第肆章五話 【激突】


砂漠の荒野。果ての見えぬ砂の丘の向こうに、それはいた

「目標、発見!」

ミシェルが叫んだ

「必ず・・・帰ってきて・・・」

隣でジャスミンがミシェルの顔を覗く

「ミシェル・・・」

彼女は泣いていた

多分、これは最後の戦いだ。何がと言うわけではなく、なんとなく

ここでゼノとヴィッセルが討たれれば残る組織は白虎帝国と革命者の二つ。しかし革命者はヴィッセルの核攻撃に完全に浮き足立っている

白虎帝国がこの大陸での戦いにおいて勝ち越しを手にするのは目に見えていた

ならもう、死神が戦う日々はこれで本当に終わる

もう既に目標の額の報酬はある。そして仕事の依頼も無くなる。なら、彼が戦うことも、もうないのだ


愛し合う二人で、静かに、歩んで行ける未来が来るのだ


別の仕事を探すのもいい。二人で一緒の家に住むのもいい。もしかしたら、結ばれるのも

だがしかしどうだろう

最後の最期で彼が死んだら?

相手は無数のメカをいくらでも呼び出せ、核をなんの躊躇いもなく撃ち放つような敵だ 

今回こそ、負けて死ぬかもしれないのだ

不安に心臓が押し潰されそうになる 呼吸が荒くなる

実際に戦うのは彼だと言うのに、とても辛くなってくる

だが

だがしかし

ミシェルは信じた

胸の前で手を握り、一度頷く。ブロンドが揺れた

モニターのタナトスを見つめ、もう一度告げた

「必ず、帰ってきて・・・!」

誰でもない、ただ一人のあの人に





機体の調子は極めて良好だった

頭部カメラから写される映像は、荒野の向こうを静かに見せる

ハッチは既に開いていた。あとは、そのブースターで飛び立つことだけすればいい

そこから戦いは始まる

最後の戦いが始まるのだ

「タナトス、出撃お願いしますっ!」

一人の淑女の声がコクピットに響いた

帰らねばならない

他の誰のためでもなく、たった一人のために死神は、勝って生きて帰らねばならない

機体の駆動音が過去最高に暴れまわる。それは言うなればレース前のアイドリング

ブースターから燐光が漏れ出る

腰を落とす。背中のブースターが、特大の焔を吐き出した

そして、推進力を伴って、黒い死神は空へ飛び立った

ブースターの噴射音が辺りに飛び散り、聞く者の鼓膜を刺激する

「信じてる・・・私、いつまでも・・・」

タナトスの飛び立った方、ミシェルは見つめ続けた










蝙蝠が死神に襲い掛かる

醜く寄り集まったプテロプスの群れに一発、右手に握るバズーカを叩き込む。煙と共に飛んでいく弾は、目にも止まらぬスピードで群れに飛び込んだ

爆風が現れる

一瞬に大穴を開けられたプテロプスの編隊。そこに死神は追い討ちをかける

ガトリングの引き金を絞れば、超速の弾丸の嵐が吹き荒ぶ

まさに凪ぎ払うような光景だった。プテロプスが一挙にガトリングで蹴散らされ、余裕綽々に黒い流星が突っ切っていく

プテロプスの群れを乗り越えた先、見えた

六本足のピラミッド

歪みを持ったヴィッセルと、異端の兵器ゼノ

もう、後戻りはできない。ここへ来た以上、やることは他にない

両手の武器を構え、撃つ 

最早これだけでもう大概の人型機動兵器は葬り去ることができるタナトスの両手撃ち

ガトリングが幾度も幾度も地を貫き、バズーカが辺り一面を消し飛ばす

これで、決着は付いた

両手の武器を降ろし、爆風や巻き上げられた砂埃などで見えなくなったゼノを見下ろす

これで終わる。終わった

そのはずだった

煙が晴れる


ゼノのすぐ目の前に、半透明の光の壁が存在していた

そう、バリアシステムだ


タナトスと同じように、敵もバリアを搭載していたのだ。大陸の謎そのものというべき敵機が、同じく大陸の謎であるバリアを装備していたのだ

一撃で敵を粉々にするバズーカも、戦車砲に匹敵する弾丸を秒間三十発放つガトリングも、防がれてしまえば意味はない

次はこちらの番だと言わんばかりに、ピラミッドの頂上が開く

それは一本の棒のようなものだった。先端に光が収束する

光は線のように延びていく

ビームはタナトスのバリアに阻まれる。両肩のユニットが、バリアを維持するために悲鳴を上げながら全開稼働していた

十秒、二十秒、三十秒、四十秒

バリアが防ぐ間、ビームは絶え間なく撃ち続けられる

アリシオンではここまでビームを放ち続けることはできない。ゼノの異常性がここにも垣間見えた

だがまだまだ撃ち続ける。ゼノのビームは止まることはなく、むしろまだ放たれ続けていた

強烈な熱を伴い、光の線はタナトスの眼前の不可視の壁を舐める

ブースターで動き回るも、右へ体を動かせば右へ、左へ動かせば左へとビーム砲の先がタナトスから反れることはない

やがて、バリアが切れた

両肩のバリア・ユニットが限界まで稼動したのだ。そう、限界まで

もう光線から黒い鉄塊を守る物はない

タナトスの左胸を、ビームが貫いた。溶ける装甲、内部機器は焼き切られ、大きな火花が一つ散る

ゼノの側面から、何かが顔を出した。尖端が丸い、ロケットによく似たもの。ミサイルだった

ゼノの側面一杯に、ミサイルの頭が飛び出ていた

ビーム攻撃でよろめいたタナトスに、一斉発射されたミサイルが群がった 噴煙は芸術的な軌跡を描き、死神を食い尽くそうと飛んでくる

左手のガトリングを向け、撃つ

無数の弾丸がミサイルを次から次へと貫き、爆散させていく

だが、全てを完璧に撃ち落とすには数が多すぎた

迎撃ができなかった分のミサイルがタナトスを襲う。たっぷりと塗りたくられた黄金の装甲は予定通り体を守った

しかし黄金の装甲が気休めにしかならないほど、タナトスはダメージを受けた

爆炎が哀れな死神を包んだ

もう、損傷は酷いものだった。装甲が溶け、破れ、剥がれ、凹み、潰れていた

黒い機体は膝を付き、蒼い瞳がその顔相から消えた

ゼノが一歩、また一歩と歩み寄る。にじり寄る

そして、前足がぶつかりそうになったところで、タナトスはバズーカを向けた

バリアが張れない距離まで、近付かせた

引き金はしかし引かれない

鉄の蝙蝠が何匹か、ゼノから出てきてタナトスの右腕を拘束していた

あれほどのプテロプスをヴィッセルが用意できたのは、ゼノが無数にプテロプスを生産できるためだった

無茶苦茶だった

前の片足をゆっくりと引き、ゼノは攻撃を繰り出した

蹴りだ

崩れ落ちたタナトスの顔面に打ち込まれた爪先

蹴りの瞬間プテロプスは離れ、飛び去った

吹っ飛ばされて無様に転がり、そのまま仰向けに倒れたタナトス

もう、死神はぴくりとも動かなくなった


ゼノは、タナトスに歩み寄ってきていた

プテロプスは、死肉を狙う禿鷹のごとくタナトスの上を飛び回っていた

タナトスは、動かなかった。動けなかった

死神が、力尽きていた




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