昼: 聖女の行進 [リーゼリッヒ・ヴォルフハルト]

 この鳥上島に来てから、私の習慣が一つ、大きく変わった。

 昼食である。

 祖国において、そしてこの島に辿り着くまでの旅路において、食事は三度、欠かすこともあったが摂取してきた。

 無論、夜盗や怪異との戦闘のせいで、食事の量が変動することは多々あったが、大抵は一握りのパン、一掴みの野菜と一摘まみの塩、そしてコップ一杯の水である。

 私や管区長殿はこの食生活に慣れてしまっているが、シャルロッテとテレジア殿には少々酷だっただろう。

 そんな彼女も四時限目の恩寵学実践弐の授業の終了後、皆と一緒に購買部にてパンやお茶を買い、教室にて頬張っている。

 私が言いたいのは、、である。

「もーさー! シャルちゃんてば急に変なこと言い出すんだもん! ちょーびっくりしちゃったよ、もー!」

「そうそう! あたしなんか心臓止まっちゃったし!」

「えへへへ」

 これなのだ。

 前に座っているシャルロッテと静が後ろの私と透子の席を向き、私達の机の上で昼食を広げている。

「ねねね、シャルちゃんさ、どんな感じだったの? 東雲君の——その——あれってさ?」

「だめだめだめーー! ストーップ! シャルちゃんに変なこと吹き込むなー!」

「……ん、とね、何か……」

「青江さんもストップだよストップ!」

「いいんだよ二人とも! 胸に溜まっている思いの丈をぶちまけちゃいなョ!」

「はい! 分かりました!」

「バカ透子ー! 煽るなー!!」

「食べてる最中だっつーの!!」

「誰かお米! お米を透子の口に詰め込んでやって〜!」

 私達の周りをぐるっと取り囲むようにクラスの女子が席に座り昼食を摂っている。

 このクラス——いや、私のクラスでは昼食は購買で買って済ます者がほとんどだったと言う。

 だからこそ転校初日、昼食時に私と萌と透子、そして大豪寺の四人しか教室に残らなかった。

 そこで私が乱闘を起こしてしまった。

 原因は全て私にある。シャルロッテと一緒に誘われた学食の案内を断ったのは私であるし、大豪寺に挑発と取られかねない発言をしたのも私だ。

 だが、皆が言うには『リズさんを一人にさせちゃ危ないからダメ!』と言うことらしい。うーむむ、何故だろう。

 クラスの皆と昼食を摂っているのであるが……

「でもさー、リズさんって本当凄いよね! 大豪寺にも勝っちゃうし、夜の警備にも参加してるしさー」

「リズさんのその剣ってさ、どーいう風になってるの?」

「あのあの、リズさんが剣を振る時って、キラキラってなってす〜ごくカッコ良いんですよ!」

「へ〜」

「キャ〜」

 私もシャルロッテもクラスに受け入れられている。若干、珍獣マスコットのような扱いであるが、何の文句もない。

 それよりも食事である、昼食だ。

「ねーリズさんさー、あたしやっぱ見たーい」

「あたしもあたしも」

「青江さんて昨日シャルちゃんと一緒だったんだよね? どんな感じだったの?」

「……ん——ん……」

 皆、食べながら話している。

 二本の木の箸で弁当から白い米を器用に口へと運ぶ者、おにぎりを頬張る者、サンドイッチを少量ずつ手でちぎって食べている者、皆様々だ。

 賑やかだ。食事は静寂の内に済ますべしと言う聖コンスタンス騎士修道会の戒律を持ち出す気など全くない。

 私が言いたいのは、

「……ん、ぴかぴかしてた……」

「キャ〜!」

「へ〜! 見たいな〜!」

「リズさん、私達にも見せて見せて〜」

 皆、食事中なのだ。しかし——

「すみません、皆。学園内で剣を鞘から抜くことや、兵装を展開することは固く禁じられています」

 私は既に食べ終わり、昼食を済ませてしまっている。

 今は皆の会話に耳を傾けながら、飲み干した水筒を手持ち無沙汰に握っている。

「えぇ〜、リズさん固いこと言わないでよ〜」

「ちょっとだけ、ちょっとだけだから、ね!」

「アタシ達とリズさんの仲だからいーじゃーん!」

 私だけなのだ。既に食べ終わっているのは。

 ここ十年、食事に五分以上の時間をかけた記憶はない。

 皆は食べている。私は一人、食べ終わっている。

 故に、何処か居心地が悪いのだ。

「しかし、規則を曲げる訳には……」

「リズさぁ〜ん」

「リーズゥーさぁ〜ん」

「リズゥゥさ〜ーぁん」

 皆が箸を握る手で机をドンドンとリズム良く叩く。

 困る、困るのだ。この状況もだが、私一人だけ食べ終わっているのは。

 むむむ、分が悪い。

「リーズさん! リーズさん!」

「ほらほら、青江さんも、シャルちゃんも! リーズさん! リーズさん!」

「うふふ、リーズさん、リーズさん」

 なっ!? シャルロッテ、貴女もか!?

「おおおーリズさぁぁぁーーン!」

「リズさぁぁぁーーーーん!」

 クラスの男子までもが私の名を呼応しだした。

 くっ、そうだ! 萌! 萌ならば、

「——!? ——!!」

 彼は首をぶんぶんと左右に振りながら、両手を合わし、ごめんなさいと口を動かす。

 これは——そう、『四面楚歌』だ。かつて覇王と呼ばれた英雄が、その最後の戦いの折に敵軍深く切り込んだ際、周りから敵国の歌が歌われるのを聞いて、生き残っているのは己一人であると確信し、死を覚悟したと言う。

 つまり、私も覚悟を決めねばならないと言うことか!?

 ゴクリと唾を飲み込み、意を決して左手を机の脇に置いてある<氷の貴婦人>へと手を伸ばした時、

 教室の扉がガラリと開いた。

「食事中失礼、生徒会の者だが——」

 突然の乱入者に教室がやや静かになる。

 その者は夏だと言うのに冬服の学生服を着ていた。しかもその色は黒ではなく白だ。襟や肩、裾に金の刺繍が走っている。

 私にとっては見知った顔だ。一昨日の大豪寺との喧嘩の後に、生徒会室で仲裁に入って貰った一人だ。

 宝影院ほうえいいん正和まさかず——この学園を束ねる生徒会の長にして弐年参組学級長の宝影院正国の実兄である。

「なんだ、兄者か。このような辺鄙な教室に何用か?」

「すまぬな、弟よ、呼び出しだ」

 三つしか歳は離れていないと言うが、良く似ている二人だ。顔つき、髪型、眼鏡、雰囲氣、全てがそっくりだ。大きく違うのは着ている制服、少しの違いは兄である生徒会長の方が髪の毛が長いところか。

「今から名を呼ぶ者は私と共に生徒会室へ来てくれ。青江静、東雲萌、それから、リーゼリッヒ・ヴォフルハルト、後はシャルロッテ・アイギス・ぶぉん? いや、フォンか、ルツェるぶ——……」

「ルツェルブルグ=ウンターヴェルデンシルト」

「ルツェルブルグ=ウンターヴェルデンシルト!」

 生徒会長がつっかえたシャルロッテの名前を、クラスの皆が大声で和す。

「むむ」

「イェーイ!」

 クラスの所々でハイタッチがかわされる。

 無理もない。彼女の名前は日本語表記にすれば実に三十二字もの長さなのだから。読み慣れなければつっかえるのは必定だ。それこそ学級長の恩寵を持っているのならば話は別だ。

「はい! 行ってきますね! シズちゃんも、一緒に行きましょう」

「……ん……」

 二人に同調し、<氷の貴婦人>を背負い、立ち上がると、

「リズさん! お願い、このままアタシをさらって!」

「あたしのお姉様になってよ、リズさん!」

「リズさん、何も聞かずに私を抱いて!」

 うーむむ。理由は不明だが、周りの皆からガバシと抱きつかれた。

「あのあの、私もリズさんぎゅ〜です!」

 そんな皆にあてられてかシャルロッテまで抱きついてきたではないか。

「!?」

「——!?」

 クラス中にえも言われぬ緊張が走り、

「きたわぁぁぁぁーー!」

「にゃぁぁぁぁぁーーーん!」

「イエス! イエスイエスイエス!」

「いやっほーぉぉぉーぃ!」

「シャルちーへの一番乗りは貰ったぁ!」

「ずるーい、私も私も!」

「シャルちゃん! 私のことお姉さんって呼んで良いのよ!」

「うぉー! シャルロ、」

「男子はあっち行ってな! シッシッ!」

「会長! 今日と言う記念日を学園の祝日にしましょう!」

 何が何やら、一体どうしたものやら……。

「あの二人は随分とクラスに馴染んでいるようだな、弟よ」

「多少、我々日本の文化が勘違いされているやも知れないが……」

「何を言うか、弟よ。これも歴とした日の本のおもてなし精神の表れではないか」

 女子の皆が続々と私と、私に抱きついているシャルロッテへ抱きついてくる中、その勢いに耐えながら、味方を探す私の視線は萌のそれとぶつかり合う。

「——」

 彼は苦笑し、頑張って下さい、と口を動かした。うーむむ、やれやれ。

「ふぅ」


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 今日、学園に来るまでの道程は気が重かったけど、やっぱり生徒会室に行くってなると肩に重いものが乗っかる気がする。

 僕みたいな一般学生は用がなければ生徒会室には行かない。呼び出された時だけだ。

 去年壱年生の時は良く呼び出されてた。ボコボコに殴られたり、射の的にされて燃えたり感電したり凍ったり、空を飛ばされたり——あ、後ろにすっごい勢いで引っ張られて頭を壁にぶつけたってのもあったっけ?

 うちの学園は、学生代表の生徒会が学園内の自治を取り仕切り、先生達は学生の自主自立に任せている。

 そんな生徒会の仕事の中で一番多いのが生徒同士の揉め事の仲裁だ。学則違反や喧嘩の取り締まりをする風紀委員さんもいるけど、最後に出てくるのはやっぱり生徒会の皆さんだ。

 生徒会に所属する人達は、全員白い学ランを着ている(夏でも)。かっこいいし、目立つし、何よりも強い。

 鳥上学園は、学園内での帯刀が(生徒会からの許可が下りればだけど)認められている。だから、年に一度あるかないかだけど、刀を抜いての喧嘩がある。

 ただの刀じゃなくて、恩寵刀を全開にして暴れちゃうんだから、相手の人はもとより、周りの人や校舎も傷つけちゃう。

 普通の学校だと、そもそも帯刀は認められていないってのは置いといて、それを止めるのは先生方じゃなくて生徒会のお仕事だ。

 だから、生徒会の人達は強い。強くなくちゃ入れない、って訳はないみたいだけど、強いから入れる、って訳でもないみたい。

「生徒会室はここの四階だ」

 会長さんを先頭に僕達が後に続く。

 第一校舎の最上階の隅の教室、それが生徒会室だ。僕達参組がいる物置小屋とは違い、第一校舎はピカピカで手入れの行き届いた風情ある木造校舎だ。

 生徒会の人達は昇武祭でも好成績を収めている。

 会長さんは一対一ワンオンワンで四年連続本戦出場中だし、去年一昨年と二年連続で第二位だ。副会長の烏丸からすま先輩は三年連続で弓術の一位で、今年の一月に京都で開かれた三十三間堂の奉納弓術祭に招待参加して、賞状を貰ってる。

 生徒会室のドアには達筆な字で『生徒会室』と書かれた木札が飾られてある。

「失礼する」

 会長さんはノックをし、一声かけてから生徒会室に入っていった。

「失礼します」

「あのあの、失礼します」

「……ん……」

 ——し、失礼しま〜す……。

「良くお出で下さいましたこと、皆さん」

「おい、遅いぞ宝影院。生徒会長の分際でこの僕を待たせるなよ。何様だよ、お前」

 うわぁ……緋呂金ひろかねさんが何でいるのー!?

 室内にいたのは二人だ。一人は生徒会所属を示す白い学生服を着ている撃剣科年で副会長の烏丸先輩で、もう一人は鍛冶科伍年の緋呂金さんだ。

 鳥上学園は伍年生の学園だけど、参年時に卒業するか、もう弐年残るかを選ぶことができる。参年で卒業しないで残る場合は、武術をメインにする撃剣科か、武具の製作がメインな鍛冶科かのどちらかを選ばなければいけない。鍛冶科のボス的な存在は、鳥上島鍛治組合の鍛治宗家当主代行をやっているこの緋呂金孝行たかゆきさんだ。

 どんな人かって言うと、僕が言っちゃ失礼かもだけど、壮絶に口が悪い。後、性格も……。

「二人とも、待たせたな。では始めよう。長くはかからない、空いている席に座ってくれ」

 生徒会室の中には、コの字形に配置された机と椅子があった。僕達は入って左側の列の椅子に順々に座る。

 緋呂金さんは、逆側の椅子に座り、机の上に両足を投げ出している。烏丸先輩は窓の近くに立っていて、入ってくる僕達をきりりとした鋭い目で出迎える。

 会長さんは向かい側の椅子を引き、両手を机の上に組んで話し始める。

「すまないな、緋呂金。待たせた」

「おい、をつけろよ、クズ。何度言ったら分かるんだよ、お前」

「緋呂金先輩、ここは生徒会室ですよ。学園内では一般生徒と同じ扱いにしろと仰ったのは貴方では?」

 烏丸先輩の冷静なツッコミも、

「ハッ! そりゃそうさ。お前ら無能共が僕をに扱ったら、うざったくてしょうがない」

 緋呂金さんがニヤニヤしながら僕達を見る。

 緋呂金孝行——この島の刀鍛治を統括する緋呂金宗家の次期当主にして、現在ご高齢(らしい)なご当主の代行としてこの島の鍛治組合を取り仕切っている人だ。この島で誰が偉いか、って言ったら間違いなく名前が挙がる人だ。

「さて、まずは東雲君の件からだな」

「おいおい、僕を無視するなんて良い度胸じゃないか、ええ?」

「会長、早く進めましょう。緋呂金先輩も待ちくたびれているようですし」

 烏丸先輩からナイスなフォローが入る。

「携帯申請の出ていた君の刀だが、当学園生徒会としてこれを許可する」

 会長さんが隣の椅子の上にあった一振りの刀を、僕の前に差し出してくれる。

「受け取ってくれ」

 ——え、え、えぇ!?

 思わず受け取っちゃうも、僕には覚えがない。

 この刀って昨日の例の刀なんだろうけど僕のじゃないし、そもそも学園への刀の携帯申請書なんて書いた覚えはない。

「聞いていないのか? 今朝、警備の方から刀を預かった際に、その人が申請書も書いて下さった。名前は、国——」

「国司巌殿ですか?」

 リズさんが合いの手を入れる。

「そう、その国司さんからだ。その刀は青江の家へ返還されたもののそうだが、彼が持つことに異論は無いな、青江君、緋呂金?」

「……ん……」

「だから様をつけろってんだろ? 雑魚のことは雑魚同士で勝手に決めて傷を舐め合ってろよ、ハハッ」

 緋呂金さんはクックックと大声で笑い、それを見たリズさんがギョロリと睨む。

 はわわ、嫌〜な予感が……。

 ——は、拝領します。

 会長さんが差し出してくれた黒塗りの刀を、椅子から立ち上がって両手で受け取る。ズシリとした重さが伝わる。

 僕は刀をそのまま両膝の上に置いて、椅子に座る。

 これが昨日の例の刀なのか。後で良く見ておかなきゃ!

 国司さんが申請書類を書いてくれたんだ。きちんとお礼しないと! そうだ、この刀って青江さん家のものなんだっけ? 大事に扱わないと!

「後はこちらだ。ルツェルブルグ君でいいか? ——結構。こちらは須佐政務官から君へ直接渡すよう依頼があった」

 会長さんは、刀袋を取り出し、シャルロッテさんの前の机の上にうやうやしく置く。

「? あのあの、開けても宜しいですか?」

「ああ」

 会長さんの声を待って、シャルロッテさんが刀袋の紐の結び目を解き、中にあるものを取り出す。

「まぁまぁ! シズちゃんシズちゃん! ほらほら、カゼマロボシさんですよ!」

「……ん——……」

「これは……」

「まぁ……」

「へぇ」

 ——うわぁ……。

 ぴょんぴょんと飛び上がらんばかりのシャルロッテさんの手にあるものを見ると、刀袋から一振りの刀が姿を覗かせていた。華やかであり、同時に重厚感と抜群の存在感がある。

 この刀が、『かぜまろぼし』なのかな? 変わった名前だ。蛇が絡み合ってる鍔が見える。

 僕が会長さんからさっき貰った刀が戦場で使われる一振りだとすれば、この刀は荘厳な屋敷に飾られる美術品みたいな気品がある。ふぇぇ〜、凄い一振りだ。間違いなく、超一級品の恩寵刀に違いない。

「早い方が良いとの政務官からの言葉だ。異存はないな、緋呂金?」

「だーかーら、お前バカかよ!? 同じことを何度も言わせんなよ、かったるいぞ、お前」

「ねね、シズちゃんシズちゃん。この後一緒にカザマさんって人に返しに行きましょう!」

 緋呂金さんの極寒の一撃を、陽気なシャルロッテさんの声が打ち砕く。

「チッ、あのさ、僕の許可を得てから喋れよな、参組のクズども」

「?」

「…………」

「……」

 リズさんが机に立てかけていた大剣の柄を剣袋の上から握りしめる。

 あわわ……これは危ない予感が。

「緋呂金先輩、生徒会室は自由闊達に議論を交わす場です。発言権は誰にでもあります。参組にいるからと言って喋ってはいけない、と言うのは少なくともここ生徒会では通用しませんわ」

「チッ、相変わらずうざいな、お前。だから無い胸が陥没してんだよ、ハハッ」

「なぁんですってぇ!?」

 あ、ああー! 緋呂金さんが、烏丸先輩の触れてはいけない領域を無造作に踏み抜いて行くぅー!

「君達、口喧嘩もほどほどにしろ。それより君達をこの場に呼んだ本題に入りたい」

 会長さんが、学級長と同じように右手でクイッと眼鏡を直す。

「昨晩、青江君の屋敷が黒騎士達に襲われた時、君達四人は現場にいたそうだな。その時の様子を詳しく聞かせて貰えないだろうか?」

「おいおい、待てよ。お前まさかそんなくだらないことのために、クッソ忙しい僕をわざわざこの辛気臭い部屋に呼んだわけ?」

「青江の家が襲われたのだぞ? 緋呂金の家も黒騎士達の標的と考えるのが自然だろう。警備隊から情報は貰えるだろうが、こうして直に接した彼女達から——」

「だからさ、お前何様だって聞いてんだよ!?」

 緋呂金さんが机を足で蹴っ飛ばしながら大声を出す。

 青江さんはうつむいてじっと下を見ている。

 シャルロッテさんは何が起きているのかとキョロキョロと頭を動かしている。

 リズさんはと言うと、左手で大剣の柄を握りしめながら、眼鏡の奥に見える紅の瞳を真っ赤に燃やしている。

「僕はさ、生徒会長が話があるっていうから、ただの一学生としてこの場に来てやったんだぞ? 黒騎士って奴らがどうのこうのってのは、に話したい訳だろ?」

「どっちも同じ君だろう?」

「ハハッ! 超特大級の大バカだな。生徒と生徒会長だから話を聞いてやってんだろうが。この島でお父様の次に偉いこの僕が、緋呂金鍛冶宗家当主代行のこの僕が、こんなクソな学園の生徒会長如きに話しかけられて良い訳ないだろ?」

「ふーむ……。それもそうか」

 えぇー、会長さん納得しちゃってるー!?

「あーあー、あーあー! 損しちゃったじゃん。せっかく生徒会長の頼みだから聞いてやったら、人をさんざん待たせた挙句に無駄骨じゃんかよ。あのなぁ、バカなお前らに言っといてやるけど、僕の家と、そこの貧相で年中死にそうな間抜け女を同格に扱うとか、首切られても仕方ないぞ? ま、僕の温情で許しといてやるけどさ。分かる? 分からないよな、お前らの頭じゃ。僕みたいなエリートって人種はお前らのこと何かで時間を割いてちゃいけないの。おい、犯罪だぞ、これ。くだらない話はそこにいる根暗女にでもしとけよ」

「おい、良い加減にしろ!」

 リズさんが生徒会室全体を震わせる大声を発し、立ち上がる!

「それ以上、静を侮辱されて黙っていられるほど私は聖人ではないぞ!」

 リズさんが決然と言い放ち、剣袋から抜きはなった鞘に入ったままの大剣を緋呂金さんに突きつける。

「緋呂金、と言ったか。このリーゼリッヒ・ヴォルフハルト——我が友への侮辱への謝罪を求め、貴様に決闘を申し込む!」

 リズさんが窓から差し込む太陽の光を浴びながら、決闘の向上を言い放つ。リズさんの白い肌が日の光でキラキラと雪のように輝いて、後頭部で結ばれた髪の房が金糸のように眩しい。

 己を律し、友のためながら相手が誰であれ剣を振るう、一人の剣士がそこにいた。

「ぷっ、あっはっはははははは!」

 それを、彼は一笑にふす。

「バカここに極まれりだな。類はバカを呼ぶって奴じゃん。傑作傑作。参組のゴミ屑の分際で僕と決闘なんて百万年早いんだよ、百万年」

 リズさんの言葉など完全に無視して、緋呂金さんは席を立つ。僕が昔何時も見た、他人をこの上なく見下した嫌な笑みを浮かべながら。

「おい、眼鏡、次こんなことしてみろ。この島から出てくだけじゃ済まないからな」

 緋呂金さんは生徒会を出よう歩く途中、会長さんが座っていた椅子を思いっきり蹴っ飛ばしてから生徒会室のドアを開ける。

「あ〜あ〜あ〜、馬鹿に付き合ってやったら無駄な時間を過ごしちゃったよ。人気者は辛いね、ホント」

 緋呂金さんは捨て台詞を残し、何度もわざとらしくため息を僕達にも聞こえるように吐きながら、

「はっ!」

 室内の僕達全員に侮蔑の眼差しを送った後、乱暴にドアを閉めた。

「一体何なのですか、あの男は!」

 緋呂金さんが残した吐き気をもよおす空気を、リズさんの一喝が吹き飛ばす。

「見てお分かりでしょう。性根の腐った、良くいるエリートですわ」

「烏丸君の言う通りだな、概ね。口も性根も褒められたものではない。しかし、この島の『支配階層』の一員であることは間違いようのない事実だ」

 会長さんが眼鏡をクイッと直して、リズさんに席に着くように促す。

「この島は刀を鍛えることで成り立っている。有益な刀を作り出すからこそ、商家や商社は外貨を獲得できる。島の外や中央の権力者へ刀を譲渡する見返りに、この島の保護と金銭的な援助を貰う。この島は刀鍛冶の島なのだ。それ故、言ってしまえばこの島の全ては鍛冶職人集団が錬成する刀の出来具合を元に成立している」

 会長さんの独白が続く。

「刀を取引するが故に島に金が入ってくる。金だけではない。物や人と言った目に映る物から、敬意や賞賛と言った目に見えない物までだ。『刀無くば島は無い』——この島に古くから伝わる口伝だそうだ」

 僕達の学級長よりちょっとハスキーな声が響く。

「そうですわ。現に私達もと言う縁によって今日この場に引き合わされたものですわ」

「む……」

「??」

「あまりかっかなさらないことよ、ヴォルフハルトさん。いい反面教師ですし、社会に出ればあのような人格をともなわないクズ人間は幾らでもいるでしょう」

 副会長の烏丸先輩がさらりとどきついことを言う。うーん、やっぱり僕達以上に緋呂金さんに言いたいことがいっぱいあるんだろうなぁ。

 リズさんは会長さん達の話を聞いて納得したのか、椅子に腰をおろす。

 青江さんは何時も以上に元気が無さそうだけど、シャルロッテさんは体をゆらゆらと揺らしっぱなしだ。生徒会室にあるものを物珍しそうにキョロキョロと眺めている。

「仕切り直しをさせてくれ。君達にわざわざ来て貰ったのは、先程言った通り、この学園に通うもの同士、少しでも情報を共有したいと思ったからだ」

 会長さんの問いかけに、僕達は(青江さんを除いてだけど)頷いて同意した。


「私達のことから話をしようか。昨日から構内で有志を募り、島内の夜間警備に協力している。だが、物資の運搬管理や伝令などの雑用を割り当てられている者が多い。人手が足りてないらしく、今日から大々的に公募する予定だ。まぁ、学生と言う身分上、あちらとしても扱いにくいだろう。黒騎士やヒトガタと遭遇したら笛を鳴らし、出来るだけ交戦を避けるようにと言われている」

 ——うぅ。

 今、リズさんがジト目で僕のことを見た気がする。

「なのだが、昨晩、私と烏丸君と風紀の鷹畑たかはたの三人で警備局の方と一緒に、黒騎士と行動を共にしていると言う少年の召喚した兵達を撃破した」

 あ、そう言えば、リズさん確か、昨日の砲撃陣の内の一つは学園の裏山にあるって言ってたっけ? それを会長さん達が仕留めたのかな?

 リズさんを見ると、彼女もそう思ったのか、僕に頷いてきた。

 リズさんに頷き返して、会長さんの話を聞こう。

「敵は五名、致命の傷を与えるとこれらの絵札になった。実物は警備局の人に渡しているので、これは写しだ。見てくれ、君達もこの『カードの兵隊』とやらと刃を交えなかったか?」

 会長さんが差し出してくれた冊子には、綺麗な絵が五つ描かれていた。

 ——うわぁ、絵が上手だ。ってそこは感心するところじゃないぞ、僕。

「私の恩寵ちからで見ても良いでしょうか?」

「ええ、無論ですわ」

「そう、ですね——……。実物ではないので断言はできませんが、昨日、萌や警備の方と一緒に倒したものと同じ兵装と言っても良いと思います」

「あら」

 描かれていたのは、ハートが中に入れられているカップの絵だった。五枚の絵は、描かれている絵柄は同じだったけど、カップとハートの数が違っていた。

 うーん、僕が青江さん家の広場で見たのとは絵柄が違うかな?

「完璧な絵ではないのは許してくれ。兵隊の状態で手加減をする訳にもいかなくてね。全力でぶつかった結果、完全な形での絵札として残っていたのは一つもないんだ」

 僕はリズさんと目を合わせて頷き合う。

 これは同じだ。描かれている絵が違うけど、直感で分かる。

 同じ恩寵兵装で、同じ人物が使役したものなのだと。


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