第2話 違うなにか
「あー、やっぱりあそこで俺がこっちに行けばクリアしてたな。ナツキなんてほっといて」
「そうすりゃハゲに怒られずに済んだかもなー。ついでに戦場にいけたかもなー」
「はいはい悪うござんした」
訓練着から制服に着替え、食堂の席に着くレイジたち小隊メンバー。訓練の反省会をしながらの食事が日課となっている。
各項目(銃撃などの実技)を担当している教官からそれぞれ合格点を貰えると、実際に戦場に行くことができる戦場訓練は、この美来学園にいる生徒たちにとって卒業するために必須な通過点なのだ。
それは未だ続く醜い戦いがあるという現実を見て、本当に自分がこの道に進むべきなのかを決める絶好の機会となる。
だが、レイジたちは岩野から合格点を得ることができずにいた。
彼の担当は格闘術と実践訓練であり、戦場訓練に行くための最終試験の試験管でもある。何度も試験を受けても、レイジたちは岩野の課題をクリアすることができずにいた。
「俺、もしかしていないほうがいいのか?」
レイジが拗ねたように呟くと、
「レイジくんは軍人としてはだめだけど、わたしたちの評価は高いよ! 安心して!」
「だいたいあの岩野教官に盾突いてあれだけで済むとかあれですか、あの人となにかいやらしい関係でもあるんですか」
「あってたまるか!」
ライアと、誰とでも敬語で話す生真面目な性格の持ち主、
レイジは思わず苦笑いした。
「紫藤君は僕たちのことはほっといていいんですよ。この小隊の中で一番能力は高いですし。そうすればきっと教官にだって認めてもらえるはずです」
「んー、といってもなぁ。俺は性格的にそういうの多分無理だし。それにほら、どうせならみんなで褒められたいじゃん? なあダイゴ?」
「うす」
一九〇センチの大柄な男、
一見怖そうにも見えるが、無口で暴力を嫌う心優しい男である。
「ま、レイジらしいっちゃレイジらしいけどな。でも最近戦場戦場ってやたら焦ってんなお前。さっきだってハゲにあそこまで言って。どうしたんだよ」
ナツキが真剣な表情でそう訊ねると、皆一斉にレイジの方へ視線を変えた。皆もレイジが戦場へ行くことにこだわる理由を知りたいのだ。
「……別に好きで戦場に行きたいなんて思っちゃいねえよ。たださ、あいつの言った通り自惚れてんだよ俺って。俺が行けばもっと人が救える。もっと戦いを終わらせることができるって。この国、いや世界の状況は一向に良くなってない。過去の数ある戦争だって終結後すぐに回復の兆しを見せていたのに、今回はまったくその兆候がないじゃないか。こんなのはおかしいだろ、戦争が終わっても世界から人が減る一方で、実際はなにも救えてない。リウェルトの力ってそんなもんなのかよ……!」
「……レイジくん」
「この軍は戦いを終わらせることだけ、いや、戦うことだけを目的にしてる気がするんだ。今の状況、それはそれで正しいんだろうけど、なにか違うんだよ。だから俺は一度本当の戦場ってものを見てみたいんだ」
話を聞いていたケイが再びメガネを上げながら口を開いた。
「紫藤君の言いたいことはわかります、僕も同じ気持ちですよ。ただ、突然テロが起きて、それからすぐに世界大戦が始まったんです。国同士や国内で人々が異常なほど警戒するのも無理ありません。国民の争いの原因の一つはそこです。それに黒雨戦争は未だに首謀国が判明されていませんし……。リウェルトの力云々よりも、まずはそこをはっきりさせないとだめなのかもしれませんね」
「食いもんの問題もでかいよなー。俺たちはその点幸せなもんだ。もぐもぐ」
「食べながら喋らないでよねナツキ! わ、なんかこっちとんできた!」
黒い雨は当初自然災害かと思われた。だが、雨を浴びた皮膚のただれ方などから、すぐにこれが化学薬品まみれの人工的につくられた雨だと判明した。
あえて人工的なものだとわかりやすいもので生成したことをアピールするような雨。
世界的規模で降ったこの雨は当然混乱を招き、国同士が警戒心を持つようになったため戦争へ繋がったのだ。
まとまりつつあった世界を壊せたことは、おそらくテロ首謀者の予定通りになったと言えるだろう。
「このまま紛争が続けばホントに人がこの世界からいなくなっちまうな。無駄に武器強化しやがってあいつらめ。もぐもぐ」
「だから食べながら喋らないでってナツキ! ……でも確かにこのところ紛争の規模というか、武器強化が目立つわね。どこから手に入れてるのかしら」
「武器で利益を得ることも戦争の目的の一部であったならば、黒雨戦争の首謀国……とも考えられますけど、そのくらいなら当然リウェルトも考えるでしょうし、それでまだ判明していないなら違うなにか、でしょうね」
「違うなにか……か」
レイジはそう言って水を一口飲んだ。
年々武器の質が上がり、昨今ついにリウェルト軍に勝るとも劣らない強力な武器を手に入れたという報告があった。
まだ対人用の一部の兵器しか同性能のものは所有していないようで、現時点では驚異ではないにしても、今それをどうにかしなければ今後確実に後悔することになるだろう。
「それでかしら。最近訓練で炎とか雷が出てくるのは。この前なんてホント雷落ちてきたでしょ? あれはびっくりしちゃった」
「確かに。あれは必要なのか? スーツの耐久力テストだとしても事前にやっとけよって話だし。ビビリ克服的ななにかか?」
「もぐもぐ。どーなんだろ。そういやげほっ、げほッ! ぐえっ」
横で顔を殴るようなバキッという音がしたが、レイジは静かに顔をそらした。
「きっとどんな状況も乗り越えろってことよね」
「ああ……」
「そ、そうですね」
「うす」
口からなにかを半分出しながら撃沈したナツキに哀れみの視線を向ける男たち。
女子といっても流石は軍人志望。ノーモーションからのパンチの繰り出し方は見事だった。
「あ、いけないもうこんな時間。わたしは隊長会議に行ってくるから、内容と明日の予定は終わったらメールするわね」
「あー、隊長って……お前か」
「もう! どうせわたしは役たたずの隊長ですぅ!」
ライアは食器トレーを勢いよく掴むと、足早にその場から去っていった。
レイジはひらひらと手を振り見送る。
「もう一九時か。こんな時間から会議なんて珍しいな」
「普段は昼頃なのに。どうしたんでしょうね」
「さあな。明日はあの日から一〇年だし、きっとなんかあるんだろ」
「ああ、そうかもしれませんね」
「それじゃ寮に戻るとするか。今日も疲れたし、風呂入って早く寝よっと」
絶賛気絶中のナツキを一人残し、レイジたちは寮に向かった。
全寮制のこの学園は、基本は小隊ごとに部屋を取り四人ずつ分けられる。
レイジが所属する第一七小隊は男子四名、女子一名のため、男子は一部屋にまとめて入っているが、女子のライアは別の小隊に所属する数少ない女子生徒たちと組み合わされている。
男子寮と女子寮は隣接しているが、寮の入口には当然厳重なセキュリティが施されている。
過去に女子寮に侵入を試みた男子生徒が、教官たちから非情な拷問を受けたのち自主退学したという噂があり、恐ろしくて入口付近にすら近づくことすらできない。
レイジは部屋に戻ると替えの下着などを持ち、男子寮に一つだけある大浴場に一人で向かった。
「あー、あっちーな。梅雨も明けたし、八月になったらもっと暑いんだろうな……」
今は七月下旬。風呂に入っても部屋への帰り道でまた汗だくになりそうな蒸し暑さ。
浴場の更衣室に到着すると、やはりここの時点でかなり暑かった。シャワーだけでいいかもな。そう考えながら服を脱ぐ。
訓練で付いた数多の傷はレイジだけのものではなかった。浴場にいる男子生徒皆が同じような傷を持っている。
小さなものから目を覆いたくなるようなものまで様々な傷が目に映る。食事と寝床を与えられるからという理由で入学した者は山ほどいる。だがそのような考えの者は必ず数日で去っていく。
だからこそ言える。
この学園にいる生徒全員が、世界の平和を願っているのだと。
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