第3話 反省文

 風呂で暫しの休息を得たレイジは部屋に戻り、学園支給の携帯電話でメールを確認すると、先程暴言を吐いてしまった相手――岩野教官から反省文を提出する旨の連絡が入っていた。


「マジか。てか今日中とかやめろよ!」


「俺をおいてけぼりにしたのがわりーんだよ。うけけ」


 無事に食堂から帰還したナツキがけらけらと笑う。それを気にせずベッドで読書をするダイゴと、ため息をつくケイ。


「一九時半か。くっそ、早く寝ようと思ったのに。あーもう!」


「消灯までには終わらせてくださいよ紫藤君。灯りが付いてるのを見られたら僕らまで書かされてしまいますから」


「わーってるよ。安心しろ、俺を誰だと思ってる」


 そういってレイジはすぐさま反省文用の書類を机から取り出し、慣れた様子でペンを走らせた。

 教官に対し数々の無礼を働いてきたおかげでこれを記入するのは六回目である。

 普通は一回も書かずにここを卒業するのだが、よく退学にならずに済んでいるものだと小隊メンバー全員ヒヤヒヤしている。


 寮の消灯時間は二一時と非常に早い。それまでに書き終わらせて教官に提出しに行かなくてはならない。

 いつもより気合を入れて書き始めたのはいいものの、過去の反省内容と被るとすぐに書き直しになるため、どう違う表現で反省色を表すか四苦八苦する。


 そして記入指定文字数の半分もいかないまま一時間強。


「ケイ~」


「僕を頼っても無駄です。そんな書類見たことも書いたこともないので、まったく僕は役に立ちませんよ」


「いいのかよー。お前も巻き添え喰らうぞー」


「知恵を振り絞って回避します」 


 レイジは顔を引きつらせると、ため息をゆっくりと吐き出し頭を抱えた。



 二〇分後、あと五分で消灯という時間でようやく反省文が完成した。


「おっしゃ行ってくる!」


 寮を勢いよく飛び出し、教官室へ向かう。


 寮と校舎は一〇〇メートルほどの距離がある。五分あればギリギリ消灯時間までに往復できるとは思うが、とにかく急いだ。


 着くと、教官室は暗闇だった。


「は?」


 この時間は通常ならまだ数人教官が残っているはずだった。廊下も灯りがなく不思議に思っていたが、本当に誰もいない。


「いやいや、今日までって言ったのあいつだろ」


 昇降口で拝借した非常用のライトで室内を照らしてみたが、やはり誰もいなかった。


「まあいいや、確か席はここだよな」


 教官たちの机や飛び出た椅子がひしめき合っている中を進み、目的の岩野の机を見つける。そして反省文を乱暴に叩きつけた。


「許さぬぞハゲめ!」


 レイジはそう言って教官室を出た。ライトだけが頼りの暗い校舎は多少気味が悪かったが、戦場に比べれば大したことないと自分に言い聞かせて早歩きで昇降口に向かった。


 昇降口で靴を履き替えている時に疑問が浮かんだ。


「そういや、なんで鍵空いてんだ?」


 セキュリティが厳重の校舎でありながら、この状況はおかしかった。誰かまだ残っているのだろうか。それが一番考えられるのだが、レイジはなにか引っかかり、履きかけた外ばきを下駄箱に戻した。


 人の気配はない。五階まである校舎のメイン廊下を一通り歩いてみたが、誰かが残っているような様子はなかった。レイジは携帯を取り出しメールの受信確認をした。


「そういやライアのやつ。明日の予定と会議の内容メールするって言ってたよな。まだ来てねーじゃん。そもそも会議終わったのか?」


 時刻を確認すると、すでに二一時一五分だった。こんな時間に校舎内で誰かに見つかると、反省文どころでは済まなくなる。


「どうせこんなにオーバーしてんだ。あと何分遅れようが変わんねーか」


 教官たちへの恐怖もあるが、それよりも校舎の鍵が空いていた理由、そしてライアたち隊長がすでに寮へ戻っているのかが気になった。わかるまで戻っても眠ることはできないだろう。


「会議室って確か……」


 会議室は全部で三部屋あり、隊長会議で使用される部屋は決まって第二会議室だった。単純に二番目に大きい会議室ということで付けられた名であり、約五〇人が座れる席が設けられている。


 よく使われるメイン廊下ではない、三階の少し入り組んだ細い廊下の先にそれはあった。


「あー。なんだ、使ってんじゃん」


 ドアからは中の様子は見えないが、なにかを説明するような男の大きめの声が聞こえ、ドアの下の隙間から光が漏れていた。


 事件などではなかったことに少しほっとしたが、こんな時間までなんの話をしているのかがどうしても気になる。

 レイジはそっとドアに耳を当てた。


 すると、バンっという音と共に、勢いよくドアが開け放たれ、一人の少女が飛び出してきた。


「琴宮!」


 会議室内から呼び止める怒鳴るような声。続いて別の誰かの声がした。


「君たちは追いなさい。今この情報が外部に漏れると少し厄介です。抵抗するなら撃って構いませんので」


「なッ? どういうことです!」


「明日の計画に問題が生じては困ります。この場の一人の命など小さすぎる犠牲ですよ」


「……」


 レイジは今の会話をほとんど聞かないまま走り出した。今の声が誰か、内容なんてどうでもいい。今飛び出してきたのがライアだったからだ。


 機動力に優れているライアのダッシュは、運動神経の良いレイジでもすぐに追いつくことはできなかった。

 レイジも必死に呼びかけたが、いるはずのない仲間の声は、きっと別の誰かの声に聞こえているのだろう。


「どこに行くんだよライア! なにがあった!」


 逃げるように走るライアの向かった先は、一階のとある部屋だった。


「な、ここは……」


 ようやくライアの動きが止まり話しかけようとするが、レイジは今いる場所を見て思わず立ち止まった。


「Zスーツ保管庫……?」


 訓練以外で立ち寄ることがほぼない場所。


 リウェルト軍が戦闘時に着用し、レイジたち学生も実技訓練の際、正規軍に比べ機能はいくつか制限されているが着用しているパワードスーツ


 ――通称『Zスーツ』の保管庫だった。


 ライアは小隊長の中で選ばれた数名が預かっているカードキーを、震える手で探し始めた。


「おい、ライア?」


 そう言ってライアの肩に手を触れようとした瞬間、レイジは床に叩きつけられた。


「いでッ」


「レ、レイジ……君? え、なんでレイジくんがここに?」


 追っ手だと思い容赦なく片腕の関節を決めた相手がレイジだと知り、ライアは目を丸くした。そしてすぐにその腕を開放した。


「なんでって、そんなことはどうでもいい! さっきなにがあった。なんで、泣いてんだよ」


 ライアの目は真っ赤になり、走った後だというのに涙が流れ続けていた。

 呼吸が整わず裏返った声でライアは言った。


「わた、わたしっ、どうしたら……! どうしたら」


「落ち着けって、ゆっくりでいいから」


「落ち着いてなんかいられない! だって、だって!」


 レイジは次の言葉を聞いた瞬間から、震えがしばらく止まらなかった。





 ――これから、戦争が起こるって!

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