第46話 平和な日々?

 俺は青龍が帰ってきて嬉しい。

「本当に子龍は良いの?」


 産まれたばかりなのに放置なんて良いのかな? 凄く心配だ。


「時々は様子を見に行きますから、我が君が心配される事はありませんよ」


 そう言われると、そうなのかもと思ってしまう俺は酷い人間なのかもしれない。


「子龍は丈夫だ。そんな事、聡が心配しなくても良い。それより仕事中だぞ」


 そうだった! 俺と来たら青龍が帰って来たのが嬉しくて、抱きついたりしたんだ。前田さん、見てないよね。


「家でお待ちしています」


 青龍も仕事を邪魔してはいけないと、帰ろうとする。でも俺はまた居なくなるのではと心配だで、青龍の上着の裾を思わず掴んでしまう。


「我が君……」


 困ったような、嬉しいような青龍の紺色の瞳を見ると、ハッと手を離す。


「聡、仕事だ!」強引に黒龍にダムの工事現場に引きずらていくが、目は青龍から離せない。


「彼奴はお前の側から離れたらしないさ。だが、次の交尾には私を選んでくれ。私は親龍との思い出が無い。子龍には少しは思い出を作ってやりたいからな」


 黒龍はズルい。そんな事を言われたら、他の龍を選べないじゃ無いか。


「お前ら、仕事をしろ!」と前田さんに叱られた。もしかして、青龍に抱きついたのも、さっきの会話も聞かれていた? 滅茶苦茶恥ずかしいんだけど……でも、青龍と交尾して子龍を産んだのが俺の中の黄龍だなんて説明出来ないし、信じて貰えないよ。


 俺達を叱っていた前田さんだけど、風邪気味なのに風が吹きっさらしの現場に出たのが悪かったのか風邪で寝込んでしまった。


「なんで前田を家で看病しなくてはいけないのだ!」


 黒龍は怒っているけど、単身赴任の前田さんをほっておかないよ。


「我が君は優しいから」


「青龍は分かってくれるよね!」やはり青龍は一番俺の事を理解してくれている気がする。


「聡、騙されては駄目よ。青龍は二度目の交尾を狙っているのよ」


 赤龍、そんなわけ無いじゃん。えっ、青龍は否定しないんだ。まさかね?


「シッシッ」青龍は、黒龍に追いやられている。帰って来たばかりなのに可哀想だよ。


「風邪にはお粥だな。前田も中国料理には飽きているだろう」


 白龍はお粥に梅干しと白菜の漬物を乗せたお盆を俺に渡す。


「ありがとう!」お礼を言ったら、頭をポンポンしてくれた。白龍ってお母さんみたいだね。


「あっ、胃袋から掴む作戦だ! 聡、肉じゃが男に騙されるなよ」


『黒龍、煩い!』俺の中の黄龍が怒る。


 流石の黒龍も黙った。やれやれ。前田さんにやっとお粥を食べさせられる。


「食後にこれを飲ませろ」


 三角に折られた紙に包まれた薬を赤龍がお盆の上に水の入ったコップと一緒に置く。


「風邪薬? ありがとう」


「前田には早く良くなって貰わなくてはいけないからな」


 その通りだけど、何だか他の意味にも感じるよ。俺は、2人を日本に帰そうと何回も思ったのだけど、青龍がいなくなった寂しさからキツくは言えなかった。今度こそ3人を日本に返そう!


「前田さん、お粥を食べれますか?」


 鼻水を啜りながら、前田さんはお粥を食べ、薬も飲んだ。


「聡、ありがとう」と言うとスヤスヤ眠る。あの薬、怪しい薬じゃないだろうな。効くのが早すぎるよ。


 兎に角、日本に帰国させようと意気込んで居間に来たのだが、そこでは3人の龍人が揉めていた。


「青龍、白龍、赤龍は日本へ帰れよ。天野の爺が煩くてしょうがない」


 黒龍の言う通りなんだけど、何だかモヤッとする。


「狡い、黒龍も帰国したら良いのよ」


「赤龍、それは無理じゃないかな? 黒龍も仕事で来ているんだから、それに俺より中国語も上手だし、上海支部のドンになっているんだよ」


 俺の言葉に黒龍が喜ぶ。このところ、本当に真面目に仕事をしているのは確かなんだ。今日だって早くから車の暖房をつけてくれていたし、運転だってしてくれたんだ。


「そうだよ! 私は仕事でここにいるのだから、お前達は日本に帰れ」


 白龍までが喧嘩に参加した。


「俺が帰ったら、聡の食事はどうなるのだ?」


「それは……でも、父からも電話で頼まれたんだよ」


 俺も天野の本家の爺様は権力者とつるんでいて、怪しいと思っている。でも、父に泣きつかれると弱いんだ。


「我が君の父上が……なら、一度帰りましょう」


 やっぱり青龍は俺が困っているのを分かってくれるね。なんて甘かったよ。


「なんで俺まで帰国するの? 仕事の途中だよ」


 風邪から回復した前田さんから「帰国しろと本社から連絡があった」と告げられた。きっと青龍が何かしたに決まっている。


 業務命令なので仕方ない。一度帰国する事になった。飛行機に乗るのは二度目だから慣れていると言いたいけど、やはり緊張する。


「ほら、聡。シートベルトを締めないといけないよ」


 他の3人はファーストクラスだ。俺と黒龍はエコノミークラスだった筈なのに、ラッキーな事にビジネスクラスに案内された。行きもそうだったけど、こんなにラッキーな事ってあるんだね。


 羽田国際空港に着いてからは、白龍の自家用車で家に帰った。何故、空港に白龍の車があったのか疑問に思うけど、考えても仕方ない。

 久し振りの日本の生活は、やはりホッとする。

「明日は出社しなくてはいけないから、早く寝るよ」


 前田さんから書類も預かって来ているけど、本家がらみで帰国させられたのなら、もう海外には行けないかもしれない。折角、中国での仕事も軌道に乗りかけているのに残念だ。


「我が君、そんな顔をなさらないで下さい。きっと上手くいきます」


 青龍には自分の考えなんか全てお見通しだ。


「明日は出社するけど、週末は田舎に帰って家族の顔を見ようと思うんだ。お土産も渡したいしね」


 きっと、青龍達に任せておけば、仕事を最後までさせてくれるだろう。


 問題は、いつまた黄龍が交尾したくなるかだ。殆ど記憶は無いけど、身を焼き尽くすような欲望の欠片は覚えている。だから、青龍を見ると少し恥ずかしさを感じる。


『聡は好きに生きたら良い』


 今は黄龍の言葉を信じて、平穏な生活を楽しもう。いつか、全てを受け入れる勇気が持てる日までは。


        

       終わり

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龍を統べる者 梨香 @rika0

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