第肆章六話 【死上】


「いつも、無理させてたよね いつも、助けてくれたよね

どこかに行ってしまった時、すごく辛かった。胸が張り裂けそうだった

初めて会った日、あのときから、ずぅっと・・・ううん、会う前から貴方は、私のために辛いことを背負ってきた

ありがとうなんて、そんな言葉じゃ足りないくらい感謝してる

貴方を追いかけ続けてたの。ずっと一緒にいるのに、馬鹿みたいに貴方の背中を追い求めてたの

貴方のそばが、とても心地よくて

こんな戦場でいつまでも戦えたのは、絶対に、そばに貴方がいてくれたから

泣いたときもあった。笑ったときもあった

でも、それよりもっと。貴方がそばにいてくれることを喜んでいた日が一番多かった

ねえ

貴方は望んでたの?人を殺め続けて・・・戦い続けて

死神なんて呼ばれることが、貴方の望みだった?

だったら私、貴方が死神でもいい。貴方が貴方でいてくれるのなら、貴方の望むままでいい

私の大好きな死神さん

どれだけ悲しくても、貴方がずっと支えてくれた

愛してる

だから・・・・・・だから、もう一度

もう一度だけ、死神でいて

信じたいの

貴方と一緒に、いたい

貴方のそばにありたい

それだけが私の、生きる理由かもしれない。いいえ、きっとそう

ずっとあなたと、あなたと一緒に

歩んでいきたい

あなたと、一緒に」











その眼に青い光が灯った


通信が終わったか終わらないかの瞬間、黒鉄の巨人は手を地に突いた

肘を上げ、膝を立て、踵で踏み、そして片膝立ちになる

穴だらけのボロボロの体、放してしまった武器に手を伸ばす

空を飛んでいた汚らわしい機械の鳥共が、それを見逃すわけにはいくまいと地へ降りようとした

それに対して死神が行ったことはたった一つ。右手の筒を上に向けただけ

刹那、大空に炸裂するバズーカの弾 それは蝙蝠の群れを飲み込み、大爆発した

左手にガトリングを握り、右手にバズーカを持って、死神と呼ばれたその男は、


立ち上がる


恵みの雨のように地に落ちる残骸たちには目もくれず、ただ前を見据えた

青く輝くカメラアイ。その向こうには、四角錐の化物

まるで底知れぬ摩訶不思議の詰まったそれを、今から、倒す

そのために立ち上がったと言えば、嘘になる

彼の後ろにいるたった一人のために、彼は立ち上がった

彼と共にありたいと想った一人のために、彼は立ち上がった

想いのために、愛のために、死神は死を拒んだ

ならば

ならば、勝つしかないだろう?

機体の駆動音が、辺り一体を切り裂いた。それはゴール前のデッドヒート

この戦いを勝つための。愛しい人の元へ帰るための。共に歩むための。そう、咆哮

タナトスがブースターを起動した。背中の大型ブースターだけではない。全身のスラスターも、全て一様に機体から顔を出す

その全てが、一つ残らず全てが、巨大な焔を吐き出した

大気を燃やす炎は推進力となり、死神を空中へと飛ばす

砂漠の荒野に、タナトスが飛んだ

空気を体に受けながら、砲弾のごとく飛んでいく一機の人型機動兵器。それを追い掛け回す、無数のプテロプス

風を黒く染めたような数で、それは死神を追う

しかしタナトスは、二つの何かを空へと放った

自立攻撃ユニット。本体より小さなそれは、機銃とミサイルを撃つ

無数の群れへ、無数の弾丸を。無数の群れへ、無数のミサイルを

何体も何体も、機械の蝙蝠は羽と命をもがれて墜落する

群れは動きを変えた。ゼノから産み出されるプテロプス達が、タナトスと正面衝突する位置へ滑り込んだのだ

プテロプスが、タナトスへ砲撃を加えようとした

だが、左の腕から乱れ撃たれた数多のガトリング弾はそれを許さなかった

雷を何回も何回も何回も落としたような、そんな騒音を鳴らして、回転するその武装は邪魔物達を蜂の巣にし、薙ぎ払う

陣形が乱れたところへ、タナトスは突撃した

ガトリングで開けた穴をくぐるように、プテロプスの群れを突破する

乗り越えた後に、攻撃ユニットがミサイルを後ろに叩き込んだのは言うまでも無いだろう

形容するのも億劫な程の大爆発で背中側を明るくしつつ、死神は姿勢を変えた

踵をゼノに向けた。それも、両足分

ゼノと接触する寸前、光の膜がタナトスを覆った

瞬間、ゼノのバリアも起動した

ぶつかり合う互いの防衛機能。火花と閃光が接触点から多量に散っていく

結果は一瞬で出た

互いのバリアは打ち消し合い、無くなってしまった

結果タナトスが、ブースターとスラスターの推力を全開に使ったドロップキックをゼノに打ち込むことに成功した

叩き込まれる、鋼鉄の足裏

脚から鉄が軋むのが聞こえる。果たしてそれはゼノからか、タナトスからか

ピラミッドが姿勢を崩した。あまりの威力によろけたのだ。その体には、しっかりと足跡が刻み込まれていた

蹴りの姿勢から、一回転

両手の武器を向ける。バリアの無い今、ゼノに致命傷を与えられる今、決めなければいけない

だがしかし、そのピラミッドの頂点のビーム砲は傭兵を向いていた

光線が、絶対に避けられない距離から発射されてしまう








タナトスは、その醜い素顔を現した

ビームでやられた頭部装甲をパージして、骸骨の顔を晒け出す

怒りと共に光るカメラアイ。審判は、下された

自立攻撃ユニットが、ミサイルと機銃を残り全て発射する

両肩からロケット砲が、爆破させる

右手のバズーカが、強烈な威力の弾を吐き出す

左手のガトリングが、いくつもの弾丸を乱れ撃つ

それらを、同時に

暴力の奔流、威力の竜巻、火力の雪崩

あえて表現するならば、その辺りが妥当だろうか 

全ての火器を用いた攻撃が、ゼノを押し潰す

引き金は、引きっぱなし

何度も何度も、四角錐の化物を、撃つ

撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ

その度に、ゼノが大きく仰け反った 苦しむように、痛むように

撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ

まだ、撃つ

敵のなにもかもを、殺し尽くすように、撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ

粗方撃ち尽くし、武器を投げ棄てる

武器を撃ち尽くしても、タナトスの火力を結集させても、四角錐の化物は倒れなかった。ゼノの装甲の表面は最早穴だらけで、よくわからない回路が見え隠れする

ビーム砲をタナトスへ向け、一歩また一歩と進む。あれほどの攻撃を受けて、戦う余力さえ残っているのだ

だが、タナトスは止めを刺す

死神が、魂を刈るときが来た

骸骨の大口が開いた

砲身はスパークし、無理な改造が祟って先端は溶けている

それでも、フランシスカがタナトスに載せようとしたレールガンは撃てるようだ

それは閃光を伴って打ち出された。光に匹敵するスピードで、その弾は突き進んだ

着弾、瞬間、光が全てを覆った

破壊が全てを包んでしまった

ゼノは跡形もなく消滅した。粒子一つ残さぬまで

そう、消し飛んだ

その爆発は、



死神をも巻き込んだ
















ミシェルは見ていた

目の前を、ただじっと見詰めていた

決着の瞬間、ゼノはタナトスを巻き込んで吹き飛んだ。あの爆発量では、助かるはずはない

最早誰もが、今度こそ死神の傭兵の死を確信していた

彼を心の底から待つたった一人を除いて

ミシェルを除いて





「一緒に、いてくれる?」




















ミシェルが呟いたその時




炎の裏から、シルエットが浮かび上がった

炎を越えたそのシルエットは












間違いなくタナトスだった







嬉し涙を拭いて

彼女は微笑んだ

その歩みは決して速くはなかったが、

確かなものだった


「ありがとう」

死神は、その一人のために、勝った

たった一人のために、

「おかえりなさい」

死神の傭兵、タナトスは確かに勝利した。愛する人のために

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