずかしさから顔を真っ赤にし、リディアは今の光景を見て、顔を背けて震えている。
「意味が……わかんねえ」
剣一筋で嫁に逃げられたといっていたのも頷ける。この男はただの剣馬鹿だ。
「がっはっは。まあ、いろいろあんのさ坊主」
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